偽者の存在
「結局来なかったな」
「初日だからね、最初からうまくいくなんてそうそうないでしょ?」
結局その日、代々木公園で遅くまで時間をつぶしていた康太達だったが、件の人物が現れることはなかった。
もとより張り込み一日目で成果があげられるとは思っていない。布告自体を出してもらうように頼んだ当日に件の人物がやってくるほど都合は良くないだろう。
「ていうかやっぱ寒いな・・・この時期にこの時間までいるのはかなりくるものがあるよ・・・ほい、コーヒーでよかったか?」
「ありがと・・・二月だもんね、仕方ないわよ」
近くにあった自販機から温かい缶コーヒーを購入し文に渡すと、康太は自分の手をこすりながら同じようにコーヒーを購入する。
これから毎日代々木公園で待機しなければいけないというのは地味に精神に来る。何せ今は真冬。二月の頭ということもあり夜はかなり冷えるのだ。
「私がいるときは最低限暖かくしてあげられるけど・・・あんた一人で待つ場合は一人で暖かくしないといけないわね・・・そのあたり考えてる?」
「正直あんまり考えてない。できなくはないけど俺の場合目立つんだよな・・・」
今日は文と一緒にいたために、文が暖かくなるように魔術を使ってくれていたが今度からは康太一人で防寒しなければならない。
コート程度では二月の寒空をしのぐことは難しい。康太の持つ火属性の魔術を使えば当然暖は取れるが、正直火力自体があまりないうえに目立ってしまうためにあまり使いたくないというのが正直なところだった。
とはいえ、この寒さの中ただ待っているだけでは凍えてしまう。運動でもしていれば体も温まるのだろうが、さすがに動き回っては不審者扱いされるだろう。
いっそのこと代々木公園の敷地内を延々とランニングでもしていようかと思ってしまうほどである。
黒い瘴気をまき散らしながら走り続ければきっと目立つだろう。目立つといっても魔術師相手にだが、少なくとも一般人にはただランニングをしている人という見られ方をする可能性が高い。
だがこの策の欠点は康太がつかれるという点である。もし戦闘になった場合、体力を消耗した状態で戦えばどうなるか分かったものではない。
特に康太の戦闘にとって体は資本なのだ。疲れていては勝てるものも勝てなくなってしまうだろう。
体中にホッカイロなどの防寒用具を身に着けることも考えたのだが、体中にそんなものをつけている魔術師というのも少々間抜けなような気がしてやめることにしたのである。
一応魔術師なのだから魔術師らしい防寒の仕方をするべきだろうと思いつつも、康太はそういった類の魔術を使えない。となるとできることは限られる。
一つは単純に服を着こむこと。
魔術師の外套の下に何枚も防寒性の高い衣服を着こめば多少は暖かくなる。
そしてもう一つはウィルに防寒着代わりになってもらうことである。
ウィルは軟体であるために着こむこともできる。鎧のような固い状態になることもできれば衣服のような柔らかい状態になることもできる。
ダウンのように内部に空間を作ればそれだけで防寒具になりえるのだ。防寒着でありながら防具にもなりえるためにウィルは本当に汎用性が高いといえるだろう。
「なるべく私も一緒にいてあげるから・・・そうすれば・・・さ、寒くはないでしょ?」
「あぁ、あったかいのは本当にありがたいよ。人肌恋しい時は特にありがたい。ベルのおかげで暖房いらずだったからな」
「私の魔術じゃ限界があるけどね。火属性はあんまり得意じゃないし」
文は得意ではないものの一応火属性の魔術を扱える。その応用で温風を吹かせることができるのだ。
そうやって康太を温めていた文だが、可能な限りその範囲を狭めるという口実の下康太にかなり近づいていたのである。
直接触れ合えばもっと温まるのだが、そこまで言えるほど文は豪胆ではなかった。
「でも案外この時間だと人も少ないんだな・・・季節のせいもあるか」
「そりゃあね・・・だって真冬の公園なんて誰が好き好んでくるのよ・・・昼ならまだしも夜よ?雨風がしのげるってわけでもないし・・・」
康太達が待っていたのは公園の中の一角、文の言うように雨風が防げるような場所でもないために人通りはかなり少ない方なのだ。
冬の夜ということもあってわざわざ公園にやってくる人間は本当にまれである。時折公園を突っ切る形で家路につく者もいるが、それはかなり少数だった。
おそらくそのあたりは文の結界魔術のおかげだろう。康太が思っている以上に文の使う結界の魔術は優秀なのである。
「これだけ寒いと例の奴も活動自粛してるかもな・・・ていうかそうだったら俺春が来るまでずっとここで待ってなきゃいけないんだけど」
「さすがにそれまでには次の策を考えましょうよ。貴重な時間をただ待ちぼうけっていうんじゃもったいないわ。せっかく魔術師として活動できる少ない時間なんだから」
「まぁそうなんだけどさ・・・師匠のことに関して調べなきゃいけないから仕方ないって・・・ほかならぬサリーさんの頼みなんだからさ」
これで頼まれたのが他の人間だったのなら、もう少し消極的な調べ方をしていたのかもしれないが、頼んできたのが奏とあっては康太としても無視するわけにも手を抜くわけにもいかなかった。
依頼人によって対応を変えるというのはいささか不適切かもわからないが、奏の場合は全力で事に当たっておいた方がいいように感じるのだ。
そしてそれは決して間違いではない。
「ところでさ、もし仮にその探している人物が本当にあんたの師匠を探してた場合どうするわけ?倒すの?」
「目的がわからないと倒すかどうかも決められないわな。そのあたりは話を聞いてからってところか。あとは相手の出方次第」
「相変わらずというかなんというか・・・武器は今持ってきてるわけ?」
「一応な。槍は常に常備してるし、剣も一応持ってきてるぞ」
康太はそういって腰のベルトに取り付けられている槍のパーツと、背中に背負う形で存在する二本の剣を文に見せる。
どうやら外套にうまく隠す形で身に着けているようだが、よくよく見てみれば不自然に盛り上がっているのがわかる。
単純な隠し方だけに見破られやすいが、少なくともバレバレというわけでもない。最低限の隠し方といったところだろうかと文は目を細めていた。
「一応戦闘準備だけはしてあるのね。あんたらしいっちゃあんたらしいか」
「俺が戦闘準備をしてないことの方が珍しいだろ。今まで数えられる程度しかなかったしな」
「それもそうね・・・周りには気をつけなさいよ?一応周辺の魔術師も気を使ってくれてるみたいだけど、一般人も普通に入ってこられる場所なんだから」
「わかってるって・・・って言っても俺じゃほとんど対策はできないんだけどな・・・」
そうでしょうねと文はため息をついてしまう。康太が自分でいったように、康太は一般人への対応はかなりお粗末だ。
結界魔術も使えないし暗示による誘導もようやくできるようになった程度。記憶操作や消去などはまだ扱えないために一般人に見られた時点でかなりまずい状況になってしまうのである。
もちろん周りの魔術師がある程度気を使ってくれているためにもしかしたら対処してくれるかもわからないが、あくまである程度でしかないために過度の期待をするのは間違いである。
「もし万が一があったらすぐに私に報告しなさい。一定時間以内であれば記憶の消去もできるだろうし・・・私じゃなくてもジョアさんでもいいわ。とにかくすぐに連絡すること。いいわね?」
「アイサー。頼りにさせてもらうよ」
「本当だったら自分で何とかするのが好ましいんだけど・・・あんたの場合それが難しいのよね・・・」
康太は暗示などの魔術があまり得意ではない。本人の性格的な問題もあるかもしれないが欺くということそのものが向いていないのだ。
暗示にせよ、実用レベルで扱えるようになるまでかなり時間を要した。練習の密度にもよるがこれは完全に向き不向きの問題だろう。
「でも最近は一応索敵も覚えたし、ある程度の人間の接近は感知できるぞ。一般人が来たらすぐに戦闘中止できるって」
「あんたができても相手ができるかはわからないわよ?人が来てるのも無視して攻撃してくるかも」
「その場合は仕方ないから全力攻撃で仕留めるかな。相手が生きててくれれば御の字くらいのもので」
「・・・一般人じゃなくて魔術師の方を止めるのね」
「そりゃそうだろ。俺みたいな不憫な人間をこれ以上増やすわけにはいかないからな・・・特に魔術にかかわりのない人間は可能な限り巻き込まないようにする」
「ご立派な考えね。その優しさをもう少し相手にも分けてあげなさいよ?」
「最初から戦うつもりはないって。交渉のテーブルは用意するよ。相手にその気があればの話だけど」
相手が小百合らしき人物を探しているという時点で訳ありなのは目に見えている。
最初から向こうが戦うつもり満々だったとしても、康太は一応交渉するだけの姿勢は見せなければいけないのだ。
そうでなければ相変わらずデブリス・クラリスの弟子は恐ろしいという風評被害を受け続けることになってしまう。
実際その通りなのかもしれないが、可能な限り無用な争いは避けたいと思うのが康太の考えである。
「そういうベルはどうなんだ?一応戦う準備はしてあるのか?」
「本当に一応だけどね・・・鞭も持ってきてるし」
「おぉ、もう使えるようになったのか?」
「まだまだ難しいわね。今は狙ったところに攻撃できるようになった程度よ。自由自在とは程遠いわ」
そう言って文は鞭を軽く操って見せるが、確かに奏がやっていたそれに比べると技術的に劣っているように見えてしまうのは仕方のない話かもわからない。
まだ練習を始めてそれほど日が経っていないのだ。奏ほどの練度に至るまでにはこれからも何度も何度も繰り返し練習していくしかないだろう。
これに魔術を組み合わせられる日はまだ遠い。
「なんかその恰好に鞭持ってるとトレジャーハンターみたいだな。いろいろな意味で頼もしいぞ」
「トレジャーハンターって・・・今時そんな言葉ほとんど聞かないわよ?」
「でかい岩が転がってくるのを走って逃げるとかやってほしいな。それで鞭を使って華麗に回避するとか」
「なに?今度はいったい何の映画に影響されたわけ?何となく想像できるけど」
文の姿とインディーなジョーンズを思い浮かべてしまうのは無理のない話かもしれない。
鞭といえばそういう印象が強くなるのだ。
「というわけで今後は代々木公園を拠点にするからなんかあったら頼むぞアリス」
「・・・この寒空の下公園で暇つぶしとは・・・精が出ることだの」
康太は昼間、小百合の店にやってくると装備の確認をしながらアリスに事情を説明していた。
現段階で一番何でもできる人材でもあり、困ったときに頼りたい魔術師でもあるアリスだ、正直康太個人としてはあまり頼りたくはないのだが、何かがあったときの対応能力は最も高い人種だ。
特にもし康太がやられた場合の控えとしては申し分ない。そんなことが起きようものなら兄弟子や師匠が黙っていないだろうが、あの二人を前線に押し出すよりはアリスを筆頭に文たちに行動させた方がいい。
もし万が一相手が小百合を探していたのであればそれで話が終わる可能性もある。もちろん話が先に進む可能性もあるのだが。
「とはいえコータよ、正直なところお前たちの反応はちと過敏すぎるような気がするぞ?確かに協会以外の魔術師がサユリを探している風な状況であるのは理解するが、わざわざ行動に移すほどの事か?」
アリスの言葉に康太は否定できるだけの材料が見当たらなかった。確かにアリスの言うように多少過敏に反応しているといえなくもない。
何せ現状存在する情報といえばその人物の人相書き、そしてその人物が小百合らしき人物を探しているということだけなのだ。
はっきりいて歯牙にもかける必要がないように思える。探しているのか、ふうんそうなんだで終わりそうな一件だ。
確かに奏の頼みがなければ動くだけの理由は皆無だ。多少面倒ごとが起きるかもしれないが、おそらく小百合ならば一蹴するだろう。
「まぁ確かに師匠だったら探してるやつが目の前に現れてもいつも通り対応するんだろうな・・・ぶっちゃけ俺が出る幕はないと思うんだけど・・・」
康太はこういうが、興味があるのも事実だ。
魔術師の活動としては少々小規模すぎるかもしれないが、これもまた魔術活動の一環、特に身内が関わっているのであれば考慮の余地もある。
それに、個人的に気になることもある。
「師匠のことを探してるってことは、何かしら師匠にかかわりがあったか、あるいは師匠を騙る奴がいたかの二択になる。そのことだけは調べておいて損はないと思うんだよ。特に後者の存在が認められた場合は」
「ふむ・・・まぁ今の時代、魔術師の証明なんぞ仮面一つでどうとでもなるからな。仮にサユリを騙る魔術師がいた場合はどうするのだ?」
「んー・・・そのあたりは師匠と相談かな。実際に被害を受けてるのは師匠になるわけだから弟子の俺がどうこういうことじゃないだろうし・・・もしかしたら奏さんあたりが介入してくるかもしれないけど」
「なるほど、完全に見切り発車ということか・・・そんな状態でこの寒空の下公園で待ちぼうけとは・・・コータよ、もう少し自分をいたわったほうがいいと思うぞ?」
アリスは炬燵にもぐりながら康太の境遇を同情しているのかそれともあきれているのか、どちらともとれるような表情をして見せる。
実際あきれられても仕方がない。状況が状況とは言え毎日夜に代々木公園でただ待っているのだから。
時間を無駄にしているといわれても何も反論できないのである。
「アリスの時代は・・・っていうのはちょっとおかしいか・・・昔は魔術師の偽者とかはいたのか?魔術師の偽者っていうとまたちょっとおかしいけど」
「ん・・・まぁいいたいことはわかるからよしとしよう。特定の有名な魔術師の名を騙るものは確かにいたぞ。ただいまと違って昔は顔を隠していなかったからな、そういうことをする輩は本来の拠点から大分離れた場所で活動していたな」
大抵最後はひどいありさまになっていたがと付け足しながらアリスは炬燵の上にあるミカンに手を伸ばす。
どの時代も名をかたる輩というのは存在しているのだ。名をかたり、うまい汁を吸おうとする輩はどの場所にもいるのだ。
そしてそういった人間は最終的には痛い目を見る。世の鉄則というべきか、当然の流れというべきか。
どちらにせよそんな前例がありながらも似たようなことをする人間がなぜ出るのか不思議でならなかった。
「アリスも名前をかたられたりしたのか?相当昔とかに」
「ん・・・まぁな・・・まだ門もない、魔術協会そのものが立ち上げて間もない・・・私がまだ封印指定に登録されていなかった頃の話だ。ただの有能な魔術師として存在していたころには何人か私を騙るものはいたぞ」
「へぇ・・・どんな奴だった?」
「女の時もあれば男が騙っているときもあった。さすがに三十過ぎた男がアリシア・メリノスの名前で活動していた時は失笑ものだったがな・・・貴族とのつながりがあるということで女であるという印象が持たれにくかったのかもしれん」
当時のアリスは貴族とのつながりを利用して魔術協会に多くの支援を行っていた。そういった関係で『貴族とのつながりを持つ魔術師』という印象が強かったのだろう。
当時の世相から言ってそういった人物はたいてい男、あるいは本当に特殊な女性くらいしかありえなかった。
そのためたいていのまだアリスに会っていないものは彼女のことを男だと思っていたのかもしれない。
名前が売れるというのも考え物だなと康太はミカンを口に放り込みながらため息をついていた。
誤字報告を十件分受けたので三回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです