出発
集合場所の教室にやってきた康太と文は一瞬顔を見合わせた後でその中に入る。その教室は小会議室のような場所で長椅子がいくつか設置されていた。そしてその中に以前会ったことがある魔術師たちが全部で五人それぞれ自分の好きな場所に座っていた。
部屋は暗いが窓の外から入ってくる光のおかげでかろうじて人影があるというのは確認できる。体躯や顔はそれぞれ外套と仮面で覆われているために詳しくはわからない。だが以前体育館であった時に比べればしっかりとその存在を認識できた。
その中で部屋の奥、所謂一番偉い人の座るべき席にいる魔術師が康太たちの方を見た。恐らく彼がこの魔術師同盟のトップなのだろうと康太と文は認識した。
「来たか・・・君たちを呼んだ理由はわかっているね?」
「明日からの合宿の件ですよね」
文が代表して口を開くとこちらを見ていた魔術師は小さくうなずく。明日からの合宿は基本的に康太たちしか行動できない。万が一があった場合は康太たちが対処しなければいけないのだ。
責任の押し付けというのとはまた違う。最後の忠告、いや警告だと見るべきだろう。
「わかっていると思うが現地には我々は向かうことができない、君たちしか現地で行動できる魔術師はいない。その意味は分かっているね?」
「もちろんです。生徒の安全と魔術の隠匿は問題なくやっておきます。心配いりません」
文は堂々とその場にいた魔術師全員にそう答えて見せた。
新米が何を偉そうにと思った者も中にはいただろう。だが康太と文の存在を正しく認識しているが故にそれを口にすることはできずにいるようだった。
片方はエアリス・ロゥの弟子、素質的にも技術的にもトップクラスの魔術師であるライリーベルこと鐘子文。
片方はデブリス・クラリスの弟子、厄介なことこの上ない存在と身近な存在にあり、可能なら近づきたくない人間の中でも最上位に分類される。ブライトビーこと八篠康太。
この二人が行動を共にするという事の意味、そして二人がすでに協力体制をとっているという事の意味をその場にいる全員が理解していた。
この場にいる魔術師たちは両者の実力を正確に認識してはいないのだ。
文に関しては魔術師である時間が長かったためにそれなり以上に情報がある。その年齢にしては非常に高い技術を持っているという事も、その素質の高さも周知の事実と言っていい。
だが康太に関してはほとんどノーデータなのだ。素質的には少々劣るところがあるがそれでも文と対等な関係を結んでいるという事はそれなり以上の実力があるとみていい。
この事実から康太は小百合、つまりはデブリス・クラリスの隠し球のような存在であると周囲の魔術師は認識しているのだ。
実際は魔術師になりたてのポンコツなのだが、そのことを知っているのはごく一部の人間だけである。
「それで、それぞれどのように行動するつもりなのかな?何かしら対応はあるのだろう?」
「万が一の場合は私がディフェンスを、彼がオフェンスを務めます。生徒たちを守り魔術を隠匿するのが私の仕事、敵を殲滅するのが彼の仕事です」
「・・・あぁ・・・なるほどね・・・」
康太の仕事が殲滅であるということにその場にいる魔術師たちはなるほどなと納得してしまっていた。
なにせ破壊の権化とまで言われる小百合の弟子なのだ。防御よりも攻撃の方が得意だと思われていても不思議はない。
実際は防御魔術をまだ覚えていないだけなのだが、そんなことは周囲の人間にはわかりようがないのである。
「我々が戻ってくるまでに、こちらも問題がないように努めてください。特に面倒ないさかいは起こさないようにくれぐれもお願いします」
「・・・あぁもちろんだとも。この同盟内での諍いなどあり得ないさ」
文の言葉に奥にいた魔術師の声がわずかに揺れたのを康太は感じ取っていた。
分かりやすいとまではいわないが少し迂闊だなと思っていた。こういう時は顔を出していないからと言って声にも影響させないようにしなければいけないのだ。
あのような反応をすれば自分たちがいない間に何かしようとしているのがまるわかりである。
恐らく文はそれを先読みしてあのようなことを言ったのだろう。抜け目がないというかなんというか、彼女が味方でよかったと康太は心の底から思っていた。
「それでは明日の準備もあるので失礼します。そちらもどうかお気をつけて」
「・・・あぁ、君たちも気を付けて」
文の言葉を受けて康太は先に部屋を出る。その後に続いて文も教室を出ると二人同時に小さくため息をついていた。
「・・・あれってなんか企んでる感じなのか?」
「企んでるかどうかはわからないけど、私達がいない間に何かしらのアクションは起こすつもりだったんでしょうね。何しようとしてるのかまでは確証はないけど・・・まぁある程度予想はつくわ」
魔術師としての基本的な考え方は康太にもわからないが、彼らがどのようなことを起こそうとしているのかは多少は想像できる。
恐らくは現在の同盟内の力関係に関して行動を起こすつもりだろう。どの勢力がどのような状態にあるのかなどわからないしどのように行動するつもりなのかも不明だが、少なくとも戻ってきてから何かしら変わっているのは間違いないようだった。
「これが終わったら少しは楽になるかと思ってたけど・・・そうでもないかもしれないわね」
「あー・・・まぁなんだ、手伝えることがあったら言ってくれ。頑張るから」
「・・・ありがと、期待しておくわ」
その言葉がどれくらい本気なのかは康太はわからないが期待されたからには頑張らなくてはと心の中で意気込んでいた。
実際文もどれくらい本気で今の言葉を告げたのか、正直わからずにいた。康太にどれくらいの期待を寄せていいものか彼女自身図りかねているのだ。
翌日、康太たち三鳥高校の一年生たちは学校の最寄り駅に集まってきていた。
駅の近くにある大きな駐車場からバスに乗り、そこから今回の目的地である合宿所まで向かう手はずになっているのである。
約三時間ほどのバスの旅だ。当然その間には小休憩をはさむことになる。
現在時刻は朝の七時。だいたい現地に到着するのは昼頃の予定である。
初めての高校での宿泊という事で生徒たちは浮足立っている。傍から見れば一目瞭然といったところだろう。キャリーバッグを持ちそれぞれバスに荷物を積み込み手荷物だけをもって乗り込む生徒たちを見ながら康太は眉をひそめていた。
これから彼らを自分たちが守らなければいけないのだ。そして同時に、魔術を知るものがいればそれ相応の処置をしなければならない。
その処置が文による記憶操作であれば良いが、それ以外の処置を取らなければいけなくなった場合を考えると気が重かった。
もちろん魔術の隠匿の重要性は理解している。それに何よりそんな仮定をしたところで確実に魔術を隠しておけばいいだけの話だ。
今からそんなことを心配していても仕方がない。自分の仕事はあくまで敵が出てきた際の対処だ。敵が出てきさえしなければそれでいいのである。
「ずいぶん妙な顔してるわね。もっと楽しそうにしなさいよ」
康太がバスの近くで立っているとそこに今回の相棒である文が歩み寄ってくる。
彼女もキャリーバッグを持ちこれから旅行に行くにふさわしい恰好であることがわかる。魔術師だからと言って普段着がそこまで奇抜というわけでもないようだった。
もっとも今日はもとより学校行事で来ているという事もあり全員が制服を着用しているわけだが。
「いやまぁなんていうか・・・気負うってわけじゃないけどさ・・・普段と違うからかな・・・変に緊張してる」
「まぁあんたからすればそうでしょうね。気にすることないとは言わないけど普段通りにしてなさい。傍から見てると腹でも下したのかと思われるわよ?」
そう言う文はいつも通りの表情と声音で康太の背中を軽く叩く。魔術師として普段と違う行動をすればそれだけで悟られかねない。
魔術師は常に周囲の人間に溶け込まなければならないのだ。違和感を与えるような行動や反応をするべきではないのである。
その難しさを康太は十分に自覚していた。知らないふりに近いだろうか。自分は何も知らないただの一般人を装わなければならないのだ。
自分の演技力がそこまで高いとは思っていない康太にはなかなかの難題だった。特に何でもないように振る舞わなければならないのだ。意識しないようにすればするほど魔術師であることを思い出して強張ってしまう。
何でもないように平然としている文はさすが魔術師として過ごしてきた歳月が違うというべきだろうか、全くこの状況でも欠片も動揺していない。まさに自然体というべき様子である。
「普段通りってのが一番難しいんですがそれはどうしたらいいんですかね?なんかアドバイスを頂けるとありがたいっす」
「そうねぇ・・・まぁ一番簡単なのは誰かと話すことね。話すことに意識を向けてればそこまで緊張することもないでしょ」
誰かと話す、確かに対処法としては一番分かりやすくて手っ取り早い方法かもしれない。
幸いにして周囲の生徒たちは浮足立っているのだ、話し相手には困らないだろう。あと数分もすれば青山や島村もやってくると思われる。
魔術師であることを一時的にでも忘れるためには普段の学校生活をするのが一番である。文は長年の経験からそれを学んでいたのだ。
なんというかこういう時に魔術師としての経験の厚さを感じる。これほどまでに頼りになる存在が身近にいてくれることに康太は感謝していた。
逆に魔術師になってしまったことを若干後悔もしていたが。
「ちなみにどのあたりから警戒してればいいんだ?向こうについたらすぐか?」
「そうね、バスで向こうに到着して自由時間になったら一度集まりましょ。それまでは普通に楽しみなさい・・・って言ってもバス移動ばっかりでしょうけど」
一応向こうに到着するのは昼頃、そこから昼食を食べて自由時間になれば夕食頃までは完全に自由になる。
そこからどのような行動をするかは康太たちにかかっているという事でもあるが文は魔術師としていくつかやっておくべきことがあるのだ。
それは同級生たちを守るための結界の作成である。
それは外部からの攻撃の遮断というのもそうだが、内部にいる人間の意識が外部に向かないようにするためのものでもある。
それがあるかないかで魔術の隠匿ができるかどうかが決まってくると言ってもいい。康太にはできない作業なだけに任せてしまう事は心苦しかったがそれでも手伝えることは何でもするつもりだった。
「なんか手伝えることがあったら言ってくれな。可能な限り手伝うから」
「わかってるわ。しっかりこき使ってあげるからそのつもりでいなさい。それまではのんびりしてていいから。特にバスの中ではね」
「了解。とりあえずバスの中でコアラのマーチでも食ってるわ」
「・・・コアラのマーチって・・・まぁなんでもいいけど」
バスでの移動に際して康太はしっかりと菓子類の類を買い込んでいた。手荷物の中にはしっかりと菓子類が詰め込まれ三時間強のバスでの移動を退屈しないように準備は万端だった。
その菓子類が必要かどうかはさておき、どこかに遠出するならコアラのマーチは欠かせないというのが康太の持論だった。異論は誰であろうと認めないというある種の臨戦態勢を整える程である。
評価者人数が80人突破したので二回分投稿
コアラのマーチは絶対必要、これは譲れない
商品名だけど大丈夫だよね・・・?
これからもお楽しみいただければ幸いです