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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十八話「張り付いた素顔と仮面の表情」
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突きつけることしか

確認できた物品の中で最も手掛かりになりそうなのは魔術師の残した研究日誌だろう。死体はすでに十分確認した。これ以上の手がかりはおそらくこの死体からは得られないだろう。


進みすぎた腐敗によってすでに原型はない。この女性がいったいどのような姿をしていたのか、それを考えると少しだけ心がざわめいた。


「そういえばこの二人の身内・・・ハクテイにはこの二人を見せるんですか?」


「あぁ、そういえば身内がいるんだったね・・・本来なら見せるのが筋だ。とはいえこの前協会に登録したばかりだろう?しかも死体をずっと放置していたんだよ?見にくるかな?」


こういった形で死体が処理されているということ自体、堤は知っているのだろうかと康太は眉をひそめた。


いや支部長のことだ、おそらく今日この日に家族の死体の処理をするということはすでに彼に伝えてあるはず。


ならば康太がこれ以上口を出すことはないなと思いながら、それでも一応という気持ちから周囲に堤がいないか索敵の魔術を発動する。


来ないのであればそれも仕方がない。そう思って発動した。康太の索敵の効果範囲である半径三十メートル以内のところにいなければもはや何も言うことはないと思ってダメもとで発動した索敵に、幸か不幸か堤の反応があった。


堤はこの部屋に続く道の一角、通路の途中で何をするでもなくうつむいた状態でただ立ち尽くしていた。

いったい何をしているのか、おそらくここに向かう途中だったのだろう。だがどういうわけか足が前に進まないらしい。


おそらくは家族にどんな顔をして会えばいいのかわからないのだ。魔術をかけられていたからと言って半年近く死体を放置していたのだ。


申し訳なさと不甲斐なさでどうしたらいいのかわからなくなってしまっているのだろう。


夫として、親として、どんな顔をしてこの死体二つと向き合えばいいのか心の整理がまだついていないのだ。


何をするでもなく立ち尽くすその姿を確認して、康太はため息をつく。ここで前に踏み出せなければ何もできない。家族の仇をとるどころか探すことすらできないだろう。


きっとこのまま逃げ続けることになる。この死に直面してなお前進するだけの度胸がなければきっと何もできない。


康太がそう思いながらも堤の動向を調べ続けていると堤は前に足を踏み出そうとして足に力を籠めるのだが、腹部に手を当ててさらに深くうつむいてしまう。


強いストレスを与えられて体調が悪くなっているのだろう。今まで完全な一般人だったのだから、ある意味仕方がないのかもしれない。


半年以上自分の力で魔術師を捜索し続けた。彼の不運な境遇は康太も理解している。だからこそこれ以上手を貸していると思われるのもよくないと思いながらも康太は彼から意識を背けることができなかった。


何をするでもなく、去るわけでもなく、進むわけでもなくただ立ち尽くす堤に対して、康太は徐々に苛立ちを覚えていた。


ここまで足を運んだということは二人の死体に対面するだけの覚悟をしてきたということだろう。


だが最後の最後が踏み出せない。その態度に康太は歯を食いしばってからこの部屋の扉を勢いよく開く。

そして堤のいるほうへとずかずかと勢いよく歩いていく。


無機質な仮面をつけたその男性は、康太が近づいているということに気づかないほどに思い悩んでいるようだった。


だがそんな悩みを浮かべていることなど康太は知ったことではない。康太は腹を抑えている手を掴むと強引に堤を前へと歩かせる。


「え!?ちょっ!?君は・・・!」


「あんた何やってんだよこんなところで。いつまでそこで足踏みしてるつもりだ!」


自分の手を唐突に引いた人物が、あの時自分をここまで導いた魔術師、ブライトビーであることにすぐ気づいたのか、堤は最初こそ驚いた声を出したがすぐに申し訳なさそうな声になってしまう。


「・・・妻とあの子が・・・この先の部屋に・・・連れてこられたと聞いて・・・一度会わなければと・・・思ったのだけど」


「そうだろうな、そんな態度でいればすぐに想像つくよ。で、なんでさっさと来なかった」


「それは・・・その・・・」


聞かなくてもわかる。合わせる顔がないといったところだろう。だがそんなことすら康太はどうでもよかった。


堤の気持ちよりも、堤がやるべきことに康太は目を向けている。堤がやらなければいけないことを康太は見ている。


堤は自分の感情に正直になりすぎている、そのせいで堤は自分がやらなければいけない義務に目を向けられていない。


「あんたは見なきゃいけないんだ、あの二人を。あの状態を。足踏みしてる暇があったら少しでもあの二人に会ってやれ・・・早くしないとあの二人はさっさと処理されるぞ」


明らかに腐敗が進みすぎているあの二つの死体。協会が死体に対してどのような処理をしているのか康太は正確には把握していない。


だが損傷も激しく腐敗も進みすぎたあの死体を協会がどのように扱うか想像に難くない。


跡形もなくすか、あるいは早々に深い土の中に埋めてしまうか、どちらにせよ早くしないと堤は二人の顔を見ることもなく二度と会えなくなるのだ。


「でも・・・私は・・・」


「あんたの家族だろ、あんたは見る義務がある。悩んでる余裕なんてあんたにはないんだよ」


康太が強引に堤を部屋の中に連れてくると、協会の魔術師たちはかなり驚いているようだった。


堤がこの場に来たことではなく、康太が堤を連れてきたことそのものに驚いているように見える。


堤が勝手にこの場に来たのであれば、彼がそういう人間だったのだと納得するだけで済んだのだが、康太がこの場に連れてくるという行動をとったことにその場の魔術師たちは動揺を隠せなかったようだ。


デブリス・クラリスの弟子のブライトビーがこのような行動をする魔術師だったとはと、今まで実績と行動の大まかな報告からしかブライトビーのことを知らなかった魔術師は康太のこの行動に意表を突かれていた。


「・・・この匂いは・・・」


「あの二人のものだ。しっかりその目で見ろ」


康太の視線の先にあるその死体二つを見て、堤は仮面の上からでもわかるほどに愕然としてしまっているようだった。


思い浮かべていたような形ではなかったことがショックだったのか、それともここまで自分が放置し続けたという事実に打ちのめされているのか、どちらにせよ堤は耐えられずに目を背けてしまう。


だが康太がそれを許さなかった。


康太は強引に胸ぐらをつかみ堤の体勢を崩すとその頭を掴んで無理やりに二人の死体のほうに目を向けさせる。


「目を背けるな。あんたはあの二人を見なきゃいけない。あんたはあの二人の家族だったんだろ」


「ぅ・・・あぁぁ・・・こんな・・・こんな・・・!」


息は荒く声は震えている。正常な精神状態とは言えないまでも堤は目の前のこの光景を確固たる事実として受け止め始めていた。


強引なやり方ではあるが、こうしないと堤はいつまでたってもこの二人の死を正しいものとして認識できないだろう。


魔術をかけられ、曖昧になってしまった記憶の状態から、目の前の死体を突きつけられることで間違いようのない事実となる。


それは彼にとって強い絶望を与えるものでもあり、同時にこれから生きる上で必須となるものでもあるのだ。


嗚咽に加え吐き気を催しているのか、堤は康太に頭を掴まれた状態のままわずかに痙攣しだす。


だがそれでも康太は堤に見せ続けた。傍から見れば何とむごいことをしているのだろうと康太のこの行いに対して強い嫌悪感を抱くかもしれない。


だがこの場においてこの行動がどのようなものであるか、ここにいる魔術師は理解していた。


魔術師として、そして人間としてこれがいったいどのような意味を持つのかを彼らはわかっているのだ。


家族を失うということは一種のよりどころを失うということでもある。堤の今後を考えると、家族を失ったという事実は今この瞬間記憶に刻まないと、今後の人生で二度と行えないかもしれない。


協会が死体を処理するということはそういうことだ。神加のようにまだ幼く、精神状態が不安定であるせいもあり一時的に保管してもらっているのとはわけが違う。


堤はすでに成人しており精神状態も割と良好、さらに言えば死体の状態が悪すぎるために処理は早めに行ったほうがいいと思われる。


可能ならば二度と見つからないように、死体そのものが完全に消滅するレベルで処理されることになるだろう。


そうなればもう二度と堤はこの二人に会う機会はなくなってしまう。だからこそ康太は今ここで、逃れようのない現実として堤に突き付けたのだ。


その場に崩れそうになる堤を頭を掴んだ状態で支えていた康太は、もう十分彼に事実を突きつけたということを納得したのか、手を放して堤を解放する。


堤はその場に座り込んでしまう。糸の切られた操り人形のようにその場に力なく座り込むと、ゆっくりとその顔を上げる。


今度は康太に見せつけられるまでもなく、自分で、自分の目で、自分の意志でその二つの死体を見つめていた。


「・・・彼女たちは・・・どうなるんだ・・・?」


「・・・処理方法は場合によりけりだ。山奥の地下深くに埋めたり、あえて見つかりやすい場所に配置したりもする。ただこの場合はわからないな・・・こういうこと専門の部署に聞いてみないと」


今回この部屋に一度運ばれたのは魔術師の痕跡をすべてなくすための回収作業を兼ねていたからである。


ここからさらに処理は分岐していくことになる。魔導書などの物品であればそれ専門の処理チームに。


死体のように一般社会にも強く影響を及ぼすようなものは以前康太も足を運んだことがある死体安置所、そしてフールツールなどの死体を管理しているものが総合的に判断して処置の方法を決めるのだろう。


これほどまでに腐敗が進んだ死体は珍しいだろう。あまり良い方法ではないのはまず間違いないと康太は考えていた。


いっそのこと火葬してやれば堤も心の整理ができるのかもわからないが、そんな施設や手間を協会の人間がしてくれるとも思えない。


不運ではある。同情もする。だが心の整理だけは自分でつけなければならない。ここから先は康太ではどうしようもないことであるため、ただ堤に逃れようのない事実を突き付けることしかできなかった。


誤字報告を五件分受けたので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです。

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