偽者の価値
「そうなるとさ、いつか俺の偽者とかも現れるかな?」
「現れてほしいのか?面倒なだけだぞ?」
実際に偽者が現れたことのあるアリスからすれば、偽者が現れたところで百害あって一利なしと考えているようだった。
もっとも利用方法によっては一利程度はあるかもしれないが、その手間を考えるとやはり別の手段を講じたほうが手っ取り早い。
「そうかもだけどさ、名前を騙るってことはつまり有名な奴ってことだろ?それだけ知名度があるっていうのはちょっとうれしくないか?」
「・・・コータの場合悪名の方は轟いていると思うぞ?デブリス・クラリスの二番弟子、数々の面倒ごとを武力で解決・・・そんな人間の名を騙るということがどういうことか容易に想像がつく。いや、つかなければ大変なことになる」
「大変なことって?」
自分の名を騙るような奇特な人間がいるとも思えなかったが、その名前を利用しようとしている程度であれば当然やるだけの価値はあるのではないかと康太は考えていた。
だがアリスは康太の名前を使って行動することによって得られるメリットよりもデメリットの方が明らかに大きいと考えているようだった。
「当然だが、そういうことをするうえで重要なのはリスクとリターンのつり合いだ。コータの名前を借りることで得られるメリットが、同時に発生するデメリットを上回っていればいいわけだが・・・いや上回っていたとしても自分に降りかかるマイナス部分をよく考えておかなければならない」
「うん・・・でも俺の名前を騙ったところでデメリットなんてあるか?メリットがあるかも怪しいところだけど」
康太は自分の名前を、ブライトビーという魔術師名を騙ったところで大したメリットが得られるとは思っていなかった。
というかむしろマイナス面しかないのではないかと思っている。もちろんその考えは正しい。康太は良くも悪くもそういった人種なのだ。
「コータの場合、特に戦闘方面に偏った魔術師だ。そういう人間の名前を騙ろうと思ったら本人にばれることをまず考えなければならない。本人が自分のことを騙るものがいたらそれは嫌がるものだろう?」
「まぁちょっとは嬉しいけど、やっぱり嫌なものは嫌だな」
「ちょっとうれしいというのが気にかかるが・・・まぁそういうこともあって本人に見つかったらまず間違いなく制裁を受けるだろう。それがリスクその一だ」
本人に偽物の存在がばれ、なおかつ直接対決することがあれば武闘派の魔術師を相手にした場合大抵の魔術師がやられることだろう。
これで本物の魔術師が武闘派でなければまだ恥をかくだけで済むかもしれないが、戦いに特化した魔術師ならば徹底的に叩き潰すのがほぼ当然であるように思われる。
「そしてもう一つは、その魔術師の知り合いにばれることだ。武闘派の魔術師の場合その知り合いも武闘派である可能性が高い。コータなどまさにその典型といえるだろう。そういった人種にばれるのもまたアウトだ。それだけで袋叩きの対象になるだろうな」
「あー・・・確かに奏さんや幸彦さんに遭遇したら間違いなく訓練と称して叩き潰すかもしれないな・・・容易に想像できるわ」
康太の場合、身近に自分以上の戦闘能力を持った人物がそれなりにいる上に、協会によく足を運ぶ人物もいるために遭遇率はバカにできない。
そういう状況で遭遇してしまえば当然ばれるだろう。仮面をつけただけで本人かどうかわからなくなるほど奏も幸彦も間抜けではない。
おそらく初めて遭遇した時点で本物ではないと見抜き、その上で相手の口車に乗る振りをしながらナチュラルに訓練をする流れに移行するだろう。
そして徹底的に偽者をいたぶる。おそらく相手が土下座して謝罪するまで攻撃し続けるだろう。
奏や幸彦の本気の攻撃を防ぎきれるものなど数えられる程度しかいない。名前を騙る程度しかできることのない人種からすればそれは死刑宣告にも等しい。
「あとは偽者だと知らずに、依頼を持ってきてそのまま現場に急行させられるようなこともあるだろうな・・・特にコータの場合は面倒な現場に連れていかれる可能性も高いからな・・・不憫な目にあうかもしれん」
「確かに。現場に急行してくれとかそういうこともあるかもしれないからな・・・なんか俺のデメリット多くね?」
「誰かの名を騙るというのはそういうものだ。たいていは名誉欲を満たしたいだけの行為の場合が多い。もちろん明確なメリットはある場合もあるがな。コータなどの場合であれば支部長とのつながりもあるから利用しやすいだろう」
「そうかもしれないけど・・・あの人結構きっちりしてるぞ?やってくれる頼みも割と限定的だし」
「それはあくまで依頼の場合だろう?お前が個人的に優遇されているのは間違いのない事実だ。もっともそれを知っているものもごく少数だろうがの」
支部長はなるべくほかの魔術師と同じように、平等になるように康太と接しようとしてくれている。
もし他の魔術師に比べてひいきしているようなことがあれば支部長自身の立場が危うくなるというのもそうなのだが、康太の評価にも直接つながりかねない。
無論康太に引け目があるということもあるし、今までの実績もあるために多少優遇してしまうのは仕方がないかもしれないが、それでもそれを知っているのはごく少数の魔術師のみだ。
それを利用しようとする魔術師など数える程度しか存在しない。しかもそのことを知っているのがほとんど身内だ。