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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十八話「張り付いた素顔と仮面の表情」
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これからの将来

一月末、冬休みもすでに終わり、康太たちはすでに高校に通い勉学に励んでいた。


とはいえ、年末という短い期間ではあるが休みを満喫した彼らにとって正月気分が抜けなかったのも事実である。


寒さのせいで部活にも身が入らず、朝起きるのが億劫になっている生徒がほとんどだったのは言うまでもない。


そんな中、康太も当然のように寒さと正月気分によってありとあらゆるもののやる気がそがれてしまっていた。


日常的にやっていることはすでに習慣になっているからよいのだが、どうにもやる気が起きない。


五月病ならぬ一月病というべきか。それとも正月ボケというべきか、どちらにせよあまり良いものではないのは間違いない。


放課後の部活でも、走ってはいるのだがどうにも力が入っていない。惰性で走っているような感覚である。


これだけの寒さでも汗は掻いているのだが、ほとんど疲れていない。疲れないような速度で走っているのが原因といえるだろう。


特に何を考えるでもなく、悩むわけでもなく、康太はただただ走っていた。周りから見てどのように映ったかはわからないが、康太にとっては今の最大限の速度がこれなのだ。


体が心の影響を受けているといえばいいか、それでも走ることをやめないのは康太らしいというべきだろうか。


どちらにせよあまり良い状態ではないのは間違いない。


康太が部活動で汗を流している中、文は何も考えていない康太とは対照的に非常に悩ましい難題を抱えていた。


一月ももうすぐ終わる。二月が始まってしまえばその日はあっという間にやってくるだろう。


そう、バレンタインデーである。


食品会社の陰謀だとか、某宗教の神父だか誰かが何かをした日だとかそういうことはどうでもいい。

今回のイベントは文にとって非常に大きな意味を持っていた。


クリスマスは二人きりで過ごせなかったし、ロマンチックなこともとくにはなかった。その分年末に楽しめたからよしとするが、このバレンタインではもっと積極的に行動してもいいように思えたのだ。


特に文が康太にチョコを渡す理由なんて山ほどある。義理チョコでもいいし友チョコでもいいし、普段世話になっているからという意味でもいいし本命という意味でもいい。


ありとあらゆる意味を込めてチョコを渡していいのだ。これは康太との距離をさらに詰めるいい機会と思うべきである。


だが当然文の理性が邪魔をする。


『これは義理である』と言い聞かせるように、文の中で何かが呪文のごとく延々と反芻されていく。


それがどのような意味を持っているかわからないほど文も鈍感ではない。文はもう認めているのだ。欲しいのは周りへの言い訳に近い。


自分は康太が好きではないけれど、普段世話になっているからその礼をしているだけだという一種の免罪符がほしいのだ。


無論その免罪符にどれだけの価値があるのかはわからないが。


とにもかくにも、来る二月半ばの恋人の祭典を逃す手はない。これを機に告白するかどうかはさておいて、文にとっては大きなチャンスになるのは間違いないのだ。


康太との距離を縮められるいい機会でもあり、康太にも自分の存在を意識させられるありがたい日だ。


もしかしたら自分だけの片思いだけではなく、両想いになれるかもしれない。そんなことを考えると文は自然と顔が赤くなる。


そしてそんな自分の状態を理解して必死に首を横に振るうが、両想いになり、恋人同士になった後のことを想像すると文の口は自然と形を変えていた。


勝手に作り出される笑みに、文は何とか平静を保とうとしているが、あり得るかもしれない望んだ未来を考えるとどうしても表情筋が勝手に動いてしまうのである。


そしてそんなことを考えて部活などできるはずもなかった。以前調子を崩し、少しまともになって練習できるかとも思われたが、結局バレンタインが近づくにつれてどんどんと調子を落としていく。


また以前のような集中できない状態に移行してしまったのである。


以前のように何もかも手につかないというわけではない。ここぞというときは十分集中できるし、テニスの試合もある程度はこなせる。


だが不意に集中を乱すとその状態が長くなる。精神的に乱れているというよりは考え事が増えるというのが正解かもしれない。


当然周りの部員や教員たちは心配しているが、以前より症状は軽いことからちょっとしたことで悩んでいる程度にしか思っていなかった。


今回はケガが原因ではなくただの精神的なものが原因だ。あとは本人がどうにかするしかないとある種見守る体制が出来上がっているのである。


前回ケガをしてこういった状態を作り出したのは不幸中の幸いというべきだろうか、だがこんな様子をアリスに見られたらどう思われるだろうかと思いながらも、文はふと思い出すことがある。


バレンタイン、それは聖バレンタインという聖人のまつわる話だ。


もしかしたらアリスは本人にあったことがあるかもしれないなと思ってしまった。


今度会ったら聞いてみようと思いながら、文は自分の方に飛んでくるボールがその体に直撃するまで何の反応もできずにいた。












「阿呆、あったことがあるわけないだろう。前にも言ったが有名人だからといって会えるというわけではないぞ。というか私はまだそのころ生まれておらん」


「・・・え?生まれてないの?」


有名な外国人がいたような時代ならばたいていアリスは経験済みだと思ったのだが、どうやらいかにアリスでも三世紀頃にはまだ生まれてすらいなかったらしい。


妙なところで人間らしさを垣間見てしまった文は複雑な気分になってしまう。もっとも数百年生きている時点で人間らしさなどあまりないのだが。


「お前私をいったいいくつだと思っておるのだ・・・私が生まれたのは・・・えっと・・・いつ頃だったかな・・・?」


「おいおい、自分の生年月日も言えないのかよ・・・さすがに数百年レベルで長生きなんてするもんじゃないな」


「そういうな、私が生まれたころは年号など気にしなかったのだ。それに興味もなかったからの・・・」


アリスが一体どれほどの時代に生まれ、どのような時間を過ごしてきたのかはわからないが生まれた年さえ覚えていないということはそれなりに昔ということになる。


中世のさらに前くらいだろうかと考えている中、康太はとあることを思いつく。それは根本的であり、なおかつ一般的な疑問だった。


「そういえばさ、アリスの誕生日っていつなんだ?」


「誕生日・・・また妙なことを気にするな・・・なぜだ?」


「なぜって・・・普通気にならないか?いつ生まれたのかはわからなくても何月に生まれたくらいならわかるだろ?」


何月何日。三百六十五日の中での正確な数字はわからずとも、どの季節に生まれたなどはわかっても不思議はない。


一年の内の季節が大いにずれ込むのは地球の北と南で分かれている場所だけだ。アリスが北半球の出身である以上、どの季節に生まれたかである程度の想定は可能である。


「いつ頃・・・いつ頃だったか・・・確か・・・昔聞いたことがあるような・・・誰に聞いたんだったか・・・?」


「誰って・・・そりゃ親じゃないのか?あ、いや。アリスが貴族とかの出身なら執事とかメイドさんとかか?」


「乳母っていうべきかしら?どっちにしろそういう人がいたでしょうに」


康太と文の言葉にアリスは必死に自分の記憶を探り始めていた。


何百年もの時間を過ごしてきたことで、アリスの記憶は昔のものであればあるほど擦れ、劣化してしまっている。


康太たちにとって当たり前のように思い出せる家族の顔、声、姿、そういったものをもうアリスは思い出すことはできなかった。


覚えているのは家の窓から見える景色だ。あの景色は今でも思い出せる。


自分が幼いころ、まだ自分の言葉を満足に話すこともできないほどに幼いころ、世界を白に染めようと降り積もった雪。そしてそれを阻むがごとく、燃えるような夕焼けが世界を照らしていた。


季節ごとに色を変える風景の中でも、あれ以上に美しいものをアリスは見たことがなかった。


赤く輝く大地。そう表現すればいいだろうか。雪の反射によって夕焼けの光がありとあらゆる場所で光り、その色を印象付けた。


だがあの時のアリスは、窓から外がのぞけるほど背が高くなかったはず。そう考えた時、あの時誰かが自分を持ち上げていたのだということを思い出す。


それが母だったのか、それとも父だったのか、それとも別の誰かだったのか、アリスは思い出すことができなかった。


その時の自分は、あまりにも外の景色に夢中すぎた。誰と一緒にいたかなど、アリスはもう覚えていない。


「もう覚えておらんよ・・・私はそういうことを思い出すには長く生き過ぎた・・・それにもう父も母も亡くなっておるだろうしな」


「亡くなっているだろうって・・・そんな他人事みたいに・・・」


「実際他人だ。親兄弟というのはな、人間にとっては最も近い他人なのだ。自身ではない他の人。それならば他人でも間違いはないだろう?思い出せなくても仕方がない・・・」


「・・・それって・・・せめて親兄弟くらいは特別であってほしくないの?そんなの・・・悲しいじゃない」


「・・・悲しい・・・そうか、そうかもしれんな。本来ならばそうなのだろう。肉親が死に、親しい人が死に、新たに誰かと出会い、その者も死んでいく。そういうことを繰り返しすぎたのだよ・・・私は」


多くの出会いがアリスの人生の中にはあった。数えられないほどの出会いや喜びがあった。そして同じ数だけ、死と別れがあった。


最初の頃は、アリスも悲しみ、涙を流していたのだろう。別れたくないと、一緒にいたいと願ったことだろう。


だが何百年を生きるうちにアリスのそういった感情は摩耗していったのだ。本来なら人間が持つべき感情を、アリスは徐々に失っていったのだ。


無論そういった感情がないわけではない。だがそれを実感するにはアリスは経験豊富になりすぎた。


今までの経験と比較してしまう。今までの強烈な人生の中での比較、それは彼女にとって波風など全く立たない凪の状態に等しい。


「二人とも、今から忠告しておく。私のようにはなるなよ?人として生きたいのであれば、私のような存在は一番見習ってはいけない生き物だ」


まるで自分が人間ではないかのような言い方に、康太と文は複雑な表情をしてしまっていた。


目の前の少女の重ねた年月は康太たちのそれをはるかに凌駕する。彼女の言葉が冗談でも過言でもないことは若い康太たちでも十分に理解できた。


「ならそうだな・・・アリスの誕生日は俺と会った日にするか」


覚えていないのであれば誕生日を設定するのは仕方のないことだろうといわんばかりにそう提案した康太に対し、アリスは眉間に手を当てて悩み始める。


「コータと・・・?確か・・・いつだったか・・・?」


「えっと・・・九月だったのは覚えてる。イギリスの町で・・・どこだったっけ・・・いやいつだったっけ・・・?」


アリスだけではなく康太も何月何日に出会ったか覚えていないという体たらくに文はため息をついてしまう。


この記憶力ではいろいろと忘れてしまっていても不思議はない。何と残念な記憶力だろうかと思いながらも文自身、あれが何月何日だったのか正確には思い出せない。


確かイギリスに入った初日だったと記憶しているが、さすがにそれが何日だったのかは思い出せない。


カレンダーなどに予定を記録していればまた違ったのだろうが。生憎そういった習慣がないために思い出すためのきっかけがなかった。


「じゃあ九月九日でいいんじゃない?ぞろ目で覚えやすいわよ?」


「そうだな。じゃあそれで。よかったなアリス、誕生日決まったぞ?」


「・・・誕生日とは決めるようなものではなかったように思うのだが・・・まぁいい、お前たちにそんなことを言っても意味がないか」


よくわかっているじゃないかと康太と文は二人して笑う。二人の笑顔を見てアリスは困ったような、それでいてうれしそうな笑みを返した。


今までアリスの周りにいたものたちは誕生日など気にもしなかった。時折聞いてくるものはいても、誕生日を決めたものなど康太と文だけだ。


それだけアリスの存在が特異であり、自分と比べることもできないような次元の存在だったというのもあるのだが、そのような格の違いに近いようなことを康太と文は微塵も感じていないようだった。


アリスはアリス。何百年生きていようと、何百歳年上だろうと、目の前にいる少女はアリシア・メリノス以外の何物でもない。


だから誕生日も気にするし、それがなければ作ってやりたくもなる。その意味を康太と文は本当の意味で理解はしていなかった。


「ていうかなんでこんな話になったんだっけ?そもそも文が聞いたことがきっかけだろ?」


「ま、まぁそうなんだけど・・・ほら、有名人とかに会ったことがあるかなって思って・・・ほら、アリスって協会の人間じゃない?しかも初期の」


「あー・・・確かに歴史上の人物に会ったかどうかは聞いてみたいよな。それこそ伝説の英雄とかそういうの」


なんとも男の子らしい発想に文とアリスは一瞬視線を合わせて英雄とはどのようなものだろうかと考えてしまう。


英雄という言葉はすぐに理解できるし、それがどのような存在を表しているのかもすぐにわかる。


だが実際個人名を出せと言われるとすぐに浮かんでこなかった。


「英雄って・・・例えば誰よ?」


「そうだな・・・イギリス系でいうならアーサー王とかそういうの?円卓の騎士とかさ、あと有名なのは・・・ジャンヌダルクとか・・・そっちはフランスか」


あぁそういうのかと文とアリスは何やら納得しているようだったが、アリスは渋い顔をしている。


「あのな、何度も言ったと思うが歴史上の人物で有名なものが生きていたとして、基本私は別の国とかにいたぞ。しかもジャンヌが生きていたころなど戦争に巻き込まれたくないから別の国にいたからの」


「あぁそうか・・・なんだっけ?かなりでかい戦争してたんだよな?」


「あぁいう長期にわたっての戦争はいろいろと面倒なのだ。可能な限り巻き込まれないよう協会としても立場をはっきりさせる必要があったからの・・・組織間の取り決めというか面倒なところよ」


「・・・その時代にはもう魔術協会はあったのね・・・そういう有名人なら・・・いや私たちが言うんじゃなくてアリスの方から出してもらいましょ?なんか有名人であったことある人いないの?一人くらいいるでしょう?」


「有名人・・・か・・・あぁ、日本で有名かどうかは知らんがジャンなら会ったことがあるぞ」


「・・・ジャン・・・?」


「あー・・・えっと・・・フルネームは・・・ジャン・アンリ・ファーブルだったか?特徴的な奴だったからよく覚えている」


「ファーブルって・・・あのファーブル?昆虫研究の?」


「おぉ知っておったか。割と有名なのかの?何をしたというわけでもないがあって少し話をしたことがある。あいつの虫の話は面白かったな」


「・・・有名人なのか?」


「あんた本くらい読みなさいよ・・・ファーブル昆虫記とかで有名じゃない。昆虫学者っていったほうがいいのかしら?」


ファーブル昆虫記などで有名なジャン・アンリ・ファーブル。千八百年代に生きたフランスの博物学者である。


日本でも彼のことを記した昆虫記などは書籍で多く取り上げられている。図書館などに行けば置いてあることが多いそれだけ有名な本である。


「へぇ・・・すごいんだな。そんな人と知り合いなのか」


「知り合いというほどのものでもない。本当に少し話しただけだ。変人であったことだけは覚えている。良くも悪くも天才とは変な奴が多いのだよ」


その言葉にあぁなるほどと康太と文は納得しながらアリスの方を見てしまう。その言葉を体現しているような存在が目の前にいるのだ。否定することなどできはしなかった。


「ていうかさっきのであんたの教養のなさが発覚したわね・・・有名な小説くらい読まないの?」


「お恥ずかしい。漫画ならたくさん読むんだけどな・・・」


ファーブル昆虫記も知らなかった康太の知識レベルに文は若干引いているが、人の趣味嗜好はそれぞれだ。小説のタイトルを知らなかったからといって軽蔑するのは多少早計というものである。


だがさすがにファーブル昆虫記くらいの有名な本は知っておいていいのではないかとも思ってしまう。


そして、どんな本なら康太が知っているのだろうか、そして読んでいるのだろうかと文はふと気になった。


「ちなみにあんた小説は読んだことあるわけ?」


「それはバカにしすぎだ。俺だって小説の一つや二つは読んだことあるぞ」


「ちなみにラノベは無しの方向よ?それでもあるわけ?」


「もちろんだ。っていうかラノベは読んだことない。読んだことがあるのはそうだな・・・ハリーポッターシリーズとか・・・あとは・・・えっと・・・シャーロックホームズとか?」


「あぁそういうのは読んだことあるのね。他には?」


他にはと聞かれ康太は自分の記憶の中を探り始める。今まで康太が読んだことのある小説はあまり多くない。


康太が言ったように漫画はたくさん読んできたが、康太が購入してまで読みたいと思った小説があまりないのだ。


小説を知る機会そのものも少なく、有名な著者が書いた作品といわれてもピンとこない。漫画の小説版などは時折目にするが、あれも漫画の延長線上ということもあって純粋な小説とはいいがたい。


そうなると康太が読んだことのある小説はおそらくシリーズ物を除き片手で数えられる程度の量になるだろう。


「あぁそうだ。あと指輪物語読んだぞ。小説はそのくらいかな」


「なら今度あんたでも読めそうな本渡しておくわ。さすがにそこまで本を読んだことがないのはちょっと教養に関わるわよ?」


「小説くらいで大げさな・・・物語を見るっていう意味では漫画も小説も変わりないだろ?どっちにしろ物語なんだから」


そう言われると文は何も言えなくなってしまうが、小説を読むことによる利点も確かにあるのだ。


小説と漫画の違いは偏に『絵があるか否か』である。漫画はその場面場面を描写してあるために想像する必要はなく、とにかく読み込むことで理解を深められる。


だが小説は基本的に絵はない。挿絵や図解などを入れている本もあるが、基本的には文章だけで説明することが多くなる。


そのため読者は想像力を働かせることになる。そこにある文章を自分の脳内で映像に変えたり、実際に音を流してみたりと本の中にある世界を自分の中に、自分なりに投影する作業が始まる。


その過程で知らない言葉を調べたり、どのような意味があるのかを理解したりすることで知識と想像力が身につく。


漫画と小説の違いはその程度のものだ。そう考えると物語を読むという根本的な意味よりも、付随してくるものに対しての付加価値が大きいというべきだろうか。


「アリスは?小説とか読んだことあるでしょ?ていうかかなり読んでるでしょ?こいつによさそうな小説紹介してよ」


「なぜ私がそんなに小説を読んでいるという前提で話が進むのだ?読んでいないかもしれないではないか」


「あり得ないわね。娯楽という娯楽を探し求めたなら小説はまず取り組むことでしょ?何せ昔からあるんだから」


映像作品などと比べ、文章によって構成される小説などの作品はかなり昔から存在している。


それこそ文字と物語という概念があったころからすでに存在する人間の文化の形の一つ。それをアリスが楽しんでいないはずがない。


「まぁそうだの・・・日本語にも訳されているものがあるだろうからそれを見繕っておいてやろう・・・といってもこいつが読むかどうかは知らんぞ?小説を読まずに漫画を読むかもしれんしの」


「そこはもう仕方ないわよ。いい康太、あんたが小説を読めばきっと神加ちゃんも小説を読むわ。あの子の教育のためにも小説を読みなさい」


「なんて暴論だよ。ていうかもはや俺のためですらなくなってるんですがどういうことなんですかね?」


「細かいこと気にしないの。強くなるのもいいけど、他にも大事なことがあるってことを理解しなさい。魔術を覚えるだけじゃ魔術師として立派になれても一般人としては立派になれないわよ」


魔術師として立派になれたとしても。その文の言葉に康太は少しだけ驚き、同時に感心していた。


魔術師として強くなる、多くの魔術を会得して立派になる。ありとあらゆる場面で活躍できるようになる。


それは魔術師にとっては大切なことだ。自らの実力を高めていくという意味では必要不可欠なことだ。


だがそれはあくまで魔術師としての力量と価値観だ。康太たちが生きているのは魔術師が当たり前にいる社会ではあるが、魔術師の存在は公には認められていない。だからこそただの人間としての価値も模索し、勝ち取っていかなければいけないのだ。


一般人として立派に。文の言葉に康太は少しだけ思うところがあった。


「なぁ文。お前将来の夢ってあるか?」


「何よ藪から棒に・・・進路相談か何か?」


「いや・・・なんていうかさ・・・一般人としての将来と魔術師としての将来。ぶっちゃけ俺なにも浮かんでないんだよ。何になりたいとかもないし、何がしたいとかもないし・・・ちょっといろいろ不安になってな・・・」


康太の言っていることは文も理解できないわけではない。康太が感じている不安はおそらく大多数の若者が感じたことがあるものだ。


多くの選択肢がありすぎるせいで何を選んだらいいのかわからず、何をしていいのかわからず、自分が何をしたいのかもわからない。


康太の場合、一般人としての将来の職業だけではなく魔術師としての将来もある分いろいろと思うところがあるのだろう。


「そうね・・・将来なりたいもの・・・っていうかやってみたいことは一応あるわ」


「具体的には?」


「いくつかあるけど・・・そのうちの一つは客室乗務員かな、もうちょっと身長がほしいけど・・・飛行機に乗っていろんなところに行きたいなって」


「おぉ・・・似合いそうだな・・・魔術師的には?」


「魔術師的には・・・そうね・・・将来的には術式の開発をメインにしていきたいかなって思うの。特に電気関係かな・・・魔術だけで電化製品を動かせるようにするとか、あとは方陣術との併用も考えてるわね・・・それであんたは?本当に何もないの?」


何もない。そういわれるとどうなのだろうかと康太は自分自身の目的や願望を思い浮かべてみた。


目的などないに等しいが、ひとまずは一人前になることと、誰にも負けないような実力をつけること。それが一つの目標だ。


そして願望といわれると康太は困ってしまう。実際願いなどほとんどない。あえて言うのであれば平穏に暮らし、生活していければいいと思っているくらいだろうか。


大きな問題に巻き込まれるようなこともなく、日々平穏に、苦しみも悲しみもなく生きていけたのならどれだけいいだろうか。


だがそれはあくまで平穏な生活を願うだけで、何をしたいかという問いの答えにはならない。


自分が何をしたいか、何になりたいか。そう考えてもいつまでたっても答えは出てこなかった。


「なんかこう、穏やかに暮らしていければいいなってことくらいしか思い浮かばないな・・・毎日が結構危ないことやってるからそう思うのかな?」


「ふぅん・・・じゃあ徹底的に危険から逃げるような職業・・・って言われても思い浮かばないわね・・・というかあんたの現状を考えるとほぼ不可能かも」


「そうなんだよ。だから現実的じゃないっていうか・・・」


「そもそもあんたの言う平穏って何なの?こうして誰かとしゃべっていられるような程度なのか、それとも本当に争いも何もないことなのか」


文の問いに康太は自分が考えていた平穏というものがどのようなものなのか改めて考え始めていた。


こうして文たちと一緒に、何でもない会話を続けることが自分にとっての平穏か、それとももっと別の何かか。


少なくとも命を賭けなければいけないようなことでは決してない。そう考えると今のこの状態も平穏だといえるかもしれないが、康太が考えている平穏はもっと具体的なビジョンがあった。


「なんかこう・・・縁側とかでお茶をすすってるイメージなんだよ。ゆっくり何も考えないで日向ぼっこしながらさ」


「あんたそれはさすがに・・・隠居後の生活じゃない。将来の夢にしては先を見過ぎよ。職業考えるより先に定年しちゃってるわ」


「仕方ないだろ、平穏って言ったらそういうイメージなんだから」


康太の考える平穏は、絵にかいたような平和な風景だ。子供が普通に遊べて、大人はそれをほほえましそうに眺め、大きな事故も事件もなく、そんな毎日がいつまでも続くような、そんな風景。


高校生が求めるには少々達観しすぎているかもしれない。だが康太は今まで少々、いやかなり特殊な経験を積んできている。


文もその一端を少しとはいえ理解している。だから康太がそのようなことを考えてしまう理由もある程度見当がついていた。


平穏に過ごせなかったものたちの悔恨を、康太は背負っているように見えた。


デビットが殺めた二万人以上の人々。そしてウィルの中にいる数十人の人々。


人として満足に生きることができず、魔術という技術によって命を奪われた、ただ運が悪いだけの人々。

そんな人々が過ごせなかった平穏を望む心が康太の中のどこかにあるのだろう。


だからこそ何をしたいかという条件の中に平穏を望む気持ちが強いのかもしれない。それが康太の本心なのかもわからないが、影響が全くないとも言えなかった。


「そうね・・・将来そうなりたいなら、まず普通に就職しなさい。そんで普通に稼いで、結婚して子供を作って、しっかり育てて・・・定年まで働いて・・・・それから好きにしたらいいんじゃないかしら?」


「やっぱそうなるよな・・・てことは公務員とかサラリーマンとかが鉄板なのかもしれないな・・・なんか普通だな・・・」


自分ができることでどれだけのことができるかはわからない。職業を思い浮かべても、その程度しか浮かばないのが康太は少しだけ情けなく感じていた。



「でもさ、普通に生きてたっていいことも悪いこともたくさんあるものだと思うわよ?幸せもそうだけど、苦しいことだってある。平穏っていうのがどのレベルかはわからないけど、普通っていうのは案外一番大変なことかもしれないわよ?」


普通というのが一番大変だという、矛盾しているのではないかと思えるような文のセリフに康太は疑問符を浮かべてしまっていた。


普通とはつまり、大多数から見て平均的であるということでもある。特筆することがなく平凡であるということ。


だがそれはつまり言葉を返せばある程度の技術をある程度すべて入手しているということでもあるのだ。


「・・・そういうもんかな・・・?」


「もちろん特殊な場合でも同じくらい大変かもしれないけどね。あんたの場合、もともとは普通だったわけだから・・・ちょっと特殊かもしれないけど」


文のように生まれた時から魔術師の子供として育った『特殊な人間』とは違い、康太はもともと一般家庭に生まれた普通の人間『だった』。


子供のころから魔術師として教育され、子供のころから魔術師だった文は、ある意味生まれた時から普通とはかけ離れた人生を約束されたようなものだった。


それに対して子供のころから普通に育ち、普通の両親に育てられ普通の生活を送ってきた康太は普通にも異常にもなることができた。


そして康太は、幸か不幸か、普通とはかけ離れた魔術の道へと進むことになった。なってしまった。


中学卒業間近まで、康太は普通だった。もうすぐ一年たとうとしているが、それこそその程度の時間しか、康太は異常ではないのだ。


異常な生活、異常な力、異常な立場、そういったものと関わって、もうすぐ一年。たった一年。


十六年の内の一年だけ異常だっただけならば、今からでもまだ普通の世界に戻れるのではないかと思えてしまう。


だが康太にそれは許されなかった。他ならぬ康太が許さなかった。もう康太は引き返せない場所まで来てしまったのだ。


あの夏の日に、黒い瘴気に侵されてから、康太はもうすでに普通ではいられないと悟ってしまっている。

それが良いことなのかどうかと聞かれれば、正直悪いことかもしれない。


あの時、あの声を聞いて、あの苦しさを体感して、それを思い出すたびに康太はもう普通でいるのは無理だと実感するのだ。


あんな声を上げる原因を作ったものがいる。その存在をその身に宿し、まだほかにも同じような目にあおうとしている人々がいる。


誰かを助けたいなどと思ったことはない。だが目の前で同じようなことが起こったとき、果たして康太はそれを見過ごすことができるだろうか。


きっと無理だ。きっと康太はそれを阻むべく行動する。


そうするためにも、その行いを阻むためにも、康太はこれからも異常の道を歩み続けなければならない。

一人前の魔術師にならなければならない。


平穏を望んでおきながら、自らその平穏から離れた場所に行こうとしている。自分の中にある矛盾を感じながら、これから先の将来のことを考えると複雑な気分だった。


「あんたはまだ戻れるわよ?戻ろうと思えばの話だけど」


まるで考えていることを読んだかのように的確なタイミングで放たれた文の言葉に康太は目を丸くする。


「あんたのことだからもう戻れないなんて考えてたのかもしれないけど、あんたは全然まだ戻れるわよ。その気になればね」


「・・・戻れるかよ、今更」


「今更?たった一年も魔術師やってないやつのセリフとは思えないわね。キャリアゼロ年でもう魔術師気取り?何百年も魔術師やってるアリスさんからひと言どうぞ?」


「ふふん、ひよこどころかようやく卵にひびが入ったレベルの分際でよく言った。お前が思っているほど魔術の道は短くないぞ?果てしなく、どこまでも続いているものだ。コータはまだその入り口から数歩足を延ばしたにすぎん」


少々特殊な道に入ったことは否定しないがなとアリスはつぶやき笑いながら康太の方を見つめて小さく息をつく。


魔術師歴何百年のアリスは堂々と胸を張ってそう告げる。さすがにアリスの言葉は重みが違う。


長い道のりをほんの少し歩きだしただけ。魔術師として康太は確かに特殊な部類になるかもしれない。だがそれでもまだ始まりに過ぎないのだ。


その始まりを少し経験しただけでもう戻れないと達観するには少々早すぎるように文は思えたのである。


無論、康太が体感したことを考えればそう思ってしまうのも無理はない。二万に近い人間の死を体感した康太は少々、いやかなり特殊な部類に属するだろう。


だがだからといって引き返せないということはないのだ。その気になればいつでも、いくらでも戻ることはできる。


魔術師であるということをなかったことにすることはできないとはいえ、その活動を停止すればいつでも魔術師ではなくただの一般人としての生活ができるだろう。


「魔術なんてのは結局自己鍛錬みたいなものなんだから。やりたいときにやりたいことをやるのが一番なのよ。あんたは今それが欠けてるの。魔術師として本来あるべきものがないのよ」


やりたいことをやりたいようにやる。覚えたい魔術を覚える。使いたい魔術を練習する。


単純だが魔術師の行動原理はそのようなものだ。康太のようになし崩しで魔術師になる方が珍しいのである。


「やりたいこと・・・か・・・」


「やりたいことっていうとあんたはちょっと想像できないかもしれないわね・・・なんかいいたとえは・・・」


「ならばどんな魔術師になりたいのか考えてみるのはどうかの?一人前以外で、こう、漠然としたイメージでもあれば近づけることは難しくあるまい」


漠然としたイメージ。どのような魔術師になりたいかという抽象的でもいいから目標があればそれに近づくために努力することができる。


おそらくそのイメージは誰かを基にしたものになるだろうがそれはそれで仕方がない。何かを目標にすることでそこに近づくための努力をより明確化できるのは大いなる利点である。


「そうだな・・・幸彦さんなんかはいい見本だよな。強いし人脈も広いし。奏さんは魔術師よりも一般人としての生活忙しそうだからあんまり見れないけど、それでもすごい強いし・・・」


「ふむ・・・一応聞いておくがサユリは見本にしなくても良いのか?一応あれがお前の師匠だろうに」


「師匠は見本にしちゃいけない筆頭だろ。一般人としても魔術師としても反面教師にしかならないぞあの人は」


相変わらず師匠に向かってなんてことを言うのだろうかと文とアリスは複雑そうな表情をするが、これが康太たちの師弟関係だ。もはや慣れてしまったがここまではっきり言う弟子も珍しい。


きっと真理も同じことを言うのだろうなと二人が思っていると、康太が不意に文の方を見て首をかしげる。


「そういう文はどうなんだよ。どんな魔術師になりたいっていうのはあるのか?魔術師としてやりたいこととは別にして」


「私?私は・・・そうねぇ・・・方陣術も高いレベルで使えて、魔術も一流、どんな状況も潜り抜けられる・・・そう考えると私の目標はアリスが一番近いかしら・・・こんな風にはなりたいと思わないけど」


「本人を前にしてよく言ったものだ・・・なぜ私のようになりたくないのだ?技術はいいとして私のどんなところは嫌なのだ?」


「・・・自分の胸に手を当てて考えてみなさいよ」


アリスは文に言われた通り自分の胸に手を当てて考えてみるがさっぱりわからないようだった。


具体的な悪いところを思い浮かべようとするのだが、生憎アリスは自分のことを心底気に入っているためにそれがなりたくないというものには当てはまらないと考えているのである。


「はぁ・・・あんたの場合技術は一流なのに性格とかが残念じゃない?気まぐれっていうかなんて言うか・・・私はあんたの技術を得た状態で私として完成したいのよ」


「また異なことを言う・・・フミの師匠はハルナであろうに・・・技術だけを盗んだところで私のようにはなろうとしてもなれん。というか私の技術を盗むなど百年早いわ。出直してくるがよい小娘」


普通の人間が百年早いなどといっても何の重みもなく、適当に言っているだけだろうなと思うかもしれないがアリスが言うとまたその重みが変わってくる。


実際に百年くらい修業しなければ会得できないのではないかと思えるほどの技術をアリスは持っているのだ。


そう思えてしまうのも無理はないかもしれない。


「ちなみにアリスは俺らの歳の頃何してたんだ?」


「何といわれてもな・・・毎日忙しく過ごしておったぞ?いろいろとやることがあったからの・・・主に魔術の事ばかりだったように思えるが・・・もうほとんど覚えておらん」


忙しかったことだけは覚えておるとアリスは自分の記憶を探ろうとしているが何せ数百年も昔の話だ。覚えていろというのが無理な話だろう。


「とにかく、そういうこと。あとはどういう風に努力するかよ。なりたい自分を設定して、そのあとで自分のやりたいことをやればいいわ。将来の事なんてそういう風に決めていくしかないじゃないの」


「まぁ・・・そうかもな」


将来という漠然としすぎた時間を延々と気にするよりも、今自分にできることをコツコツとこなしていき、最終的になりたい自分となったときにやりたいことをやっていくのがいいのではないかと文は考えていた。


なりたい自分になるため自分自身を高めていく。そうする過程で自分がやりたいことが見えてくることもある。


「まぁ・・・そうはいってもいきなりっていうのは無理ね・・・私が子供の頃に何年後の自分って感じで少しずつ目標を設定してたからそれをやってみたら?」


「何年後・・・?そんなもんでいいのか?」


「いいのよ。だいたい一年後のことだってよくわからないもんでしょ?あんたの場合は特にね。そういう目標を設定してそれに向けた効率のいい努力をしていくのよ」


スポーツなんかでもよくやるでしょ?と文は言いながら一枚のルーズリーフを取り出す。


そこに半年後、一年後、二年後と一つずつ書いていき、そこに簡単な目標を設定していく。


「あんたの場合は・・・そうね・・・半年後には風と火の属性をもう少し極めて、一年後には暗示系、隠匿系の魔術を覚えましょう。二年後は真理さんと同じくらいの戦闘能力を有しておいて・・・三年後は小百合さんのもとを卒業・・・こんなものかしら?」


「・・・いやいきなりすごいハードル上がったぞ?姉さんですらこれからようやく卒業かもしれないのに俺にたったあと三年で卒業しろと?」


「これはあくまで私が書いたものだからね。あんたが自分で書きなさいよ」


そう言って文は康太にルーズリーフを一枚渡してくる。いったいどれくらい具体的に書けばいいのかと考えながら康太はその紙に向き合っていた。


今までの一年を振り返ったとき、康太は自分の一年間がどれだけ波乱に満ちたものだったかを理解していた。


魔術に出会い、早々に実戦に放り出され、何度か仕事の手伝いをし、封印指定に関わりその身に宿すこととなり、同じく封印指定と同盟を組み、妙な軟体魔術を味方につけることとなった。


普通だった一般人がたった一年でここまで変わるのだ。一年という時間は思っている以上に長く濃密だ。

一般人がここまで一年で変わるのだから、これから更なる一年で自分はどれほど変わるのだろうかと康太は今更ながら不安にもなり楽しみにもなっていた。


「こんなもんかな・・・?」


「どれどれ・・・?ってあんただいぶふざけて書いたわね?部分的にはわりとまじめだけど・・・」


「わかるか?」


「わかるわよ・・・何よこれ、一年に最低一回は封印指定に遭遇するってなってるじゃないの」


康太の書いた年間目標の中にはいろいろとおかしい点があった。


魔術師一年目にして封印指定の関係に二件も巻き込まれているのだから一年に最低一回は巻き込まれても不思議はないように思う。


だがそれでも封印指定に早々関わることがあるとは思えなかった。何よりさらに細かい点がいくつか気になった。


「それにこれ・・・一年でできるとは思えないわね・・・具体的に達成可能な目標書かないと意味ないわよ?」


「やっぱりそうかな?」


「そうよ。来年には小百合さんに肉弾戦で勝つってなってるじゃないの。どれだけ自分の可能性信じてるのよ」


「無理かなぁ・・・まぁ今はまだ無理だけど一回くらいは勝てるんじゃないかと思ってるんだけど・・・」


「あぁ・・・これ一回だけなのね・・・一回でも勝てればいいと」


「大いなる偉業は小さな一歩からだよ。一回でも勝てればいろいろと自信がつくだろ」


康太だって自分の実力を把握できている。小百合の実力はまだまだ康太のはるか上だ。いまだ防戦一方で反撃することも難しい。


それが後一年でどうにかなるとは思えないが、一回くらいなら偶然の力も借りて勝つことができるのではないかと思えたのだ。


「二年目は属性魔術を増やすと・・・それまでに風と火をかなり強くするってことよね?少なくとも十個は覚えるってことでしょ?」


「現段階で風はいくつか、火はあんまりだけど二年だったら十分なんじゃないかと思うわけよ」


康太が現段階で覚えている属性魔術は決して多くはない。風属性の魔術は比較的多めだが、火属性の魔術に関しては今のところ数える程度しか覚えていないのだ。


これから二年かけて二つの属性を多く学び、二年後には新しい属性魔術を覚えたいと考えていた。


「でもあんたの場合他に適性のある属性魔術ってあるわけ?前に調べた時は風と火だけだったわよね?」


「適性がなくても覚えることはできるだろ?使いにくいだろうけども」


「・・・まぁそうね・・・私も火属性の適性はあんまりないけど一応使えるわけだし・・・そのあたりは努力次第かしらね」


魔術における属性の適性というのは扱いやすさというのもあるが、同時に習得のしやすさということでもある。


つまり努力次第では適性のない魔術も覚えることができるのだ。


康太の師匠の小百合も無属性の適性しかないと聞いたことがあるが、彼女はほかの属性の魔術をいくつも習得しているらしい。


特にそれぞれの属性で切り札といえるような魔術を覚えているのだとか。そう考えると康太も同じようにほかの属性を覚えることもできるかもわからない。


「まずは雷とか水の魔術を覚えようと思ってるんだよ」


「なんでその二つをチョイスしたわけ?」


「その二つだったら文から教えてもらえるだろ?それにいろいろやってみたいこととかあるんだよ」


二年後までも康太は文と一緒にいるつもりなのだということがわかり、文は少しだけ嬉しくなるものの、この目標に関しては若干同意できないところもあった。


特に封印指定に関しては関わらないに越したことはない。意図的にかかわろうとしない限りは普通は関わることはないのだ。


「アリス、今協会に登録されてる封印指定ってかなりあるわよね?」


「そうだな。私が最後に確認した時・・・だから・・・五十年前くらいか?その時には七千番台まで登録されていたと思うが」


七千番台。康太がその身に宿しているデビットは封印指定百七十二号だ。かなり前半の番号であるということがわかる。


アリスは二十八号、今後どんどん増えていくのかもわからないが、七千もあればそのうちの一つに遭遇しても何ら不思議はないように思えてしまう。


「だがそのうち八割はすでに封印が完了していると思うぞ?たいていは禁術として保管されていたり、すでに対象が死亡しているということもあるだろう」


「そっか・・・そういうこともあるのね・・・むしろ封印が完了してない指定番号の方が少ないのね」


「そうだの。もっともどれだけ残っているかまではわからん。一度支部長にでも確認してみるといい」


そうねと考えながら、康太が封印指定に関わらないことを願いながら年間の目標を確認し続けていた。


誤字報告と日曜日分を含めて八回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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