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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十九話「鐘子文奮闘記」
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聞こえる声

二十時三十分。証言にあった赤ん坊の声がするという時間に康太と文はリビングのソファに座ってその声を待っていた。


テレビなどの音がするようなものは一切消して、部屋の中には完全な静寂が訪れている。


聞こえるのは時折近くを通ったであろう車の音や遠くで聞こえる救急車のサイレンの音くらいのものだ。


康太と文は二十一時までをタイムリミットとし、それまではこの沈黙を維持するつもりでいた。


常に周囲に意識を集中し、音が聞こえたらすぐにでも反応できるようにしていると、康太と文の耳にほんのわずかにではあるが声が聞こえてきていた。


「文」


「えぇ・・・たぶんこれかも・・・」


遠くに聞こえる何かの声。あらかじめ情報を聞いていなければ動物の声と勘違いしたかもわからない。

それほどかすかだが、二人の耳には確かにその声が聞こえていた。


二人は耳を澄ませてその声の発生源を探ろうとするが、その声がいったいどこから聞こえてくるのか把握することができなかった。


音である時点でどこかからか聞こえてきているのは間違いないのだが、どうにもその方向がわからないのだ。


アリスによって直接伝えられてくる音のように、音の発生源というものがないのかもしれないと思い至った二人はとにかく部屋の中を探してみることにした。


この部屋の中で殺人が起きたことは間違いないのだから探してみれば見つかるものだと思ったのである。


索敵自体は二人とも発動しているが、どうにも反応がない。発動範囲をこの部屋、2LDKの部屋すべてに限定しているというのに反応がないのだ。


精霊も索敵自体には引っかかる。とはいえ希薄な存在であれば反応しにくい。あとは直接探したほうが早いと康太と文は部屋の隅々まで見渡してみることにした。


寝室、リビング、台所、ダイニング、風呂場、洗面所、トイレなど、この一室にある部屋はすべて確認したがどこにもそれらしい存在は確認できなかった。


声は二十時四十五分ごろをピークに徐々に大きくなり、それから少しずつ小さくなっていってしまった。


時間に制限がある、という言い方が適切かはわからないが、特定の時間に声が聞こえてくるというのが本当であるということは確認できた。


最後に消えてしまった声を覚えながら、康太と文は声が聞こえなくなるまで探し続けたが、結局その声の主を探し出すことはできなかった。


「初接触は失敗か・・・一応声が聞こえることは確認できたな」


「そうね、これがいたずらでもない限りは間違いなく聞こえたわ。確かに周りの家にも赤ん坊のいる家族はいないみたいだし」


文がさりげなくこのマンション全体を索敵して各部屋の家庭状況を確認するが、そのどの家庭にも子供はいたが赤ん坊はいなかった。


こうなってくると確かに幽霊騒ぎになるのもうなずける話である。先ほど聞こえていたのは康太たちだけではなく、一般人にも聞こえるような声だとしたら普通に恐れるのも無理のない話かもわからない。


「声かぁ・・・俺赤ん坊の声ってあんまり聞いたことないけど、あんな感じなのか?」


「たぶんね。私もそこまで聞いたことないわよ。たまに電車の中とかで泣いてる子がいるくらい。でもあんな感じだったと思う」


二人とも赤ん坊にそこまで関わる機会がなかったためにあれが赤ん坊の声なのかと聞かれると首をかしげてしまうが、それでも他の動物の声かと聞かれるとそれだけは否定することができた。


もう少し声が大きかったり、発生源がわかりやすければ何とかなったのだが、さすがにそう簡単にはいかないらしい。


よくよく考えてみれば、奏が二人に用意した案件なのだ。そう簡単に話が進んでくれるはずもない。


もしその気があって、何より必要があるならば奏の弟子たちにでも頼めばすぐに解決できるだろう案件である。


幽霊=精霊という知識を奏が持っていなかったとしても、奏の弟子たちであればたいていのことはこなせるはずだ。


弟子たちでもなんとかできないからこそ康太たちに依頼した。おそらく康太がデビットを連れているということもあって悪霊関係に強いと考えたのだろう。


「見つけることくらいはできると思ってたんだけどな・・・うまくはいかないもんだ」


「でも時間は確定できたし、次はちょっと別のアプローチをしてみましょ。索敵でも見つからないってことがわかったからなんかこう・・・まだどうやって探し出せばいいのかわからないけど・・・」


「んー・・・物理的に探してもダメ。索敵でも見つからない・・・ってなるとどうすればいいのか・・・」


今まで物理的な手段で事件を解決してきたために、康太と文はこういったいわゆる現象系の事件にかかわったことが少ない。


かろうじて二人ともデビットの案件にかかわったことがあるくらいで、それ以外では全くと言っていいほどにかかわったことがないのだ。


しかもその事件も康太の体質が原因で解決できたようなもので全くと言っていいほど解決に対して二人の実力が関係したということもない。


これはかなりの難題だなと思いながら康太と文は頭を抱えてしまっていた。殴って倒すということができないのがこれほどまでに厄介なものかと二人ともどうすればいいのか今までにない解決法が求められているだけに困ってしまっていた。


「とりあえず前提から考えていこう。そもそもだ、赤ん坊の声が聞こえるってことは強い意志によって精霊に影響を与えたのは赤ん坊ってことだよな?」


「たぶんね。そこは間違ってないと思うわ。普通に赤ん坊の声が聞こえたし・・・具体的にどんな意志なのかはわからないけど」


「単純に生きたいってことじゃないのか?確かこの家の人間・・・この事件の発端になった家族は一家心中したんだろ?」


「生きたい・・・か・・・でも赤ん坊ってそんなこと考えるかしら?おなかすいたとかそういう話じゃないの?」


康太と文はそれぞれ意見を言い出すが、どうにも考えがまとまらない。


影響を与えた意志を解析し、どのような行動原理を持っているのかがわかれば得られるものがあるのではないかと考えたのだ。


幽霊的な考えで言えば恨みつらみのその原因といったところだろう。それらを理解し把握すれば精霊を見つけることができるはず。康太と文はそのように結論を出した。


そのため状況を考え直し、精霊がどのような意志を持っているのかを把握しようとしたのだが、いかんせん相手が子供以下の赤ん坊であるため上手く思考のトレースができないのである。


「赤ん坊が泣くときって、具体的にはどういう時だ?腹が減った時と・・・あとトイレに行きたいときとか?」


「正確には出しちゃったときかしらね。あとは大きな物音がして怖かった時とか・・・寂しいときとか?」


「心中の時ってことは怖いときか?怖い・・・怖い・・・子供・・・赤ん坊で・・・怖い・・・怖いか・・・」


康太は目を閉じて思い出していた。過去死んだ体験。デビットによって、封印指定百七十二号によって殺された人々の体験。


その中には当然赤ん坊のものもあった。だが恐怖というものを感じた記憶はなかったのである。


何というか、そこにあったのはただ喪失感だ。何かがなくなっていく。目も見えない耳も聞こえない、体も動かない、ただ自分を抱き上げていた誰かのぬくもりが少しずつ感じ取れなくなっていく。そんな感覚。


他の人々が、絶望と恐怖に支配されただ生きたいと願ったのと違い、赤ん坊の時のそれはそんな単純なものではなかったのだ。


そもそも赤ん坊は恐怖というものを理解していないのだ。怖いという感覚がよくわからなかったのだ。


どうなるのかわからない、どうなってしまうのかわからない。良くも悪くも赤ん坊とは無知であるが故に経験が少なすぎる故に時として感情が現象についていかない時があるのである。


あの時はまさにそうだった。死にそうになっているというのに、まるで眠るときのような倦怠感と、静かな眠気。


赤ん坊になって死んだとき、康太は恐怖も絶望も感じていなかったのだ。


だから今回も恐怖ではなかったのかというとそういうわけではない。赤ん坊の感情や意志は成長した康太たちでは計り知れない。


「とりあえずあれだ、赤ん坊が泣くときの原因一つ一つに対策とっていこうぜ。そうじゃないとどうしようもない」


「って言っても・・・粉ミルクでも用意しろっての?あとは・・・紙おむつとか?」


「実際用意されても困るっていうのがあれだけどな・・・赤ん坊が泣くのは親を呼ぶための行為だろ?自分が不快に思っているから何とかしてほしいって感じの」


「そうね・・・まだ何もできないものね・・・まぁ心中の時に母親を呼んでもどうなのって感じだけど・・・」


不快に思っているからその原因を取り除いてほしい、または不安だからその不安を取り除いてほしい。それが大まかながらに赤ん坊が泣く理由となっている。


その理由に対して親は食事を与える、おむつを取り替える、抱いてあやすなどして赤ん坊が泣く原因を取り除くのだが、今回の場合それが適応するのかは微妙なところである。


何せ物理的に存在しない赤ん坊だ。しかも本物の赤ん坊ではなく赤ん坊の意志によって影響されてしまった精霊なのだ。


たとえ物品を用意したところでそれに反応するかはわからないうえに、そもそも物品が何であるのかも理解できるかは怪しいところである。


「・・・感情・・・不安・・・恐怖・・・心中・・・」


康太は赤ん坊がその時に感じた感情というものを理解しようと頭を回転させていた。


子供の時に自分がどのような理屈で考え行動していたかなど覚えていない。ましてや赤ん坊の時のことなど思い出せるはずもない。


だから康太はまず、自分の視点でその光景を想像することにした。


具体的には、自分を殺そうとする誰かがいた時。その時の感情。


康太が抱くのは恐怖だ。そして何とかしなければという考え。次に自分がどう動くのか、そういった考えが頭の中によぎる。


だが康太はそれをすべて否定する。赤ん坊の状態であれば自分を殺そうとするということそのものを理解できていないのだ。


殺されそうになっているということすらも理解できないだろう。となればその時感じた感情はいったいなんであるか。


恐怖ではない。不快感か、あるいは不安か、そのどちらかになる。


ここで康太はふと思いつく、一家心中の犯人はそもそも誰だったのか。家族全員を死なせたということはその犯人がいるはずである。


父親か、母親かそのどちらもか。康太はまずそのことを調べるべく奏に話を聞いてみることにした。







『なるほど・・・心中の時の犯人か』


「はい、何かしらの役に立つかと思いまして・・・心中なので犯人って言っていいのかも怪しいところですけど・・・」


一家心中の際の犯人というのは一番判明しやすい反面、それを犯人と断言していいのか怪しい部分がいくつもある。


躊躇い傷などから判断する場合ならばよいのだが、殺すように指示されて殺していた場合、それが本当に犯人かどうかも怪しくなる。


だが康太が求めているのは命じられてでも何でもいいから実際に犯行を行った人物の詳細だった。


『ふむ・・・そういった情報であれば・・・そうだな・・・私も詳細までは知らん。当時事件にもなったことだしその事件の頃の新聞記事やらネット記事やらを探してみるといいのではないか?』


「所有者でも犯人までは知らされてないですか・・・」


『当然だ。所有者はあくまでその物件に関係のあることは知らされるが、知る必要のないことは知らされない。事件が起きたことは知らされていてもその犯人までは知らん』


奏の言うことはもっともだ。奏は今回の物件を購入したとはいえ、その物件の過去をすべて知ることはできないのだ。


もちろん個人的に調べることはできるが、この物件に関していえばその価値を下げているのは殺人事件が起きたという事実と幽霊がいると思われる証言だけだ。


殺人事件の犯人が誰だからという理由が関わっていない以上、奏がこのことについて調べていないのも納得できる話である。


「そうですか・・・わかりました。こちらでいろいろ調べてみます」


『うむ、そちらに関してはお前に任せる。何か必要なものがあれば言いなさい』


「ありがとうございます。もう十分以上に用意してもらってますよ。これだけの家具を用意するの大変だったんじゃないですか?」


『そうでもない。専門の業者に任せたからな・・・あぁそういえば、ちょっと文に代わってもらえるか?近くにいるだろう?』


「はいちょっと待っててください・・・文、奏さん、代わってくれって」


康太が電話している間に軽く魔術の訓練をしていた文は康太に携帯電話を渡され目を丸くしながらそれを受け取る。


奏がいったい何の用だろうかと考えたうえで、その理由に思い当たる点があること、そして加えていくつか言いたいことがあることを思い出して康太の携帯を持った状態で寝室のほうへと移動する。


「もしもし、お電話代わりました、文です」


『あぁ、調子はどうだ?康太との生活はうまくやれているか?』


「まだ初日ですよ?とりあえずもう夕食はとりました。それで、何の御用でしょうか?」


『言わなくてもわかっているだろう?私と章晴でいろいろと準備はしておいた。機会があれば康太を襲ってしまっても構わんぞ?』


まぁ康太のことだから襲うほうかもしれんがなと奏は笑っている。手紙にあった通り準備したのは奏とその弟子の章晴のようだった。とはいえあれは少々やりすぎなのではないかと思えてしまう。


それに康太を襲うなどといっても結局のところ本人のやる気次第だ。康太にその気がなければどんなに文が頑張っても意味はない。


『私が言いたいのはそれだけだ。お前たちの仲が良くなればというちょっとしたお節介だと思ってくれればいい』


「私も少し言いたいことがあります・・・さすがに高校生にSMグッズを渡すのはどうかと思いますよ?良識を疑います」


『なに・・・?私はそんなものは・・・そうか、章晴の奴め・・・!すまない、こちらの配慮が足りなかったか・・・あいつがそういう性癖を持っているとは思わなかった・・・』


「いえ・・・その・・・お心づかいはありがたく受け取ります。でも奏さん?一応言っておきますけどこういうのってセクハラともとられますよ?同性であっても。気を付けてくださいね?会社内で同じような対応してないでしょうね?」


昨今同性間においてもセクハラというものは成り立つご時世だ。それに奏は一つの会社を任されている社長。もしちょっとした問題でもあれば大きなマイナスイメージになることは避けられないだろう。


文の心配に、奏は心配してくれているという事に少しうれしいのか少し苦笑しながら大丈夫だよと告げていた。


『私とて大人だ。その点はきちんと良識を持っている。こういうことをするのは身内にだけだ。いやそれもまずいのか?』


奏の言葉に、自分も一応身内にカウントされているのだなと文はうれしくなりながらも小さくため息をついてしまう。


「そんなだから小百合さんに煙たがられてしまうんですよ。かわいがるのは結構ですが、限度というものがあるんですよ?」


『むぅ・・・そういうものか・・・?お前もなかなかいうようになったな』


「誰かさんと一緒にいるおかげで多少図太くなりましたから。生意気なことを言いました、すいません」


『いや、それでこそだ。ますますお前をうちに迎え入れたくなったぞ。大学を卒業したらうちの会社に来なさい。文ならきっと出世できるぞ?私が直々に鍛えてやろう』


奏が自分のことをここまで買ってくれているという事実はうれしく思うのだが、さすがにこの段階で将来を決めるほど文は早計ではない。


「ありがとうございます。将来の選択肢の一つに加えておきます。とりあえず今のところ確認できただけのことは報告しますね。康太は康太で動いてますから」


『ふむ・・・頼む』


文はとりあえず現段階で確認できた現象について報告する。まだ推論を話すべきではないと感じとにかく確認できた事象のみを奏に伝えることにした。


誤字報告を十件受けたので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです。

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