今後どうするか
「じゃあアリス、いろいろと説明頼む」
「仕方がないの・・・全く人使いの荒い奴だ」
康太の言葉とともに唐突に現れたアリスに支部長はかなり驚いたようで目を丸くしてしまっていた。
てっきり康太だけが堤を連れてきたのかと思っていたが、まさかアリスまでいるとは思わなかったために驚きを隠せなかったようだ。
「ま、まさかアリシア・メリノスまでいるとは・・・いつからいたんだい?」
「支部に来る前からずっといましたよ。こいつにはいろいろと手伝ってもらいました。寒空の下の差し入れは本当にありがたかったです」
「まずそこをあげるのか・・・?もう少しあっただろうよ・・・記憶を読んだりといろいろと・・・」
アリスとしてはそっちのほうを評価してほしかったようだが、康太にとっては寒い中の差し入れのほうがずっとうれしかったのである。
記憶の入れ替えがわかったのはありがたかったが、とりあえず異常があるということはあの時点でわかっていたのだ。そうなると別にアリスがいてもいなくても小百合の仕業ではないということは判明していたためにそこまで重要ではないということもできる。
「・・・まぁ君たちの中の評価はさておいて・・・ブライトビー、君はこれからどうするつもりだい?クラリスの仕業ではないとわかったのなら、君がこれ以上介入する必要もなくなったわけだろう?」
「まぁ・・・そうなんですけど・・・」
「・・・あ、ひょっとしてクラリスに犯人を潰して来いとか言われたのかい?君も苦労するね・・・」
そういう話の流れになることを支部長も想像できていたのだろう。そういうことを簡単に想像されてしまうあたり情けない師匠だなと情けなく思いながらも康太は首を横に振って見せた。
「いいえ、今回はつぶして来いとは言われませんでした。好きにしろと」
「・・・へぇ・・・あのクラリスが・・・まぁ今回はまだ実害が出なかったからなのかな・・・?でも彼女が自分の名前を・・・っていうか姿を使われても放置っていうのは珍しいね」
「えぇ、だから俺もちょっと迷っているところがあるんです・・・これからどう行動するべきなのか」
今まで康太は師匠である小百合に言われたり、支部長や奏などに依頼をされそれをこなすべく行動することが多かった。
自分から進んで行動を起こすということがあまりなかったのである。そのため魔術師として自分がどのようにしたいのか、そういう風に考えることが苦手なのである。
そして康太がそのように考えていることを支部長は何となく察していた。今まで指示されたことをこなしてきた人間がいきなり何をするべきか考えろと言われても困ってしまう。そのことを支部長は理解しているのだ。
だが同時に、これは小百合が与えた一種の試練なのではないかとも考えていた。クラリスも師匠らしいことをするようになったんだなと支部長は小さく何度もうなずきながらかつての彼女の姿を思い浮かべながらわずかに涙さえ浮かべてしまっていた。
「なるほど・・・ちなみに君はどうするべきだと思っているのかな?」
「・・・別に師匠に恨みがあるとしても俺が気にするようなことでもありませんし、偶発的に師匠の姿を使ったとしてもこれ以上行動するだけの理由はないように思うんです・・・俺に関することじゃなくて師匠に関することですから」
仮に堤の妻子を殺した犯人が小百合に個人的な恨みがあったとしてもなかったとしても、それは小百合に関係している話だ。
好きにしろと言われた康太はそれを追求するだけの理由はないのである。小百合から探して叩きのめせと言われれば渋々行動していたところだが、好きにしろと言われたのだ。行動する大義名分がなくなっているのである。
「でも・・・」
だが、理由がないとしても、大義名分がなかったとしても、康太はそのまま放置していいと思うことができなかった。
追求するだけの理由はない。別に堤に力を貸すだけの理由もないし、これ以上面倒ごとにかかわりたいとも思わない。
「・・・何となく、今回の犯人は気に食わないなって・・・そう思います」
気に食わない。なんとも感情的な理由だ。
気分で物事を決める小百合のような言い草に支部長は苦笑してしまっていた。良くも悪くも康太は師匠である小百合の影響を色濃く受けている。
「そうかい。それなら君は君で行動するのかい?それとも一時的にハクテイに力を貸すのかな?」
「・・・俺は俺で動きます。別にハクテイに力を貸したいとかそういうわけでもないですし、個人的に追おうと思います」
「・・・ビーもずいぶんと難儀な性格をしておるの・・・素直ではないというか・・・変にひねくれてしまっているというか・・・いや、むしろ素直だというべきなのかの?」
「仕方ないだろ。なんかこう・・・放っておくのはもやもやするんだよ」
康太は自分が言いたいことを完全に言葉にして説明できる気がしなかった。どうしても抽象的な表現になってしまうがアリスも支部長も康太が心のうちに抱えているものの正体を理解していた。
弟子は師に似るとはよく言ったものだと思いながら、アリスは仕方がないなと笑い、支部長は全くもうと苦笑してしまっていた。
デブリス・クラリスの弟子ブライトビー。間違いなく彼は彼女の弟子だと支部長は目の前にいる少年魔術師を見てそう確信していた。
「それで、実際どうするつもりだい?何か手でも?」
「とりあえずアリスが読んだ記憶を見せてもらって、あとは地道な捜索ですかね・・・可能ならマウ・フォウに力を貸してほしいですけど・・・今はいらっしゃらないですよね?」
「あぁ・・・以前君たちが関わった事件・・・例の九州の一件のことを調べてもらっているから今は・・・」
調査系の依頼ならばぜひ彼に依頼をしたかったのだが、さすがにそう簡単に行くほど話は簡単には進まないらしい。
とはいえまだ取れる手段はいくつもある。特にアリスが読んだ記憶から魔術師の仮面や特徴などがわかれば調査の方針も決まるだろう。
もっと言えば堤の妻子が何という魔術師だったのかも知りたいところだが、それを調べるということは堤の家を知らなければならない。
家に行けばおそらく魔術師としての装備などがいくつか置いてあるはずだ、そこから魔術師としての存在を探っていけば魔術師としての対人関係も徐々にわかってくるだろう。
「なら・・・アリス、あの人が見た犯人の特徴を教えてくれるか?仮面とかの絵があるとなおさらありがたい」
「ん・・・こんな感じだ」
アリスは適当なメモ用紙を手に取るとそこに方陣術の応用と思わしき技術で絵を描いていく。
紙に描かれた絵は仮面のそれだった。仮面の形自体は特に変哲もないシンプルなものだが、その色合いが非常に独特だ。
いくつもの絵の具を一つのパレットにぶちまけて少しだけ混ぜたときのいびつな色の形の変化、一つ一つの色が混ざりきらずに、だが一部は溶け合っているなんとも不思議な仮面だった。
「・・・なんか目がちかちかする仮面だな・・・どんなセンスだよ」
「んー・・・こんな仮面の魔術師は見たことがないね・・・日本支部にこんな仮面をつけた人いたかな・・・?」
支部長の記憶にもこの仮面はないようだった。支部長もすべての魔術師の仮面を覚えているわけではないと思うが、それにしてもここまで特徴的な色合いの仮面を忘れるとも考えにくい。
そうなってくると、この人物が日本支部の人間ではない可能性を視野に入れるべきだろう。とはいえ小百合の存在を利用するくらいだ、おそらく小百合と何らかの関わりのある人間であると考えるのが自然である。
日本支部以外で考えられるのは西の魔術師、四法都連盟だ。四つの家、そしてその下部の組織からなる日本の中では魔術協会に次ぐ規模を持つ魔術師集団である。
小百合の存在をある程度認知しており、なおかつそれを利用するだけの胆力を持ち合わせた人間がいる組織となると当てはまる人物は何人かいるだろう。
「とりあえずこの仮面の情報を集めますか・・・あと身長が百八十くらいで・・・やや肥満体形・・・っと・・・男だよな?」
「ぱっと見はな。とはいえこれが女である可能性も否定しきれんぞ?この体形の女もいるやもしれんからな」
身長が百八十センチ程度の女性というだけでもかなり珍しいのだが、さらにこれだけの仮面をつけていたら絶対に支部長は覚えているだろう。
もちろん日本支部に所属していたらの話なのだが、どちらにせよここまで特徴的な仮面は一度見たらなかなか忘れられないだろう。
「とりあえず支部長、日本支部に登録してある魔術師の仮面一覧とか見せてもらえますか?そこから探してみます」
「・・・わかった・・・まぁ君なら悪用はしないだろうからね・・・とはいえただの感情論で行動する人間に見せていいものか・・・」
魔術師の仮面というのはその人物を表す素顔の代わりであり名刺のようなものである。一応仮面を変える時は協会に申請すればある程度布告を行ってくれるため登録も一緒に行うものが多い。
逆に言えば大抵のものは魔術師の仮面を協会に登録している。だが当然少数の例外というものも存在するのだ。
あえて仮面のことを登録しないもの、あるいは特定の行動をするときだけ仮面を付け替えるもの。そういった行動をとっている場合協会に登録されている資料では探しきれない可能性が高い。
とはいえやらないよりはましだ。初動調査としてはまずは十分な部類に入るだろう。
「あとなんだっけ?斧を使うんだっけ?魔術師なのに武器使うって珍しいよな」
「お前自身槍も剣も使っているのに何を言うか。斧だけで珍しいのならお前は非常に珍しい人種といえるだろうな」
「いやそうなんだけどさ・・・俺の場合はいろいろとしょうがないだろ、師匠があんなのなんだから」
なにかと問題や特徴的なことがあればそれは小百合のせい、あるいは小百合の影響を受けているというのはいいわけとしてどうなのだろうかと支部長は眉をひそめてしまうが、実際康太のほとんどは小百合からの影響が大きい。
決して間違ったことを言っているわけではないために否定しきれないところが複雑なところだった。
「ひとまず・・・ハクテイのことはこっちで何とかしておくよ・・・君は好きに動くといい。初めて魔術師として自発的に行動することになるのかな?」
「そういえばそうですね・・・あんまり嬉しいことじゃないですけど」
自発的に行動することがこんなことになってしまうというのはいろいろと微妙な気分だった。もう少しまともな何かであればよかったのにと康太は少しだけ今回のこの行動に後悔してしまっていた。
日曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです