小百合が売る恩
「じゃあ師匠を騙るメリットなんてほとんどないようなものなんだな。師匠なんて協会に行っただけで喧嘩売られるし」
「サユリの場合、厄介ごとの最終地点として見られている節があるから何かを押し付けるというくらいのメリットしかないな・・・協会であいつの姿をすればそれだけで攻撃の対象なのだろう?」
「それはさすがに言いすぎだけど・・・まぁあれだ、かなり注目されるよな。敵が多いからどうしても遭遇率上がるわけで・・・」
康太が今まで小百合が協会に行くのを見たのはかなり数が限られる。特に問題なく協会に行くことができる康太と違って小百合は何かの呼び出し、あるいは目的がない限りは協会に行こうとはしない。
小百合本人も自分に敵が多いことを理解しているのだろう。協会そのものに騒乱を起こさないためにも、そして自分自身の身の安全のためにも、軽率な行動は極力控えているようである。
もちろん、喧嘩を売られた場合普通に戦闘を始めるのだがそのあたりはもはや致し方ないと思うべきだろうか。
「私だったらサユリに変装しようとは思わんがな・・・メリットよりもデメリットの方が多すぎる。ただでさえ武闘派な人間なのに周りが敵だらけでは身の安全を確保するのも難しい」
「だよなぁ・・・やっぱ今回の場合は師匠本人が動いた結果って考えるべきか・・・あの人本当にどこで敵作ってくるかわかったもんじゃないからな・・・」
いつどこでどのように行動してどこで敵を作ってくるか分かったものではない。康太は小百合の行動をすべて把握しているわけではないためにどうしてもそのように思えてしまうのだ。
最近は康太や神加の教育に集中しているために外出自体が少なくなったとはいえ、魔術師の活動を何度かしている。
その過程で協会以外の魔術師に敵を作っていても何ら不思議はない。
町中を歩いているだけで敵に遭遇するなんていったいどういう世紀末RPGだと康太は辟易してしまうが、小百合の場合それが標準装備なのだ。
犬も歩けばではないが、似たような状況になっているのはまず間違いないだろう。
「待てコータよ、サユリが敵を作ったと考えるのはちと早計ではないだろうか?」
「ん?あの人が敵以外を作るとは考えにくいんだけど?今更仲間を作るか?師匠の仲間とか敵対してない知り合いってたいてい昔の知り合いだぞ?」
康太が思い浮かべた小百合と敵対していない知り合いは、思いつく限りで小百合の修業時代からの知り合いばかりだ。
かつて出会い商談を行ったジャンジャック・コルトこと朝比奈も修業時代、わかりやすく言えば智代が店をやっていたころの知り合いだ。
京都の土御門家も同様で、エアリスこと春奈に至っては同年代で一緒に修業し続けた仲だと聞く。
最近になってできた仲間など聞いたことがない。どちらかというと康太の知り合いの関係から敵ではない存在が増えているという形だ。
本人が意図して仲間を作っているというわけでは決してない。
「ひょっとしてあれか?アリスは師匠が仲間を作ってきたと?」
「仲間とまでは言わんが、何か恩を売ってきたのではないか?その礼をしに魔術師が探し回っていると考えるのはどうか?」
アリスの言葉に康太は口元に手を当てて悩みだしてしまう。小百合が自ら味方を作るとは考えにくかった。だが小百合が勝手に行動した中で誰かが助かって恩を感じるというのはあり得る話である。
だがそれはあり得るだけだ。はっきり言って適当に石を蹴飛ばしたら誰かを襲おうとしていた通り魔に当たって気絶させたというレベルの天文学的偶然が重ならなければ起きないようなことのように思える。
小百合が行う人助けとはそのようなレベルだ。はっきりないと言い切れない分性質が悪いが、あると仮定するには少々確率が低すぎる。
「でもさ・・・恩を売ってそれで探してるとしてさ、去年の十月・・・?からだっけ?そんなに探すか?普通に考えたら助かってラッキーレベルじゃないのか?俺なら助けてもらったくらいでそこまで探さないぞ?」
「むぅ・・・そうかの・・・?」
「恨みつらみだったらまだそこまでして探すっていうのも納得できなくはないんだけどな・・・恩義にそこまでするってかなり義理堅い人間だぞ?」
小百合が仮に誰かを偶然助けてきたとして、その助けられた人物が礼を言うためだけにそこまで行動を起こすとは考えにくい。
ただでさえ人を探すというのは労力が必要だ。特に魔術師のように個人名がわかっていない場合活動圏に足を延ばさなければその人物に会うことはまず不可能。
しかも今回の場合仮面だけで探さなければいけないのだ。そこまでの行動を起こすのはかなり重い理由である可能性が高い。
仮面の特徴だけで話を進めているということは小百合はその現場で何も話していないということだろう。
一言も発せずに偶然その人物を助け、その人物がとんでもなく義理堅い人間だったならその可能性もあり得る。
だがあまりにも可能性が低すぎて考慮にも値しないのではないかと康太は苦笑しながらも考えてしまう。
初対面で殺されかかった身としては、小百合が人助けというのはにわかには信じがたかった。だからこそこの可能性は完全にないと思っていたのである。