彼のほれた理由
「そうだね、そろそろクラリスで遊ぶのはやめて本題に入ろうか。まぁぶっちゃけクラリス関係なんだけどさ」
「・・・とっとと言え。そしてさっさと帰れ」
どれだけこの人が嫌いなのだろうかと康太は辟易してしまうが、先ほどのやり取りを見ても小百合の攻撃を易々と魔術によって防いで見せるあたり彼の魔術の練度はかなり高そうだった。
特に防御に関しての腕は一品といってもいいほどである。まだまだ拙い防御しかできない康太からは見習いたくなるほどの魔術のキレだ。
「君、最近魔術師として何か活動した?何か破壊活動にいそしんだとかそういうことでもいいんだけれど」
「・・・最近はあまり表に立って行動はしていない。こいつら不出来な弟子たちの指導で手一杯だからな」
小百合は確かに最近魔術師としてはあまり行動していない。弟子である真理、康太、神加の三人の指導をメインの活動としており、それ以外に魔術師らしい行動はほとんどとっていないといってもいい。
時折材料や商品の仕入れや売買を行っていることもあるが、それもほとんど康太たちを仲介したりして表に立つことはあまりない。
最近でいうと神加の関係で支部に顔を出し、ついでに支部内で大暴れしたくらいだろうか。だがそれももう去年の話である。最近とはいいがたい。
「もう一つ確認、一般人に手を出したりはしていないよね?通り魔的な感じで適当に倒していったりとか」
「私がそんな適当なことをすると思うか?理由がない限り一般人に手を出すような面倒なことはしない」
つまり理由があれば小百合は当たり前のように一般人に手を出すのだ。かつての自分のようにと康太は小百合に殺されかけた、魔術との初めての遭遇の時のことを思い出す。
せめてもの情けで小百合が事故死に見せかけようとしたその配慮を、康太は運よく、いや運悪くことごとく水泡に帰した。
その結果、康太は小百合に見込まれ、魔術師としての生涯を歩み始めたのだ。それが良いことなのか悪いことなのか、今でも判断できずにいる。
とはいえ、小百合に対してこの類の質問をするということは何かがあるのだ。少なくとも小百合に関する何かが。
「そんなことを聞くってことは・・・師匠は濡れ衣でも着せられてるんですか?それっぽい噂でもあるとか?」
「噂・・・というのは正確ではないね。君を嗅ぎまわってると思わしき人間がいるんだよ。魔術師ではないように見えるんだが・・・どうにも不思議なやつでね」
「・・・嗅ぎまわっている・・・とは?」
「そいつの言葉を借りるなら・・・『ひび割れた仮面をつけた女』を探しているとのことだよ。日本支部でひび割れた仮面をつけた女といえば君以外にいないだろう?」
ひび割れた仮面。それは小百合がつけている魔術師としての仮面のことだ。
何かがひび割れているというわけではなく、ただの真っ白な仮面に大きくわかるような形で亀裂の入ったデザインが施された仮面。それこそがデブリス・クラリスの証ともいえる仮面なのだ。
日本支部でそのような仮面を身に着けているのは小百合だけだ。他にそういった仮面をつけている女魔術師など見かけたことがない。
「そのセリフだと・・・探しているのは間違いなく私だろうな・・・だが仮面などつけかえればいくらでも成り済ますことくらいできるだろう。私を探させようとしているだけではないのか?」
「僕もそう思うけどね。一応君に伝えておこうと思ったんだよ。君を探している魔術師崩れがいるってことをね」
魔術師崩れ。アマネの言った言葉が康太は妙に気になった。先ほども魔術師ではないように見えるといっていた。
だが魔術師に干渉し、魔術師を探そうとしている。しかも魔術のことそのものを知っているのであれば一般人ではない。
となれば精霊術師だろうかと思ったが、それならば魔術師崩れなどという言葉を使わずに精霊術師というはずだ。
妙な言葉の違いに康太は疑問符を飛ばしてしまう。
「・・・私を探す・・・か・・・そいつの特徴は?」
「僕も聞いた話だから正確には言えないけれど・・・身長は百七十後半で細身・・無精ひげが特徴だそうだ・・・少し髪に癖があるらしい。それくらいかな?」
「・・・男であれば別に特徴ともいえないようなものばかりだな・・・もう少しまともな特徴はないのか?」
「無茶言わないでくれよ。というか、そいつの処遇をどうするか協会の方でも意見が割れているよ。クラリスを探してるってことで放置するべきか、クラリスを探しているからこそ確保するべきか・・・」
協会の中でも小百合の立場は微妙だ。明らかに厄介ごと扱いされているために本人も知らないところで話が進行することはしばしばである。
支部長などは比較的小百合に対しても好意的ではあるが、やはり小百合のことを厄介な存在だと思っていることに変わりはない。
そう考えると今回の件をどのように判断するべきか、支部長としても悩ましいところなのだろう。
小百合に関わろうとしているものを放置するか、それとも意図的に干渉するべきか。立場のある人間だとこういった判断一つをとっても面倒になるらしい。
「さっき言ってた魔術師崩れっていうのは?精霊術師とかそういうことじゃないんですか?」
康太は先ほどから魔術師崩れという言葉が気になりアマネに質問してみた。康太の考えているような存在が適切かどうかもわからない。少なくとも精霊術師ではないことは確実なのだろうが、どう判断したものか。
「僕も聞いただけなんだけどね・・・なんでも魔術師としての素質は持っているようなんだけれど、魔術を使ったことがないらしい」
「・・・それって魔術師って言えないんじゃ・・・」
「うん、でも魔術師としての視覚は有しているようなんだよ。だから魔術師崩れ。魔術は使っていないのに魔術師としての素養はある。しかも意図的に使ったことがないだけで、とっさの状況でそれに近しい術は発動したらしい」
説明が微妙に下手なせいで康太は理解が遅れてしまったが、要するに魔術師としての素質と視覚を有し、自ら制御して魔術を発動することはできないがとっさの状況、感情などの変化によって魔術を発動することができる。
なるほど確かに魔術師とは言えず精霊術師とも言えない。魔術師崩れと呼ばれるのも納得の状態だ。
「でもそういう人なら訓練すれば魔術師にはなれそうですよね。ていうかなんでそんな人が師匠を探すんです?師匠なんか心当たりありますか?」
「・・・ないな。人の恨みを買うことはたくさんやっているが、探されるようなことはしたことがない」
「・・・そういえばそうですね・・・師匠がここにいるってことくらい結構な人間が知ってますし・・・そういった調べ方もできない人なのかな・・・?」
「少なくとも協会にも顔を出したことはないみたいだね。草の根で聞きまわっているようだよ?クラリスに関わりたい人があんまりいないから苦労しているみたいだけど」
アマネの言葉になるほどなと康太は納得してしまう。小百合の、デブリス・クラリスの居所はおそらく調べようと思えば調べることはできるだろう。
それなりにきちんとした筋に確認すれば小百合がこの店を営んでいるということは簡単に判明する。
そういうことができないという点と、小百合のことを聞かれて素直に答えるような人間がほとんどいないという点が小百合を探していてもなかなかたどり着けていない理由なのかもわからない。
確かにどこにいるか、何をしているかなど聞かれても小百合と関わりたくない魔術師など大勢いる。
親切に教えるようなことがあったら小百合に何をされるかわからないのだ。こういうところで小百合の敵の多さと面倒くささが役に立つのである。
もっともこれが役に立っているのかと聞かれると微妙なところなのだが。
「でも探して一体何をするつもりなんでしょうね?渡すものとかがあるって感じじゃなさそうですし」
「十中八九仕返しか仇討のどちらかだろうな。私を探す人間がそれ以外の目的を持っていることが稀だ」
「・・・商品の購入とかかもしれませんよ?」
「それなら普通に店に来る。あるいは協会に向かうだろう。それができないとしても私を探す理由にはならん。私は仮面をつけた状態で商売はあまりしないからな」
「・・・それもそうですね・・・」
小百合の商売はあくまで物品の売買。しかも最近はそのやり取りを弟子二人に任せている節がある。
『ひび割れた仮面をつけた女』というキーワードで探すには少々遠回りしすぎているように思うのだ。
「とにかくそういうことさ、僕の用件はそれだけ。確かに伝えたよクラリス」
「・・・さっさと帰れ。そして二度と来るな」
「つれないなぁ・・・でもそこがいいんだけどね」
アマネの言葉に小百合は鳥肌が立っているようだった。本当に嫌いなんだなと康太は思いながらアマネの近くによって聞かずにはいられなかったことを口に出す。
「あの・・・師匠のどこが気に入ったんですか・・・?だいぶ失礼ですけど女性として好きになる要素ほぼゼロですよこの人」
「本当にだいぶ失礼だなお前は。師匠をフォローする気ゼロか」
ないですよそんなものと康太が吐き捨てるように言う中、アマネは何やら悩んでいるようだった。
自分がなぜ小百合に猛烈なアプローチをしているのか、その理由を思い出しているのだろう。
「うーん・・・初めて会った時にね、ビビッ!と来たんだ。なんていうか、すごい衝撃だったな。雷にうたれたみたいっていうのはあぁいうのを言うんだろうね」
「・・・つまりひとめぼれ?」
「外見だけじゃなくてね、この攻撃的で歯に衣着せないものいいとか、態度とか目つきとか、そういうのが全部好きになっちゃったんだよ。毎回こんな感じでつれない態度取られてるんだけどね」
これもまたいいんだといいながらアマネは笑っている。小百合は心底アマネのことが嫌いなのかいつの間にか力強く握りこぶしを作りながらいつでも殴れるように構えてしまっている。
これ以上このまま話させるのは危険だと判断して康太は早々にアマネにはお引き取り願うことにした。
いろいろと面白いことも聞けたが、さすがに小百合の機嫌も限界だ。話はまた今度聞くことにしようと康太はアマネの背中を押して店の外まで押し出していった。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです