生き延びた理由
男性の言葉に康太は目を細めていた。
妻と子を殺す。なるほど小百合ならばやりかねない。仮に妻と子供が運悪く魔術師としての戦いを目にしてしまって、ほかに隠匿系の魔術を使える人間がいなかったのであれば小百合は康太の時と同じように殺そうとするだろう。
事故に見せかけるのか、それとも直接手を下したのかは知らない。だがこの男性の言葉を聞く限り直接手を下したと考えるのが自然だ。
なにせ刃物を使うと明言しているのだ。さらに仮面の特徴を知っているということはこの男性は直接それを目撃したということになる。
「・・・確認しておく、殺されたといったが、お前はそれを見ていたのか」
「・・・私が家に帰ってきたときにはすでに妻と子は殺されていた。家の中には血にまみれた刃物を持ったその女が立っていた・・・」
「・・・直接殺したところを見たわけではない・・・と・・・」
直接殺したところを見たわけではないという事実に加え、わざわざ家に押し入っているという点から小百合ではないという可能性も見出そうとしたが、考えてみれば小百合は康太の家に押し入ることも普通にやっている。
この可能性を否定しきることはできないなと康太はため息をついていた。
そしてこの男性がやろうとしていることが、おそらくは復讐の類であるということも想像がついていた。
あまりお勧めはできない行動だ。無論否定するつもりはない。むしろ本当に彼の妻と子を殺したのであれば小百合は謝罪してしかるべきだ。復讐されても文句は言えない立場にあるといっていい。
だが小百合はきっと『知るかそんなこと』と吐き捨ててこの男性を叩き潰すだろう。情などにとらわれて手加減をするということはないはず。むしろ魔術師としては当然の行動だと堂々とするだろう。
釈明なども一切ない。隠匿系魔術を覚えていないのだから仕方がないじゃないかと言わんばかりに胸を張るに決まっている。
「確認するが、お前の妻と子は魔術師ではなかったんだな?」
「・・・そうだ・・・それどころか私だって当時は魔術なんて無茶苦茶な存在を知りもしなかった・・・」
「・・・なんだと?」
妻と子供が魔術師ではないのなら別に小百合に殺されていたとしても不思議はなかった。そしてこの男性が当時魔術師であったなら一人見逃されたのも納得できた。
「まて、妻と子が殺されたとき、お前は魔術師ではなかったのか?」
「・・・違う、今も魔術師といえるようなものじゃない・・・とある人物から指南を受けて最低限魔術を扱えるようになっただけだ・・・」
「・・・妻と子が殺されたのはいつだ?」
「去年の八月末だ・・・まだ暑い日だった」
男性の言葉に康太は目を丸くしていた。八月末に殺され、その時は一般人。そして魔術師の誰から指導を受けたのだろう、魔術師になって妻と子を殺した人物を探し続けているのだという。
いやそんなことよりも気にするべきはその状況だ。
もし小百合が犯人だったとしたら明らかに間違っている点がいくつもある。
「・・・その状況から鑑みて、お前が探している人物は俺の知り合いではないな」
「・・・なぜだ?なぜそう言い切れる・・・?」
「もしその状況で、俺の知り合いが犯人だったのなら、間違いなくお前も殺されているはずだからだ」
もし小百合が犯人だったのなら、一般人に目撃された時点で確実にこの男性も一緒に殺している。
通報などされるリスクもあるし、何より一般人を見逃すはずがない。小百合ならば確実に殺すはずだ。それをしなかった時点で目の前の人物の探しているものが小百合ではないのは確定的である。
「それに、お前は亀裂の入った仮面をつけた女を探しているというが、その状況を見ておきながら警察に通報はしたのか?普通はそっち方面から話が進むだろう」
「それは・・・あれ・・・?私は・・・いやでもあの女を探さなければいけないから警察に通報するのはまずい・・・え・・・?」
目の前の男性は自分の額に手を当てて何やら困惑した表情を浮かべているようだった。明らかに正常の反応をしていない。康太は近くにいるアリスに意識を向けると小さく、アリスにしか聞き取れないような声でつぶやく。
「アリス・・・これ暗示か何かかけられてるのか?」
「そうだろうな、正常な反応をするべきところで間違った行動をとっている。おそらくは警察に通報しないで、なおかつ特定の人物を探すように暗示をかけられているのだろう。何が目的なのかは知らんが妙なことをする」
明らかに不自然な行動をとっている男性と、そのようなことをする意味そのものを考えてしまうような状況に康太は眉をひそめていた。
目の前の男性が今まで特定の人物を探させる中で、デブリス・クラリスという人物の特徴に沿った情報を持っているせいで、その不自然な行動に気づけなかったのだろう。
こうして話してしまえば自然に出てくるような不自然さが、簡単に思いつきそうな疑問がわいてこない。明らかに異常な思考の仕方に康太はため息をついていた。
もしかしたら『亀裂の入った仮面をつけた女性』というキーワードも何らかの洗脳あるいは暗示によって植え付けられたものである可能性が高い。
こうなってくると自分だけでは対応しかねるなと康太はため息をつきながらとりあえずメールで奏に報告することにした。
「お前の状態がおかしいことはお前自身理解しているな?お前が探そうとしている人物は間違いなく俺の知り合いじゃない」
「いや・・・ちがう・・・でも・・・確かに・・・間違いないはずなんだ・・・!」
他人に指摘され、自分の中でも違和感を強く持っているはずなのにもかかわらず頑としてその考えを否定しない。
かなり強く暗示がかけられている可能性が高い。もはやこれは暗示というより洗脳といったほうが正確かもしれない。それほどの強制力だ。
事件当時この男性は一般人だった。そのため暗示や洗脳の魔術は比較的かけやすかっただろう。
だが問題なのは『なぜこの男性を生かしたのか』ということである。
小百合のような魔術師でなくとも、死体を家族に見られたのであれば一緒に始末しておいたほうが確実だ。
暗示や洗脳をかけたとしてもそれが永遠に続くとは限らない。それに第三者に死体を発見される可能性なども考えればきちんと死体を片づけておかないと魔術そのものの存在が露呈しかねない。
このような形でこの男性を自由にさせる意味がない。仮に小百合を陥れるためにこの男を野に放ったとしても、小百合はこの程度意にも介さない。
この男性を放った人物の意図が不明なのだ。康太が同じ立場なら、きっとこの男性を気絶させて記憶を奪い、その間に家族の死体を片づけるだろう。
この男性の正しい記憶を覗き見ないとこの状況は先には進まないなと思いながら康太は小さくため息をつく。
記憶ののぞき見はアリスしか使えない。ここは申し訳ないがアリスに少し力を借りるしかなさそうだなとどこかにいるアリスに意識を向ける中、康太は目の前の男性の変化に気付くことができていた。
頭を抱え目からは涙を、口からはよだれを、そして肌からは大量の汗をかいている。間違いなく正常な状態とは言えない。
「さが・・・探さな・・・見つ・・・!かた・・・!かたかたかた・・・こつあ・・・さな・・・ろす・・・!」
自身の記憶との整合性をつけようとしているが強力な暗示や洗脳と干渉し脳に多大な負荷を与えているのかもしれない。
もはや人の言葉を話すことが難しくなってきている。立っていることもできないのか頭を抱えたまま膝を地について上半身は常に痙攣している。
このままでは気絶、あるいは脳に負担をかけすぎて植物状態になりかねない。ここは一度気絶させて意識を強制的に落とすべきだなと康太は男性に近づくが、不意に男性の体からわずかな光の粒子が漏れ出し始める。
相変わらず男性は涙とよだれと汗、そして人とは思えない声を垂れ流し続けている。いったい何をしようとしているのか康太は一瞬冷や汗をかく。
だが康太は何をしようとしているのかという自分の考えを即座に否定した。
あれは何をしようとしているとかそういうわけではない。おそらくは無意識のうちに魔術を発動している。
正確に言えば魔術が暴走しているというべきだろうか。思えば支部長の報告の中に魔術を思うように使えていないというものがあった。
おそらく今のこの状態のことを指示していたのだろう。明らかに男性の意識がもうろうとしている状態だというのに発動している。
光の粒子はまるで霧や靄のように漏れ出しながらゆっくりと重力の影響を受けて周囲に広がりつつある。
物質的な影響力を持ってるのかどうか不明ではあるが、康太はあれに触れるのは危険と判断して即座に暴風の魔術を発動する。
風で吹き飛ばすことができたのなら物質的な何か、吹き飛ばせないのであれば物質的ではない現象的なものであるということが判断できる。
康太としては吹き飛ばすことができればありがたかったのだが、光の粒子は重力の影響を受けていると思わしき動きをしているのにもかかわらず風によって吹き飛ぶことはなく徐々に広がり続けていた。
「アリス、あの魔術なんだかわかるか?」
康太は近くにいるであろうアリスに話しかける。手伝ってほしいとは思わなかったがあの魔術がいったいなんであるのか気になる。
何も知らずに無策に突っ込むよりはある程度情報があったほうが攻略はしやすいと考えたのだ。
「さぁな・・・少なくとも温度関係ではないのは間違いない・・・無機質だ・・・属性的なものも感じないな・・・」
「無属性魔術か・・・にしては妙だな・・・こいつを気絶させたら後であいつの記憶を読んでくれるか?」
「それは構わんが、手伝いはいるのか?」
「いらない。ただ他の誰かがここを見てる可能性もあるから少しの間隠匿頼む。こいつ明らかに異常だ」
明らかに異常。アリスもどうやら同意見のようで康太の頼みを無下にすることはなく了承していた。
アリスがいてくれて助かったと思いながら、康太は目の前にある光の粒子を見ながらあれがいったい何なのか把握しかねていた。
索敵の魔術で調べてもあまりにも微小すぎて感知しきれない。
もう少し索敵の精度が高ければ理解できたのかもしれないが、こういう時に自分の能力の低さが恨めしいと康太は眉をひそめていた。
日曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




