辿る手がかりと記録
「しっかり見ておけ。こういうことが起きるのが魔術師同士のいさかいだ。この二人はそれに負けてこうなった。あんたが巻き込まれてこうなった」
「・・・私が・・・私が悪いのか・・・?」
「いいや、あんたも被害者だ。あんたは悪くはない、もし悪いとするなら、ただ運が悪かっただけの話だ」
魔術師をこのような形で殺すような魔術師と相対しておきながら生きているという意味では運がいいのだが、こうして愛する妻子を失っているということを考えるとその言葉を告げるわけにはいかなかった。
康太は一瞬目を細めると、机の上に置いてあった本を回収して部屋を去ろうとする。
それを見た堤は康太のほうに一瞬目を向けて戸惑いながら康太に声をかけた。
「君は・・・君はなぜここに・・・?」
「・・・ちょっとした調べものだ。あんたには関係ない」
関係がないはずはない。今回堤の妻子を殺したその犯人を捜しているのだから関係がないなどということはありえない。
だが康太がその人物を探しているのは堤とは全く無関係な理由からなのだ。ただ康太がむしゃくしゃするからという完全なる感情論からくるものなのだ。
だから関係ない、康太はそう言い切った。
部屋の扉を閉めようとする瞬間、康太は堤のほうを見て小さくため息をついてから口を開く。
「この匂いじゃ難しいと思うが、最後の別れになるだろうから、しっかりと顔を見ておけ。もっとももうほとんど原型はないけど」
もう二度とこの二人には会えなくなるかもしれない。そのことを伝えて康太は死体のおかれていた部屋を去る。
康太がしてやれるのはここまでだ。本当ならば堤にこれ以上関わるつもりなどなかったのだ。
偶然にも見つけてしまったからこそこのような形で進言したが、これ以上は本当に蛇足にしかなり得ない。
堤はもう『ハクテイ』として、一人の魔術師として行動しなければならないのだ。それならば赤の他人である、何の関係もない魔術師である康太がこれ以上何かをするだけの義理はない。
「あ、ビー。部屋取れたわよ」
康太が部屋から出てくると、それを見つけたのか文が駆け寄ってくる。どうやら支部長に頼み込んで部屋は借りられたらしい。
あとはこの日誌を読んで怪しい人物をピックアップするだけだ。文は康太が持っている日誌を運ぶのを手伝おうと手を伸ばすが、康太に近づいた瞬間、その違和感に気付いたようだった。
「・・・ビー、あんた酷い顔してるわよ?」
「なんだよそれ、仮面着けてるから表情わかんないだろ」
「・・・わかるわよ。何となく空気で・・・なんかあったの?」
仮面をつけていても康太の表情を読み取れると言い切った文に、康太は苦笑してしまっていた。
文の前では隠し事はほぼ不可能だ。だがだからと言ってすべてを文に話す必要も、その理由もない
「・・・いや・・・まぁあれだ、死体見てちょっとナイーブになってるだけだ」
「・・・そう・・・そういうことにしておくわ」
文も康太がこういっているのであればこれ以上は聞くまいと思ったのか、康太の抱えている本の一部を奪い取ると確保できた部屋に案内するべく康太の先を歩こうとする。
時折振り返って康太の様子を見てくるその姿は、まるで自分の子供の心配をする親のようである。
「これを見て犯人が特定できそうなら、あとはアプローチをかけるだけね。あんたの準備はばっちりなの?」
「・・・あぁ、それなりに準備は万端だよ」
「・・・装備的な意味もそうだけど、メンタル面は?ナイーブになってるなら少し期間を空けたほうがいいんじゃない?」
先ほどの康太の言葉を返すように文はそういうが、康太はその選択肢もありだと思いながらもそれを否定する。
いや、否定というのは正しくないかもしれない。あり得ないとかそういうことではなく、より正確に言うのであればそこまで待てないというべきだろうか。
「いいや・・・やる気はすごいあるよ・・・もし可能なら今すぐにでもとっちめてやりたいくらいだ」
それは怒りや苛立ちといった感情に近いものだった。八つ当たりという表現が最も適切かもわからない。
自分の中のもやもやを、苛立ちを今すぐにでもぶつけたい、叩きつけたい、そういう感情が康太にはあった。
もっとも、今回の事件の犯人に対して行うのだから決して八つ当たりとは言えないのかもわからないが。
「・・・そう、それならいいわ。私もいつでも行けるから、行くつもりなら声かけなさいよね?」
「おう、その時は頼んだ」
文がいれば百人力だと心底思いながら、康太はやる気を胸に宿らせたまま日誌に向かうことにする。
「・・・さすがに研究日誌ってだけあって相当の量があるわね・・・これだけよく書き込んだものだわ・・・」
「内容何が書いてあるか全くわからないんだけど・・・これ本当に日本語か?いや日本語だよな・・・」
康太と文は持ってきた日誌を手にそれぞれ書かれている内容に目を通し始めた。本に特にこれといって番号も書かれていないためにどの日誌がいつ頃書かれたものであるかを判別するためにもある程度読むしかない。
これが企業などの研究記録であれば各項目に分けられたり、必ず実験などの日時を記録するものなのだろうが何せ個人の手で記されたものであるためにそのあたりが非常にあいまいなのだ。
細部まで読み込んで時折書かれている日にちを見つけたらその場所に付箋を入れて日を記録していく以外にわかりやすくする方法がないのである。
しかもここに書かれている内容が絶望的に頭に入ってこない。中に書かれているのが薬学や化学関係の専門用語が満載なうえに、何をやっているのかがそもそもわからないのである。
高校一年生の二人にこれを理解しろというのはなかなかに難易度が高い。興味のない分野の事柄は本当に理解しがたいのだ。
これが日々の記録をつけたただの日記だったらどれほどよかっただろうか。せめて一日にどのようなことをしたのかをまとめるくらいのことをしてもよいのではと考えたが、これを誰かに見せるのならばまだしも、研究用として自分が見るだけなら大抵のことは覚えてしまっている。
誰に文句を言われるわけでもない、自分が理解できているのであればこれ以上改善する必要もない。
そのため内容も状況も知らない第三者が見た場合には非常に見難い研究日誌となってしまっているのである。
「あ、この日付去年の六月ごろね。ここから先が怪しいかも」
「オッケ、んじゃそっちは任せた。こっちは・・・三年前の日付だな・・・これは違う・・・っと・・・」
知りたいのは堤の妻子が殺された八月末、その前からの記録である。文は運よくそれに近い記録を見つけることができていた。
康太はとりあえずすべての本に記録されている日時を確認して文が見ている日誌以外に目的となる日時に近いものがないかを探していた。
「えぇと・・・内容は・・・やっぱり薬学関係のことばっかりね・・・少なくとも最近あった事象とかは書いてないわね・・・?」
「最新の日付は?六月から先はなんかあるか?」
「ちょっと待ってね・・・あ、七月の頭があったわ・・・ここから先を重点的に・・・あ、ちょっといい感じのこと書いてあるわ。素材の採取中にほかの魔術師と接触したって・・・特徴も書いてある」
「見つけたか。特徴は?」
「・・・間違いなさそうね、色とその状態までスケッチしてあるわ、七月のタイミングで遭遇してたのね・・・」
ようやく手掛かりを得られたことに康太と文は喜びながらさらにその日誌をよく読んでみることにする。
「採取してる素材の種類とその場所は?わかるか?」
「えっと・・・『ホソバオキナゴケ』らしいわ・・・知ってる?」
「コケなのは分かった・・・でもコケなんてどこでも取れるだろ・・・?そんな取り合いをするような素材なのか?」
康太と文は苔のことは詳しくはないが、苔といえば湿度が高く日の当たりにくい環境であればいくらでも繁殖できる生き物だ。
それこそわざわざ取りに行くだけの必要はないように思える。一部を持ち帰って繁殖させることだって容易なはずだ。それをしないだけの理由が何かあることになる。
「そのホソ・・・何とかゴケの詳しい記述はさておいて、その魔術師との接触ポイント・・・採取場所は?たぶんこれを取り合ったんだろ?」
「そう・・・なのかしらね?えっと・・・この日誌には書いてないわね・・・ほかの日誌に書いてないかしら?どこかにそれらしい場所の地図とかあるでしょ?」
「これよりかこの日誌からそれを見つけるのか・・・また厄介な・・・でもまぁ単語がわかってるからまだましか」
康太は文が持っている最新のものから徐々に過去にさかのぼる形でホソバオキナゴケの記述のある日誌を探していた。
とはいえその記述は膨大で、その中から特定の単語を探すだけでもかなりの手間と苦労がかかる。
だがただ単語を探せばいいだけではない。その採取場所についての記述が描かれていることが第一条件だ。
なぜ採取をしに行かなければならないのか、どのような状態であるのかなど詳しい記述があればなおありがたい。
写真があれば具体的にどういったコケなのかを見ることができるためにより調査が楽になるのだが、そこまで個人の研究日誌に求めるのは酷というものだろうかと康太は過去の日誌を読み解きながら考えていた。
探すための情報がかなり狭まってきているために見つける内容がかなり絞られるために探すのはそう難しくはない。もっとも難しくはないとはいえ時間がかかってしまうのは間違いないだろうが。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです。