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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十九話「鐘子文奮闘記」
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答えは康太の中に

「はぁ・・・はぁ・・・さすがに・・・風呂入った状態で・・・あんなこと・・・するもんじゃないな・・・アホすぎた・・・!」


「あ・・・あんたが・・・抵抗するのが・・・悪いわよ・・・!」


入浴してから数十分後、康太と文は浴場の一角で倒れていた。湯船につかった状態で暴れたせいで二人とものぼせてしまったのである。


「あー・・・文・・・頼む、向こうにおいてあるバスタオル持ってきてくれ」


「あんたね・・・まぁいいわ・・・荷物ごと持ってくる・・・」


文は念動力の魔術を発動して部屋に置いてあるカバンごとバスタオルを持って来ようとする。


朦朧とする意識の中、文は康太のほうを見ていた。こんな状況でもしっかり局部は黒い瘴気で隠している。


なんとも律儀なことだと思いながらも、康太と文の間にカバンを置くと今度は康太がもぞもぞと手を動き始める。するとカバンが開けられていき、中からバスタオルが自然と出てくる。


遠隔動作の魔術を使うには自分の体を動かさなければいけないため少し不便なようだったがこうして手の動きを簡単に行えるため取り出すときなどは楽なのだ。


康太は自分と文にそれぞれバスタオルをかけながら大きく息をついて仰向きになる。


のぼせて意識がもうろうとしているおかげで先ほどの明らかに妙なテンションはなくなっている。


そのため冷静に考えることができるようになっていた。妙なテンションで暴れたせいもあってぎこちなさもなくなっていた。


康太は文のほうを見て小さく息をつく。のぼせているせいもあって辛そうだ。体全体から汗がにじみ出てその肌をすべるように落ちていく。


髪が乱れ息も荒い。そんな文の様子を見て康太は小さくつぶやいた。


「文・・・ありがとな」


「・・・それって何に対して?バスタオル?」


「違うって・・・好きって言ってくれて」


康太は素直にうれしかった。誰かに直接好きと言ってもらえることがここまで嬉しいことだとは思わなかったのだ。


今まで文の友人に好意らしいものを向けられたことはあっても、直接好きと言われることはなかった。


直接、目を見た状態で好きと言われることでここまで救われるとは思っていなかったのである。


自分の存在そのものを肯定してくれるような、そんな感覚。


そしてそれが文だったからこそ康太はその感覚が強く残っていた。


「・・・その話いまするの?ムードないわね」


「ごめん・・・でも今言っておく・・・ありがと・・・絶対に返事はする・・・ちょっと待っててくれるか?」


「・・・言ったでしょ?待つって・・・あんたがちゃんと答えを出すまで待っててあげるわ・・・いろいろと思うところがあるでしょうからね・・・」


文はゆっくりと息をつきながら仰向けになる。徐々にではあるが呼吸も整ってきている。思考は冷静なままではあるが少しだけ文を意識して話ができている。


一周回った状態とでもいえばいいだろうか、康太の今の精神状態は非常に安定している。だがそれでも今まで文に感じていたそれとは全く違う。


本当の意味で女性として意識し始めたとでもいえばいいだろうか、康太の中の文の立ち位置が変わり始めている。


「悩んで悩んで、もやもやしながらちゃんと答えを出しなさい。そうするしか方法はないんだから」


「うん・・・そうする・・・」


康太がどのように答えを出すのかは文には分らない。デビットと相談するのか、ウィルと相談するのか、アリスに相談を持ち掛けるのか、どうなるかはわからないが少なくとも康太は答えを出そうともがいてくれている。


そのことが嬉しかった。


少なくともまったく悩むこともなく拒否されることはなかった。そして悩んでくれているということは少なくとも憎からず思っているということだ。


文が自分自身で第一関門を越えたのだろうことを実感して、ゆっくりと康太のほうに手を伸ばした。

その髪に触れた時、康太は目を細める。


「どうした?」


「なんでもないわ・・・触れたくなっただけ」


「・・・なんか恋する乙女みたいなこと言ってるな」


「そりゃそうよ。私恋する乙女だもの。なんだと思ってたわけ?」


「いや・・・なんていうか・・・恋する部分はいいんだけど乙女って部分がな」


「あんたこの体を見てもそういうこと言う?ちゃんと乙女の体でしょうが」


「乙女っていうには自己主張激しすぎやしませんかね?」


「・・・しびれさせて抵抗できないようにしてやろうかしら?」


「すいません、勘弁してください」


まだ立ち上がることすらできないような状態で電撃を受けたらさすがに本当に何もできなくなってしまう。


そんな状態で文の誘惑に耐えられる自信は康太にはなかった。


康太は自分の髪に触れる文の手を握り小さく息をつく。小さくきめ細やかな手だ。自分の手とは違う。


康太は目の前にいる一人の女を見てこれからどうするべきなのか考えていた。








二人がまともに行動できるようになってから、康太と文はそれぞれ普段通りに過ごそうとしていた。


夕食をとるときも、そして備え付けのテレビでバラエティーを見る時も、明日の準備をするときも、比較的普通の、今まで通りの関係に近い対応をしていた。


考えると決めたからには必ず答えは出す。それは康太の義務だ。だがだからと言って今目の前にいる文をないがしろにするのはそれこそ失礼だ。


だからこそ、康太は今悩むのを一時的にではあるがやめていた。


悩んだところで今答えは出せない。今康太の中には文の告白に対して答えが出せるだけの材料がないのだから。


だからこそ、康太はひとまずいつも通り過ごすことにしていた。


だが、どうしても考えてしまう時がある。


それは眠るときだった。部屋に敷かれた二つの布団。気を利かせられたのか何なのかは不明だが、二つの布団はくっついた状態で用意されてしまった。


それはまだいいのだ、ダブルベッドで一緒に寝たこともある二人なのだからその程度のことは何の問題にもならない。


問題なのは、眠ろうとして静かにすると康太の頭の中に先ほど自分に対して告白してきた文の言葉や顔、声が浮かんでくるのだ。


話しているときは特に何も考えず、いつも通りに対応すればよかったのだが、静かになり、話すことがなくなるとどうしても頭の中で考え事をしてしまう。


そうすると先ほどの考えが浮かんでくるのだ。


いくら人並み外れた経験をしているとはいえ康太はまだ高校生だ。しかも思春期真っ盛りな男子高校生である。


そんな康太が告白されて平静を保てというほうが無理な話である。


すぐ隣には文がいる。自分を好きと言ってくれた文がいる。康太は目を細めて一瞬文のほうに視線を向ける。


暗闇でよくわからないが、文はもう寝ているのだろうか、ゆっくりとした息遣いが聞こえてくる。


康太は目を閉じて、自分の中にいるデビットに語り掛けていた。


人間だった頃、デビットは神父だったのだ。ならば迷える子羊の一人くらい導いてくれるだろうという淡い期待を抱きながら、自分の中にいるデビットを強く意識する。


そしてデビットも康太が何をしようとしているのか、何をしてほしいのかを理解したのか静かにざわめき始める。


だが言葉を返すわけでもなく、何かするわけでもなく、デビットは康太の中で静かにざわめき続けていた。


腹痛の時以外に初めて神に祈ってもいいと思ったのにと康太は内心舌打ちをしながらデビットに頼るのをやめて自分の中での文という存在がいったいどんな立ち位置にいるのかを改めて考えていた。


間違いなく文は康太の人脈の中でもトップクラスに位置する人物だ。それは信頼という意味でも好感度という意味でも同様である。


康太にとって文はかけがえのない存在だ。文がいなくなった場合、康太はどうなるか分かったものではない。


今までがそうであったようにこれからもそうであるのだ。


だがだからこそ、文の位置がわからない。


近すぎて文がどこにいるのかわからないのだ。


一心同体といってもいいほどに、康太は文と一緒に行動してきた。最近では特に会話などすることもなく完璧に連携ができるようになってきている。


まだであって一年も経過していないが、ほぼ毎日のように顔を合わせて一緒に行動しているのだ、そうなるのも無理もない。


だがだからこそ、一緒にいすぎたからこそ分からなくなってしまった距離感というものがあるのだ。


鐘子文。


康太が初めて、一人の魔術師として一対一で戦った魔術師。同級生で自分よりもずっと長く魔術師として生きてきた所謂先輩魔術師。


同盟を組み、時に助け、たくさん助けられてきた頼りになる相棒。


だがこれらは魔術師としての評価だ。今文は魔術師としてではなく、一人の女性としての評価を求めている。


では文を客観的に評価した時どうなるだろうか。


かつて康太の陸上部仲間の青山と島村、彼ら両名が文を狙っていたように文はかなりレベルが高い。


身長はそこそこでルックスもスタイルもいい。勉強もかなりできるという完璧に近い人物である。


それでもあえて欠点を上げるとすれば少々思ったことを言いすぎる点だろうか。彼女は嘘をつくということをしない。少なくとも康太に対して嘘をつくことはなかった。


だからこそこんなことを思うのかもしれないなと康太は苦笑してしまう。


ルックスも性格も、どこを取っても康太好みである。何よりずっと一緒にいて、康太のことをほぼ知り尽くしているであろう文が告白してきたのだ。


良いところも悪いところも見てくれているという確信がある。


その確信があるからこそ、康太はうれしかったのだ。だが同時になぜ自分は迷っているのだろうかと疑問に思ってしまう。


そこで康太は再び思い出していた、死の光景を。死の感覚を。


あの日、自分に襲い掛かった万を超える人々の絶望を。


文にも何度も言われて、抱えすぎるなと言われて、それでもなお自分は捨てきれないのだなと思い康太は自嘲気味に笑う。その時、不意に康太の目の前に妙な感覚がある。


目を開けるとそこにはまっすぐ立ってこちらを見ているデビットがいた。


土曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです。

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