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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
四話「未熟な二人と試練」

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その日の温度

文から受け取った紙を康太は着々と配置していっていた。術式の書きこまれた紙、方陣術の媒介ともなる紙を康太は文の指示通りに配置していた。


配置する場所は多く、建物の様々な場所に配置の指示がしてあった。


だがあらかじめ康太が紙を設置するという事を考えておいたのだろう、康太が入れないような場所には記されていなかった。


ロビーの一角や廊下の途中、外に出たところにある道路など誰でも基本的に通行できる場所にしか指定ポイントはなかった。こういう気づかいができるあたりさすがというべきだろうか、やはり彼女が味方にいると非常に助かると実感していた。


康太が紙を設置していると僅かに風が吹き、肌を刺すような寒気が襲い掛かる。避暑地であるという事もあり比較的涼しいというのは十分理解できるのだが妙に寒すぎるような気がしてしまうのだ。


天気が良いからもう少し気温が高くてもいいような気がするのだが、防寒着を着ていないと体が震えるほどの寒さになっている。


もし夜に行動することになったら魔術師用の外套だけではもしかしたら寒いかもしれないなと考えながら康太はてきぱきと術式の記された紙を配置していく。


この合宿所の周りは基本的に木々に覆われている。少し歩けば大きな道に出ることができるがそれまでは雑木林が存在し、その中に幾つかのスポーツを行うための運動場のようなものがある。


テニスやバスケ、グラウンドに近い構成のその場所ではすでに生徒たちがスポーツを楽しんでいる。寒いという事もあって人数は少ないが部活動の延長線上のような感覚で行っているものも多くいた。


もし今日何もなかったら明日は温泉にでも行きたいななどと考えながら紙を配置している中、康太はふと雑木林の奥の方に目を向けた。


特に理由があったわけではない。本当に無意識にあの木の向こうは何があるのだろうと考えたのだ。


その視線の向こう、雑木林の奥の奥に一体何があるのか、特に意識したわけではなかった。だが康太は僅かに警戒していた。


視界があって遮蔽物が多い場所では警戒する。それは小百合たちとの訓練で実際に学んだことだった。


もし敵がいたとして自分が出ていくとしたらこういった雑木林の中になるだろう。多くの遮蔽物と暗闇、こちらとしても悪条件が重なるが魔術師を相手にするのであればそう言った条件の方がまだ戦いようがある。


平地において康太に勝ち目はない。確実に戦えるようにするためにはこういった遮蔽物の多いフィールドにおびき寄せなければならないだろう。


康太が雑木林を眺めているとその奥の方から冷たい空気が一気に吹き付けてくる。まるでこちらに近づくなと言っているかのような風だった。


強く吹き付けてきた寒気に康太は身震いしながら早々にその場を離れることにした。まだ文に頼まれた紙を貼り終えていないというのもある。だがそれ以上に康太の中の何かがこの場からすぐに離れるように警告していたのだ。


康太はそれを理解していない。だがこの場にいたくないということを直感で感じ取っていた。


それはただ単に寒い空気が吹き付けて来たからというのもあるだろう。寒いのは嫌だという実に単純な理由だったかもしれないがそれだけではなかった。


康太の中の何か、魔術師的な勘でも働いたのか康太はその場から足早に離れていた。


雑木林の奥になにがあるのかを確認する前に、それを認識する前にこの場から離れることができたのはある意味幸運だったかもしれない。


寒さに耐えながら康太は合宿所の周囲に徹底的に紙を設置していた。風で飛ばされないように工夫しながら各所に設置していった紙を確認すると、康太は自分の持っていた紙の束がすべてなくなったことを確認して自分にできることは今のところこれで終わったと小さくため息をつく。


文に紙をすべて配置し終えたという旨のメールを送るとこの後は自由にしていいという内容のメールが返ってくる。


現在時刻は三時過ぎ、合宿所の中をうろうろし続けたせいで随分と時間が経過してしまっていたようだ。


それだけの数の紙をとにかく貼り続けたのだ、これらの方陣術がすべて発動したら相当な量の魔力が必要になるだろう。


文の残存する魔力だけでどれくらい持つだろうかと康太は若干不安になっていた。


マナが薄いせいで魔力の補給がおぼつかない状況になっている今、長期戦ははっきり言って不利な状況になっている。


具体的に言えばこの場にいるすべての術師の供給口の素質レベルが康太のそれまで下がっていると言ってもいい。はっきり言って魔術師としてポンコツと言っても過言ではないレベルまで強制的に下がっているというのはあまり良いことではない。文がこの場に来たくない理由も十分に納得できる。


生徒の意識が向かないように一時的に意識をそらせる魔術を扱うのだとしてもどれくらい結界がもつだろうか。


自分の役目は早期に事態を収束すること。そして敵の目をこことは別の場所に移すこと。


既に状況は始まっていると言ってもいい。康太と文は二人とも警戒を解いていなかった。いつ襲われてもいいように、いつ敵が現れてもいいように手を打っておく必要がある。


康太はとりあえず自分の戦力を少しでも増やすためにそのまま合宿所付近を物色していた。


自由行動という事もあって友人たちが合宿所内で運動したりダラダラしたりしている中に混ざりながらも康太は着々と準備を進めていた。


もちろんどれくらいましになるかなどわかったものではない。時間は有限だ。康太も文もそれぞれ準備を進めていた。








「いやぁ・・・思ったより何にもないなここらへん」


「まぁ町まで出れば違うんだろうけどな、この辺りじゃ仕方ないって」


「明日は温泉でも行こうか?近くにあるんでしょ?結構立派みたいだよ?」


康太たちは夕食をとりながら雑談していた。


日が沈みかけ気温がさらに下がりつつある中、部屋の中にもわずかな寒気が漏れ入るように侵食していた。


そんな中で出された食事は温かく、寒気に侵食されつつあるこの場所では非常にありがたいものだった。自分の口に含みながらその味よりもその温かさを実感していく中康太はゆっくりと息を吐く。


もしかしたら息が白くなるのではないかと思えるほどの寒さが外にはある。そんな中で部屋の中が暖かいというのは文明の利器のおかげだろう。暖房が全力で動いているおかげで康太たちは凍えずに済んでいた。


逆に言えば外に出れば凍えるほどの寒さが待っているという事でもある。


日が落ち、ただでさえ肌寒さを越えている寒気はさらに強くなっている。恐らくふだん過ごしている格好で外に出れば間違いなく手足が震えを起こすことだろう。


先程携帯で確認したがこの辺りの気温は普段より少し低い程度だったはず。それなのに今の気温は十二月から二月の平均気温に等しい。


異常気象というほどではないが強烈な寒気が押し寄せているのは間違いなかった。


この寒さの中で外に出なければいけないのかと、康太は今から憂鬱だった。あらかじめ体を温めておかないとまともに行動できないかもしれない。


もっともまだ何かが起こると決まったわけではないとはいえ外に出るという事はそれだけ康太のモチベーションを下げる要因になっていた。


「そう言えば八篠、お前昼間どこ行ってたんだ?途中からどっかいってたろ?」


「あぁ、実は建物の探索の後街に出たらちょっと迷子になってさ・・・しかも携帯忘れて場所も探せないからここに戻ってくるの苦労したよ・・・」


「あはは・・・しょうもないね。まぁ戻ってこれて何よりだよ」


苦笑しながらまったくだよと呟く康太はそのまま夕食に箸を伸ばす。何でもないように雑談をしながら康太はその心の内を表情に出していないかと少しだけ不安だった。


息を吐くように嘘をつくことに慣れて来たなと康太は内心自嘲気味に笑いながら味噌汁を口に含む。これから恐らくこんな風に嘘をつくことが増えていくだろう。それが彼らを守るためにつく嘘だったとしても、康太の中の良心がわずかに罪悪感を刺激していた。


嘘をつくのがすべて悪いことだとは言わない。中にはつかなければいけない嘘も存在するだろう。


だが友人をだましているという事には変わりない。康太の中にある良心はそれを許してはくれないようだった。


笑みを浮かべて当たり前に嘘がつけるようになるまで一体どれくらいかかるだろうか。視線の隅にいる相棒の文は笑顔を振りまきながら何でもないように話をしている。


十年以上魔術師として過ごした彼女なら、恐らく何でもないように嘘がつけるのだろう。康太があんなふうに嘘がつけるようになるまで一体あと何年かかるだろうか。


もしかしたら一年も必要ないかもしれない。いやもしかしたら何でもないように演じているだけで文も嘘を吐くたびに良心の呵責に苛まされているのかもしれない。


自分が嘘をつくことに慣れるべきなのか、それとも慣れなくともよいのか。これもまた魔術師に必要な技術の一つだろう。


だが魔術師として必要な技術を学ぶたびに、自分が普通という道から外れ少しずつ狂っていくような感覚を康太は覚えていた。


少しずつ自分が異常へと近づいている。ゆっくりと歩を進めるように、視線のはるか先から異常が近づいてくるかのように、康太は自らが少しずつ普通から外れていくのを実感していた。


身近に普通の人々がいるという事がその考えを加速させる。どうしようもなく止めようがないその変化に気付きながら、それに対してどうすることもできない焦燥を康太は抱えながら米を口に含む。


「明日って一応レクリエーションがあるんだろ?午前中だっけ?」


「あぁ、それが終わったら自由時間。何のためにあるんだかって感じだけどな」


「ハハ・・・まぁあれだよ、学校行事である以上最低限何かを学ばなきゃいけないってことでしょ?」


明日の行事は最低限の授業にも満たない話を聞くだけだ。学校の決まりやこういった旅行中に気を付けることなどを生徒たちに教えるという内容だったはず。そこまで時間はかからないことを考えれば早ければ十一時には講義は終わるだろう。


無駄の多い内容ではあるが、今回の旅行はどちらかというと同級生との親睦を深めるのが目的だ。むしろ授業はおまけでしかないという事は生徒のほとんどが理解していた。


「これ終わったら風呂行くか。寒いから早くあったまりたいよ・・・」


「確かに・・・八篠もそうするだろ?」


「あー・・・どうしようかな」


それぞれが言葉を放ちながら食事を続ける中、康太は自分に視線を向けられていることに気付いていた。


その視線が文から送られているという事に気付くのに時間は必要なかった。こちらが文に視線を向けていたようにあちらもこちらに意識を向けていたのだ。


分かっているだろうなという無言の圧力だ。これから行うことになることを考えると今から風呂に入るのは得策ではない。


「飯食ってすぐ風呂入ると気持ち悪くなるからな・・・少し腹ごなししてからにするよ」


「そっか、まぁそれもそうか。ちょっと運動してから風呂行くか」


話しを上手く逸らせながら康太は味噌汁を飲みながら文へと視線を送る。これでいいだろうという意図を含めた視線を受けて文は小さく息を吐きながら目を閉じた。それが肯定であり了承の意志が含められているという事が康太にもすぐに理解できた。


土曜日なので二回分投稿


投稿量を増やすために新ルールでも作ろうかちょっと迷い中です


これからもお楽しみいただければ幸いです

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