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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十八話「張り付いた素顔と仮面の表情」
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どこかが壊れた男

康太と文はそれぞれ分かれて行動を開始していた。


文は支部長が用意した協会専属魔術師を実際の現場に案内するために現地へ、康太はこの魔術師からいくつか聞きたいことがあったために支部長が用意してくれた部屋へ。


康太が魔術師を引きずりながらその部屋にやってくると、さすがは支部長というべきか、これから康太がやろうとしていることをよく理解しているのか、部屋の真ん中に大きく、さらに固定された椅子があるだけのシンプルな部屋だった。


もうこんなことをやるのは何回目だろうなと思いながら康太は魔術師を座らせて奇抜な彩色の仮面をはぐ。


仮面の下の表情は苦悶に満ちていた。まだ意識が戻っていないようで口を開けた状態でよだれも垂れてしまっている。


生きているのは確認しているがこの状態だと少々不安になってしまう。


体が少し肥満体形気味だということもあって顔にも多少肉が乗っている。こういう人種に会うのは久しぶりだなと思いながら、康太は採取用に持ってきていた布袋をその頭にかぶせる。


そして腕や足、腰などをしっかりと拘束具で固定していき、その体から本人のものと思われる物品を物色していた。


見つかったのは財布と携帯、そしてメモ帳、あとはコンビニのレシート、小銭、数珠、ポケットティッシュ、のど飴だった。


生活感あふれるポケットの中身に康太は若干複雑な気持ちになりながらまずは財布の中身を確認してみる。


財布に入っていたのは札が一万八千円分、小銭は五百二十二円分。そしてカードの場所にはこの男のものと思わしき運転免許証も見つかった。


名前は向井達夫、年齢は四十八歳。普通免許に加え中型二輪免許も所有している。財布の中にあったポイントカードなどを確認してみると、いくつかの店のものが見つかった。


理髪店、服屋、スーパー、ゲームセンターそして風俗店のものなども見つかった。


このポイントカードの利用履歴を見た時点でこの男がどういう人種なのかおおよそ理解できてしまった。


そして財布の中からは社員証と思わしきものも見つかった。康太がその社員証に書かれている会社名を調べると、どうやら商社系の会社に勤めているらしい。部署は営業。特に役職などにはついていないことから一般職。


営業職に就いているにしてはずいぶんと肥満体形だなと思いながらほかにも何かないかあさってみるが、それ以外には特にこれといって特徴的なものは見当たらなかった。


康太は財布だけで判断するようなことはせず次は手帳に手を伸ばした。


本当ならば携帯の中身を見たいところだが、携帯にはロックがかかっているために今は見ることができない。


手帳に何か記されていないか、そしてあわよくばこの人物の日常生活を割り出すことができないかと考えているのだ。


手帳の中身はシンプル、左側にカレンダー、右側にいろいろ書き込めるメモ帳部分という構成だった。


手帳には仕事のものと思われるスケジュールが書かれていた。どこに何時に集合だとか何を持っていくだとか、この日は誰と会うだとかそういう記録だ。


今年度の手帳であるために過去の記録もしっかりと確認することができる。そしてこのメモ帳の中に魔術師しか見ることができない文章が含まれていることに気が付いた。


方陣術を応用したメモ書きだ。一般人には見えないほどに薄くしてあるため魔術師の視覚を有していないとこの文字を読むことはできない。


その文字で書かれているのはたいてい夜の予定だ。魔術師としての活動をこのような形でメモしていたのだろう。


几帳面な人間だと思いながら康太は堤妻子が殺された時期まで月日をさかのぼってみた。


八月の二十四日にそれはあった。『採取競争×』とだけ書かれたそれが堤の妻子が殺された日のことだろう。


それから現在に至るまで二週間に一度コケを採取しに行くと思われる記述がメモに残されている。


この男が犯人で間違いないだろうと思いながらメモ帳を現在に戻すと、今日の日付のところに再び『採取競争×』という記述が見つかった。


おそらく康太たちが奇襲に気付かなければあの場で殺すつもりだったのだろうなと目の前にいる魔術師の胆力に驚いてしまう。


そう簡単に人を殺せるものなのかと少し疑問にも思った。


人を殺すということは現代において最も忌避するべき犯罪の一つだ。人の権利を根こそぎ奪うという意味では最悪の犯罪と言えなくもない。


規模は小さくなるだろうが、最小単位、人一人に対して行える最大かつ最重の犯罪行為こそ殺人といえる。


その殺人をこうもあっさりと決行できるものだろうか。


普通なら良心の呵責などがあるはずなのだが、この男にはそのあたりがなかったのだろうかと康太は不審に思ってしまう。


人とずれた考えを持っている人間ならこの程度は当たり前なのか、それとも長く魔術師として行動していればこの程度は当たり前になるのか。


どちらにせよここから先は実際に聞いてみないとわからない。


康太はこの魔術師、向井達夫の体を索敵魔術によって調べてみる。康太の索敵ではそこまで詳細なことは調べることはできないが、大きすぎる外傷程度であれば調べることは可能である。


康太が与えた方の骨折以外に、強く損傷している場所がないかを確認した時点で、まずはこの男の意識を戻すところから始めた。


いつも通り康太が拷問という名の尋問を始めるために肉体強化の魔術を不完全な形で発動すると、魔術師向井達夫はわずかに悲鳴を上げながら意識を取り戻した。


目を覚ましたはいいものの布袋のせいで全く周囲が確認できない状況に困惑しながら、自分の体に走る痛みをすでに冷静に分析しつつあった。


肩の骨が折れている。そして右足の打撲、左足は捻挫もしているのだろうか足首が痛みを覚えている。


そして手足、腰などが拘束されていることに気付き、すぐに何かをあきらめたようにため息をついていた。


康太は起きても暴れださない、騒がないのは珍しいなと今まで拷問をしてきた数名を思い出しながらとりあえず話をすることにした。


「初めまして向井達夫。君にいろいろと聞きたいことがあるのだが、よろしいかな?」


「・・・殺すなら早く殺せ・・・」


「随分と物騒だな・・・少なくとも俺は君を殺すようなことはしない。そんな怖いことを言わないでくれ、恐ろしくて手が滑ってしまいそうだ」


康太は丁寧な口調で拘束されている魔術師の周りをゆっくりと歩く。


この男が魔術を発動するタイミングはわからない。だが相手の魔術が土属性がメインということもあって警戒が必要だ。


とはいえすでにこの男はいろいろとあきらめているように見える。殺せなどとはっきりということができるなんていったいどこの仁侠映画の世界だろうかと思いながら康太は話を先に進めていた。


「君はとある山にあるコケ?を奪い合って人を殺しているね・・・そして少し前にも同様に殺そうとした。そのときは二名かな?ではなぜ殺そうとしたのか、それが知りたい」


あのマナをため込んだコケに人を殺すだけの価値があるとは康太にはどうしても思えなかった。


専門家に聞けばまた意見は変わるのだろうが、この男にとってあのコケがどれほどの価値があるのかを聞いておきたかったのだ。


「なぜ・・・?殺さないと殺されるからだ・・・運よく生き残っても・・・人として生きていけるかも怪しい・・・!」


殺さないと殺される。康太にしてみれば奇妙な言葉だった。


殺されることを前提した魔術師戦を考えているこの男の考えそのものが理解できなかったのだ。


魔術師との戦いは基本的に競い合いだ。戦いそのものが目的であって、戦いの後に何かを求めるというのは一種の付加価値でしかない。


康太の場合は目的のために戦うという意識が強いために手段を択ばないのだが、おそらくこの男も同種だ。


協会に所属していないということもあって通常の魔術師としての認識が薄いのだろうと康太は考えていた。


だとしても殺さないと殺されるというのは少々突飛なものであるように思えてならなかった。


どれだけ殺伐した魔術師生活を送っていたのか聞きたくなるほどだ。


「殺さないと殺される・・・随分と物騒な話だ・・・どうしてそう思った?」


「・・・昔、ほかの魔術師と素材関係でもめたことがある・・・その時に所属していたチームの仲間が・・・全員・・・」


「殺された・・・と?」


「・・・殺されてはいない・・・だけど・・・ほとんどがベッドの上から起き上がることができなくなっている・・・」


その話を聞いて明らかに小百合たちの仕業だなと康太は眉をひそめてしまっていた。


話には聞いていたがそこまでやっていたとは思わなかっただけに康太はこの男に申し訳なく思ってしまっていた。


おそらくこの魔術師の脳裏には当時の記憶が残っているのだろう。小百合と春奈によって徹底的に叩き潰される仲間の姿や、そのあとに人として満足に生きることもできなくなってしまった仲間を見て、強い強迫観念が残っているのだ。


素材などを争った時、魔術師は相手を殺しても構わないという勢いで襲ってくる。やられるくらいならばやらなければいけない。


自分の師匠が引き起こしたこととはいえ、最終的にしりぬぐいを弟子である自分がやっていると思うと少し複雑な気分だった。


「よくそんな中で動けるようになったもんだな・・・運がよかったか?」


「あぁ・・・運がよかっただけだ・・・昔の仲間はほとんど魔術師としては活動できない体になっている・・・もう二度とあんな思いはごめんだ・・・」


「・・・興味本位で聞いていいか?それをやったのはいったいどんな魔術師だった?」


「・・・ひび割れた仮面をつけた女だった・・・あの姿は今でも覚えている・・・前に殺した女と子供の時、少しだけそいつへの復讐をしてやった」


なるほどなと康太はため息をついていた。


復讐というにはささやかだったが、この男にとっては勇気を振り絞った精いっぱいのものだったのだろう。


何せ仲間を全滅させられ、自身も殺されかけたのだ。それもかなり前の話とはいえ、かつての仲間の惨状を見せつけられるたびに体が震えるだろう。


もし目を着けられたら、今度こそ生きていられないかもわからない。そんな中で勇気を振り絞って小百合に対して復讐をした。それが堤にかけた暗示と記憶操作の理由だったのだろう。


こういう話を聞いていると、自分たちのほうが悪いことをしているように思えてしまう。


ただし、実際に悪いのは大本である小百合なのだが。


「それで・・・殺したと・・・山にやってきたっていう二人も殺しそうになった・・・いや殺そうとしたと」


「そうだ・・・やらなきゃやられる・・・現に、やれなかったからこうなってる・・・」


「とはいっても・・・俺が頼まれたのはただ単にお前から情報を聞き出すことであってお前を殺すことじゃない・・・というか魔術師同士で殺しあうなんて相当特殊な部類だぞ」


康太はあくまで自分はあの時戦った魔術師ではないと主張しようとしていた。康太の声を覚えているとは思えないし、何より相手も意識が戻ったばかり、さらに言えば康太も仮面をつけた状態の声だったのに加え、今は布袋をかぶせているせいで声がくぐもっている。


正確に康太の声を認識できるほどこの魔術師は康太の声に意識を向けていないのだ。


というかすでに自暴自棄になっている節がある。どうせ殺されるのだからという考えが頭の中にあるのだろう。


どうしてそんなに殺し殺されるという形を維持したいのかと疑問に思ってしまう。というかもしかしたら今まで魔術師としてこのような形で生きてきたということはほかの魔術師に対しても同じような対応をとってきたということかもわからない。


「ちなみに聞くが・・・お前、今まで殺してきた魔術師の人数は?毎回殺してきたとなると相当な数になるよな?」


「七人程度だ・・・そこまで多くを殺してきたわけじゃない」


七人程度。程度などと言ってはいるが世間に公表すれば十分に連続殺人犯として名前が挙がる超がつくほどの危険人物だ。


これはここで止めておいて正解だったかもしれないなと、康太は自分の中にあったもやもやという名の感情に従ってよかったと心底思っていた。


というか人を殺して何も思わないという時点でこの男はすでに何かが狂ってしまっている。


しかも七人殺しておきながら、おそらく一般人としての生活も続けていたのだろう。社員証などを見る限り普通に今年度も働いていたようだった。


七人。おそらくこれが一般人が起こした事件であれば間違いなくニュースに取り上げられる案件だ。


連続殺人事件として新聞に載っていても不思議はない。そうならなかったのはひとえにこの魔術師がしっかりと隠匿作業を行っていたからだろう。


そこに関しては不幸中の幸いというべきだが、どちらにせよ死体が残っていることに変わりはない。


魔術師としてのこの男の手腕には驚くべきかもわからないが、それ以上にそのことに何の異常も感じていないということに狂気に近いものを感じてしまっていた。


「その死体の処理はどうやった?まさか放置したままか?」


「まさか、きちんと埋めた。幸いにも俺はそういうのが得意だからな・・・家屋の中で殺したものに関してはそのままだがきちんと隠匿処置は施した」


この魔術師の得意属性は土、そう考えると埋めることくらいは簡単にできても不思議はないだろう。


だが問題は屋外における殺人ではない。今回のような屋内における殺人の場合だ。屋内の場合移動させない限りは埋めるということはできない。そのままとは言うが今回のように放置したままいったいどれほどの時間が経過しているのか、康太は考えたくもなかった。


「・・・家屋の中で殺したのはいったい何人だ?」


「・・・さぁ?三人くらいだったか」


三人、つまり堤の妻子以外にも一人屋内で殺している人間がいることになる。


何ということをしてくれているのだと康太は頭を抱えてしまっていた。また協会に処理をお願いしなければならなくなる。


というかこの男は協会が処罰するべきなのではないかと思えてしまっていた。


明らかに無茶な殺しが多すぎる。魔術の存在が露見しかねない危険な存在だ。これ以上個人でこの案件を追うわけにはいかないなと康太はため息をついてしまう。


索敵の魔術を発動し、近くにいる協会専属の魔術師を探すが、魔術協会という魔術師がいて当たり前の場所で協会専属の魔術師を探すのは難しい。


これは後で正式に報告して支部長に頼んだほうがいいなと思いながら康太は一つ一つ問題を解決していくことにした。


「あんたが今までやってきた殺しは、たぶん協会でも問題になる。いろいろと話してもらうぞ?構わないな?」


「・・・俺は生かしてもらえるのか?」


「最初からそう言っているだろう。俺はそうするつもりだ。ただ協会がどうするかはわからないがな・・・お前は殺しすぎた。魔術の存在が露見しかねないほどに」


「そんなへまはしていない・・・協会が敏感になりすぎているだけだ」


「それを判断するのは俺じゃない。お前が正しく状況を話して、そのあとに総合的にうちの上の人間が判断するだろうさ・・・とりあえず今からの会話は録音させてもらう」


康太がやるべきはまずこの男が殺したと思われる魔術師、ないし一般人をすべて把握することだ。


そして屋内で殺した場合のその放置場所、さらに言えば殺した人間を一体どこに埋めたのか、そのあたりも調査が必要になる。


もしこれが今後開発されるような場所で地面を掘り返されるようなことになれば当然危険だ。


それは誰でいつ誰が殺したのかということになる。その過程で魔術の存在が露呈する可能性は十分にあり得る。


なるほど協会に所属していない魔術師がこのような勝手な行動をとると協会としても困るのだなと魔術協会の必要性を康太は今更ながらに理解していた。


誤字報告を十件分受けたので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです。

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