そこから読み取れるもの
結果から言えば康太たちが得たい情報は得ることができなかった。
周囲を拠点としていると思われる魔術師を見つけられる限り見つけ話を聞いてみたのだが、徹底的に空振り。
目撃情報も魔術師としての利点も特になかった。なぜこの辺りに拠点を築いているかと聞かれると大抵は仕事場が近くにあるからという理由だった。
現地にいる魔術師からの情報が得られなかった康太たちは話していた通り堤の家の近くにやってきて索敵で家の中を調べることにした。
とはいえ康太の索敵では届かない距離だ。文が徹底してその家の中を調べていくと、徐々に彼女の表情は悲痛なものに変わっていく。
「・・・あぁ・・・ひどいものね・・・本当に・・・」
「・・・死体はいくつだ?」
「二つよ・・・リビングで殺されてるわ・・・かなり大きな傷がある・・・カーペットは血まみれ、死体の腐敗具合もひどいものね・・・暑い時期に殺されちゃったからかほとんど原型をとどめてないわ・・・」
確か殺されたのは八月の末だったはず。暑い時期に殺されたということもあって腐敗の度合いはかなり進行しているらしい。
少なくとも身長以外の以前の様子を確認することができないレベルの腐敗度合いであるらしい。
腐敗しているせいもあって蠅なども大量に発生しており、普段日常を支えていたリビングの凄惨さが文の表情から読み取ることができた。
「そんな状態でよく大きな傷ってわかったな・・・そんだけ酷いのか?」
「ひどいわよ・・・肩から思い切り・・・しかも一回じゃないわね・・・何度もいろんなところを攻撃してる・・・念入りにって感じかしら」
「・・・念入りに殺すにしてもな・・・確か斧を使う魔術師だったか・・・?親も子も両方ともか?」
「・・・子供は頭を割られてるわね・・・奥さんのほうが肩とかいろんなところを切り裂かれてる・・・いえ、割られてるっていったほうが正確なのかしら」
「・・・随分とまぁ・・・何が目的なのか知らないけど・・・快楽殺人者じゃないかって思いたくなるほどだな」
魔術師にとって戦いそのものが目的であることが多いように、今回のこれも殺すことが目的ではないのかと疑ってしまう。
「ねぇビー、相手を殺す場合さ・・・ここまで執拗に攻撃するだけの理由って何が考えられる・・・?」
「それを俺に聞くか・・・?」
「一応結構攻撃するタイプだからね・・・参考までに」
康太はそこまで攻撃が好きというわけではない。必要に駆られてしているだけの話だ。もし康太が攻撃が大好きなサイコパス的な人間だったのならばもっと攻撃的な手段で相手を追い詰めているだろう。
相手を殺さないように最低限の攻撃をするのが康太の戦い方だ。文もそれを理解しているが、だからこそ聞いておきたかった。
康太にとっての攻撃と、この妻子を殺した攻撃は、通常の思考では考えられない。
「ちなみに攻撃の度合いを詳しく教えてもらっていいか?絵でも何でもいいから」
「えっと・・・こんな感じね」
文は持っていたメモに大まかにではあるが人の絵をかき、そこにどのような傷がつけられているのかを記し始めた。
大きな人と小さな人。それぞれの身長に加えてどの個所に傷が入っているのかなど書かれているが、やはり腐敗による損壊がひどいのか、傷かどうか判別できない部分も存在しているようだった。
それでもかなり大きな傷があることから、かなりの強さで振り下ろされたか、何度も繰り返し振り下ろされたかの二択だ。
康太はその傷の数を見て眉を顰める。
「これは・・・随分とひどいな」
母親のほうは右の肩から胸部に至るまでに深い傷、そして両足、左腕から腹部にかけて横薙ぎの一撃。さらに首部分にも一撃が加えられている。いっそのこと分解したほうが早かったのではないかと思えるほどの攻撃具合だ。
子供のほうは先ほど文が言っていたように頭を真上からかち割られ、先ほどと同じように足に一撃が加えられている。
だが子供の華奢な脚では一撃に耐えられなかったのか、それとも腐敗によって損傷したのか、片足が欠損してしまっている。近くに転がっているという書き込みが文のメモには残されているとはいえ、なぜこのように執拗に攻撃したのか康太はその攻撃の理由を考えていた。
「・・・これだけ攻撃してると・・・ちょっと普通じゃあり得ないな・・・しかもこの攻撃のやり方、明らかに無抵抗な相手にもやってるって感じだ」
「そうなの?」
「両足の傷がそろいすぎてる。戦闘中に両足に傷を作った場合、たいてい傷の位置が大きくずれるはずだ。例えば片方は太もも、片方はふくらはぎとかそんな感じで」
康太は持っていたシャーペンで例えばの傷をメモに記していく。康太の今までの経験からして相手だって戦いの中で傷を受けないようにする。よけたり防いだりその方法は様々だが、その手段を突破するだけの攻撃が偶然被弾するにせよ攻撃の着弾箇所が左右の足で全く同じ位置というのはほぼあり得ない。
つまりこの傷は無抵抗、あるいは完全な不意打ちで行ったということになる。
せめて攻撃の順序がわかればもう少しいろいろと考えつくのだろうが、今のところではあまり思いつくことはなかった。
「じゃあ・・・倒そうとして倒したわけじゃないってこと?」
「あぁ・・・どっちかっていうと痛めつける目的か・・・あるいは警戒しまくった結果だと思う」
「警戒?」
康太からすればこの攻撃一つ一つには意味があるように思われた。特に母親につけられている傷からは部外者の康太からしても強い警戒の意図が読み取れる。
それは康太が師匠である小百合などから教わったことでもあった。確実に相手を戦闘不能にするために必要なこと。どの傷がどのような意図をもって放たれたものであるか、康太はその傷跡から判断しようとしていた。
「足は相手の機動力を削ごうとして、肩からの傷は一番わかりやすく当てやすい位置からの一撃、たぶんこれが致命傷だと思う。首の傷は確実に絶命させるため、腕から腹にかけての攻撃・・・これが最初の攻撃だったんだと思う、完全に油断してるところに横薙ぎの一撃、そのあと少しのけぞったところに肩へ・・・倒れた後に足に・・・」
「・・・順序立てて考えていくと恐ろしいわね。最初から殺すつもり満々の攻撃って感じがするわよ?」
「そうだな。攻撃からしてためらった様子はないのかな・・・?不自然に傷が浅かったりいくつも重なってたりとかそういうのは?」
「腐敗の度合いがひどくてそこまでは確認できないわ・・・もうちょっと新鮮だったらわかったのかもしれないけど・・・自分で言っておいてなんだけど死体が新鮮っていやな表現ね・・・」
死体に対して新鮮というのは文はあまり使いたくない表現だったようだが、実際死んだばかりの状態であればもう少し多く情報が得られていたかもしれないだけに事態の発覚が遅れたのが悔やまれる。
とはいえそんなことを言っても仕方がない。だが康太はこれらの傷から強い警戒の意志を感じ取っていた。
「念入りに戦闘不能にするにしたってここまでやる必要あるの?これ明らかに殺しすぎってレベルよ?」
「それだけ相手を警戒したのか・・・それとも趣味か・・・どっちにしろこの攻撃は単なる快楽を得るためのものじゃない。一つ一つに理由がある攻撃だ。相手は快楽殺人者じゃないってことはわかるな」
傷の部位からそういったことを理解するあたり、康太はやはり攻撃し慣れているというべきだろうか。
少なくとも相手が比較的理性のある人間であるということが分かっただけ僥倖だと思うべきだろう。
警戒するということはそれだけ考えるだけの頭があるということだ。普段の状態がどうなのかはわからないが少なくとも相手を恐れるという感情があるのは間違いない。
「子供のほうは・・・殺す必要があったと思う?」
「どうだろうな・・・子供の魔術師としての実力にもよるけど・・・この子の身長は・・・百三十くらい・・・まだ小さいな・・・神加と同じかそれより少し小さいくらいか・・・?」
「このくらいの子供も殺す必要があったと思う?」
「・・・魔術師だったから殺した・・・魔術師じゃなかったから殺した・・・どっちかはわからないけど、これだけ攻撃を繰り返すんだ、攻撃するだけの理由が何かしらあったってことだろ?」
「それはこの二人に?」
「あるいは殺した奴のほうにあったのかもしれないな。そのあたりは考えてもわからないって」
これだけの攻撃を繰り返すだけの理由。その理由が殺された側にあったのか、それとも殺した側にあったのかは不明だ。そのことを議論することに意味はない。何せ議論したところで結局のところ本人に会ってみないことには分らないのだ。
今重要視するべきはそこではなく、別のことだった。
「それで?家の中に秘密の部屋とかはないのか?魔術師としての道具を隠しておけるような秘密部屋」
「えぇ見つけたわ・・・でも・・・ちょっと荒らされてるっぽいのよね」
「荒らされてる・・・?空き巣でも入ったか?」
「・・・やけに道具とかが散乱してるのよ・・・ただ単に片づけられない性格だったのかわからないけど・・・」
文は索敵をしながら部屋の様子をメモに書き記していく。そこには確かに道具やメモなどが散乱しているように見受けられる。
これを片づけられない性格だと判断するべきか荒らされたと判断するべきか少々迷うレベルの乱れっぷりだ。
「道具としてはどんなものがある?」
「そうね・・・化学用の用品が多いように思えるわね・・・化学・・・いえ、この道具からして薬学かしら・・・?」
文は道具を一つ一つ確認してその魔術師が何を行っていたのかを確認しようとする。メモに書かれたものまで確認できればよかったのだが、文の索敵の精度もこれ以上の精度を上げるのであればさらに接近しなければいけない。
ひとまず道具の数々を確認していくのだが、いくつか破壊されているものもある。やはり荒らされたのだろうかと文が考えている中、部屋の中にあった箪笥が無造作に開けられているのに気づく。
そしてその中はほとんど空になっているということも気づくことができていた。