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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十八話「張り付いた素顔と仮面の表情」
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心のどこかが

「という話をこの前アリスとしてさ、世界って簡単に滅ぼせるんだなって思ったよ」


後日、堤の家を協会の人間が処理する日、康太は協会の日本支部で文にアリスとした話を雑談交じりに伝えていた。


仮面越しでもわかるほどに文は眉を顰め、大きくため息をついてしまっている。


少年心的に考えて世界を滅ぼすという妄想を一度はしたことがあるのは理解できたが、それを実際に行える相手に対してするというのは何とも危なっかしいような気がしてならなかった。


「なんつー話をなんて奴としてんのよ。その気になればあいつはすぐに世界滅ぼせるんだから・・・ていうかあんたもその気になれば世界くらい滅ぼせるんじゃないの?」


「え?どうやって?」


「・・・一緒にいるやつを使えば時間はかかるけど魔術師以外の人類全滅とかできるでしょうに・・・もともとそれだけの被害を出してきたやつなんだからさ」


文が康太の体の中にいるデビットのことを言っているのだと理解して康太は一瞬自分の体の中に意識を向けるが苦笑しながら首を横に振る。


「そりゃ無理だ。こいつにそういうことをするのはもう無理だよ」


「なんで?そういうのわかるの?」


「んー・・・何となくだけどな・・・憑き物が落ちたっていうか・・・いや憑りつかれてるのは俺なんだけどさ・・・まぁそういうこともあってこいつはもうそういうことはしないと思うぞ?」


康太の言葉に文は興味なさげにふぅんとつぶやく。


実際何百年にもわたって被害を出し続けてきた封印指定としての力を存分に振るえば、その気になれば康太は都市部などにおいて多大な被害を起こすことができるだろう。


だが康太の中にいるデビットは、そしてそれを宿す康太自身もそれを望んでいない。


過去、世界そのものに絶望したデビットはこの世界に自らの魔術を満たし延々と暴走していた。


だがその暴走は康太の手によって止められた。世界に絶望した神父の暴走はその絶望によって生み出された絶望を体感した康太によって止められた。


止められたことによって、デビットは以前のそれに限りなく近くなっているように思うのだ。


誰かを救おうとし、それを求め続けたかつての神父の精神構造に。


とはいえそれは康太がそう感じているだけの話だ。実際どうなのかは康太にもわからないし、おそらくデビットの師匠であるアリスでさえ理解できないだろう。


もはや人間ではないデビットのことを本当の意味で理解できる人間はこの世に一人も存在しないのである。


「まぁ実際にその力を身に着けてるあんたがそういうならそうなんでしょうね・・・世界を滅ぼすのは簡単・・・か・・・まぁ実際その通りかもしれないわね。ちょっとしたことで世界なんてバランスを崩しちゃうもの」


「そういうもんか?結構安定してるように思うけど」


「そう見えるだけよ。ちょっとしたバランスで世界はあっけなく壊れるわ。それこそアリスの言葉じゃないけど、一つのボタンを押しただけで核戦争が始まることだってあり得るのよ?」


人類は科学技術を発展させることで人々を少しでも長く安定して生き永らえさせるために、少しでも便利に生活できるように積み重ねてきた。


だがその積み重ねは良くも悪くも危険なものを作り出してしまっている。


一つ間違えば街一つを一瞬で消滅させるような兵器、しかもその製造方法を確立してしまった今、いつどこでそれらが使われるとも限らないのだ。


今使われなかったからと言ってこれからそれが使われないとは限らない。今平和だからと言ってそれが今後ずっと続くとは限らない。


文の言うように世界のバランスは康太たちが思っているよりもずっと簡単なことで崩れてしまう可能性を秘めているのだ。


そういう意味では世界を滅ぼすのは簡単と言えなくもない。


目の前の敵さえも苦戦してしまう康太からすれば、今目の前にいないすべての人間を一瞬にして滅ぼす方法など思いつかなかった。


だが文やアリスにはその方法が見えている。やり方によっては世界など簡単に滅ぼせるのだと簡単に言ってのける。


これが自分と魔術師の違いなのだろうかと康太は考え方の違いに少しだけ困惑してしまっていた。


「ベルはあれか?世界を滅ぼそうとか思ったことあるのか?」


「すごいこと聞くわね・・・あるわけないでしょ。なんでそんな魔王みたいなことしなきゃいけないわけ?」


「いや、世界の半分を勇者にあげるためとか?」


「あげるために滅ぼすってどういうことよ。サイコパスでももうちょっとまともな思考回路してるわ。少なくとも世界に滅んでほしいと思ったことはないわ。私は結構この世界が気に入ってるもの」


文の言葉に康太はへぇと少し驚いてしまっていた。


世界のことを気に入っている。文が気に入っているという表現を使うのも珍しかったが、文が今のこの世界を嫌いではないということに少し驚いていた。


「てっきりベルはこの世界が嫌いだっていうかと思ってたよ」


「なんでよ。今のところ嫌いになる要素なんて少ししかないわよ?」


「いやさ、いろいろと思い通りにいかないとかあるじゃんか。それにいろいろと面倒ごとも多いしさ」


「当たり前よ。すべてが順風満帆に進んだらつまらないじゃない。平坦しかないアスレチックをクリアして面白いって思う?」


人生とアスレチックを同等に扱うのはどうかと思うが、文の中では何もかも思う通りに行くようではつまらないと感じるようだった。


「順風満帆ならそれに越したことはないと思うんだけどな・・・それだけじゃダメなのか?」


「ダメとは言わないわ。でもなんでも思い通りに行くってなると、たぶん徐々に腐っていっちゃうわよ?」


「え?腐るのか?」


「えぇ、たぶん心とかそういう部分がね」


心が腐る。性根が腐るとかそういう言葉ではなく文は心が腐るという少々特殊な表現を使った。


人間としての性格が歪んでいくのではなく、満たされた何の問題もない環境にいることで少しずつその本質が崩れていく。そういう意味で使ったのだろう。


満たされているはずなのになぜか満たされない、何も問題がないはずなのになぜか不満を覚えてしまう。


何もかもが与えられるということは同時に、何もないのと同義なのだ。問題がないということそのものが問題であるという矛盾を孕んだ状態といえる。


困難があってこそ、苦労があってこそ報われるものがあるのだと文は考えているようだった。


「スポーツでもゲームでも、勉強にしても、努力して得た結果ならいろいろ思うところがあるでしょ?いい結果ならうれしくて、よくない結果なら悔しい・・・そういう感情のプラスとマイナスがより感情と心に起伏を生むのよ」


「うれしいばっかりだとダメなのか?普通にいい結果だけ得られればそれが一番いいんじゃないのか?」


「甘いものばっかり食べてるとその甘さになれちゃうでしょ?たまには辛い物や苦いものを食べて、たまに甘いものを食べるとすごく甘く感じない?」


「あぁ、確かにそれはあるな。煎餅食べた後にチョコ食べると結構そんな感じがする気がする」


変な食べ方するわねと文は若干目を細めるが、つまりはそういうことでもある。


人間とは良くも悪くもなれてしまう生き物なのだ。良い結果が続けばもっと良い結果を求める。


苦しいことが続けばその苦しさになれてしまう。楽しいことや嬉しいこともまた然りなのである。


良い結果にばかり恵まれれば当然その結果になれる。良い結果ばかり求め、自分の思う通りに事が進めばさぞ心地いいことだろう。


だがそれは同時に徐々に心を腐らせていくのだ。当たり前に得られているその結果に、徐々に心の奥深く、なくてはならない部分が腐敗していく。


そして時折訪れるほんの少しのつらさに耐えられなくなる。熟しすぎた果実がちょっとした衝撃でその形を崩してしまうように、甘くなりすぎた心は徐々にその身を腐らせていくものなのだ。


だがそうはいっても、そのことを理解していても康太は順風満帆であるに越したことはないように思えてしまう。


それは康太が常に逆境にさらされ、常に困難に立ち向かっているからこそ本心からそう思えるのだ。


文からすれば康太はすでに立ち向かうだけの強さと能力を有している。その強さを維持するための努力を康太が怠るはずがないと思いながら、文は康太の問いには常に真剣に答えているのだ。


「甘いものばっかり食べていられれば幸せかと思うけど・・・そういうわけでもないもんな・・・たまには辛いものも食べたくなるか」


「そういうこと。それに甘いものばっかり食べてると虫歯になるし太っちゃうでしょ?ご褒美はたまにのほうがいいのよ」


「なんか人生と食べ物を一緒にされるとすごく複雑なんだけどなぁ・・・特に嫌な場面を見てるとそう思うよ」


「あんたがそういうとすごく説得力があるわね・・・まぁそうね・・・不運なのはどうしようもないわ。終わってしまったこともどうしようもない。どうあがいても結局のところは自分にできる最大限の努力をするしかないのよ」


人というのは生まれながらにして平等ではない。生まれた国、人種、性別、そして生まれた家庭環境。ありとあらゆる面で他人とは差が生まれる。


持って生まれた才能や能力なども人によって異なるだろう。それらを産まれた後の努力でどのように改善するか、伸ばしていくかは個人の努力次第になるだろうがスタート地点が違えば当然たどり着けるゴールも違ってくる。


自分の努力と他人の努力、そして他人との結果に一喜一憂するのは当然ではあると思うのだが、そこにあるのは本質的な他者との違いだ。


それを努力で覆そうとする者もいれば、早々にあきらめるものもいる。


逆に他人に憐みの視線を送ったりする者もいれば羨望のまなざしを向けるものもいる。


人それぞれとはよく言ったもので、結局は個人個人の考え方と価値観によってすべてが決まるのだ。


康太はその価値観が普通の人間とは少し違っている。多くの人間の死を体感したことで、自分の人生が恵まれているものと思いつつ、最終的には努力次第で何とかなるとは到底思えないのだ。


どこかしらで不幸な目にあっている人間を知っているからこそ、文の言う順風満帆ではないことこそ最良とは思えなかったのである。


腐りかけでもいいから、幸福で順風満帆な人生になってくれれば。


そのようなことが簡単には実現しないことも、そもそも多くの人間にそのようなことはありえないことも理解しつつも、そう思ってしまうのだ。


誤字報告を五件分受けたので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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