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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十八話「張り付いた素顔と仮面の表情」
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小百合の実績

真理の言葉に康太と文は眉間にしわを寄せてしまっていた。神加もそれを見て必死に眉間にしわを寄せようとしているが、顔の筋肉がうまく動かせないのか何かすっぱいものでも食べたかのような表情になってしまっている。


文は神加の顔を軽くマッサージしてやりながら真理の方に視線を向ける。


「仕留め損ねたってことは・・・小百合さんが倒しきれなかったってことですか?あの小百合さんが?」


にわかには信じられないといった様子の文に康太は同意していた。小百合の攻撃力の高さは康太も知るところだ。小百合が本気になって攻撃して、その中から逃げきれる可能性は限りなく低い。


それは普段その攻撃に身をさらしている康太だからこそその難易度の高さが理解できるものだった。


無論、なりふり構わなければ逃げることはできるかもしれないが、一度射程距離に入ってしまえば最悪一刀のもとに切り捨てられるのだ。


一撃必殺という言葉があるように、最悪一撃でこの世からサヨナラしなければならない。それだけの攻撃力を持っている小百合から逃げ遂せるということがどれだけ難しいことか。


「どうやってですか?煙幕とか張ったんですか?それでも師匠は結構・・・ていうかかなり攻撃当ててきますよ?」


康太は訓練の中でよくDの慟哭を発動して煙幕代わりにすることで小百合の視界を封じた状態で戦ったことがある。


康太は索敵の魔術を発動することで常に小百合の位置を把握していたが小百合は索敵などの魔術は使えないはずである。


だがそれでも小百合は康太の位置をほぼ正確に把握して攻撃を放ってくるのだ。間違いなく攻撃そのものの命中率こそ下がるものの、八割から九割がた康太の位置を把握して攻撃してくる。


いったいどういう方法で位置を把握しているのかはわからない。勘なのかそれとも動物的な感性か、あるいは音や空気の流れなどで把握しているのか、その方法は不明だが小百合にはほぼ煙幕の類は通用しない。


「もっと単純な話です。アマネさんは徹底した防御が得意な魔術師なんです。おそらく防御面だけなら魔術協会の中でもかなり上位の実力を持っているでしょう」


「・・・ってことは師匠の攻撃を防ぎきったってことですか?それってかなりすごいですよね・・・?」


「えぇ、師匠の攻撃を受け続けるだけでも難しいのにアマネさんは逃げ遂せるまで徹底的に防ぎきりました。最後は多少攻撃を受けていましたが、それでも決定打には至らず、依頼は達成したものの師匠が倒すと決めておきながら取り逃がした数少ない魔術師の一人なんです」


小百合が取り逃がした数少ない魔術師。それだけの実力を持っている魔術師というのは非常にまれだろう。


そんな人物が先ほどの人物だと知っても、それほどの実力者だという風にはどうしても見えなかった。


彼の気安さがそうさせるのか、それとも単純にあまりすごそうな人間に見えなかったからなのか。


そこよりも康太は真理の言った小百合が取り逃がした数少ない魔術師というフレーズが気がかりだった。


「あの、師匠が今まで取り逃がした魔術師ってどれくらいいるんですか?ていうかアマネさん以外にいるんですか?」


「もちろんいますよ。アマネさん、あと前支部長、そして今の支部長、そして今はもう現役を引退されていますが京都のとある方、そして康太君の五人。私が知っているのはそれだけです」


「・・・あの、なんで俺がカウントされてるんです?」


小百合が取り逃がした人間の中になぜか自分が入っていることに康太は若干ながら困惑していた。


そもそも康太は小百合と敵対した覚えはないのだがと渋い顔をしながら真理に問いただすが、真理は笑いながら何を言っているんですかという表情をしている。


「それは師匠が取り逃がした相手だからですよ。師匠は最初康太君を事故死に見せかけて殺すつもりだったんですよ?状況が状況とは言え康太君は見事師匠から逃げ遂せたんですから」


「・・・それは・・・まぁそうかもしれませんけど・・・」


康太と小百合の出会いは出会いとも言えないものだ。小百合が戦闘を見られ、口封じのために康太を殺そうとしたのがきっかけである。


結局康太はその持ち前の運の良さ、いや運の悪さで生き延びてしまい、小百合に見込まれてしまうことになる。


確かに先ほどの真理の言葉を借りるなら、確かに康太は小百合から逃げ遂せていることになる。


とはいえそれを自慢できるかといわれればあまり自慢できない。あれはほとんど偶然のようなものだったのだ。


康太の実力でもなんでもないただ運がよかっただけ。それだけのことで小百合から逃げられるのかといわれるとそうではないが、小百合があの時事故死に見せかけようとしたのも原因の一端でもある。


そもそもの発端は小百合が適当に戦闘をしていて康太がそれを見てしまったことにあるのだが、そんな昔のことを掘り返しても今更どうしようもないなと康太は別のことに目を向けることにする。


何せ真理の言葉の中にはいくつか気になることがあるのだ。それを聞かなければ気が済まないといえるほどに。



「前の支部長と今の支部長も小百合さんと戦ったことがあるんですか?なんか意外ですね・・・」


「そうそうそこ気になってました。今の支部長が師匠と戦ったことがあるって初耳ですよ。っていうかイメージできません。それに前の支部長って・・・?」


康太たちは今の支部長の事しか知らないためにあのいかにも苦労人といった感じの人物以外が支部長であるということをイメージすることができなかった。


そして毎回小百合に面倒を押し付けられ、最終的に頭を抱えることになっている彼がかつて小百合と戦い、なおかつ生き延びていたという事実に驚きを隠せなかった。


戦闘能力がそこまで高いようには見えないのだが、やはりどのような人格をしていようとも一つの支部を預かるだけの実力は有しているということなのだろうか。


人は見かけによらないとはよく言ったものである。


「えぇと・・・それでは順を追って話していきましょうか。まず先に戦ったのは現支部長、師匠も支部長もまだかなり若いころの話です。独り立ちして間もないころだったと聞いています。まだ私も幼いころの話です」


「独り立ちしてすぐってことは・・・姉さんが弟子になってすぐの頃ですか?」


「そうなりますね。依頼の関係でブッキング・・・というか依頼主同士が対立していたことがありまして、その時それぞれの依頼を受けていたのが師匠と支部長だったんです」


対立している二人が偶然か必然か、片方が依頼を出したのに合わせて意図的にかぶせる形で依頼を出したのか、それはわからないがそれぞれが出した依頼を何の因果か小百合と支部長がそれぞれ請け負ったのだという。


そして結果的に戦うことになった。なんとも単純かつ分かりやすい構図で、小百合らしい展開だろうかと康太は眉をひそめてしまう。


解決方法の中に戦闘しかないような小百合にはぴったりの案件ということである。


「そういえば、支部長と師匠は前々から面識があったっぽいですけど・・・その事件が起きた時が初見ですか?」


「いいえ、私が弟子入りする前から知っていたようですね。対峙した時もすごく面倒くさそうにしていました。結局ボコボコにしてましたけど」


やはり知り合いといえど目的のためには容赦はしないのかと思いながら康太と文は渋い顔をする。


きっと康太か真理が独り立ちして、その支部長の件と同じように互いに目的が違った場合は戦うことになるのだろう。


そしてボコボコにするつもりだろう。自分たちの師匠はそういう人種なのだなと康太は強く記憶しておくことにした。


「あれ?でも結局取り逃がしたんですよね?」


「はい、そこはさすがは支部長というべきでしょうか、ほぼ防戦一方でしたが見事な撤退っぷりでしたよ。引き際をわきまえているというべきでしょうか・・・負傷しながらも無理な戦闘はしないで見事に師匠から逃げ遂せて見せたのです」


真理の説明は淡々としていて、具体的な光景が全く見えてこなかった。何かを利用して逃げたのか、それとも何か行動をして小百合の動きを封じたのか。どちらなのかもわからないゆえに康太たちの頭の中で支部長の評価がどんどんと上方修正されていく。


今度支部長に会うことがあったらそのあたりのことを聞いておこうかなと考えながらも、文は現支部長よりも前支部長のことが気になったようだった。


「あの、小百合さんって前支部長とも戦ったことがあるんですか?」


「えぇ・・・まぁ・・・その・・・なんといいますか・・・あれはある意味不幸な事故とでも言いましょうか・・・」


小百合に関してはありとあらゆることが不幸な事故扱いにしてもいいと思えたが、真理がこの言葉を言うあたりかなりひどい状況だったのだろうと康太と文はその状況を想像して渋い顔をする。


きっと協会にいた魔術師全員が今の康太たちと同じような表情をしていたことだろう。そこだけは容易に想像できる。


「でもなんでそんなことに?さすがの師匠でも支部長相手に手を出せばどうなるかよくわかっているでしょうに・・・」


「いえそれが・・・その・・・前支部長は・・・その・・・ちょっと癖の強い人といいましょうか・・・思ったことは口に出す人といいましょうか・・・その関係でちょっと師匠の逆鱗に触れまして」


「・・・あぁなるほど。師匠を怒らせちゃったんですね?」


小百合が怒るという状況を康太は見たことがない。だが小百合が本気で戦うということがどういう意味か理解しているつもりだ。


小百合がどのような言葉に対して反応したのかはわからない。真理の言うような思ったことを口に出すような人物だとすれば、おそらく小百合が何回か耐えた後も似たようなことを言ってしまったのだろう。


その結果、小百合の堪忍袋の緒が切れた。


「・・・ひょっとしてですけど、何回かあるって言ってた師匠の二本目を使った案件ですか?」


「・・・察しが良くて何よりです。その通りで、その時師匠は確かに二本目を使いまして・・・前支部長を支部長室から吹き飛ばしてエントランス部分まで追い詰めて大勢の魔術師が見ている中で滅多切りに・・・」


「・・・うわぁ公開処刑・・・そりゃ壮絶ですね」


一体前支部長が何を言ったのかはわからないが、小百合がそれだけ激昂するだけの何かがあったということだろう。


何かを言ったというのが正確だろうが、どちらにせよ小百合の逆鱗に触れればこうなるという一つの例になったのは間違いない。



「その前支部長も自力で逃げ出したんですか?」


「いいえ、その時師匠を止めたのは偶然協会に来ていた奏さんです。兄弟喧嘩というにはあまりに恐ろしい状況でしたよ」


真理の言葉になるほどと康太は納得してしまった。本気で怒った小百合をまともに止められるのは奏や幸彦くらいのものだろう。


協会に足を運んでいたのが幸いし、前支部長は命を取り留めたらしい。少なくともかなりの深手を負ったのは間違いないが。


「それって今から何年前くらいなんですか?」


「えっと・・・現支部長と戦ったのが私が弟子入りしてすぐですからもう十年以上前・・・前支部長との関係は七年くらい前ですか」


七年前というと康太たちはまだ小学生だったころだ。そんなころに小百合はそんなことをやらかしていたのかとあきれを通り越して感心してしまう。


「師匠が協会内でかなり厄介者扱いされ始めたのもその件が原因で、それ以降師匠も意図的に協会に足を運ぶのを控えているんですよ・・・まぁ支部長からのお達しでもあるんですが」


確かに、公衆の面前で一つの組織のトップを一方的に攻撃したとなればその組織に顔を出しにくくなるのもうなずける。


いや、小百合の場合は気まずくて行けなくなったというより、現支部長がなるべく来ないでくれ、あるいは来ないほうがいいだろうと打診してきたからという理由の方が大きいかもしれない。


多くの魔術師がその光景を見ていたのであれば、小百合の危険性は衆目にさらされたのと同義だ。

その危険性、ともすれば利用価値にもなりえる。


組織内でこのようなじゃじゃ馬をコントロールするためには小百合とコンタクトをとる人間は可能な限り少ない方がいいと判断したのだろう。


やはり支部長はやり手だなと康太は感心していた。


「それで、前支部長は今どうしてるんですか?」


「師匠から受けた傷が元で現役を退きましたよ。そのあと支部長を決めるために本部の方でいろいろとごたごたがあったり、その間暫定的に支部長を務めていた人もいましたが、正式に現支部長に代わったのは、その事件から一年後の事でした」


つまり現支部長は任期六年目に突入していることになる。


これだけの問題児を六年も抱え続けたのは称賛に値するなと康太は心の底から支部長に拍手を送りたい気分だった。


そして同時に申し訳ない気分にもなってしまう。師弟そろってかなり迷惑をかけているのだから。


「でも師匠がそこまで怒るって・・・いったい何を言ったんですか?」


「まぁ・・・その・・・ピンポイントで師匠の地雷を踏みぬいたらしく・・・そのあたりは私も詳しくはわからないんです。あの時の会話の何がきっかけになったのか・・・さすがの師匠もあの時はかなり我慢していたようでしたから」


小百合が我慢するとは、さすがに立場というものをある程度理解していたのだなと康太と文は小百合でも我慢ができるのだということに驚きながらもすでに現役を退いた前任の支部長が哀れで仕方がなかった。


「一応聞いておきますけど・・・その人どれくらいの傷を負ったんですか?重傷とか軽傷とか・・・?」


「・・・んー・・・私は奏さんを呼びに行くので頭がいっぱいでしたから・・・実際に戦闘はあまり見ていないのですが・・・人に囲まれていた状況を見る限り、血の海でしたからそれなりの負傷だったのではないかと・・・」


その騒乱のさなか協会の中にいる可能性のある奏、あるいは幸彦を探そうとした真理の行動はまさにファインプレーというにふさわしいだろう。


小百合を止めるために最も具体的で最も適切な行動をとった真理の行動は表彰されるレベルの行動だ。


件の前支部長は真理に菓子折りの一つでも持ってきてもいいほどである。


とはいえ小百合がそれだけの事件を起こしていたとは康太も予想外だった。まさか支部長クラスを敵に回していたことがあったとは。


周りの魔術師が康太を見た時にデブリス・クラリスの弟子であるということを認識した瞬間に恐ろしいものを見るような、そして同時に同情したような目を向けるのにはそういった意味があったのだ。


良くも悪くも灰汁の強い師匠ということを再認識する中、康太はもう一つ気になっていたことがあった。


「師匠と今の支部長っていわゆる同期なんですか?」


「同期・・・というと語弊がありますね・・・春奈さんほどではありませんがそれなりに付き合いがあるようですよ?詳しくは私も存じ上げませんが・・・」


「・・・そういえば支部長との関係ってあんまり知りませんよね・・・関係性が見えてこない・・・背後関係とか特に」


「あはは・・・そういうことは気にしても仕方がありませんよ。師匠もいつごろから知っているのかほとんど覚えていないようでしたし」


「それだけ古い仲ってことですね・・・ていうかあの人が本当に不憫ですよ・・・師匠みたいな人と関わったのが運の尽きですって」


「それ言ったら私の師匠もそうなっちゃうんだけど?修業時代からの仲でしょ?それなりにいい距離を保ってるみたいだけど」


「そのあたり春奈さんはすごいよな。師匠との適切な距離をわかってる。賢いというか、危機察知能力が高いというか・・・地雷のある場所を理解しているというか・・・」


康太が言いたいことがなんとなくわかってしまう文と真理は苦笑していたが、苦笑できない人物が一人康太の後ろにやってきていた。


誤字報告を十件分受けたので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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