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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十七話「そしてその夜を越えて」
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訓練の後

だが康太の善戦むなしく、その意識は数分後に刈り取られた。


さすがは小百合の弟子というべきか、幸彦からの攻撃を受けてもここぞというところで攻撃の芯を外し致命打は避けている。


幸彦も打撃では康太の意識を刈り取ることはできないと判断したのか、とどめは絞め技による窒息だった。


戦闘不能寸前のところまで追い込んでおきながら、幸彦は拳や蹴りなどの打撃で康太を仕留めることができなかったのである。


それはギリギリのところで康太が小百合の教えを守り、その訓練の成果を如何なく発揮したことに他ならない。


最後は意識がもうろうとしながらも幸彦に締め上げられて気絶してしまったが、本気になった幸彦相手に善戦したというべきだろう。


やはりまだ勝てないかと、縁側で二人の戦いの様子を見ていた小百合は小さくため息を吐く。


「まだ負けてあげるわけにはいかないなぁ。これで康太君に負けちゃったら僕の訓練の密度と効率を疑われるよ」


「康太の若さならばと少し期待していましたが、過剰な期待だったようですね。ですが少なくともまともに戦えるくらいにはなってきた」


以前は幸彦の攻撃などよける以外の選択肢がなかったほどだ。だが今はよける、受け流す、反撃するといったいくつかの行動を選択できるようになってきている。


それだけ康太が徒手空拳の実力を上げたということでもある。それは小百合からすれば喜ばしいことだった。


これで槍を持った状態で幸彦と対峙したらどうなるのか、試してみたくもなるがすでに気絶してしまっているためにそれはかなわないだろう。


庭先から居間へとウィルによって搬送される中、真理と神加は心配そうに康太のことを眺めている。


二人が心底心配になるほどに康太は打ちのめされていたのだ。何せさんざん打撃を体で受けたのに加え、最後は絞め落とされたのだから。体に蓄積されているダメージは相当なものだろう。


あれだけ痛めつけられた状態でよく動くものだと幸彦はむしろ感心していた。


手ごたえからして康太はかなりのダメージを抱えていたはずだ。数十秒とはいえ肺の空気を押し出されたことで一種の呼吸困難にもなっていただろう。


痛みからくる手足の震えや痙攣などがあったにもかかわらず、康太は幸彦の攻撃を回避し続けていた。


あきらめが悪いといえばそこまでだが、康太の戦闘継続能力はかなりのものだ。普通あの状態になったらあきらめてもおかしくはない。


何度か幸彦も魔術師を似たような状況に追いやってきたことがあるが、大抵一度グロッキーになるとすぐに立ち上がることはおろか戦意を保つことすら難しくなるものがほとんどなのだ。


だというのに康太はあきらめずに立ち上がろうとし、何よりあの時点ではまだ勝つこともあきらめていないようだった。


「・・・やっぱりあれだね。さーちゃんの教えはすごいね。康太君を見てると本当にそう思うよ」


「・・・それは褒められているととってもよろしいので?」


「もちろんほめているさ。力量差も自分の状況も加味したうえで戦術を立ててる。絶望的な戦力差でも勝つことをあきらめない。しかも意識が途切れる瞬間までね。これはなかなかできることじゃないよ」


圧倒的な戦力差を前にして勝つことをあきらめずに挑める者は少ない。


たいていのものはあきらめたり別の目的や目標を設定したりと何かしらの逃避に走るものだ。


だが康太はそういったことはせず、幸彦に勝つことを前提に戦っていた。それは小百合の教えでもある。


どんな相手でも勝つことはできる。問題はそのプロセスであると。


相手の方が強い場合、自分との違いは一つ一つの行動においてとることができる選択肢が多いか少ないかということである。


高い技量を持つものならそれだけ多くの手段を持つし、康太のような未熟者では取れる手段も限られてくる。


そして相手に勝つためには自分が今できる手段の中で最適なものを常に選択し続けることなのだ。


康太はそれをし続けようとする。何度も何度も小百合によって徹底的な攻撃にさらされてきた成果というべきだろうか、それともそのせいでそういう風になってしまったというべきか。


どちらにしろ幸彦にとっては安心できる事柄である。


どんな状況でもあきらめずに目標を達成しようとするというのは魔術師にとってだけではなく人間にとってもかなりの利点であり長所だ。


「とはいえ・・・ここまでボロボロになってもっていうのはちょっと怖くもあるよね・・・さーちゃん普段どんな訓練やってるのさ」


「最近は無茶はしていませんよ。こいつ自身が上達していることもあって本気を出さないと気絶させられませんから」


とりあえず訓練は気絶させるまでが基本なんだねと幸彦は自身の兄弟弟子の訓練の過酷さを想像してその弟子たちに憐みの視線を送る。


こんな人のところにいて神加は大丈夫なのだろうかと本当に今更ながら心底心配になってしまう。











「クソ・・・まだ勝てないか・・・」


智代の回復によって肉体のダメージはほとんど癒され、しばらくしてから目を覚ました康太は自分が敗北したのだということを理解して悔しがっていた。


当然のように小百合には情けないといわれ、真理と神加からは称賛され、智代からはなかなか強くなったとお褒めの言葉をいただいたもののやはり男として敗北したという事実は大きく残っている。


魔術無しの純粋な肉弾戦で負けたのだ。この事実はかなり大きい。


その気になれば康太だって幸彦と同じかそれ以上の実力を持つことだってできるのだ。


問題はその稽古をつけるのに果てしない時間がかかるということである。


「いつまでも悔しがっていてはいけませんよ。これから頑張りましょう」


「そうですね・・・そうします」


康太たちは今身支度をしていた。この智代の暮らす家から帰る準備だ。今の今までゆっくりしてしまっていたが、正月とはいえ長居しすぎたと反省しながら家に帰る準備を進めている中、アリスは何やら難しそうな顔をしている。


「どうしたアリス、そんな変な顔して」


「あー・・・いやなに、トモヨの事なのだが・・・どこかで見たような顔だったのを思い出してな・・・」


「え?智代さんが・・・?いやあの人そんなに長く生きてるか・・・?」


「んー・・・私があったことがあるわけではない。誰かに似ているのだ・・・それが思い出せなくてな・・・」


「誰かって・・・智代さんの先祖とかそういう感じなんじゃないのか?お前が日本にいたのって明治の頃だろ?」


康太の言うようにアリスが以前日本に住んでいたのは明治の時代、まだ戦争すら起こっていなかった頃の話だ。


そんな時代に智代が生きていたとは思えないうえに、アリス自身も智代の顔のどこかに誰かの面影を重ねているだけなのだという。


そうなると考えられるのは先祖という可能性だけだ。さすがにどれほど前の人間なのか正確に把握することはできないが。


「そうかもしれんの・・・ただそうなるとやはり魔術師の家系ということになるか」


「どういうことだ?」


「その見たことがある奴、まぁ男なのだが、そいつも魔術師だった。なかなかに優秀だったのを覚えているぞ」


智代の先祖も魔術師だった。その仮説は別に驚くことでもないしむしろ当然だと思えてしまった。


何せ高い技術を持った魔術師なのだ。幼いころから教育を受けていたとしても不思議ではないのである。


「でもそうですね、アリスさんが今まであったことがある人の中に私たちの祖先も含まれている可能性があるんですね。そう考えるとやはりすごいですね」


「ふふん、もっとほめたたえよ。さすがに誰にあったか全員覚えてはいないがな。ある程度印象的なものだけは覚えておる」


「そういうものですか・・・ちなみに現代では印象に残る人はいましたか」


「むろんだ。コータはもちろんの事フミもなかなかに面白い奴だ。そしてミカ。これは一度見たら忘れられんな。これほどまでに精霊に愛されたものを私は見たことがない。サユリもサユリでなかなか灰汁の強い性格をしているしの。覚えやすい」


「へぇ・・・あれ?私は?」


先ほどまで上げられた名前の中に自分が入っていないことに気付いたのか、真理はきょとんとしながら自分を指さしている。


覚えやすい人間の中にカテゴリーされていないことが少しショックだったのか、真理は少しだけ残念そうな表情をしていた。


「いやな・・・いいやつだというのはわかるのだ。加えてお前はいい女だ。いろんな意味で引く手あまただろう。だがだからこそ何となく印象が薄いのだ。何というかとっかかりがないというか・・・」


「・・・うぅ・・・何となく予想はしてましたけど・・・私そんなに地味ですか?」


「地味・・・というわけではないのだ。マリも優秀なのはわかるのだが、それ以外にどうにも特徴がつかめなんだ」


この場に文がいたら真っ向から否定するであることを淡々と告げるアリスに対して、真理はどうしたものかと悩んでいた。


人に対する印象というのは良くも悪くもインパクトによって異なる。良いことでも悪いことでも何か特徴があると人の記憶に残りやすい。だが真理は今までアリスに対していい人の面しか見せたことはないのだ。


小百合の弟子であるという最悪の特徴をむしろ利用して立ち回っているというのは大したものである。


だがだからこそ真理の特徴をつかみかねているのかもしれない。


「まぁなんだ、これからいろいろと知っていけばいい。まだ我々は出会ってから一年も経過していないのだぞ?」


「それを言うなら康太君もですよ。今年の二月でようやく一年になるんですから。長いようで早かったですね・・・」


もうすぐ康太が魔術師になって一年が経過しようとしている。小百合という最悪に近い師匠をもって早一年。康太がこれからどのように成長していくのかいまだに不安ではあったが、同時に頼もしくなりつつある弟弟子に真理は期待していた。


今後自分より頼りになる魔術師になってほしいと願いながら、真理は康太の方に視線を向ける。


土曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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