その男に対して
「いやぁ・・・怒涛のような人でしたね」
「塩をまけ。台所に新しいのがあるからそれを使って構わん」
「どれだけまき散らすつもりですか・・・ていうか落ち着いてくださいよ・・・ひどい顔ですよ?」
先ほどの様子を見ていた文とアリスの元に戻りながら、康太はいら立ちを隠せない小百合に向かって吐き捨てるようなため息を吐く。
あれだけ露骨な好意を向けられておいてここまで嫌がるというのはさすがに気の毒に思えてしまうのである。
生理的に無理という奴だろうか、女心は難しいなと康太は考えを巡らせていた。
「あの・・・小百合さん。あぁいう風に言われてうれしくないんですか?好きな人だって言われて何も思わないんですか?」
「・・・そりゃ最初はいろいろ思うところがあった。なんでこいつは私なんかをとか何を企んでいるんだとか何が目的だろうとか考えたものだ」
全体的にマイナスの考えなんですねと文は複雑そうな表情をしながらアマネのことを不憫に思ってしまっていた。
小百合自身が自分の性格のことを理解しているというのが大きい。自分なんて他人に、しかも異性に好かれるはずがないと思いきっているのだ。
そのせいで誰かから好意を向けられると途端に疑う姿勢になってしまっている。人間不信とまではいわないがこれも仕方のないことなのかもわからない。
小百合は好意を向けてくる相手を苦手に思う節がある。奏や幸彦がその最たる例といえるだろう。
あの二人の場合は小百合を子ども扱いするから苦手に思われているといえなくもないが、少なくとも小百合に対して嫌悪感などは抱いていない。おそらくは好意を抱いていることだろう。
その好意は異性間のものではなくどちらかというと家族愛のそれに近いものかもしれないがどちらにしろプラスの感情であることに間違いはない。
「ていうかもう師匠もいい歳なんですから、もうあの人でいいから結婚しちゃえばいいじゃないですか」
「無理だ・・・あれは無理だ・・・たとえ師匠の命令だったとしてもあれは私には無理だ。不可能だ・・・」
「無理って・・・一体あの人のどこがそんなに嫌いなんですか?そこまで変な人ではないように思えますけど・・・」
まだ会って数分しか経過していなかった康太も、話を聞いていただけの文も、彼がそこまで悪い人間ではないように思えてしまうのだ。
多少癖があるかもしれないが礼儀正しく、無茶苦茶なことも言わない。多少好意をオープンにする傾向にあるが、それも人によっては好ましく思われるポイントとなりえるものである。
小百合がここまで嫌悪感を示すその理由が康太と文には理解できなかった。
「お前らもいずれわかるようになる。人間というのは絶対的に合わない人種というのが存在するんだ。私の場合はあいつがまさにそれだ」
「・・・嫌いってこと・・・ですよね?」
「いや嫌いとかそういうんじゃない。無理なんだ。存在自体を許容できないんだ。そういう奴だ」
どこまでアマネのことが苦手なのだろうかと康太と文は顔を合わせて首をかしげてしまっていた。
今まで康太と文はそれなりに多くの人に会ってきたが、ここまでの拒絶反応を示す人間はいなかった。
多少苦手意識を持つ人間はいても、存在そのものを拒否するレベルで忌避する人間などいるのだろうかと思えてしまう。
だが少なくとも小百合にとってのアマネがその対象なのだ。好き嫌い以前の問題、同じ人間としてみることすら拒否してしまうほどの相性の悪さ。
そこまで言うといいすぎかもしれないが、小百合にとってはそれほどアマネのことが苦手のようだった。
「どうなんだ文、同じ女として。こういう風に強烈に拒絶反応を示す奴っているのか?こういう人間だけは絶対に無理!って感じの」
「んー・・・多少不潔な人間とか、臭い人間とかは近づきたくないなって思うけどここまで拒絶はしないわね・・・あからさまに異常よ?アリスは?長年生きてきたんだしそういう人間の一人や二人いたんじゃない?」
この中で一番の人生経験を誇るアリスならば小百合の状態を理解できるのではないかと思って話を振ったが、アリスも康太や文と同様に首をかしげてしまっていた。
どうやらアリスもそこまで拒絶する人間というものにはあったことがないらしい。
「少なくとも覚えている中でそういう輩はいなかったな・・・嫌いな人間ならいたにはいたが・・・ここまで強烈な拒否反応を示すほどの相手は会ったことがない」
「・・・ということですけど師匠、何百年も生きてる人でもあったことがないようですけど・・・ただたんに師匠が人間嫌いってだけじゃないんですか?」
「人間嫌いは否定しないがそこまで人格破綻しているわけではない。あいつだけはとにかくダメなんだ。無理なんだ」
ここまで拒否する小百合も珍しいなと思いながら、早々に帰っていったアマネを思い出して再び首をかしげる。
あの人に一体どれほどの嫌いな要素が詰まっているのか、小百合のダメなものを抽出したような存在なのか。稀有な存在にあったものだと康太はアマネの存在を強く記憶しようとしていた。
「康太君、どなたかいらっしゃったんですか?妙にドタバタしていましたけど」
康太が店番をしに上がってから妙に物音が聞こえたからか、一度訓練を中止して真理と神加が上にやってきていた。
あからさまに機嫌の悪い小百合に、少々目を白黒させている康太たちの様子を見て真理は首を傾げ神加は何が起きたのかと疑問符を飛ばしている。
「まぁその・・・師匠のお知り合いの方が来まして。師匠がご覧のようにご立腹しているわけですよ」
「師匠がご立腹とは・・・春奈さんでもいらっしゃったんですか?」
「あのバカだったらまだよかったな・・・いやあいつもどっこいどっこいで嫌だが、とにかく最悪な奴だった」
「さっきから塩撒けってうるさくて・・・どんだけ嫌いなんだかって感じですよ」
小百合はそこまで人間が好きというわけでもないし、特定の誰かに好感を持っているということも、気に入っていることもあまりない。
というか小百合が好意を寄せる人間に康太たちは今まであったことがないのだ。そもそもいるかどうかも怪しいところである。
基本的に周りに存在している人間はすべて敵レベルでふるまっている小百合が特定の誰かにだけ好意を抱くというのはなかなかない。
小百合の兄弟弟子や師匠にでさえ尊敬の念はあっても苦手意識を持っているのだ、彼女が好意を抱く相手というのは想像できない。
だが小百合があそこまで嫌っている人間も珍しい。徹底的に敵対視するのは珍しくもないのだがあそこまで嫌悪感をあらわにするというのはなかなかない。
「ちなみになんて方がやってきたんです?師匠がここまで不機嫌になるのはなかなかないことですけど」
「アマネって人ですよ。めっちゃ目が細くてすらっとした人です」
「・・・あぁ、あの方ですか・・・なるほど・・・師匠がこんな風になるのも納得できる話です」
どうやら真理はアマネのことを知っているようだった。さすがは小百合の弟子を長いことやっているだけはある。
おそらく小百合の交友関係のほとんどを真理は網羅しているだろう。それが良いことなのかはさておき、真理に聞けば大概のことがわかってしまうのはありがたかった。
何せ小百合はアマネのことを全く話そうとしないのだ。彼がどんな人物でなぜ小百合がここまで嫌悪感を示しているのかさっぱりわからないのである。
原因があるにせよ話してくれなければわかるはずもない。理解しようとも思わないが気になるのだけは事実である。
「ちなみにどんな人なんです?師匠がここまで嫌うって結構珍しいですけど」
「んー・・・師匠、話してあげてもいいですか?」
「勝手にしろ・・・私は少し出てくる・・・イライラしてものに当たりそうだ」
「お願いですからご近所さんに迷惑かけないでくださいね。あと辻斬りとか器物破損もやめてくださいよ?」
私を何だと思っているんだと小百合は悪態をつきながら外に出ていく。ストレス発散でもする気なのか、それとも外の空気を吸ってクールダウンしようというのか、どちらにせよだいぶ苛立ちがたまっているようだった。
本人からすれば話をされることは別に気にしていないようだった。本人から話すのは嫌だということなのか、それとも話を聞くのも嫌だから外に出ていったのか、どちらかはわからないが彼女の不機嫌の度合いは今までにないほど高まっている。
「・・・それで、アマネって人はどういう人なんですか?」
小百合が出ていったのを確認して康太と文は身を乗り出すようにして真理の話に耳を傾けていた。
それを真似して神加も身を乗り出して真理の話を聞こうとしている。話の内容を正確には理解していないだろうが、話を聞く姿勢だけは取っているのがなかなか甲斐甲斐しいところである。
「そうですねぇ・・・どこから話したものでしょうか・・・とりあえずあの二人の最初の出会いは敵同士だったんですよ」
まぁそうだろうなと康太と文は納得してしまう。むしろ小百合と最初から友好的な関係を築く、あるいは敵ではない関係を築くことの方が難しいだろう。
誰かの紹介でもあれば別の話だが、小百合のことを誰かに紹介する魔術師などいない。簡単に紹介できるほど小百合は人間的に安全性が高くないのだ。
「それでですね・・・一応師匠は依頼を受けて行動していたわけですが、依頼を達成する過程で一応勝利したは勝利したんですが、実はアマネさんを倒せてはいないんです」
「・・・勝ったのに倒してないってどういうことです?師匠が戦った相手を逃がしたんですか?」
「小百合さんに限ってそれはないでしょ・・・何か理由があって意図的に見逃したとかそういうことですか?」
あの小百合が戦った相手を逃がすはずがない。徹底的に追い詰めて戦闘不能になるまで追い詰めるだろうと康太と文は認識していた。
だからこそ小百合が倒せていないということが信じられない様子だった。何かしらの理由があるのだろうということはわかっても、それが何なのかはわからないままである。
「いいえ、もっと単純な理由なんですよ。別に立場の関係とか、そのほうが後々いいことがありそうだとかそういう理由もありません」
「・・・じゃあなんで?」
「単純に、師匠が仕留め損ねた人なんですよ。師匠と戦って逃げ遂せた人ということです」
日曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです