新しい一年に向けて
「それでは師匠、失礼します」
「またいらっしゃい。次は弟子三人一緒に来てね」
「・・・それは同意しかねますが、善処しましょう」
奏、幸彦、小百合の三人がそろって智代の家を訪れるということはおそらくあり得ないだろう。
奏や幸彦が小百合をだまして一堂に会さない限り、おそらく小百合が二人を避け続けることになるだろう。
「そういわずにさ、もっと集まろうよ。せっかくの兄弟弟子なんだから」
「そうですね、もう少し女性の扱いに慣れたらいいですよ。あなたの扱いは少々というレベルを超えて失礼すぎます」
「え・・・?なんで・・・?」
元気なうちに三人の立派な姿をそろって見せてやることができれば幸彦としては言うことはないのだろうが、小百合の言っている失礼という言葉の意味を理解できていないようだった。
小百合とて一人の女性だ。どんなに知った仲であっても最低限の分別はわきまえなければならない。
小百合が成長し、少女から一人の女性になっても、幸彦の中の小百合はいつまでも自分たちに甘えてきた、頼ってきた幼いころの小百合のままで止まっているのだ。
今でも思い出せるほどにかわいらしかった小百合の姿を重ね、今でもなお子ども扱いしてしまうのだ。
幸彦が親愛の情をもって接しているそれこそ最大の失礼であるということに彼自身気づいていない。
「それじゃあ幸彦さん、また今度。智代さん、今度は一人前になってお会いできるように頑張ります」
「二人とも元気で。幸彦さん、次は負けませんよ」
「・・・さよなら」
車の中からそれぞれ顔を出し、二人に別れを告げると待ってましたと言わんばかりに車がゆっくりと前進を始める。
そんなにこの場にいたくないのかと康太たちはあきれながらも運転している小百合に抗議の目を向け、その行動に意味がないことを悟ると遠ざかっていく二人に手を振っていた。
数十秒もすると二人の姿は見えなくなっていく。二人が見えなくなると車の中には全員分の小さなため息が響いていた。
「やはり独特の緊張感がありますね。良い人なのは間違いないのですが・・・」
「そのあたりはさすがは師匠のお師匠様ということにしておきましょう。やっぱりまだまだ格が違うということで」
康太と真理はまっすぐに対峙した時の智代の顔をまだ覚えている。穏やかな表情をしていてもなお、こちらを見定めてきたあの表情と瞳。
神加のそれに似ている目に多少気圧されたのも事実。だが同時にそれをはねのけたのも事実だ。
「・・・優しいおばあちゃんだったよ・・・?」
「・・・子供は気楽でいいな・・・いや・・・子供らしくなっていることを喜ばしく思うべきか?」
神加が抱いた優しいおばあちゃんという感想も間違いではない。もしかしたら神加に対しては何の威圧もしていなかったのかもわからない。
智代と対峙した神加は全く気圧されていないようだった。それは神加が持つ瞳と何か関係があるのか。
同種の目を持つ二人が出会った時どうなるか不思議だったが、特に何もなく顔合わせは終了したといえるだろう。
「ともかく、年始のイベントはほぼ終了ですね。もうすぐ今年度も終わりですか・・・早いものですね」
「そうですね。もうすぐ俺高二ですよ。この前高校に入学したと思ったのに・・・」
「・・・というかもうすぐ康太君が魔術師になって一年ですね。何かお祝いをしましょう。せっかくの機会ですから」
二月、それは康太が魔術師になった記念すべき日がある月である。
それが記念というべきなのかどうかはさておいて、康太にとっても一つの節目になるのは間違いないだろう。
「生まれた日ならいざ知れず、魔術師になった日を祝うのか?それはずれているのではないのか?」
「師匠には誕生日すら祝ってもらった記憶がありませんけどね」
「当たり前だ。なぜ私がお前の誕生日を祝わなければならない」
この人はこういう人間だったなと康太は考えながらも、自分がもうすぐ魔術師になって一年が経過しようとしていることに時間の流れの早さを実感していた。
魔術師になって、文と出会って、多くの面倒ごとに巻き込まれ、康太は今まで流されるように魔術師として過ごしてきた。
特に目的という目的はない。まず一人前になることから考えなければどうしようもない。
半人前の分際で目標を立てるなどおこがましいと思われそうだからである。
だが同時に、康太は自分の魔術師としての将来がどのようなものになるだろうかと考えていた。
一体何をする魔術師になろうか、何を魔術で為すべきか。何をしたいのか、何になりたいのか。
まだ子供の康太には将来のビジョンは全く浮かばない。
魔術師歴一年を契機に、何か考えるべきだろうかと康太は新しく始まる一年に少しだけ期待と不安を抱いていた。
日曜日なんですけど章の切り替わりのこともあって月曜日にまとめて投稿します
これからもお楽しみいただければ幸いです