感じ取る視線
「よし、じゃあこの場には魔術的な痕跡を、街に続くほうには木の枝とかで物理的な痕跡を残していこう。そうすりゃ戦う場所をある程度誘導できると思うんだ」
「なるほど・・・場所はどうするの?まさか街からこの場所に一直線に伸ばすわけじゃないわよね?」
「さすがに街から一直線はアホすぎるな。一回曲がろう。まったく関係ないところから入って、そこから真横に移動する感じで。痕跡もわかりにくくしておけばなおいいかな。相手が見つけてくれることを祈って」
相手はかなりこのコケに対しては神経質になっている。おそらくこの周辺に何かしらの変調があれば気づくはずだ。
そして康太たちはそれに対してあらかじめ来るルートを厳選しているため、そのルート上で待ち伏せすれば問題なく奇襲ができる形になる。
康太たちはあえて奇襲を受け、そのうえで迎え撃つというのが前提の考えになるわけだが、相手がどのような攻撃を仕掛けてくるかわからない以上常に索敵をかけている必要が出てくる。
「でも痕跡って具体的にはどうするの?木の枝って言ったってこれだけごちゃごちゃしてるとすぐに壊れちゃわない?」
「そうだな・・・こんな感じで作っていくのはどうよ」
康太は複数の枝を手に取って枝分かれしている片方を地面に突き刺していく。そしてもう片方の枝を立てかけるように突き刺した枝に設置していく。
「こうすれば動物とかが壊さない限りは壊れないだろ?地面が露出してるところにこれを作っていけば索敵でも見つけやすい」
「なるほど・・・本当に最低限の仕掛けってわけね」
「そういうこと。あとはこれを延々と作っていけば・・・っ!」
康太は今作った場所から少し離れた場所に再び枝の道しるべを作ろうとして一瞬表情を強張らせる。
体の動きは全く止めていないためにその変調に気付けたのは文だからこそだろう。仮面をつけていても康太の雰囲気がわずかに緊張したのを彼女は見逃さなかったのである。
「どうしたの?」
「・・・見られてる。このまま作業しよう。もしかしたら帰り道で奇襲されるかもしれないけど・・・」
「・・・索敵には反応ないわよ?この辺りにはいないわ」
「この感じ・・・たぶん遠視の魔術だな・・・京都の時と似た感覚だ・・・なるほどこういう風にして現地に行かずに警戒してたってことか・・・」
康太は以前京都で遠視の魔術でのぞかれる感覚をすでに体感している。あの時はまだ真理に指摘されないとわからなかったが、今は指摘されずとも警戒さえしていればその感覚を把握することができていた。
「どうするの?このまま帰る?」
「痕跡を残す作業は止めないほうがいいな。俺たちは何も気づいていない。何も気づかずにのんきに明日採集するための準備をしてここにやってくる。そういう形にしたほうがいいと思う」
康太は着々と枝の道しるべを作っていく。文はそれを見てコケから少し離れた場所に魔術で痕跡を残しておくことにした。
方陣術の応用、なんの術式も込められていないただの文字だ。これを残しておくことでこの場に魔術師が来たという証明にもなる。
これを現在進行形で魔術師が覗き見ているということは、やはりこの場所を重視しているということがわかる。
こんな夜遅くにも遠視の魔術を使って監視しているのだから。
「今日はこのまま痕跡を作りながら帰ろう。ベル、さっき言ったルートでナビゲート頼むぞ。後周囲の索敵を怠らないでくれ」
「了解よ。この状態で襲撃はされたくないわね」
「明日も明日であまり装備着けていくわけにはいかないな・・・あくまで採取、しかも油断してなきゃ相手は襲ってこないだろうし・・・難しいところだよ全く」
奇襲の条件は相手が油断していること。あらかじめ万全の装備でいるものを奇襲したところでその効果は薄い。
装備を外し、普段着レベルまで警戒を落としている状態の相手を攻撃してこそ、奇襲となり不意打ちとなる。
今回の相手がどれほどの実力かはわからないが、魔術師としてある程度名の通ったものをすでに殺しているのだからそれなりの実力を持っていると思っていいだろう。
不意打ちにしても相手を間違いなく一撃で戦闘不能にできるだけの技術は持っている。そして念には念を入れる慎重さも兼ね備えている。康太たちからすればさっさと襲ってきてほしいと思うところだが、あいにくそういうわけにもいかない。
「明日の装備は軽装備・・・しかも戦いの場はたぶんこの山の中・・・ビーからすればちょっと良くない条件が重なってるかしら?」
「そうだな・・・正直あんまりいい条件ではない。もうちょっと開けたところのほうが戦いやすいけど・・・まぁそれはそれだ。何とかするよ。ごちゃっとしたところならそれはそれで戦いようがあるからな」
開けたところのほうが最大攻撃力を出せる康太だが、障害物が多い場所ならばそれはそれでやりようがある。
いつまでも苦手のままでいるわけにはいかない。康太だって成長するのだ、徐々に苦手をなくしていかなければいつまでたっても未熟者のままである。
小百合の弟子としていつまでも不覚を取るわけにはいかない。こういう場所での立ち回りも教わってきているのだ。相手の好きにさせるつもりは毛頭なかった。
康太と文は翌日、さっそくある程度の装備と採取用の道具をもって山にやってきていた。
一見すれば康太と文の持ち物はそれぞれ採取用の道具だけを持っているように見える。だがその実、康太と文がまとっている外套はそれぞれウィルが擬態したものであり防御能力が高く、康太はその懐の中に武器をいくつも隠し持っている。
文は武器こそほとんど持っていないが、唯一扱えるようになってきた武器である鞭を懐に忍ばせていた。
これだけ木々という障害物が多い中どれほど役に立つかはわかったものではないが、何も持たないよりは役に立つだろうと持ってきたのである。
「さてと・・・これから入るわけだけども・・・準備はいいか?」
「問題ないわ。ところでビー、こっちの索敵には反応はないけど、実際どうなの?見られてるわけ?」
文は康太ほど感覚が鋭敏ではないために遠視の魔術で見られているといわれても気づくことはできなかった。
今も索敵を発動しているがまったく人の気配は感じられない。山の中にいる生き物の存在は感じ取れるものの、魔術師がこの場の二人以外にいないということを常に証明し続けるだけだ。
つまり文の索敵の範囲内にまだ標的はいないということになる。
「うん、普通に見られてる感じはあるな。でもこのまま何も気づかないふりをして移動するぞ。もし索敵に引っかかっても何もわからないふりしてくれよ?」
「まぁそれが無難なんでしょうけど・・・でも先制攻撃を許すのよね?そうしないとおびき寄せられないし・・・」
「そうだな・・・相手の出方にもよるけど先手は譲ってやるしかないな。向こうが近づいてこない限りはまず間違いなく相手に先制させる」
もし相手が康太と同じように武器をメインにして襲い掛かってくるようであれば、康太も攻撃されると同時に反撃を行うが、おそらく相手の先制攻撃は魔術による射撃系魔術による攻撃だ。
射撃でまずはこちらを大きく牽制、攪乱し畳みかけるように近接攻撃を仕掛ける。相手がこちらに対して行ってくる奇襲のプランを考えた場合これが一番手っ取り早く効率がいい攻撃であると考えたのである。
相手が斧を使ってくるという事前情報からしても、混乱し態勢を崩している相手に対して一気に近づいて致命打を浴びせるのは常套手段だ。
そして近づいてきたところで康太が反撃する。近づく必要がないという意味では康太にとっても楽な方法である。
とはいえ、相手に攻撃を許す時点でこちらもダメージを抱える可能性は十分にある。そのため二人ともウィルをまとい防御手段を整えたのだ。
物理的な攻撃であればウィルが防いでくれる。現象的な攻撃だった場合はウィルでも防ぎきれない可能性があるがその場合は個々で対処する。
文は索敵によって攻撃の方向、種類などは大まかながら把握することが可能だ。康太は持ち前の直感に加え、至近距離に攻撃が近づいたのであれば索敵で判断できる。
防御態勢を整えるには十分すぎるだけの距離と時間でそれぞれ攻撃を察知し対処することができるため脅威とはなり得なかった。
「一応聞いておくけど、今回の相手はどうするの?」
「どうする・・・っていうのは?」
「今回の相手は別に聞き出すこともないし、あんたがもやもやするからとっちめたいってだけでしょ?何か対処するわけ?」
今回康太と文が動いているのはあくまで先日の堤の一件が気に食わなかったからという個人的な感情論に基づいている。
そのため仮に今回の目標を倒したとしてその先の目的が存在しないのだ。
もし目的があるとしたら今回の相手をどの程度痛めつけるかということだけになってしまう。
その目的をはっきりさせていなかったために文は気になったのだ。
康太が気に入らない人間に対してどのような対処をとるのか、素直に気になっている。もしこれで完膚なきまでに叩きのめすのであれば、文はおそらくそれに続くだろう。
今回のことに関して文も何も感じていないわけではないのだ。いくら魔術師同士の戦いだったとしても、人を殺すというタイプの人間を野放しにしておくことがどれほど危険なことか文は理解している。
それ故に、文の場合は倒した後協会に引き渡すつもりだった。そのあと協会がどのような態度をとるかはわからない。
人を殺したということは別に協会の中でタブーとなっているわけではない。だから目標を追っていた堤に対して恩を売るだけの結果になるだろう。
そうなったらそうなったで問題はない。というか誰が倒したなど伝えなければただの八つ当たりで話は終わるのだ。
康太が今回の件に関してどのように対処するのか答えを待っていると、康太は小さくため息をついた後で首をかしげる。
「どうしたもんかな・・・とりあえず叩き潰すってことしか考えてなかった。この場合ってどうしたらいいんだろうな」
まさか何も考えていないとは思わなかったために、文は愕然としてしまうが、それもまた康太らしいかもしれないなと思って小さくため息をついてから手のひらを軽く振る。
「好きにしたらいいんじゃない?倒した後あんたがどうしたいか、もう一度考えてから答えを出しなさいよ。今回はあんた主導の行動なんだから、好きなように動けばいいわ。その分手伝ってあげるから」
どんな答えを出そうと文は手伝うつもりだった。康太がどんな答えを出すのかわからなかったが、少なくとも康太ならそこまで妙な答えは出さないとある種の確信があったのである。
誤字報告を五件分受けたので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです。