今と昔の魔術師
「ということなんだけどさ、昔の魔術師と今の魔術師を比べてどう思う?」
翌日、協会からの調査結果を待つ最中、康太は訓練の合間を見てアリスに話を聞きに行っていた。
自分の考えもそうなのだが過去の魔術師と現在の魔術師の行動がどのように変化したのかが気になったのである。
「ふむ・・・魔術師の今と昔か・・・また難しいことを聞いてくるな」
「でもアリスはずっと見てきたわけだろ?昔はどうだったとかわかることあるだろ?協会の設立当初から生きてるんだしさ」
「そうは言うがな、お前は今の魔術師の行動がどのようなものなのか大まかにでもいいが把握できているのか?何か統計を取ったのならまだしもそういうこともしていないのだぞ?わかれというほうが無茶だ」
「・・・あー・・・それもそうか・・・そうだなそう考えればそうだ」
アリスは長く生きている。それこそ何百年も生き魔術協会の設立にもかかわるほど長生きしている人物だ。
康太よりも多くのものを見てきたし多くの人物と知り合ってきたことだろう。それこそ彼女自身の記憶にも残らないほどに多くの人々とのかかわりを持ってきたのは間違いないことである。
だがどんなに長く生きてきて、どんなに多くの人物と接してきてもアリスは一人の人なのだ。
どんなに多くの人と交流を持ったとしてもその時代の魔術師全体の動向を知るということまではできないのである。
昔から協会が統計を取っていたのならばまだ可能性があったかもしれないが、協会だって設立当時はまだ小さなグループでしかなかっただろう。数多く存在する魔術師の動向すべてを確認できたとは考えにくい。
「だがまぁそうだの・・・良くも悪くも凶行に及ぶものは少なくなったように思えるぞ?もちろん昔に比べての話だが」
「そうなのか?やっぱそれって協会が組織としてちゃんとしてきたから?」
「いや、科学技術が発展したり法整備がなされたからだな。昔は人が殺されてもそれこそ町の中でのこととして怯えたり犯人を捜したりその程度のことだった。死に方によっては化け物の仕業という形にもなったからな」
過去、神や悪魔や化け物などの想像上の生き物が本気で信じられていたころは変死体などが多く見つかったときはそれらの仕業であると考えられていたものだ。
時には裁きとして、時には化け物の仕業として民衆に対して偶然にも、そして解決方法のない恐怖を与えていたのである。
だが科学技術の発展とともにそういった変死体などの説明もついてきて、化け物や悪魔などといった空想上の産物はあまり信じられなくなった。
たいていの死には原因があり、病死や事故死、自然死などのどうしようもなく避けられない事象に関して以外は必ず誰かが殺したという常識が生まれた。
そのため犯人を探し出すという考えが生まれたのである。さらに言えば情報伝達速度の上昇により、その区域は一つの村や町にとどまらず、一つの国、あるいは世界中に広まっていくことになる。
「一般人としての技術が向上したから少なくなったってことか?」
「根本的な原因としてはそうだの。魔術協会が魔術の露見を避けているという条件と、科学技術の発展から魔術の存在が露見しやすくなっているのも原因の一つだ。奇妙な行動をとればすぐに不可思議なものは確認できてしまうからの」
測定機器の技術の向上によって魔術の存在は確認しようと思えば確認できるような世の中になりつつある。
いや、もしかしたらもうなっているのかもわからない。
監視カメラや各計器に引っ掛かりでもすれば魔術の存在が露呈しかねない。そしてそんな行動を協会は警戒している。
個人的な行動までを規制するつもりは協会側としてもないだろうが、明らかに怪しい行動に関しては極力自粛を求めるのが協会としての立場だ。
「じゃあ犯罪が少なくなったのは魔術協会が組織としてまともになったからとかそういう理由じゃないんだな・・・」
「うむ・・・まぁ協会の組織としての成長を否定するつもりはないがそれだけが原因ではないだろうな。無論科学の発展だけが原因というわけではない。いくつもの理由が重なり合うことで今のような状態が生まれたと考えるべきだろう」
昔のように監視体制も保管状況もずさんだったころに比べれば今はありとあらゆる場所で監視の目が光っている。
そしてそれをほとんどのものが知っているからこそ、露骨に怪しい行動などはできないのだ。
それこそ昔などは死体漁りなどもよく行われていたらしいが、そういった行動をとるものは今はほとんどいない。
日本の場合は生活がある程度安定しているものが多いために凶行に走るものが少ないというのも理由のひとつかもしれない。
紛争地域や生活もままならないような荒れた場所では魔術師がどのような活動をしているのか康太は知る由もない。
少なくとも日本のように殺人一つにこうして動くような暇な魔術師はいないだろうなと康太はため息をついていた。
時間や場所、個人によって魔術師の行動は変わる。
時代も違えば国も違う。そしてその国の状態も変われば当然のように魔術師の行動も変わるだろう。
自分がいかに狭い視野でものを考えているか康太は実感していた。
「ちなみに他の国の魔術師は普段どんな行動してるんだ?俺らは普通に魔術師として活動してるわけだけど・・・本部・・・っていうかイギリスの魔術師がどんなことしてるのか特に気になるな」
「どんな行動・・・と言われてもな・・・たいていどこも同じようなものだ。若い者は修業をメインにし、一人前は各々好きなことをする。その中で面倒な行動を起こす者がいて、それを防ぎ妨げようとする者がいて・・・どこでも魔術師のやることは変わらん」
そういうもんなのかと康太は眉を顰める。魔術協会の本部が置かれているイギリスではもう少し特殊な魔術師生活をとっているのかと思ったがどうやらそういうわけでもないらしい。
自分の中の協会本部のイメージが大きく変化していくのを康太は感じていた。
「なんかもっとこう、本部が主導になって動いたりすることはないのか?魔術の実験とかそういうの」
「ないな。魔術の検証が行われることはあるかもしれんがそれは別に本部が主導で行っているわけではない。少なくとも私が出入りしているときはそのようなことをしていた記録は存在していなかったぞ」
てっきり大々的な魔術の実験などが行われているとか、研究が行われているとかそういう類のことがあるかと思ったのだがそういうことはないらしい。
魔術師はどこの国に行っても基本は変わらないということであるらしい。
「じゃあ本部と支部でいったい何が違うんだ?なんか待遇は違うんだろ?」
「ふむ・・・そのあたりの説明をすると少々長くなるのだが・・・まぁいいだろう。本部というのは基本的に『絶対的な魔術の隠匿』を目的としている。この意味が分かるか?」
「・・・それって支部と何が違うんだ?」
各国に存在する支部も、普通に魔術の隠匿を目的としている。魔術における隠匿を行っているのはどこの支部も同じ。
そこに『絶対的な』という言葉が一つ加えられたからといって何か劇的に変わるとも思えなかった。
「本部が動くべき事項というものが存在してな・・・例外もあるが本部は主に禁術と封印指定の対処を絶対的な目的としている」
禁術と封印指定。康太も今まで何度か関わったことがある事項だ。
だが康太はその二つについて大まかにしか知らない。禁術が使用禁止のものであるのに対して封印指定がどのようなものなのかよくわかっていないのだ。
康太の頭の中にはとても危険なもの程度の認識しかない。
「そういえばさ、禁術と封印指定の違いって何なんだ?禁術は使っちゃいけないっていうのはわかるけど封印指定は?」
「ふむ・・・ではそのあたりの解説からしていこうか。禁術はお前が今言ったように使ってはいけない魔術のことだ。使えば多くの被害を及ぼし魔術の存在を露見しかねないほどに危険な魔術。それゆえに本部は特定の魔術の使用を原則禁止している」
「原則ってことは・・・例外もあるのか?」
「ある。禁術というのは良くも悪くも高い威力や尖った性能を有しているものが多い。そういうものが役に立つ状況というのは割とよくあることだ。本当にどうしようもない状況であれば使用は許可される」
まぁあまりそういうことはないがなとアリスは付け足しながらため息をつく。
禁術は扱うことそのものが危険だったり、危険な効果を及ぼしたり魔術の存在が露見しかねない何かを有しているがために使用を禁じられた魔術のことを指すらしい。
人が死ぬとかそういうことではなく魔術の存在の露見を忌避するあたり魔術師らしい考え方だというべきだろうか。
「じゃあ封印指定は?こいつとかアリスとかも一応封印指定だろ?」
「ふむ・・・封印指定とは基本、その存在を許していれば魔術の存在を露見しかねない、あるいは人類に大きな影響を与えかねない魔術、あるいはそれに属したものという形で規定されている。場合によってはそれらは禁術として厳重に保管される可能性もあるが、たいていは存在そのものを消去することになるな」
アリスの言い回しに康太は眉をひそめてしまっていた。
今康太の身近には二つの封印指定がいる。
一つは封印指定百七十二号、康太がはじめてであった封印指定であるDの慟哭『デビット』
一つは今目の前にいる封印指定二十八号こと『アリシア・メリノス』
この二つが封印指定になっている形から、先ほどアリスの説明を考えていくことにした。
「えっとつまり・・・アリスの場合は魔術に属する人物ってことで封印指定、デビットは魔術そのものってことで封印指定・・・でも両方存在消去なのか?無理じゃね?ていうかそもそも存在消去って?」
「ん・・・少々言い方が悪かったか・・・まず存在を消去というのは単純だ。私のような人物ならば殺害、魔術ならば術式の完全消去。ただこれだけだ。記憶にも残さないというのは難しいが、紙面などに術式を記録することをすべて禁止しどのような効果を持っていたかということだけをのちの世に伝えるために記録する」
「あぁ・・・こんなことをやった、あるいはこれからやりそうだから封印しましたよって感じなのか」
「まぁそういうことだ。私のようなタイプはかなり特殊だからデビットを例に紹介していくことにしよう」
アリスに呼ばれたからか、それとも自分の話になったからか、デビットは康太の体の中から噴き出して人の形を成していく。
別に出てくる必要はなかったのだが、このほうが説明はしやすいのかもしれないと思ったのかもわからない。
そもそも考えるだけの頭があるかもわかったものではないが。
その姿を見てアリスは一瞬苦い顔をするが、今は康太への説明を最優先にするようだった。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです