最後のお節介
とりあえず康太は山の案内に行った文が帰ってくるまで協会のエントランスの一角で待つことにした。
ひとまずやるべきことをすべて終えたのだ。今後の方針、というかとりあえず文に礼を言わなければならない。
自分のわがままに付き合わせてしまったのだ、康太としては文に何かしら礼をしないといけないと強く感じている。
いったいどんな礼をすればいいだろうかと康太が悩んでいると、そんな康太に近づく一人の魔術師がいた。
魔術協会の中で魔術師が近づいてきたことに康太は珍しいこともあるものだと少しだけ驚いていた。
康太のことは協会内でも割と知られているほうだ。そしてその中でも最も多くの者が知っているであろう事実が『デブリス・クラリスの弟子である』ということ。
多くの実績を重ねてきた康太だが、結局この事実によって一部の魔術師を除き近づいてくるものはほとんどいないのが現状だった。
だからこそ自分に近づいてくるのがどんなもの好きなのか興味があった。だがその仮面を見た瞬間、康太は眉をひそめてしまう。
今一番会いたくない人物だったからだ。
「やぁ。数日ぶりだね、ブライトビー」
「・・・なんだあんたか。その後元気でやってるか?ハクテイ」
康太に近づいてきていたのはハクテイこと堤博だった。
あの日、康太が彼を協会に連れてきて以来の再会にハクテイはほんの少しだけうれしそうにしていた。
仮面の上からでもわかる感情の機微に、康太はわかりやすい人だと思いながら小さくため息をつく。
「何か用か?割と暇だけど俺はあんたに用はないぞ?」
「そういわないでほしいな。こちらとしては君に用があるんだから」
「へぇ・・・どんな?」
用がある。いったい何だろうかと康太は素直に疑問に思ってしまっていた。
堤が康太に何の用があるというのか、また魔術師としていろいろ教えてほしいとかそういう話だろうかと康太は考える。
堤に魔術師としてのまともな知り合いなどいない。いるとしたらここまで導いた康太だけだ。
そう考えると頼れる相手が康太しかいないのだから、どうにか頼ろうとするのもうなずける話である。
もっとも頼られたところで力を貸すつもりは毛頭なかったが、堤の言葉は康太の予想を裏切るものだった。
「君にきちんと礼が言いたくてね・・・君のおかげで、妻と子の敵を討てるかもしれない・・・君の知り合いを巻き込みかけておいて言える義理ではないというのはわかっているが・・・本当にありがとう」
そういって堤は深々と頭を下げてきた。年齢の差とか、この場にいるその他大勢の人間の視線だとかそういうものは一切関係ないというかのような正々堂々とした感謝の礼。
大の大人がここまではっきりと頭を下げるのは珍しいなと康太は目を丸くしてしまっていた。
「気にしなくていいよ。こっちはこっちで事情があって動いていただけだから。それよりあんたこれからどうするんだ?魔術師として生きるのか?」
「・・・いや、妻と子の敵を討ったら・・・魔術のことは忘れて生きていこうと思う・・・どうにもこういうのは私にはあっていないように思えてね・・・」
魔術のことを知りながら魔術のことを忘れて生きる。それがどれだけ難しいことか堤は理解していないだろう。
だができるならそうしたほうがいいのも事実だ。魔術師として生きるよりも一般人として生きているほうが堤にはあっているように思える。
無理して茨の道に入り込むことはない。それを知ってるからこそ平坦な道をあえて行くというのも立派な選択だ。
もっとも、彼が一般人として生きていけるかどうかはまた別問題なわけだが。
「そうか・・・まぁ頑張れ。悔いのないようにな」
「ありがとう。何か君に言葉以外のお礼でもできたらいいのだけれど」
「だからいいって・・・俺は一人の魔術師として自分で行動した、その結果偶然あんたの助けになる形になっただけ。そういうことにしとけって。そうじゃないといろいろと面倒くさくなるぞ?」
「・・・ふふ・・・君はお人よしだな・・・それに妙に素直だ」
今のやり取りで素直だと受け取った堤の感性を康太は疑ってしまう。明らかにひねくれた発言だったと思ったのだが堤はそう受け取らなかったようだ。
堤は康太の言葉を『俺が助けたいから助けた。あなたが気にするようなことじゃない』と受け取ったのだ。
そう聞こえるかもしれないが、かなりプラス方向に解釈した結果である。堤という人物は元来こういう性格なのかもしれないと康太はため息をつく。
康太と話す堤の顔。正確には仮面だが、その仮面の下は朗らかに笑っているように見える。
仮面をつけているのに表情が思い浮かぶというのは何とも奇妙な話である。
素顔でいても本当の表情がわからないものもいるというのに、なんとも不思議な人物だと康太は小さくため息をついていた。
「せっかく来たんだから、支部長のところに顔を出しておいて損はないぞ?短い期間とはいえ魔術師なんだ、組織のトップには顔をつないでおけ」
「あぁそうだね。そうさせてもらうよ。それじゃあまた」
康太の言葉に堤は康太に軽く手を振ってからその場を去っていく。余計なお節介をまたしてしまったと康太は先ほどの言葉に自分自身であきれてしまっていたが、後悔はしていなかった。
たまにはこういうのも悪くはないかと康太はその数分後に戻ってきた文とともに帰宅することにした。
康太にしては珍しいこの行動を聞いたら、小百合や真理はどのように思うだろうかと考えながら。