康太を変えるには
「週末?別にいいぞ?」
翌日、昼食時にさっそく文がダメもとで康太に今週末どこかに旅行に行かないかと告げたところ、康太から帰ってきたのはノータイムのオーケーだった。
考える余地すらなく、まったく悩むそぶりすら見せずに文の提案を了承して見せる康太に文は少しだけ不安さえ覚えてしまっていた。
「あんたね、もうちょっと予定を確認するとかしなさいよ・・・ちょっと不安になるじゃないのよ」
「そうは言うけどな、ぶっちゃけ週末なんて師匠のところで修業する程度しかやることがないんだ。修業も大事だけどしっかり遊ぶのも大事なんだよ」
日々の修業は欠かせないものだ。それは康太にとっても文にとっても同じこと。だが康太にとっては日々の修業より文との遊びのほうが優先順位が高いのだろう。
そういう意味では喜んでいいのか微妙なところだが、ここまで即断されると申し訳なくもなってしまう。
「じゃあ・・・どこに行きたい?」
「え?どこに行くか考えてないのか?」
「うん・・・ぶっちゃけ旅行に行きたいってことしか考えてなかった」
本当のことを言えば母親にたきつけられて旅行に行こうと言い出したものの、どこに行こうか何をしに行こうかなどと全く何も考えていなかったのである。
一応一晩考えたものの、どこも候補が見つからなかったのだ。
そもそも旅行と一言にいわれても場所によってやることは大きく変わる。観光地であれば観光地を巡り、温泉などであればゆっくりとした時間を過ごし、食べ物が有名であれば食べ歩きなど、場所によってやることもできることも違うのだ。
そもそも康太と文がどのようなことをしたいのかも決まっていない状態で行先など決められるはずもない。
「そうだな・・・ちなみに土日使っていくってことだろ?」
「そうね・・・場合によっては金曜日の夜からっていうのもありかなって」
「お、いいじゃん。金曜日の夜から移動して、どっかのホテルで一泊して、一日遊んで日曜日の夕方くらいに戻ってくる。いいプランじゃないか?」
文の計画のけの字もなかった状態から、康太はポンポンと自分の考えを口に出してくる。こういうことを考えるのは得意なのかと文は少しだけ意外に思いながら、それならばどこに行くかということを考えていた。
「でもどこに行きましょうか・・・正直本当にどこに行こうか考えてないのよ・・・なんかこう思い浮かばなくて」
そもそも今回のことは康太と一緒に旅行が行くことが目的ではない。正確に言えば目的の一つなのだが、その真なる目的は康太の意識改革だ。
康太の意識を変えられるだけの状況を作り出さなければいけないだけにそれはなかなかに容易なことではない。
いったいどこならば康太の意識を改革できるだけのシチュエーションを作れるだろうかと文は悩んでいた。
一晩考えてもなにも思いつかなかったのに、こんな状況で都合よくポンと思い浮かぶはずもない。
文が頭の中であぁでもないこうでもないと悩んでいると、康太は軽く手をたたく。
「それならあれだ、せっかく冬なんだしさ、スキーとか行かないか?」
「え!?スキー?たぶんこの時期だとすごい混むわよ・・・?」
スキー。二月の半ばということもあってまだまだシーズン真っ盛りだが、確かに悪くはないかもしれない。
ゲレンデの独特の空気などもある。それこそ一昔前はカップルなどが大量にいたくらいだ。スキーで一日滑り続けることだってできなくもない。
悪くない選択だなと思いながら、文は悩んでしまっていた。
文の言った通りこの時期だとスキー場もおそらく混む。予約などが間に合うだろうかと不安になってしまったのだ。
「ちょっと待ってろ?んー・・・うんうん・・・泊りで行けるスキー場、ちょっと時間かかるかもしれないけど・・・うん、割と空いてるぞ?」
「え?本当に?」
「ほれ、まだ泊りがけの客の予約受付中ってある。昔なら予約難しかったかもしれないけど、最近スキー人気も下火だからさ、割とギリギリでも行けるんだよ」
かつてスキーが流行になっていたころ、それこそ雪が融けるぎりぎりまでゲレンデはスキー客で埋め尽くされていたこともある。
だがスキーの人気が下火になってきてからはそういった状態のスキー場は少なくなっている。
シーズンにもかかわらず客がまばらというスキー場もあるくらいだ。とはいえやはりシーズンだけあって近隣のホテルがすべて埋まっているというのも少なくない。
だがただの土日。三連休でも何でもない日ならば比較的ねらい目である。
「さすがに直通とかのツアーはないけど、新幹線と在来線乗り継いだりすればたどり着けなくないな・・・どうする?もう場所決めちゃうか?」
スキー。文も何度かやったことがあるがそれは子供の頃の話だ。最近は全く滑ったことがないために上手く滑ることができるかも怪しいところである。
だがシチュエーションとしては悪くないかもしれないと文は考えていた。思い立ったが吉日という言葉もある。ここはスキーに狙いを絞ったほうがいいかもしれない。
「いいわね・・・決めちゃいましょ。どうせなら温泉とかも入りたいかも」
「いいね。じゃあ探して予約しちゃうぞ?あと新幹線もだな・・・学校終わって一度家に帰って集合してだから・・・十八時の新幹線でいいか?」
「えぇ、お願い。悪いわね、私から言い出したのに・・・」
「気にすんなって。週末が楽しみになってきた」
康太の屈託のない笑みを見て、文はこの旅行中に何とかして見せると小さく意気込む。難しいかもしれないがそれでもやってやれないことはないのだと自分に言い聞かせながら。
『ほほう?スキーとな』
「うん・・・だから悪いんだけど、その間神加ちゃんのことを頼みたいのよ・・・私が頼むようなことじゃないと思うんだけどね」
康太とスキーに行くと決まったその日の放課後、文はアリスに電話していた。直接小百合の店に行って頼んでもよかったのだが、直接会いに行くとどうせからかわれるだろうと思って電話にしたのである。
それに急に話を決めたためにいろいろと準備も必要なのだ。
何せスキー用の道具も持っていないし、さらに言えばバレンタイン当日に渡すためのチョコも作り上げなければならない。
今週に関しては本当にやることが急に増えてしまったためにもはや文に残された時間はわずかしかないのである。
『ふむふむ・・・なるほどなるほど、良いではないか。楽しんでくるといい。ミカのことは私とマリに任せるがよい。せっかくのチャンスだ、これは気合を入れて支援してやるべきかの?』
「余計なことはしないで。ていうかあんたが支援なんてするとろくなことにならないわよ。なるべく自然な形で・・・なるべく穏便に事を進めたいんだから・・・」
穏便にと言っているものの文の声にはやってやるという意気込みが伝わってくる。
アリスだってバレンタインの意味くらい知っている。日本のバレンタインが諸外国のそれとは少々異なった趣を持っているというのも理解している。
それ故に今回の文のこの様子が一種の勝負に出ているのだということが電話越しにでもアリスに伝わってきた。
『・・・ふむ・・・良いだろう。私が直接支援するのはやめておこう。とはいえ今まで延々と寸止めを食らっていたのだ、ここで決めなかった場合、ひどいことになるぞ?』
「ひどいことって・・・なんでそんなことされなきゃいけないのよ」
『延々と引っ張ったところで事態は好転せん。コータはお前を決して嫌っておらんのだからせめて告白くらいはしてこい。さもないと・・・』
「さもないと・・・どうなるのよ・・・」
『そうだな・・・翌日からお前の自由はなくなると考えろ。常に私の思うが儘に行動させてもらう。嬉し恥ずかし恥辱の毎日にご招待だ』
その言葉に文は猛烈に嫌な予感がしていた。何せアリスはその気になれば本当にその人間の動きを思いのままに操れるのだ。
かつて恋人ごっこをした時にまるで操り人形のごとく意のままに操られたことを思い出して文の頬を冷や汗が伝う。
彼女が本気になれば体の動きだけではなく、声や視線の向きまでも自由自在に操ることができるかもわからない。
そんな危険人物に自分の肉体を自由にさせたら一体どうなるか分かったものではない。無抵抗でいたらそれこそいつの間にか康太と一線を越えていたなんてこともあり得るのではないかと文は邪推してしまっていた。
それはそれでと思ったがそんなことは許されないと文は首を強く横に振る。
「そうならないように努めるわよ・・・っていうかなんでそんなに意気込んでるわけ・・・?別に私と康太の・・・魔術師としてでもなくただの人間の恋バナなんて面白くないでしょうに」
『馬鹿を言うな、他人の恋バナほど面白おかしいものはないぞ。最近は少女漫画も読むようになってきてな・・・このもどかしさ、切なさ、いやなかなかに心躍るではないか。文もぜひそういう風になってほしい』
やはりこいつは人のことも娯楽程度にしか見ていないのだなとあきれてしまうが、それでも彼女の言葉の中にほんのわずかなやさしさが含まれていることに文は気づいていた。
娯楽などではなく、同盟関係だからというわけでもなく、アリスは単純に文と康太に仲良くやってほしいのだろう。
個人的に嫌いではないからこそ、この辺りで一つ新しい関係になってほしいと願っているのだ。
「ところで・・・アリス的にはどういうシチュエーションがいいと思う?やっぱりチョコを渡すときかしら?」
『なんだ、告白するときか?私は男ではないから何とも言えんが・・・んー・・・コータだったらどんなタイミングでも目を丸くすると思うぞ?』
アリスの予想に文は確かにと少しだけため息をついてしまう。何度か康太に告白するその状況を想像してきたのだが、何度告白しても康太は目を丸くしてしまうのだ。
もちろん嫌な意味ではない。純粋に驚いたという意味で、思いもよらなかったというような感じでとにかく驚くのだ。
それ以外の反応が予想できない。告白した瞬間に俺もお前が好きだなんてことを言うことはまずありえない。
文の中の康太はいつも決まって目を丸くし、そのあと困ったように笑うのだ。そしてあの表情を浮かべる。
文が何度か見たことがある表情。抱えきれないものを抱えようとして、どうしようもなくなっているときのあの表情。
康太はどうあがいてもあの感情を捨てられない。それは文もわかっている。何度言っても変わらなかったのだ、おそらくこれから何度言っても変わることはないだろう。
だからこそ文は康太が変わらないのであればそれを支えると決めた。どうしようもないのであれば強引に押し付けるしかない。
とはいえ好意の押し付けというのは少々どうかと思ってしまう側面もある。好意とは互いに向けあってこそうまくいくのだ。片方からの一方通行では何の意味もない。
文は確かに康太のことが好きだが、別にストーカーなどになるつもりは毛頭ないのだ。
とはいえ康太の意識を変えるのは何か、今までの考えをすべてぶち壊すレベルでの衝撃が必要となるだろう。
それをどうにかしなければならないと文は悩んでいた。
日曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです。