アリスの宗教観
『ハロー?どうしたフミ、せっかくコータとの旅行中だというのに・・・ひょっとして忘れ物か?』
「ちょっと聞きたいことがあってね・・・アリス、あんた今回の旅行のこと奏さんに教えたりした?」
文の言葉にアリスは本気で何を言いたいのかわからないのか電話越しに疑問符を浮かべてしまっていた。
予約していた部屋が旅館の手違いでグレードアップしていた。こんなことができそうなのは奏くらいしか考えられない。
ただの偶然にしてはタイミングが絶妙すぎるのだ。こんな偶然があり得るのか、その確率がどうこうと文は言うつもりはない。
まずこの事象が人為的に引き起こされたかどうかを確認したかった。
だが数秒して文が言わんとしていることを察したのかなるほどなと小さくつぶやいてため息をつく。
『あいにく、私はカナデには今回の件何も伝えていないぞ』
「本当に?神に誓える?」
『私は神に何かを祈るほど敬虔ではないが・・・まぁいい。何に誓っても構わんぞ?私はカナデには何も言っていない』
「・・・そう・・・となると本当に偶然なのかしら・・・?」
文は携帯を片手に額に手を当ててため息をついてしまう。部屋の探索を終えた康太はすでに風呂に入る準備を着々と進めている。
奇妙奇天烈なことに巻き込まれてきた康太にとってこの程度のハプニングは何の障害にもならないらしい。
もっとも文としてもこうしたハプニングはありがたくもある。だが第三者の介入があると考えると非常に複雑な気分になってしまうのである。
『ホテルに泊まりに行ったら部屋が妙に豪華だったとかそういったところか?』
「ご名答よ。その旅館バージョンね・・・旅館側の手違いでなんか妙にグレードの高い部屋に変わってたのよ」
『なるほど、カナデならばそのくらいはできそうだが・・・なぜそれで私のところに電話してくる?直接本人に聞けばいいだろうに』
「・・・いや・・・もし奏さんの仕業じゃなかった時、疑ったって思われるのはちょっとあれなのよね・・・いつも善意でいろいろしてもらってるから・・・」
本当なら奏に直接いろいろと聞いておきたかったのだが、奏がもし犯人ではなかった場合、普段の善意そのものを完全に無視するということになる。
あれだけ世話になっておきながら何かあったときに奏を疑うというのは本当は文とてしたくないのだ。
とはいえこのようなことができそうな人物が奏以外にいないというのも事実。これが本当に偶然だとしたら、そう考えると偶然にしてはできすぎたこの状況が人ならざる者の手によって作り出されているのではとさえ思ってしまう。
『まぁ人為的かどうかはさておきよかったではないか。これもなにかしらの神の思し召しかもしれんぞ?』
「神って・・・いったい何の神様よ?」
『さぁ?恋心の神とかそんなところではないのか?あいにく私は神も仏もキリストもブッダも信じておらんのでな。』
アリスならばそういうとは思っていたが、恋心の神というのは何とも珍妙な神もいたものだ。
だが一応イギリス出身でなおかつ今よりずっと宗教が信じられていた時代に生まれておきながらその反応はどうなのだろうかと文は眉をひそめてしまう。
「あんたそれでいいの?無宗教の私が言うのもなんだけど、白人とかって結構そういうのうるさいんじゃないの?一応イギリス人でしょうに」
『確かにイギリス人だが、イギリス人全員がキリシタンというわけではないぞ。日本人全員が米を毎日食らっているわけではあるまい。それに私はあまり宗教というものがあまり好かん』
「へぇ・・・意外ね。まぁ魔術師な時点でお察しかしら?神様の存在なんて信じるくらいならって感じ?」
『神の存在云々ではなく、宗教の考え方の話だ。宗教は神ではなく人間が作り出したものだ。誰かが作り出したものを信じようとは思わん。文はどこの誰とも知らない人間が書いた小説に書かれたものを真実であると妄信するのか?』
「・・・なるほど・・・それがあんたの宗教観ってわけか・・・」
『否定しようとは思わんがな。率先して信じる気にはなれんさ』
アリスは長く生きすぎたせいでいろいろと達観しているところがある。宗教を信じるか否かではなく、信じるつもりはなく、また否定するつもりもない。
宗教の良いところも悪いところもはっきりと分かってしまっているがゆえにそれ以上踏み出す気にはなれないのだろう。
とはいえ今の状況、神が何かいたずらでもしたか、あるいは何者かの作為的な意思を感じてしまうのも事実。
文の言う恋心の神とやらの存在よりも、身近な世話になっている人物の行動を疑うべきなのだろう。
「まぁいいわ・・・こっちはこっちでこの状況を楽しむことにするわ・・・そっちはお願いね?」
『任されよう。面白い話をたくさん作ってきてくれると私としてはとてもうれしいぞ。可能ならばさっさとくっついてしまえ』
「・・・善処するわ」
可能かどうかはさておいて努力する姿勢は見せながら文は通話を切る。今にも大浴場に走り去りそうな康太を捕まえて文は小さくため息をついた。