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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
四話「未熟な二人と試練」
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現地到着

バスに揺られて再び一時間程度、康太たちは目的地である長野県某所にある合宿所に到着していた。


康太達が住んでいる場所より北に位置しているというのもそうなのだが、山間部に場所を構えているために気温は一層低く感じる。


所謂避暑地ともいうべき場所であるために四月だというのに僅かな肌寒さが生徒たちを襲っていた。


もちろんあらかじめ防寒着が必要であることは知らされていたためにほとんどの生徒がそれらを着込み寒気から身を守ろうとしている。


康太たちが利用する施設は門からして大きめの宿泊所だった。正確に言えば研修所のようなものなのだがその違いは康太たちにはわからない。自分たちが泊まる場所以外の認識をほとんどのものがもてずにいたのも仕方のないものだろう。


本来ならば大学などの研究室の人間が合宿で使用するような場所なのだろう。多くの会議室などが配置される中、康太たちは荷物を持ってあらかじめ指定されていた部屋へと向かっていた。


バスを降りる時点で既に半ば自由行動に近い。部屋に荷物を置いた後全員が食堂で昼食をとり夕食の前、つまりは十八時十分前に食堂に集まることを指定されただけでそれまでは完全に自由時間となっている。


昼食は蕎麦だった。温かい蕎麦でてんぷらが乗っており煮物や漬物、ちょっとした揚げ物なども用意されていた。高校生の昼食としては十分すぎる内容である。


当然こういう場で用意される食事がとてつもなく美味いということはない。飽くまで必要最低限の味だが特に気にするような事でもない。康太たち生徒はすぐにでも自由行動をとりたいと考えるものが多く昼食はすぐに終わっていた。


生徒たちにはこの施設の見取り図と使っていい施設の一覧のパンフレットが配られていた。


基本的に使用していいのは各種運動施設、球技全般に必要な道具はそろっており、どんなものも問題なく行うことができる。


近くには温泉もあるらしく、かなりの数の生徒が近くの町へと出かけていた。幸いにして天候はよく、ちょっとした観光気分を満喫することができるだろう。


そんな中で康太は文と合流していた。目的はいうまでもなくこの施設に魔術的な防衛機能を取り付けるためである。


ロビーで待ち合わせをしていた康太は文の姿を確認するとその変化に気付くことができる。簡単に言えばあまり機嫌がよさそうには見えなかったのだ。


眉間にしわを寄せるとまではいかないが、若干視線を鋭くしておりどこかを睨んでいるかのように見えなくもない。


一体どうしたのだろうかと康太はとりあえず近くの自販機で温かい飲み物を買ってから文の下に駆け寄る。


「大丈夫か?なんかすごい顔してるぞ?」


「・・・あ・・・康太・・・あんた平気なの?」


「平気も何も何もないけど・・・なんかあるの・・・あ・・・」


そこまで言いかけて康太はようやく思い出す。つい先ほどまでただの高校生としての過ごし方しかしていなかったためにすっかり失念していた。


今康太たちがいる場所はマナの濃度が限りなく低い場所なのだ。


「・・・そんなにきついのか?」


「きついっていうのとはちょっと違うわね・・・すごく不安定っていうか・・・固定されてない椅子の上に片足で立たされてる感じ」


キャスターなどのついている移動できる椅子の上のようなアンバランスな場所で片足立ちを強いられるという奇妙な感覚。不安定だというのは十分に理解できるのだがそれが一体どういう感覚なのか康太は理解できなかった。


魔力を練る時も言われたがその感覚は基本的に人それぞれだ。彼女はこのマナの少ない空間をそのように解釈したようだが康太がどのように感じるかは全く分からない。


この場所に来ることによる感覚の変化も今のところはなかった。やはりまだ魔術師としての練度が足りないからなのだろうか。


「なんか俺にはちょっと寒いくらいにしか感じないんだよなぁ・・・それが今の薄いって感覚なのか?」


「それはただの気温の問題でしょ・・・まぁここから一度別の所に戻るとまた違うかもね。またはちょっと魔力の操作してみるといいわ。その違いを理解できるから」


康太は文のいう通り魔力を操作しようとした。まずは体の中にある魔力をほんの少し放出して貯蔵庫に空きを作る。ほんの一分程度で補充できるくらいの量を放出した後魔力の装填を始めた。


マナを吸収して体内で魔力に変換する。魔術の修業を始めてから毎日のように行ってきた動作だ、もはや意識することもなく呼吸と同然に行うことができる。


だがこの時妙な感覚を覚えていた。


確かにマナは吸い込まれている。体の中にマナは順調に取り込まれている。だが妙なのだ。普段に比べて肌で感じることができるマナの量が少ない。


本来であれば康太の供給口に入らない量のマナが周囲に存在し、取り込んでも取り込んでも周囲のマナは尽きることがない。その為に多少マナを吸い込んでもその場のマナは尽きず、ゆっくりとこちらに迫ってくるような感覚があった。


だが今の状況ではマナを取り込もうとすると周囲から大きくマナが動くような感覚がある。ゆっくりと動くのではなく我先に取り込まれようという急いで動いているような感じだ。


康太の虚弱な供給口でもこれだけの変化があるという事は、当然優秀な魔術師である文はさらに大きな違和感を覚えていることだろう。


マナが少ないという事がどういう意味を持つのか、康太は徐々にではあるが理解しつつあった。少なくともこの場では少しの魔力も無駄にはできないという事である。


「なるほど・・・確かになんか違うな・・・でも平気か?こんな状態でまともに守れるとは思えないんだけど」


康太は供給口が弱いためにそこまで大きな影響はないが、普段大量のマナを一度に取り込むことができる性能を持った文にとってはこのマナの薄さは正直かなり苦しいだろう。


酸素が薄い場所で運動を強いられているようなものだ。康太は普段からその弱い供給口をフル活用しても一時間程魔力の補充にかかる。その為に供給口をフル稼働させるのは慣れっこだし何よりそこまで大量のマナを一度に取り込めないからこのマナの薄い土地でもある程度の違和感で済んでいる。


だが彼女は違う。康太の何倍ものマナを一度に吸い込み魔力に変換している彼女は本来のそれとは圧倒的に得られるマナの量が異なる。先程片足で不安定な椅子の上に立っているという表現をしたのは恐らく感覚的なものだけではなく精神的な作用も含まれているのだろう。


マナが少なく、魔力の補充がおぼつかないという不安から先のような感覚を訴えたのだ。彼女がこの場に来たくないといった意味を康太はようやく理解することができていた。


「問題ないわ、ちょっと面倒になるけど時間はまだあるもの。これから準備してしっかり備えておけば十分こなせるレベルよ・・・それよりあんたは平気なの?この薄さでも」


「俺はちょっと妙な感覚がするだけだ。お前と違っていろいろとポンコツなんでな。この程度なら問題なく行動できる」


「そう・・・それはむしろラッキーね。あんたがしっかりしていてくれればこっちも楽になるもの」


康太が比較的まともに行動できるというのは文のいうようにラッキーととらえるべきだろう。この場で最も優秀な文がそのスペックを落している時点で今回の旅行はかなりの不安要素を抱えることになってしまう。


だからこそ康太がそれを支えなければいけないのだ。肉体を駆使して動くことが多い康太がまともに動くことができるのであれば相手の意識をそちらに向けることは十分に可能だ。まだ絶望的な状況ではない。


もっともまだ敵の有無さえも確認できていないためにそこまで気負う状況ではないことは二人とも理解していた。


「可能な限り節約したいから暗示はかけないわ。こうしている間の会話内容も気を付けてね、あんたにもしっかり働いてもらうから」


「任せとけ。それで何をすればいい?」


「簡単よ、この紙を今から指示する場所に設置していってくれればいいわ。パンフレットは持ってるわね?」


文は康太のパンフレットに書かれているこの施設の見取り図を確認してそこに印をつけていく。そして康太に紙の束を渡す。それが先日事前準備の際に彼女がもっていた紙であると気づくのに時間は必要なかった。


「これって・・・」


「もう術式は書いてあるわ。あんたは配置するだけでいい。あとのことは全部私がやるから余計なことしないように」


「了解、置いてくるだけだな?」


可能なら誰かに見られないことが好ましいわねと言いながら文は小さく息を吐く。ロビーの一角で話しているというだけでも多少人の目についてしまう。そうなってくると誰にも見られないというのは難しいだろう。


だからこそ文は康太に紙の配置を託したのだ。注目度の高い自分では誰かに見られると時間を取られてしまう可能性がある。その為に基本注目度の低い康太にその役をやらせようとしているのである。


康太もそのことをほぼ正確に理解していた。自分がひっそりと紙を配置して文がそれを発動する。配役としては十分すぎるだろう。


「でも平気か?たくさんの場所に配置するとそれだけ発動するの大変なんじゃ・・・」


「問題ないわよ。ほとんどの紙にはちゃんと仕掛けがしてあるの。方陣術の扱い方は心得てるから安心しなさい」


どうやら遠隔操作に近い発動ができるようにすでに術式を組んできてあるようだった。渡された紙の数だけその作業をしたと思うと頭が下がる。もしかしたら寝てないんじゃないかと思えるほどの作業量であることは容易に想像できた。


だからこそ康太は紙を丁寧に懐にしまい込んでから小さくうなずく。


「了解、こっちは任せろ。それまでは休んでくれてていい」


「そう言ってくれると助かるわ。あんたがやるべきことはまだあるからあんまり気負わないようにね」


康太の役目はあくまで敵の意識を惹きつけて攻撃すること。今はまだ準備段階でしかないのだ、こんなところで下手な消耗をするわけにはいかないのである。


「行動は何時にする?基本夜だろ?」


「そうね・・・二十一時過ぎたらまた連絡するわ。適当な場所で落ち合いましょ。誰にも気づかれないようにしなさいよ?」


「それが一番難易度高い気がするよ」


暗示などの魔術を使えない康太の場合、本当にこっそりと行動する以外に方法がないのだ。物音をたてずに行動するというのは案外難しい。しかもこういう施設の場合見回りなどもある。しかも今は学校行事での行動なのだ、必ず教職員が見回りを行っているだろう。


それをかいくぐって合流するとなるとなかなかに難易度が高い。それでもやらなければならないのだ。なにせ康太だけではない、文もなるべく魔力を温存しなければいけないような状況になっている。


下手に見つかって魔力を無駄遣いするようなことは避けたい。ここにいる間、そして行動するにあたって非常に慎重さが求められるのはいうまでもなかった。


誤字報告を五件分受けたので二回分投稿


この場所は以前行ったことのあるところをイメージして作っています。そのあたりご了承ください


これからもお楽しみいただければ幸いです

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