スキーの始まり
「ねぇ康太、今回の旅行のことって誰に話した?」
「誰って・・・師匠に姉さん、神加にアリス、あとうちの親とか・・・それと奏さんと幸彦さんには話してあるぞ?」
情報の出どころはこいつだったかと文は眉をひそめながら額に手を当ててしわの寄っている眉間を隠そうとしていた。
「ねぇ康太・・・今回のこの状況、奏さんが何かしてることって考えられないかしら・・・?」
「奏さんが?なんで?」
「だってあり得ないじゃない。こんなタイミングでこんなことが起きるなんて・・・普通なら何百回に一回くらいの確率でしょ?」
文の言葉にそうなのか?と康太は首をかしげる。ネットなどではよくこういった話を見かけるためにこの状況もそこまで珍しいものではないと康太は考えているらしい。
いや、そもそも珍しいものだったとしてもそれはそれでただ単にありがたいだけの話なのだ。
簡単に割り切れるか割り切れないか、康太と文の違いはここである。
「仮に奏さんのやったことだとしたらもっとわかりやすくするだろ。ちょっと今回のこれは回りくどくないか?奏さんらしくない」
「それは・・・そうかもしれないけど・・・」
奏は良くも悪くも竹を割ったような性格だ。真正面から物事を捉え、ありとあらゆる意味で正々堂々という言葉が似合う女性だ。
そんな彼女がこのような回りくどいことをするとは思えない。もし仮にするとしたらまた旅館の人間に手紙の一つでも渡すだろう。
そう考えると奏の仕業ではないように思えてくる。だが文のことを応援している奏が文に気付かれないように支援しているとしたら。そう考えると奏の仕業もあり得るように思えてくるのだ。
康太にこのことを説明できればいいのだが、できるはずがない。
文が康太が好きであるという情報が前提にあってこの仮説は成り立つのだ。でなければなぜ奏がこのようなことをするのか全く分からないのだから。
「まぁまぁ、せっかくの旅行なんだしいいじゃんか。こういうのは楽しんだもの勝ちだぞ?ツイッターとかでつぶやいときゃいいんだよ、ラッキーだって」
「・・・ん・・・まぁ・・・そうなのかもしれないけど・・・」
実際ラッキーなのは間違いない。旅館側からすればミスを公にしてもらいたくはないだろうからSNSなどで拡散はしないが、確かに康太の言うように純粋に楽しんでもいいのかもしれないと文は少しだけ康太の楽観的思考を真似ることにした。
「・・・そうね、あんたの言う通りかも・・・最近なんか妙に考えることが多かったから疑い深くなっちゃってるのかしらね」
「あー・・・それはちょっとわかるかも。変に考えること増えたからな。魔術師としての行動でまともに考えなくてどうにかなることって少ないし・・・」
最近康太と文は考えなければどうにもならない状況が増えてきている。ただ戦えばいいのではなく、戦いの先にあるものを見つけなければ依頼を達成できないということが多くなってきた。
考えるということは悪いことではない。むしろ良いことだと康太と文は思っているのだが最近は考えることが多すぎて少し疑い深くなっているのは否定しきれない。
そういうこともあったから康太は今回旅行に行くというのを即決したのだ。少し休息が欲しいと思ったのである。
「それじゃお風呂行きましょうか。大浴場のほうでしょ?」
「おうよ。しかもこの旅館マッサージとかやってもらえるんだぞ?カフェっぽいのもあるし」
「へぇ・・・じゃあお風呂上りにちょっとやってもらう?って言っても私たちそこまで肩も凝ってないでしょうに」
「肩は凝ってないんだけど割といろんなところが硬くなってる気がするんだよな・・・筋肉がついてきたせいなのかわからないけど」
康太はそういって軽く柔軟のような動きをする。康太は常日頃から運動をしているから肩こりといったことは無縁のように思える。
そしてそれは文も然りだ。部活に魔術の修業に明け暮れているために運動不足になることも少ない。
だがマッサージというのはあこがれるのもまた事実。高校生でありながらマッサージを所望するのもどうかと思ったが、こういうものは旅ならでは、楽しまなくては損というものである。
特にせっかくこういう旅館に泊まったのだ、体験してみて損はない。
「この旅館のお風呂ってどれくらいの大きさ?種類とかあるの?」
「でかいのに加えて露天と・・・あと電気風呂があるらしいぞ?文とは相性いいんじゃないのか?」
「私セルフで電気風呂できるんだけど・・・まぁ本場を体験してみるのもいいかもしれないわね」
雷属性の魔術を得意としている文は自分の力で電気風呂を作り出すことくらい朝飯前なのだ。
とはいえ魔術で作り出したものであるために本物のそれとは若干違うところもあるかもしれない。
文は意気揚々と入浴の準備を始める。
せっかくの旅行だ、楽しまなくては損だ。特に康太と一緒に、二人きりで魔術師としてではなくただの一般人としての行動だ。
精一杯楽しみ、そして最後はびしっと決めなければと文は意気込みながらバスタオルを握りしめていた。
翌日、康太と文は旅館から移動しスキー場へと足を踏み入れていた。
一面真っ白な雪、雪、雪。見渡す限り延々雪が続くその景色に康太と文は感動していた。
宿泊している旅館からすぐのところにあるこのスキー場、広く、高く、なおかつその雪質もスキーに適したものとなっている。
夜ではわからなかった雪景色を文と康太は満喫していた。
「いやー・・・やっぱりリフトとか坂とか見るとスキーに来たって感じするな」
「そうね。すごく久しぶりだけど・・・滑れるかしら・・・?」
文は不安に思いながらも足元にある雪を軽くつまんで握りしめる。
パウダースノーといわれる類の雪でほとんど固まらないが、その分柔らかく滑りやすい環境になっている。
これで滑ることができなかったら単純に文の運動能力が低いということになりかねない。
「すいません、レンタルお願いしてた八篠です。今日はよろしくお願いします」
「あぁいらっしゃいませ。えっと・・・男性用と女性用ですね・・・指定のサイズのものは用意してありますが、一応履いてみて確認していただけますか?もしサイズが合わないようであれば別のものと取り替えますので」
「ありがとうございます。それじゃさっそく・・・」
康太と文はあらかじめ予約してあったスキー用品を装備していく。特に重要なのはスキー用の靴だ。
完全に固められた長靴という印象が強いその靴は、しっかりと足が固定されていないと捻挫などになりかねないためにしっかりとサイズの合うものを用意しなければならない。
康太は久しぶりのスキー靴の感触にテンションを上げながらその場で軽く準備運動をしていた。
二人ともサイズは問題なく、その場でスキー板とストックを受け取りさっそく滑りに行こうとしていた。
「よっし・・・それじゃ滑りに行くか!リフト券も買わなきゃな」
「あー・・・この感じ懐かしいわ・・・この歩きにくい感じ・・・こんなに歩きにくかったかしら?」
「久しぶりに履くと感覚わからないだろ。とりあえず軽く準備運動しておくか?股が割けないように注意な」
「さすがにそんな間抜けなことにはならないわよ・・・」
初心者であることは否定しないが、一回も滑ったことがないというわけではないのだ。多少の動きは覚えていると信じたい。
「・・・ていうかあんたゴーグルじゃないのね」
「おぉよ、グラサンにしてみた。どうよ、かっこいいか?」
康太のスキーウェアは黒を基調としてところどころに赤色のラインの入ったものだ。そしてオレンジのニット帽にスキー用のカラーサングラス。
満面の笑みを浮かべる康太に文は少しだけ微笑んでしまう。
「そうね、にあってるわよ。康太っぽいわ」
「ふふふ・・・そうだろうそうだろう。文も似合ってるぞ。なんかぽわぽわした感じでかわいいな」
「・・・あ・・・ありがと・・・」
文は薄い緑を基調としたスキーウェアだ。首部分にファーがあしらってあり、文のつけているニット帽やイヤーウォーマーも相まってふさふさした印象を与えていた。
単純にかわいいといわれて喜ぶ当たり文は自分を単純だと思ってしまうが、うれしいものはうれしいのだ。単純に褒められるだけでもこんなにうれしくなってしまうのだから始末に負えない。
寒さのせいで頬が赤いのが幸いし康太は気にしていないようだったが、文は今少しだけ顔が赤くなってしまっていた。
「天気もいいからだいぶ楽しく滑れそうね・・・最初はゆっくり滑ってよ?」
「わかってるって。俺も勘を取り戻すためにのんびり滑るよ。っていうか俺のほうが先に転びそうだ」
普段足場がしっかりしているところで行動しているせいもあって、スキー板を取り付けてみるとその滑りの良さに康太は若干ふらふらしてしまっていた。
二人とも久しぶりにスキーをたしなむということもあって正直慣れるまで時間がかかりそうである。
文はふらふらしそうな康太の裾を掴んで転ばないようにすると、自分自身もふらふらしながら康太の後についていくことにした。
こんなにスキーとは良く滑るものだっただろうかと少し自分の記憶と違うことに驚きながらも、徐々に文の体は康太よりも先に運ばれていく。
「あれ?あれ!?ちょ!康太止めて!」
「待て待て待て待て!引っ張るな!俺も体勢がやばい!」
康太の腕を引っ張ったまま加速していく文を止めようと康太は必死にスキー板を八の字にしようとするのだが、文のスキー板と絶妙に干渉しあいまったく動かすことができなくなってしまっていた。
文は康太の腕をつかんだ状態でまるで思い切りのけぞり、康太は文を支えようと必死に力を入れているがかなり前傾姿勢になってしまっているせいで力が籠められない状態になってしまっている。
「やばい文!このままだとやばい!転ぼう!転んで止まろう!」
「転ぶってどっちに!?右!?左!?」
「右だと俺が轢きかねないから左にってぶば!?」
康太と文は転ぶよりも早く売店の近くに高く積み上げられていた雪の山に突っ込んでいく。
しかも新雪であったのか、二人の体の形をくっきり残した形で雪の奥深くまでめり込んでしまっていた。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです。




