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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十八話「張り付いた素顔と仮面の表情」
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文は協力する

「して、私はどうする?このまま調べ物を手伝えというのか?」


「いやいや、ここまで手伝ってくれただけで十分だよ。今日はもう帰ってくれてもいいぞ?話し相手になってくれるならうれしいけど」


本来アリスは今回のこととは何の関係もない。ただ文の代わりに差し入れをしに来てくれただけなのだ。


そんなアリスにこれ以上何かをさせるのは心苦しい。とはいえ一人でずっと調べ物をするというのもなかなか寂しいものがある。


話し相手になってくれるだけでいろいろとありがたいのだ。無論強制はできないためそこはアリスの自由意思に任せるということになるが。


「ふむ・・・まぁいいだろう。だが調べるといっても協会が登録している人物すべてを調べるまでだいぶ時間がかかるだろうに・・・一人でやるつもりか?」


「俺がやるって決めたんだから俺がやるべきだろ。誰かに頼まれたんでもなく俺が自分でやりたいって言ってるんだから」


奏に頼まれたから小百合の噂に対して調査しているのであれば、文が協力してくれるのもありがたく受けられた。アリスに協力を求めるのも納得できた。


だがこれからやろうとしているのはあくまで康太が納得できない、心の中にあるこのもやもやを解消したいから行動しているだけなのだ。


はっきり言えば康太のわがままだ。そういうものに文やアリスを巻き込むのはどうなのだろうかと思ってしまっていた。


「調べるのはいいが、とりあえずベルには報告しておいたほうがいいのではないか?今日は確か目撃者に話を聞きに行っているのだろう?」


「あ、そういや忘れてた・・・ちょっと電話するな」


康太はとりあえず文に話の流れを説明するべく電話をかける。今どうしているだろうかと少しだけ心配になりながらも康太のかけた電話が数回コール音を奏でた後、向こう側から文の声が聞こえてくる。


『もしもし、何か用?』


「お疲れ様、今電話平気か?」


『平気よ。何か進展あったの?』


「あぁ、とりあえず師匠を探してた件の無精ひげは見つかったぞ。ついでに協会に連行した。あと師匠が無関係だということが分かった」


康太が次々に手に入れた情報を口にすると、電話の向こう側にいた文はその情報を頭の中で整理しながらため息をついてしまっていた。


自分のやっていたことはすべて水泡に帰したわけだと文はあきれながら、同時に康太の目的が達成されたことを静かに喜んでいた。


『そう、そりゃよかったわ。とりあえず今後どうするわけ?無関係だったのはいいけど、その無精ひげの人はどうするつもりなの?』


「無精ひげの人は今後は魔術師として行動するらしい。少なくとも師匠を追うってことはないだろうな」


『・・・もともと魔術師ではなかったの・・・?まぁいいや、じゃああんたも今回の件はもう関わらないわけ?それともなんかやって来いって言われた?』


さすがは文である、小百合や奏が濡れ衣を着せてきた人間を叩き潰して来いというあたりまで予想していたのだろう。


もっとも今回はその通りにならなかったわけだが。


「いや、師匠たちからはそういうことは言われてない。けどちょっともやもやするからさ、俺は俺でいろいろ調べてみようと思うんだ」


いろいろ調べてみようと思う。康太のその言葉に文はふぅんと興味なさそうに返事をして見せた。


文からすれば奏に頼まれたことに関して協力していたというのが大義名分なのだが、実際は康太に協力したいから協力していただけだ。


康太が自発的に行動するようになったからと言って文の行動に変化はない。このまま康太に力を貸すだけ。


なのだが、どのように力を貸したものかと悩んでしまっていた。


『その濡れ衣着せてきた人に心当たりとかは?』


「ない。けど手掛かりは手に入れたぞ。アリスが無精ひげの人の記憶を読んで特徴を出してくれたんだ」


『あれ?アリス今いるの?』


「いるぞ。ちょうど差し入れを持ってきてくれてたんだ。いろんな意味でナイスタイミングだったな」


康太の言葉に文は少しだけトーンを落としながらふぅんとつぶやく。アリスに対して嫉妬することなどないというのに、康太がアリスのことを素直に評価していると少しだけ複雑な気分だった。


ここまで自分が狭量だとは思わなかったと文は自分で自分を叱咤しながら小さく咳払いをする。


『じゃあ今後はそいつを追うわけね。今支部にいるんでしょ?これから私もそっちに行くわ』


「え?いや、これ以上巻き込むわけには・・・」


『私が言ったこともう忘れたの?あんたがやることは私もやるの。報告しなさい連絡しなさい相談しなさい。そうじゃないとあんた勝手に動くでしょ』


「いやだけど」


文は康太のそれ以上の言葉を聞かずに一方的に通話を切る。その様子を見てアリスはなかなかしたたかになったなと文の成長を喜んでいるようだった。











「・・・なんかすごいデザインね」


康太と電話をしてから約三十分ほどして、文は支部にやってきて康太と合流していた。


さも当然のように協会にやってきた文に康太は申し訳なくなりながらもとりあえず文の協力が得られるということを素直に喜ぶことにした。


「私こういうのよくわからないけどさ、実はこういうのが芸術だったりするわけ?」


「仮面のデザインに芸術性求められてもなぁ・・・普通に見分けがつけばいいじゃん。かっこいいとかかわいいならまだわかるけどこれだぞ?精神構造の正常性を疑うレベルだわ。薬でもやってるんじゃないかって警戒するわ」


「だがこれほど奇抜な仮面だ。探せば見つかるかもわからんぞ?聞き込みをするにせよいい手掛かりは得られるだろうて」


文がやってくるタイミングで三人は支部長室を離れすでに協会の一室を借りて作戦会議を行っていた。


魔術師として個人的に行動するというのであれば支部長にこれ以上手を借りるのはまず難しい。


誰かに手を借りるというなら正式に依頼を出すことになるだろうがまだその段階ですらないのだ。


まずはこの奇抜な仮面の人物がどのような魔術師なのかを知る必要がある。


「結局取れる手段は三つくらいかしらね、協会に登録されてる仮面の書類を調べる」


「あと人に聞く。これだけ奇抜なら知ってる人もいるだろ」


「あとは誰かに協力してもらう・・・か。手段が限られているだけにやることが明確になってわかりやすいの」


手がかりそのものが少ないために調べるための切り口も当然狭まってくる。そのため比較的次にとる行動が明確になるあたりがありがたいところだった。


だがそれは逆に言えばほかに手段がないということでもある。今思い浮かぶ三つの手段が空振りに終わった場合、康太たちに取れる手段はほぼなくなってしまう。


あとは偶然出会えることを祈るばかりだ。そんなことになったらいつまでたっても見つからないかもわからない。


「その無精ひげの人・・・えっとハクテイ・・・?だっけ?その人の家を調べるのはダメなの?その人の奥さんも魔術師だったんでしょ?そのあたりから探したらまた別の切り口になるんじゃない?」


「やめたほうがいいと思うんだよなぁ・・・半年近く死体が放置されてるような場所に入り込んだらどんなことになるか・・・少なくとも協会が死体の処理をするまでは待ったほうがいいと思う。そしたらそのあと協会の人間にちょっと情報をもらったほうが安全だろ」


半年も死体が放置されている場所に足を踏み入れるということがどういう意味を持つのか、法律関係に詳しくない康太だって容易に想像できてしまう。


死体を見つければ当然通報の義務があるし、そもそも他人の家に勝手に入れば不法侵入が成り立つ。


誰かが入ったという情報が残れば当然殺人の犯人ではないかと疑われることになってしまうだろう。


魔術師として完璧に痕跡を残さないという確固たる自信があったとしても、余計なリスクを増やす必要はない。


それならば死体の処理に向かった魔術師についでにいろいろと情報を聞いたほうが安全だし確実だ。


殺された人物が魔術師であるという点から、魔術に関するものはすべて引き上げてくるだろう。そこから情報が得られる可能性は十分にある。


「確かに・・・もし痕跡とか残しちゃったら変なことになるもんね・・・ていうかその人も不憫ね・・・協会がある程度処理するとはいえ半年か・・・もう普通の人としての生活は難しいかも」


「まぁそうだろうな・・・別居してたとかすでに離婚してたとかならまだしも普通に一緒に住んでたみたいだし・・・仕事で長期出張してたわけでもないだろうし・・・」


堤が死体を見つけたときの状況を鑑みるに、一度死体を見ておきながら通報もせずに半年間放置し放浪していたという事実は覆しようがない。


死体を協会が処理し、何らかの事故の形で死んだということにしたとしても半年間も家に帰らず、家族に連絡も取らずに放浪していたとなればさすがに怪しまれる。


死体の状態を確認していないためになんとも言えないが、すでに半年も経過しているのであれば腐敗はかなり進んでいるはずだ。


その腐敗の状況によっては死亡推定時期を把握され、放浪が始まったあたりだと断定できてしまう。


つまり協会が処理したとしても、堤は警察に目をつけられることになる。


人を殺す、そして人が死ぬということはそれだけリスクが生じるのだ。ちょっとしたことでもかなりの大騒ぎになってしまう。


いつの間にか死んでいた、いつの間にかいなくなっていたというのは現代社会においては大きな歪みとなる。


その歪みをきちんと説明できるだけの理由や状況がない限り、再び日の当たる日常に戻ることは難しくなるだろう。


それが近しい人の死ならなおさらだ。特に今回は被害者の家族がそのような立場になってしまうということで、他人事でしかない文も同情を禁じえなかった。


もし自分が同じような立場だったら覆しようのない理不尽に怨嗟の声を上げていたことだろう。


そんな状況は自分ならば耐えきれない。だからこそ自分ではなくてよかったという思いと、そうならないようにしなければという思いが強くなっていた。


「ちなみにビー、あんたがこの犯人を捕まえようとしてるのはその人がかわいそうだから?それとも別の理由?」


文の言葉に康太はどう答えたらいいのか困ってしまっていた。堤に対して同情の気持ちがないといえばうそになる。


だが情けや同情で行動しているつもりはなかった。


どちらかというと康太が抱えている感情は憤りに近い。怒りとまではいかずとも、納得がいかないという、非常にわかりやすく、同時に解明しがたい感情である。


理不尽に対する抵抗とでもいえばいいのだろうか、康太自身に多様な状況を知っているだけに、こういう理不尽な行動を知りながら見逃すということが難しかった。


「なんて言ったらいいのかな・・・こう・・・もやもやするというか・・・むかむかするというか・・・このままっていうのはすっきりしなかったんだよ」


「それはあの人の境遇を見てかしら?それともこういう行動を起こした魔術師がいるって知ったから?」


「・・・どっちかわからない・・・でもこのままだとずっともやもやしっぱなしだっていうのはわかる」


「・・・だからせめて犯人だけでも捕まえようっていうこと?すっきりしたいからって理由だけ?」


「・・・そう、ダメか?」


康太の行動にそれ以上の理屈はない。


確かに堤の状況には同情してしまうが、魔術師としてこれ以上関わるだけの理由も義理もない。


理不尽な魔術師などどこにでもいるものだ。というか康太の師匠である小百合がまさに理不尽の塊だというべきだろう。


その両者ともに決定的な理由とはなり得ない。康太が今回行動する理由としているのはただの感情論なのだ。


もやもやするこの状況がいやだから行動する。


子供の駄々にも等しい康太の行動理念に文は思わず笑ってしまっていた。だがその笑みは決して康太を侮辱したものではない。むしろ逆だった。


「ダメじゃないわ。そういう感じ方ができるのはすごくいいことだと思うもの。ビーの感じ方は間違ってないわ」


私だってちょっともやもやするものと付け足しながら文は康太が決して間違っていないという確信を持ちながら一瞬アリスのほうを見る。


「アリスはどうするの?ビーはこの調子だけど、このまま手を貸すの?」


「まさか。私はあくまで傍観者だ。今回はたまたま差し入れに来たらこの状況に遭遇したというだけの話。基本いないものと思え」


相変わらずアリスの立ち位置は変わらない。話し相手程度にはなる、頼まれれば手を貸すくらいはしてやる。だが決して積極的に手伝おうとはしない。


あまりに便利すぎるアリスの高い技術は、一度頼ってしまうとどうしてももう一度頼りたくなってしまうのだ。


特に行き詰った状態ではそうなってしまうのも無理ないだろう。もっともアリスだって頼られるのは嫌いではないし、放置され続ければ寂しいと感じるのだ。


そのあたりが難しいところではあるが、アリスとしては康太が自発的に行動しようとしているこの機会にあまり自分が出しゃばりすぎるのもよくないと思っているようだった。


魔術師歴が短い康太にとって、この件は非常に重要な転機になる。康太が自らの魔術師としての行動理念を決定しかねない、そういう時なのだ。


その行動理念の基本となろうとしているのが『感情』なのだから、康太は本当に小百合の弟子なのだなと苦笑するほかない。


傍から見ていれば康太は小百合の影響を強く受けている。文としてはそれを喜ぶべきなのか、嘆くべきなのか少々迷うところだった。


「そう・・・じゃあビー、どうするの?また私が聞き込みに行ってきましょうか?」


「実際役割分担するとそうなるよな・・・ていうか協会内で聞き込みをするならバズさんや姉さんに協力してもらったほうが早そうだ・・・」


「あぁ確かに。あの二人には話しておいたほうがいいかもしれないわね。早い段階で協会の魔術師なのかどうかを判別しておきたいし」


今回の相手がそもそも協会の魔術師であるかどうかがまだ判別できていないのだ。支部長がこの仮面を覚えていないということもあり、協会に登録されていない可能性が高い。


もっとも仮面そのものを登録していないというだけの可能性もあるだけにまだ何とも言えない状況ではある。


だが文の言うように早い段階で協会に所属している魔術師なのかどうかを判別しておく必要がある。


もし協会に所属している魔術師ではないのであれば別の手段を講じる必要があるのだ。少々面倒ではあるが、康太の初めての魔術師としての自発的行動を最初から躓かせるわけにはいかない。


「とりあえずあの二人にはあんたから声をかけておきなさい、そのほうがスムーズに話が進むでしょうから。私は私でいろいろと当たってみるわ。たぶん支部のほうでもう死体のこととかは動いてるでしょうし、調べるなら早めがいいでしょうから」


「そうだな・・・単純な調べ物に関してはいつも通りトゥトゥに手伝ってもらうか。あいつ暇してるだろうし」


「暇してるかどうかは知らないけど・・・そうね、そういう単純作業くらいならいいんじゃない?別に危険があるわけでもないし」


すでにトゥトゥこと倉敷を巻き込むのは決定事項になっている。本人が聞いたらきっと憤慨するだろうが今年度中は手伝ってもらうことは確定しているのだ。


来年度になったらこうやって気軽に手を借りることはできないのだから今のうちに堪能しておいたほうがいいだろうと康太や文は考えていた。


誤字報告を十件分受けたので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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