徐々に始まる
「ていうか剣に刀の名前つけるとかどうなの?剣・・・ショートソードならそれっぽい名前の方がいいんじゃないの?」
「じゃあ・・バンブーシップ?明らかにダメだろ」
「いや、笹って英語ではバンブーグラスとかじゃなかったかしら?バンブーは普通に竹よ?」
文の発言に康太はそうなのかと眉をひそめていた。バンブーグラスシップ。笹船をそのまま直訳するとこうなってしまうが、明らかに間の抜けた名前である。
笹船もしまりのいい名前とはいいがたいが、直訳名よりはずっとましな名前であることは間違いないだろう。
「そもそも竹刀がバンブーソードなんだから、そういうのを英語表記に直すのがまず間違いなのかもしれないわね。どっちにしろ格好悪いわ」
「かもな。やっぱ笹船でいいよ。日本名でもいいじゃないか。こいつはハーフなんだよたぶん」
自分で適当なことを言っているという自覚があるのだろう、康太はだいぶ投げやりになってきているが文としてもこれ以上深く追求するつもりはないようだった。
「そういえばアリスって武器の類は使わないのか?使ってるところ今まで見たことないけども」
「んー・・・使えなくはないが・・・そこまで達者というわけではないな。そもそもこの体はまだ成熟しておらん。ただの肉体技なら康太にも劣るだろうて」
「へぇ・・・なんかこう・・・すごい技とか覚えてるものかと思ってたけど・・・そうでもないの?」
今までアリスは魔術的に素晴らしい技術を康太たちに見せてきた。そのため肉体的な技術も並々ならぬものを持っていると勝手に考えていたのである。
だが文の言うようにアリスの体そのものは成長を極端に遅らせているために未だ成長期を迎えているような段階、筋力も低いため、康太と普通の殴り合いをすれば普通に負けるような肉体なのだ。
だが技術的な話であれば話は別だ。筋力がなくとも何かしら特別な技能を持っていても不思議はない。
それこそ筋力がないからこそ使えるような技があるのではないか、文はそういった部分でアリスに興味を持っていた。
「そうだの・・・二人ともこれを見よ」
そう言ってアリスが取り出したのは百円玉だ。何かを買った時のつり銭だろうか、康太と文がその百円玉に目を向けていると、アリスがその百円玉を握り数回手を振ったと思ったら掌の中から百円玉は消えていた。
「え!?マジか!?魔術か?それとも手品か?」
「手品だ。種も仕掛けもあるぞ」
「おぉ・・・なんか感動ね・・・魔術よりも手品に感動するってのもなんだかおかしな話だけど」
自分たちが魔術師であるからだろうか、康太と文は高い技術の魔術を見せられるよりもこういったちょっとした手品を見せられる方が驚きが大きいことに気付いていた。
というかアリスが手品を扱えることに驚きである。
「こんなことできたんだな・・・もっと早くに教えてくれよ」
「教えたところでどうする。これは私の趣味の一つだ。ぶっちゃけ何の役にも立たんぞ?話のタネくらいにはなるかもしれんが」
「いやでも大したものよ。ぱっと見わからなかったわ。やっぱ暇だといろいろ手を出してみるものなのね」
「なんだかすごく失礼な気がするが・・・まぁいい。私はこのように手先はある程度器用だ。だから小さなものを扱うのは得意だぞ?ナイフなどは武器としては最低限扱ったことがある」
そう言ってアリスはいつの間に確保しておいたのか、康太が普段使っているナイフを手に取ると軽く手の中で操って見せる。
まるでペン回しをするかのように上下左右に自由自在に動くナイフに二人は感動してしまっていた。
魔術的なことよりもこういった小手先の技術の方が驚かれ、喜ばれるのはどういうことなのだろうかとアリスは非常に複雑な気分だった。
無論魔術面でも感動はしているのだろうが、この方がなんだか受けがいいような気がしてならなかった。
自分の何百年の魔術の訓練よりも、数年で会得した技術の方が喜ばれるのは、何というかものすごくもやもやする。
見てほしい物よりも別の部分を評価されるというのは嬉しくもある。むろんうれしくもあるのだが複雑な気分なのは変わりない。
「というか私が武器を持ったところでたかが知れている。それなら魔術で吹き飛ばしたほうが早いからの」
「まぁアリスの場合はそうだろうな、拳銃レベルの武器よりももっと強い攻撃連発できるんだろうし・・・武器の扱いもある意味趣味の領域か」
「うむ。一時期弓にはまっていたこともあったがな・・・生憎この体では肉体強化をかけなければ満足に弓を引くこともかなわん」
「それは何とも・・・これを機に筋トレでもすれば?」
「・・・むぅ・・・確かに最近運動不足な気も・・・いや・・・いやいやそんなことはない。体調のコントロールはできているはずだ」
そう言いながらもアリスは自分の腹部に手を当てて何やらまさぐっている。
女子というのはいくつになっても自分のスタイルを気にするのだなと康太は剣を軽く振るいながらアリスの女子らしい一面を見てほほえましくなっていた。
二月に入り、康太たちの学校生活、そして魔術師生活が少しずつ落ち着いていく中、康太と文はいつも通り奏のもとを訪れていた。
康太は新しい装備である笹船を、そして文も新しい自分の武器である鞭を持ってきていた。
神加はまだ武器を使って戦う段階ではないため持ってきていないが、文と神加の武器もすでにそれぞれの手に渡っている。
もう何時でも使える状態にあるために、こうして奏のところにやってこられたのは幸運というべきだろう。
ちょうどよく試す機会に恵まれたということである。
「よく来たな・・・しばらく待て、今終わらせる」
康太たちが奏の部屋、つまり社長室にたどり着くといつも通りというべきかさも当然のように仕事をしている奏の姿が目に入る。
相変わらずこの人は休まないのだなと思いながら、文は書類の整理を、康太は新しいコーヒーを淹れ、神加はソファに座っておとなしくしながら奏の仕事が一段落するのを待つことにした。
もうこの流れも慣れたものである。
「すまんな・・・お前たちが来てくれると正直助かる・・・特に文が来てくれると非常に助かる」
「助けになれているのなら何よりですよ。お仕事忙しいんですか?」
「あぁ・・・うれしい悲鳴というやつなのだが・・・ここまで悲鳴を上げ続けていると声が枯れそうだ・・・仕方がないとはいえデスクワークがメインだとどうしても肩がこる・・・康太、すまんがコーヒーを淹れたら軽くもんでくれないか?」
「いいですよ。はい、少し濃いめにしました」
康太はコーヒーを奏の机の上に置くと背後に回り込んで奏の肩を両手でつかんで力加減を調節しながらもみほぐしていく。
ずっとデスクワークをしていたからか奏の肩は非常に硬い。筋肉が凝り固まっているのだとすぐにわかるほどの堅さだ。
一瞬石か何かを触っているのではないかと思ってしまったほどである。
「奏さん・・・これかなり根を詰めてますね?」
「わかるか・・・?あー・・・そこそこ・・・」
「これだけ固けりゃわかりますよ・・・俺らが言うことじゃないのかもしれませんけど、ちゃんと休まないとだめですよ?」
「そうは言うがな・・・下のものがいるとなかなか休めんのだ・・・部下は適度に休ませてやらんと効率が落ちる。それに働かせすぎると労基署ににらまれるからな。その分私が働かねば」
康太と文は実際に働いたことがないために社長職というものがどのようなことをするのかわからないが、日曜日にまで当然のように出勤してきているのでは息抜きの時間がないのではないかと思えてしまう。
奏曰く康太たちが来るこの時間が息抜きのようなことを言っていたが、体を動かして食事をするだけで果たして息抜きになるのだろうかと疑問だった。
「仕事量を減らしちゃダメなんですか?あるいは分担するとか・・・」
「それができれば苦労はしない。まぁ月に一度くらいは休める。それ以外はそこまで辛くはないさ」
月に一度しか休めないのではほとんど休日などないのと同義だ。
社会人とはここまで辛いものなのかと、今のうちから社会人になることを恐れてしまう学生二人。
このような重労働が常に付きまとうのが当たり前ではないとはいえ、ここまでひどい連勤を続けている人間を目の当たりにするとどうしても怯んでしまう。
「文、将来は私の会社で働かないか?お前ならすぐに頭角を現すだろう。大学時代にバイトとして来てくれても構わない」
「いやあの・・・奏さん、私まだ高一なんで・・・将来の事とかはそこまでは・・・」
「やりたいことがあるというのであれば無理にとは言わん。ただ選択肢の中に入れておいてくれ。最高の待遇で迎えることを約束しよう」
最高の待遇で迎えるといわれても、このような連続勤務の状態を見ていると同じ目にあうことになるのではないかと不安になってしまう。
だが文が手伝えば少しでも奏の勤務状況を改善できるのではないかという気持ちもある。
少なくともバイトからならば少しでも奏の負担を軽くするためにやってもいいように思えた。
「バイト程度であれば喜んで。あんまりたいしたことはできないと思いますけど」
「そんなことはない。お前がそうやって片付けてくれている書類だって実際社員がやるようなことだ。お前はバイトの前にすでに社員と同程度のことをしているんだぞ?」
奏に教えられた書類類整理のやり方をただ淡々とこなしているだけなのだが、それでも社員と同程度のことだといわれて文は複雑な気分になる。
新入社員程度のものなのだろうかと残念な気持ちであると同時に、自分が社会人と同程度には仕事ができるといわれてうれしい気持ちもあるのだ。
文としてはもう少し役に立ちたいと思いながら、なかなかそういうわけにもいかないのが現状なのである。
「あー・・・だいぶ楽になった・・・すまないな康太、来てもらってすぐにこんなことを頼んで・・・」
「いいですよ。何なら今度湿布とか買ってきましょうか?」
「いやダメだ。さすがに会議や取引先と会うのに湿布の匂いをつけるのは良くない・・・あぁいうのは地味ににおうからな」
社会人としては湿布の一つもつけたいのだろうが、社長としてはそういうものをつけるのも忌避したいものであるらしい。
特に奏の場合は女社長だ。他の会社の偉い人に軽く見られないように気を付けているのだろう。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです