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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
四話「未熟な二人と試練」
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その異常

「さすがに風呂に入るようなバカはしなかったみたいね」


「この寒さの中で先に風呂に入ったら湯冷めするからな。そのくらいはわかってるって」


あらかじめ連絡を受けた康太はその集合場所にやってきていた。その場所は宿泊所の屋上。


通常屋根があるはずのその場所は何かの研修のために使うのだろうか、学校の屋上のように出入りが可能になっていた。


もちろん本来なら鍵を使わなければ入れないのだが、そのあたりは文が鍵開けの魔術を用いて簡単に通行可能にしているようだった。


康太は自販機で買った温かい飲み物を文に渡すと、自分の分の飲み物に口をつけていく。


時刻は二十一時。ほとんどの生徒はすでに入浴を終え自室やロビーでくつろいでいる。そんな中康太と文は仮面と魔術師のローブを身に着けて屋上に立っていた。


「部屋の人達は?」


「ちょっとスニーキングミッションするって言って抜け出してきた。点呼があっても誤魔化してくれるように頼んである」


どんないいわけよと文はため息をついているが、実際康太が言ったのは腹が痛くなったからトイレに行ってくるというものだった。もしトイレに行ってもすでに入れ違いになっているかもしれない、あるいは別のトイレを利用しているかもしれないと思わせることができるだろう。


教職員が点呼に来ても誤魔化してくれるのであればそれに越したことはない。今日が終わったら一応暗示でもかけておくかなと文は考えながら康太が渡してきた温かい飲み物を口に含む。


二人が吐く息は白い。四月になってもうかなり時間が経っているというのに夜になっても息が白いというのは少し異常だ。


これが日本の中でも北部なら特に気にするようなこともなかったのだろうがこの辺りは中部、日本の中でも内陸に位置している場所だ。


この辺りが山間部というのも理由の一つだろうが、これだけの寒気というのは少々予想外の事態だった。


二人とも防寒着に加え魔術師の外套を身につけているが、それでもわずかに手足が冷える。震えを催すほどではないとはいえ温かい飲み物が無くなれば徐々に寒気が体をむしばんでいくだろう。


悪条件が重なる今、康太と文は仮面越しに周囲の風景に目を注いでいた。


月明かりが周囲を照らしているとはいえこの辺りは街灯がほとんどないのだ。合宿所の近くと、大通り、そしてそこに続く道にほんの少しついているだけでそれ以外の場所は全く光源のない暗闇が広がっている。


特に雑木林に入れば月明かりの恩恵も受けられなくなり、さらに深い暗闇に沈むことになるだろう。


寒気、マナの薄さ、暗闇


はっきり言ってよい状況ではないのは確かだ。これが魔術師の仕業であればある程度改善のしようもあるのだろうがこれらはほとんど自然が巻き起こしたことだ。康太たちがどうのこうのできる問題ではない。康太も文もそれを十分に理解していた。


「こんだけ寒いと流石にきついな・・・もう一本飲み物買ってくるか?」


「いいわ、そんなことしても焼け石に水だしね・・・マナが薄くなければ暖房もどきの魔術を使うんだけどなぁ・・・」


「へぇそんなのあるのか。使ってくれたりは・・・?」


「魔力の無駄遣いになるからダメ」


実際マナが薄いという条件さえなければ文は暖を取るために魔術を使う事も吝かではなかった。


文はあらゆる条件をこなすために数多くの属性の魔術を扱える。得意ではないとはいえ火属性の魔術も扱えるのだ。


当然火というからには暖かく、暖を取れるだけの威力もある。だがマナが薄い状況で魔力の補充が十分に行えない今、無駄な魔力を消費するわけにはいかない。それは康太も十分理解していることだった。


文の魔術はすべて魔術の隠匿と生徒たちの防衛に回すべきである。それ以外の方法で魔力を消費すれば必ずどこかに不備が生じる。


文はこのマナの薄さと魔力回復の必要時間から必要最低限の魔術しか発動するつもりはなかった。パズルでもするかのような精密さで残存する魔力と補給できる魔力を計算して夜の間だけでも生徒たちに対してかけられる魔術を選別してそれを実行しようとしているのだ。


自分が寒いからなどという理由でそれを崩すわけにはいかない。寒さは我慢すればいい、自分がやるべきはディフェンスだ、オフェンスである康太が最高のパフォーマンスを発揮できるようにするのが自分の仕事。


仮面越しでも吐く息が白いというのがわかる。ただでさえ寒い中いつ起こるかわからない、起こるかどうかも定かではない何かを待つというのは正直精神的にかなり負担になっていた。


こういう時に魔術師としての外套というのがほんの少しでも防寒着としての役割を果たしてくれているだけまだましというものだ。これが役に立つのはその体を覆い隠すためだけではないという事でもある。もっともそれも最低限のものでしかないのは二人とも理解していた。


少し寒すぎる。


その寒さに違和感を覚えるのに康太たちは少しだけ時間がかかっていた。


なにせこの場所は自分たちが普段いる場所ではない。マナの薄さに加えて土地的に元から涼しいという先入観があるのだ。自分たちが多少寒いと思っていても地元の人間からすればこのくらいは当たり前かもしれないとそう思ってしまっているのである。


寒さの異常を覚えたのは康太が買ってきた飲み物が原因だった。


少しずつ飲んでいた飲み物に再び口をつけようかと思った瞬間、康太はそれに気づいた。


スチール製の缶の中にある飲み物が僅かに凍りつつあったのだ。飲み物の種類からしてジェラート状になっていると言ったほうが正確だろうか、どちらにせよ飲み物が凍り付くほどの寒気、その異常性に気付くのはある種必然だった。


「おいベル、これおかしくないか?」


「おかしいって?なにが?」


康太はまだ中身の入っているはずの缶を逆さまにしてみると、その中からゆっくりと凍りかけた飲み物が屋上の床に落ちる。そして数十秒という時間をかけてゆっくりと凍り付いていくのが見えた。


「明らかに寒すぎるだろ、もう四月だぞ?飲み物がこんな早く凍るってことは氷点下いってるってことだ」


「・・・確かに寒すぎるわね・・・もしかしてもう何か起こってる・・・?」


長野のこの時期で最低気温が一ケタになることは別段珍しいことではない。だが氷点下を下回るというのはさすがに異常気象と言えるだけの状況だ。


文はすぐに携帯で周囲の気温を天気予報から知ろうとするが、どれも最低気温は一ケタではあっても氷点下を下回る場所はなかった。


局地的な異常気象による寒気が押し寄せているとしてもこれは少々異常である。氷点下を下回るだけならまだいい、だが温かかったはずの飲み物が数十秒で凍るほどの気温となると自然だけが原因とは思えなかった。


康太はその異常性を感じ取りすぐさま腰に付けていた槍を取り出して組み立て始める。竹を模した柄とその先にある刃がその本来の姿を取り戻していく中、文は意識を集中して周囲になにが起こっているのかを感じ取ろうとしていた。


この現象が魔術的なものだとして、それが一体何を目的にしようとしているのかを知ろうとしたのである。


気温の低下、確かにそれを行うのであれば該当する魔術はいくつか考えられる。だがそれをする理由が問題だった。


何者かを攻撃しているのか、それともただ単に実験しているだけか。


魔術師が魔術を使用するのには当然だが目的がある。外敵を排除するためであったり魔術を隠匿するためであったりと、その目的に応じて使用する魔術は異なる。


今起こっている現象が魔術によるものだったと仮定すると、その効果はまだ外敵に対する攻撃というには少々威力不足のように思えたのだ。


本当に殺すつもりで魔術を使用していたのであれば周囲の水分が一気に凍り付くレベルでの冷気を放つはず。だがそれが起きていないという事は少なくともこの冷気は無差別にまき散らされていることになる。


当然だが魔術もある程度対象を指定したほうが効果は高まる。


周囲にばらまくように魔術を展開するよりも、ある一点にのみその効果を発揮させた方が効率もいいし威力も出る。


今この状況は少なくともほぼ無差別、周囲全域にわたって冷気がまき散らされているということになる。こちらのことを認識しているかどうかは不明だが少なくとも何かを起こしているのは確か、そしてこの冷気に敵意があるかどうかは未だ不明。


後手に回っているとはいえ嫌な感じだと文は僅かに歯噛みしていた。


「どうだ?わかるか?」


「この近くで何か起こってるのは確かね・・・マナの動きがちょっと変だわ・・・」


竹箒を構えた康太が屋上の縁に足を乗り出して周囲を確認しようとしている中、文は意識を集中して周囲の異常を察知しようとしていた。


意識しないとわからないほど微細な変化だが、マナがある方向に動き続けているのが感じ取れる。まるで何かに引っ張られているかのようだ。


自然の動きにしては妙だ。不規則に周囲を漂う様な動きではなくその方向に流れていくような法則性を持った動き。それを感じ取ると同時に文はこの状況を生み出しているのが魔術的なものであるという事を理解し準備を開始する。


「ビー、私は結界を張る作業に入るわ。あんたはいつでも動けるように準備しておいて」


「オッケーだ。場所はわかるか?」


「向こうにマナが動いてる。たぶんその先に何かがあるはずよ。それほど遠くない。たぶん雑木林の中のどこか」


文が指差す先は康太が昼間に向けた視線のある方向、つまりは雑木林の奥の方だった。


この暗闇の中で雑木林の中に足を踏み入れるというのは少し度胸が必要だったがいつまでもこの寒さの中にいるわけにはいかないと康太は軽く準備運動を始める。


それだけわかれば十分だと体をほぐし、徐々に体を温めていく。この寒さの中で急に運動すればそれだけ体に負担を強いることになる。しっかりと体をほぐしておかなければ万全の行動はできないことを康太はわかっていた。


「そっちは大丈夫か?魔力足りないなら貸すぞ」


「誰に物を言ってるわけ?ちゃんと計算してあるから大丈夫よ。あんたは原因の究明だけに集中しなさい。こっちはしっかり守っておくから」


文は自分がもっていた複数の札を屋上のほぼ中心に配置するとそこに手をついて短く集中を始めていた。


それがどのような意味を持つのか康太も理解していた。今からこの場に結界を張り内部にいる人間が外部に意識を向けることがないようにするつもりなのだ。


この寒さの中で外に出ようとする酔狂がいるとも思えないが、それでも万が一という事もある。


特に管理人といった異常を察知することを仕事にした人間が外に出てこないとも限らないのだ。可能な限り可能性の芽は潰しておく。それが文の仕事でもある。


日曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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