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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十九話「鐘子文奮闘記」
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雪と康太への想い

「いやー、焦った焦った。まさかスキー開始して数十秒で魔術に頼ることになるとは思わなんだ」


「まだ人が少なくて助かったわね・・・あー恥ずかし」


康太と文は雪に埋まった後即座にこの状況から抜け出すべく魔術を発動していた。


康太は再現の魔術で周囲の雪を強引にどかしていき、文は自分たちの体に念動力の魔術をかけて強引に雪の中から引き抜いたのである。


無事に脱出することができたとはいえ、二人とも雪だらけである。スキーを開始する前から雪だらけとなってしまった康太はまるで犬のように体を震わせてまとわりついた雪を弾き飛ばし、文は手で体についた雪を振り払おうとしていた。


「これはあれだな・・・だいぶ気を引き締めて滑らないとな。まじで事故が起こりかねない」


「もう起きたじゃないの・・・まだあんまり速度が出てなかったからいいけど、あれを坂の上でやったらと思うと少し怖いわ」


「まぁその時はその時でまたばれないように魔術で回避しようぜ。よろしくおなしゃす文さん」


私任せなわけねと文はため息をついているが、康太は単純な念動力の魔術を扱うことができない。


そのため緊急回避となると再現の魔術を使った強引なものになってしまうのである。


さすがに何度も同じようなことを起こすわけにはいかないなと文も若干気を引き締めていた。


「ていうかこのままだといつまで経っても滑れる気がしない。ここはひとつ荒療治ってことでリフトで上まで行くか」


「坂で慣れようってことね?オーケーよ。実力行使はもう慣れたわ」


伊達に文も小百合や奏の指導を受けているわけではない。強引な力技に近い指導をこれまでこなしてきたのだ。この程度で後れを取るような精神構造はしていない。


とはいえさすがに先ほど焦ったのも事実。ハプニングが起きて康太と触れ合う機会が増えるのはいいのかもしれないがあれは肝が冷えてドキドキどころではない。別の意味でドキドキしたのは間違いないが文が望むのはそういったタイプのものではないのだ。


「まずは初級でいいだろ?ちょっとした坂なら問題ない!はず!」


「いいわよ。今日中に上級まで行けるようになるのが目標ね」


文は康太に追従する形でストックを操り何とか前進しようとしていた。ただの棒で進むというのもなんとも不思議な感覚だが、文は何とか康太に離されないようについていくことができていた。


「にしてもこれだけ雪があるのになかなか人が来ないな・・・もったいない」


「まぁ普通の土日だしね・・・それにまだ九時よ?昼頃にはもう少し増えるんじゃないかしら?すいてるのはむしろありがたいじゃない。事故が起きなくて済むし」


下手な段階で人と接触するという事故は割とよくあることだ。下手にスピードを出したせいで止まれなくなる。あるいは曲がり切れなくなるというのは割と簡単に起きてしまう。


スキーやスノボーはスピードを出すのは至極簡単だ。ただスピードを出した後の対処というのは地味に技術がいる。一歩間違えばクラッシュしてしまうだろう。


康太と文はリフトからゆっくりと降り、スキーの滑り方を徐々に思い出しながらスタート位置についていた。


「よっしゃ。とりあえずあのリフトまで戻るか。勘を取り戻すつもりでしっかり行くぞ」


「はいはい。先に行って、ついていくから」


「あいよ。後ろは任せた」


別に戦っているわけではないのだから後ろを任されても困るのだがと文は眉をひそめながらも宣言通り康太の後ろをぴったりとついていく。


康太もまだ勘を取り戻している途中なのか、比較的スローペースで滑っている。もしかしたら自分に気を遣っているのかもしれないと文は苦笑していた。


最初からあんな醜態をさらしたのだから無理もないかもしれない。明らかに滑り慣れていない動きをしてしまったせいで恥ずかしいところを見られてしまったと文は反省してしまっていた。


「文―、ついてきてるかー?」


「後ろにいるわよ。あんたは気にしないで滑ってなさい」


康太の動きを真似ることで文も比較的スキーの動きを思い出してきたのか、割と軽快に滑ることができていた。


長いこと滑っていなかったが、案外体が覚えているものだなと滑るのが少しだけ楽しくなりながら文は少し速度を出して康太を追い抜く。


「ちょっと遅いんじゃない?もうちょっと速度出してもいいのよ?」


得意げな表情を浮かべた文に対して康太は笑みを浮かべて若干身をかがめる。


「言ったな?んじゃ速度上げるぞ!」


「ついていくからね!後ろは任せなさい!」


「振り落とされんなよ!?」


いつの間にか競争のようになってしまっているこの状況に、文はロマンチックも何もあったものではないなと苦笑してしまうが、これはこれで楽しかった。


康太と競い合うのは楽しい。


康太が自分のことを認めてくれている、信じてくれているあかしだと思えるからこそ文はこの瞬間が楽しかった。


後ろを振り返ることなく速度を出し続け時折カーブして見せる。振り落とされるなと言っておきながら背後のことは全く気にする様子がない。


文ならばついてくるだろうという確信があるのだ。その事実が文はとてもうれしかった。


このままついていきたいと文は本心から思う。そしてリフトに到着する寸前で、康太と文は止まり損ねて二人一緒に再び新雪に突っ込んでしまった。


「いやはや・・・調子に乗るもんじゃないな・・・」


「でもだいぶ思い出したじゃない?割と軽快に滑れるようになってきたし」


文と康太は着々とかつて滑っていた時の記憶を思い出していた。スキー板の操り方や体重移動の仕方など、もともと運動神経は悪くないため思い出すのも割と早かった。


午前中にはすでに初級から中級コース、最後には上級コースも滑ることができるようになっていたほどである。


康太と文は一度小休止するため、昼食もかねて近くにある売店と一体化したスキー場の施設にやってきていた。


そこには大規模な食堂もあり、一種のフードコートのようになっていた。康太と文はそれぞれ昼食を注文しそれぞれ口に運んでいた。


ちなみに康太はカレー、文はラーメンを頼んでいた。


「にしてもそこそこ人も来たな。やっぱシーズンだからっていうのもあってそれなりには人が入るんだろうな」


「そりゃそうでしょうよ。そうじゃなきゃつぶれちゃうわ。でも多分泊りがけでスキーする人って少ないんじゃないかしら。特に私たちみたいに金曜日の夜に来て日曜日に帰るってタイプは」


「まぁそこまで忙しく動けないわな。特に社会人なんかは・・・金曜日に休みとれるかどうかなんてはっきり言って運もからむし」


「かといって学生だけで旅行するにはちょっと金銭的につらいものね・・・私たちはちょっと事情が異なるけど」


康太たちは魔術師として行動していた時の報酬がかなりそれぞれの口座にたまっている。康太に至っては曲がりなりにも封印指定にかかわる事件を二つ解決してきた。そのため資金は潤沢といっていいほどに存在しているのだ。


もっとも遊んで暮らしていけるほどの大金ではないが。


「こういう時は特殊な事情でよかったって思うよ。こうして堂々と文と一緒に行動できるしな」


「・・・それって何?うれしいわけ?」


「うれしいぞ?なんで?」


「・・・いや・・・何でもないわ」


文はどんぶりの中にあるスープを飲むふりをして自分の顔を隠す。今顔が赤くなっているのがわかる。ただでさえ一緒に行動しているというのは意識してしまうが康太の口から言われるとなおさら意識してしまう。


そして意識すると思いだす、今日が文にとって勝負の日であるということを。


バレンタインデー、一年に一度訪れる恋人にとって重要な日。


これほど緊張するバレンタインは文にとっては初めてだ。少なくとも今までの記憶の中でここまで気合を入れた日はない。


今日、文は乗り越える、いや達成しなければアリスに笑いものにされてしまう。それだけではなく文自身が自分を許せなくなるだろう。


いい雰囲気を作り出すことができるかどうかはさておき、渡すべきものは渡さなければいけない。


今は旅館のバッグの中に入れてあるチョコレート。結局シンプルなハート形のチョコにした。それを康太に正々堂々と渡す。


これほど難しいことはない。何せ『義理だから』とか『日頃の感謝の気持ちよ』とかそういうことを全く言わずにただ渡して『好きよ』と言わなければいけないのだ。


たった三文字がこれほどに言いにくいとは思わなかっただけに文は内心冷や汗をかいていた。


ドラマや小説の中の主人公やヒロインはなぜこんな言葉を当たり前に言えるのだろうかと不思議になってしまう。


何度シミュレートしても、何度考えても康太が微笑んでうなずいてくれる光景がイメージできない。


自分に自信がないわけではない。康太に好かれている自信はある。だがそれが異性に対してのものではないことくらい文も理解している。


そんなことを考えているとき、アリスの言葉を思い出した。あの時アリスは告白によって康太の考えを変えろと言っていたのだ。


告白することで康太の意識を変える、ただの相棒ではなく、恋人にもなれる異性であるということを意識させる。


まずは色仕掛けでもしてみるかと考えるが、そんなことをした時自分がどうなってしまうのか想像もできなかった。


「・・・み・・・おい文」


「うえぁ!?な、なに?」


「見ろって、でっかい雪だるまだぞ。近くの子供が作ってるみたいだ」


康太が窓の外を指さすと、その先には確かに子供たちが雪を一カ所に集めて大きな雪だるまを作ろうとしているのがわかる。


こんなにも悩んでいるというのにのんきなことだと文は若干憤慨したが、こんな康太を好きになってしまった自分が悪いと言い聞かせることにした。


とはいえ、平静を保てなくなるほどに緊張しては元も子もない。


ここはあらかじめ康太にバレンタインを意識させる必要がある。そうすればもしかしたらという気持ちから、文への意識も変わるかもしれない。


カレーを口に運びながら外で雪だるまを作ろうとしている子供たちの様子を眺めている康太を見て文は意を決する。


この言葉は慎重に出さなければならない。少しでも対応を間違えればまたいつも通りの関係に逆戻りだ。そんなことにならないために今ここで、はっきりと康太の考えを聞く必要がある。



日曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです。

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