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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十八話「張り付いた素顔と仮面の表情」
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手掛かりは特殊な

「この状況からすれば空き巣じゃなくて殺した人が奪っていった説が濃厚ね・・・」


「強盗殺人か・・・犯人は薬に精通した人物の可能性ありか・・・なんだか探偵ごっこしてる気分だ。いやこの場合警察ごっこのほうが正しいのか?」


「どっちでもいいわ。確か前に師匠たちが関わった人たちも薬学関係のチームで荒事を起こしてたのよね?」


康太と文は互いに小百合と春奈から聞いたことを思い出していた。小百合の店、当時はまだ智代の店だっただろうが、彼女の店で扱っている薬の関係でトラブルを起こした相手が件の奇抜な彩色の仮面をつけたチームだったというのは間違いない。


そして同じ仮面をつけたものが、薬学に近い何らかの物品を奪っていった可能性が高いとなればこれはもはや偶然とは言えないだろう。


「無精ひげの人の奥さんが薬学関係に通じてた魔術師で、その関係でいざこざを起こしてっていうのが大まかな流れかしらね」


「かもな。師匠たちの時の話とか考えるとこの辺りで珍しい材料でも取れるのかもしれないな」


「なるほど・・・でもこの辺りの人たちはそういうのを知らなかったみたいだし・・・っていうか薬学に関して活動してる魔術師って結構少ないのよね・・・」


魔術師の活動内容は人それぞれではあるが、その中で薬学に関してのものを行っている者はかなり数が限られる。


何せ薬学そのものが専門知識を要求されるうえに研究機材や資金などはほとんどが自費なのだ。


協会の支援を受けられるものもいるかもしれないが、そういう魔術師は本当に一級品、今までいくつもの貢献をしてきた魔術師に限られる。


大多数のものは自分の研究のために自らの財布から研究費を捻出している状態になってしまっている。


しかも機材、材料、施設その他諸々必要なものは山ほどある上にさらに薬を調合するための知識まで要求される。


魔術用の薬に関して携わろうとするのはそれだけで敷居が高いのだ。


しっかりと師から弟子に継承されていかないとまともな薬などはできないであろうことは容易に想像できる。


そのためグループなどで技術や知識を高めあうものもいるし、薬学専門の魔術師として続いている血脈も存在する。


今回の件にかかわっている魔術師がどのような立場かはわからないが、少なくとも文が見た限り設備的にはあまり恵まれているようには見えなかった。


「そっか・・・そもそもこの辺りの人たちにとってはその辺に生えてるただの雑草でも見る人が見たらすごいお宝な薬の材料かもしれないのか・・・」


「そういうことね・・・ビーは薬を作れる魔術師に心当たりはある?」


「残念ながらないな・・・武器関係だったら何人かいるけど・・・薬となると・・・何せほとんど使わないし。そういうベルは?」


「私も同じくよ・・・さすがに素人が見たところでわからないことが多すぎるものね・・・専門職のかかわってる事件は面倒だわ」


康太も文も基本的に魔術的な能力を高めたり補助したりする薬などは使うことはない。康太は過去、魔力の供給を行うための訓練や属性魔術を覚える際などにそういった薬を使用したことがある。


だがそれも片手で数えられる程度の回数でしかないためにはっきり言って使っていないのとほぼ同義だ。


素人が見てもわかるほどに魔術的な魅力を有しているのであればそれこそすぐに見分けがつき、相手をおびき寄せることもできるのかもしれないが、あいにくと康太たちからすれば貴重なものだとしてもまったく価値のないようなものにしか見えない可能性が高い。


逆に言えばそのあたりに生えている雑草が高級な魔術用の薬の材料だといわれれば信じてしまう可能性だってある。


「あんたのところの師匠なら知り合いくらいいるんじゃない?結構いろんな薬扱ってるみたいだし」


「そりゃ知り合いはいるだろうけど・・・こういったことに協力してくれる人はいないと思うぞ?ただの取引先だろうしさ・・・」


「・・・あー・・・それもそうか・・・」


「それにさ、仮にそういう知り合いがいたとしてどこを探せばいいんだ?どこにそういう材料があるのかもわからないんだぞ?」


「確かにそうね・・・うー・・・行き詰まったわ・・・ただ単に貴重な薬品を奥さんが持ってて奪いに来たって考えるべきかしら・・・?いやそれだとどうしてそのことを知ることができたのかとか疑問が残るわね・・・」


「普通に考えればいかにも怪しい奴を家の中に、それも自分の工房みたいなところに入れないだろうな・・・俺なら断固拒否だ」


薬品らしきものがなくなっているという点から、強盗を主目的としたものであると考えた文だったが、ならばそのような特殊な薬品を持っているとなぜ知り得たのかという疑問が生じてくる。


それにそのような状況であったとするとこれ以上の調べようがなくなる。何せ奪い去った後はこの場から離れるだけだ。


まずはこの辺りに目的の材料が自生していると考えて行動しなければ一切調査が進展しなくなってしまう。


「アリスはどうかしら?いろんなこと知ってるし、何か手掛かりになるかもしれないわよ?」


「困ったときのアリスえもんだな?とりあえずダメもとで聞いてみるか」


自分たちで考えてわからないことがあれば年長者に頼るのは自然な流れだろう。


康太は身近にいる人類最年長の魔術師に話を聞くべく携帯を操ってアリスに向けて通話を開始していた。







『そんなこと私が知るわけないだろう』


電話をして事情を説明してその数秒後に返ってきた言葉がこれだった。康太たちの予想は淡くも砕け散ったことになる。


アリスならばきっと何かを知っていてきっと何かアドバイスをしこの状況を少しでも進展させてくれると信じていたのだが、そんな康太たちの期待は見事に裏切られてしまった。


もっとも勝手に期待しておいて裏切られたなどというのはあまりにも理不尽というものだということは理解している。


だがそれでも落胆せずにはいられなかった。


「なんだよ・・・なんで知らないんだよアリス・・・魔術関係だったら何でもござれじゃないのかよ・・・?」


『馬鹿を言うな、それに私は魔術に精通しているが薬学には精通しておらん。薬学そのものがつい最近加速度的に発達していったものだということくらい理解しているだろうに、そのころ私は別の趣味に没頭していたよ』


アリスは自由気ままな性格と人生を送っている。その時間の大半を趣味に費やすことで長く生きる楽しみを今もまだなお実感し続けているのだ。


その趣味の中にはどうやら薬学は入っていなかったらしい。考えてみれば薬学はあくまで学問の一種だ。


専門的な学問の一種が趣味となるのは少々敷居が高いというのは康太たちも何となくではあるが理解できていた。


アリスの言葉通り、薬学というものはこの百年の間に加速度的な勢いで一気に発展した学問の一つである。


電気的な学問と同じく、あるきっかけ、ある転機を迎えたことでその発展は人類にとって大きな功績を残してきた。


その転機とは戦争である。


多くの人が死に、多くの人々が殺しあった戦いの中で、薬学は大きな発展を迎えることになる。


その原因、いやその理由はいわゆる人体実験である。


多くの国で殺傷能力の高い兵器の開発が進むと同時に、人を殺す薬などが多く実験されていくことになる。


戦争における一つの汚点というべき事柄だが、その汚点のおかげで現在の薬学の発展があったというのもまた事実。


人を殺す薬が発達していくのと同時に、人を救う薬も多く発達していくことになる。


真理が破壊の技術を会得するのと同じような形で癒しの力を覚えていっているのと同じようなものだ。

破壊の方法を知っている者は同時に癒す方法も知っているのだ。


効率的な破壊を求めるものは、その逆を理解しやすい。人を殺すことに特化したかった戦争当時、研究者たちは良くも悪くも人を救う薬も同時に編み出していったのである。


そうして薬学は大きく発展する。生き物に投与しその反応を見る。臨床実験とでもいうべき大きな機会を得たことで。


『そもそも私は薬を使う意味がない、第一なんで薬を扱わねばならんのだ』


「そこはほら、素質的に劣ってる人とかさ、あとはもうちょっとなんか新しいものを得たいとかさ、そういうのがあるんだよ」


『努力ではどうにもならんことがあるのは私も知っておる。だがだからと言って薬に頼るというのはあまり推奨できんな』


「なんで?一時的にとはいえ結構役に立つと思うんだけど・・・?」


康太はそこまで強く恩恵を受けているわけではないためにあくまで考え程度でしかないが、少なくとも薬による補助効果はないよりまし程度なものであるとはいえ、あればありがたいのである。


薬に頼るというと誤解を受けそうな気がするが、場合によってはそれらは大いに推奨されることだってある。


魔術的なものでそういった事柄が適用されるかどうかはさておいてアリス的にはあまりいい気分ではないようだった。


自らの肉体を魔術で魔改造している人間が何を言うのかと康太は思ってしまったが、そのあたりはアリスの微妙なセーフラインの向こう側にあるのだろう。


アリスにとっての善し悪しはさておき、何かしらの手がかりを得られなかったのはかなり痛い。


康太は困った表情を浮かべてしまっていた。


「どうしたもんかな・・・そいつを探す手段が材料の取り合い程度しかありえなさそうなんだけど・・・強盗とかなったら手掛かりほぼゼロだよ・・・協会の人たちの調査待ちになっちゃうよ」


『ふむ・・・私は薬学などにはあまり明るくないが、薬の材料というと何かしらの植物などが該当するのだろう?』


「まぁそうだろうな。どんなものなのかは知らないけど」


『昔ならさておき、現代においてそれらを自生している場所からしか採取できないというのはかなり特殊であると思うぞ?でなければ取り合いをする必要性が生まれない』


アリスの言葉に康太は確かにその通りだと感心する。


仮に今回のこれが材料の取り合いから発展したのだとすると、その材料はどこかしらに自生しているということになる。


だが例えばただの草花であればプランターなどで栽培すれば自分で育てて自分で収穫だってできる。


手に入れるまで多少手間がかかるがわざわざ危険を冒して戦うことも、ましてや殺すこともないのだ。


つまり、取り合いの結果こうなったのであれば、栽培できるようなただの草花などではなく、それこそ大きな木からなる果実や種などが該当する可能性が高い。


「なるほど・・・そういう考えはなかった・・・さすがアリス、いいアドバイスになった。サンキューな」


『礼には及ばん。そんなものを素人が見つけるのはまず無理だろうからな。あってないようなアドバイスだ』


康太は素直に感謝の言葉を向けていたが、実際アリスの言うことはもっともである。


仮に個人では栽培できない、あるいは栽培できたとしても素材として活用できるまでに時間がかかるような植物が今回の一件の原因だったとして、康太たちにそれが件の植物であると知るだけの術はないのだ。


この植物がそうであるとあらかじめ調べることができたとしても実物を見て即座に把握できるほど康太たちの植物に対する知識は深くない。


そしてそれはアリスも同様である。ただの植物であるならば彼女の趣味の範囲内だったのかもしれないが、魔術師用の薬の材料になるものと言われてもわからないの一言なのである。


確かにこのアドバイスは決定的なものにはなり得ない。だが少しだけ思考が先に進んだことで康太は意気込んでいた。


「それでもいいって。少なくともただの草花ではないことは理解した。具体的に探すのは情報を待つか・・・あるいは別の情報源を探す必要がありそうだな」


『そうか、ならばいい。頑張ることだ、あまり深入りしすぎないようにな』


人が死んでいるような状況に踏み込みすぎれば面倒なことになるのは目に見えている。


康太が面倒ごとにわざわざ自分から足を踏み入れようとしたことにはもちろん理由があるだろう。


だがだからと言ってその理由は殺人事件にかかわることで起きるリスクを鑑みても十分なリターンがあるようなものではない。


むしろリターンなどほとんどないようなものなのだ。あるとすれば康太がすっきりする程度の達成感である。


アリスとの通話を終えて康太は文のほうを向き直る。


「ベル、その工房の中にはどんなものがある?植物・・・木とか植えてあるか?」


「いやないけど・・・どうして木なの?」


「取り合いになったってことはそもそも普通に栽培できないものなんじゃないかというアリスの読みだ。その通りだと思わないか?」


「なるほど、そういうことね・・・あり得なくはないか・・・でも見た限り木なんてないわよ?観葉植物もないし・・・花瓶すらもないわよ」


文が再び索敵を張り巡らせて部屋の中だけではなく家の中全体を索敵していくが、植物らしい植物などほとんどといっていいほどに存在しなかった。


あるとすればリビングの一角に置かれた小さなサボテンくらいである。


だがそのサボテンが素材になるとは考えにくい。そもそもこの日本で野生に存在しているものでもない。


材料となるものはすべて奪われた後だろうが、欠片程度でも何かあれば手がかりになるかと思ったのだがうまくいかないものである。


「そうなると・・・もう完全に協会の死体処理待ちって感じか・・・それまで何もできないのはもどかしいな・・・」


「これ以上行くのは危険だと判断するわ。少なくとも通りがかるだけならいいけど、中に入ったり立ち止まったりするのも推奨できないわね」


「立ち止まったりもダメか」


「ダメね。死体のある家の前に不自然に立ち止まって何かしてる、それだけでかなり怪しいわよ。近所の住人から通報されたら言い訳は難しいわ」


今はまだその家に死体があるということはわかっていない状態だが、今後その情報がどこかから漏れないとも限らない。


さらに言えば家主を最近見ていないというだけで近所の住人にはすでに不審がられている可能性があるのだ。


そんな場所で立ち止まって無駄に怪しまれるようなことは避けたい、それが文の考えだった。


「わかった。んじゃせめて通り過ぎよう。そんでもって部屋の隅々まで調べていろいろ調べてほしい」


「わかったわ。材料になったと思われるような植物とか果実の欠片でもあれば手がかりになるものね」


「あぁ、俺も頑張って索敵するから」


「・・・あんたの索敵はあんまりあてにしてないけど・・・そうね、まぁお願いするわ」


家の目の前を通り過ぎるとなれば康太の索敵も十分に効果を及ぼす。もっとも通り過ぎるのにかけられる時間は長く見積もっても数分程度だ。それ以上遅い速度で移動するとさすがに不審がられる。


その数分という時間で細部まで索敵できるだけの技術を康太はまだ持っていない。


とはいえ何もしないで文にすべてを任せることができるほど康太は他力本願ではないのだ。そもそも今回首を突っ込もうとしているのは康太の都合、自分で行動しなければ何も得られないというのは康太自身理解している。


「いっそのこと屋根の上とかにいれば見つからずに済むんだろうけどな・・・ここじゃ難しいか」


「そうね、割と近くに高い位置の家とかあるし見つからないとも限らないわ。あきらめなさい」


この辺りが山に囲まれていなければ、近くに山がなければ何も気にせずに屋根の上に登っていたかもしれないが、近くに山がある場所では屋根の上にいても簡単に見つかる可能性は高い。


なんともままならないものだと康太は眉をひそめてしまっていた。


誤字報告を十件分受けたので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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