幸彦との競い合い
康太と幸彦の身長を比べると幸彦の方が高い。十センチ以上の差がある。そしてそれはつまり腕や足の長さも同様に違うということである。
康太の攻撃が届くよりも一瞬早く、幸彦の攻撃が届く距離になると同時に幸彦は自身の足を思いきり振り切った。
加速したままの康太は幸彦の蹴りをぎりぎりのところで回避する。康太の髪が蹴りによって生み出された風によってなびく中、幸彦が蹴りの動作によって体がわずかに流れているのを見逃さず、地面に残されたままの軸足めがけて回し蹴りを繰り出していた。
軸足にしている以上、回避は難しい。相手のバランスを崩して畳み込もうと康太は考えていたのだが康太の放った回し蹴りは空を切る。
先ほどまであった軸足はどこに行ったのか、その疑問はすぐに解消された。何せ康太の視界にはそれが映されていたのだ。
放った蹴りの勢いをそのままに、軸足で地面を蹴ると体を回転させながら康太めがけて再び蹴りを放ってきた。
体格に見合わぬ身軽な動き、肉体強化を使っているのではないかと疑いたくなるほどの動きだが、幸彦は全く魔術を使っていない。
一連の動作をつなげることで自身の体に必要な負荷を最大限減らしているのだ。
康太は自身に向けられた蹴りを腕で受け流すと蹴りを出せないほどの至近距離に体を寄せてその体めがけて拳を放つ。
一発、二発、三発と連続して拳を体に叩き込むが三回のうち二回は防御されてしまう。一回は命中したもののほとんどダメージになっていないように見えた。
体に当たっても、その芯にまで拳の威力が届いていないように感じられた。芯を外されているというべきか。
康太の拳を受けると幸彦も蹴りでの攻撃よりも拳の攻撃の方がいいと判断したのか、康太よりも二回りは太い腕が振り回される。
力強く襲い掛かる両腕が康太の体へ向けて振るわれる。その大きさと太さに見合わず手捌きは軽い。
康太の方が早いということを理解しているのだろう。小百合が徹底的に仕込んだだけあって康太の反応速度はなかなかのものだ。
威力重視の攻撃では当てることも難しいと判断してとにかくまずは当てて康太のリズムを崩そうとしているのだ。
体格の差に甘んじて大振りでもしてくれれば康太としては楽だったのだが、さすがは幸彦というべきか、相手が嫌がることをよくわかっている。
相手が手数や速度重視で攻撃してくると当然取れる手段は絞られてしまう。その中で康太が取れる手段といえば軽い攻撃をすべて防御、あるいは無視して攻撃し続けるか、こちらも速度重視に切り替えるかの二択だ。
同じ速度重視の攻撃パターンに変えれば、当然康太の方が速度で勝る。相手が三発繰り出す間に康太は四発、あるいは五発は放つことができるだろう。
だがその分幸彦の攻撃の方が重く威力がある。軽く受け流すだけでもかなり重労働なのだ。
速度重視で軽く受け流すつもりでは体が思い切り流される。
幸彦の攻撃を回避し、なおかつ攻撃を当てようとすれば強引に体勢を崩される。それがわかっているからこそ康太は意図的にヒットアンドアウェイを繰り返していた。
幸彦の攻撃が繰り出されると同時に懐に入り込み、複数回攻撃して反撃されそうになったら一度距離をとる。その行動を繰り返すことで相手の行動の変化を望んでいた。
パワーで負けていても速度で勝っている。だがその速度でも持ち前のパワー差を見せつけられてしまうのだ。
せめて違う形にしなければこのまま延々と戦い続けることになってしまう。
だが康太はこのまま延々に戦い続けることはまずないだろうなと考えていた。
何せ幸彦はまだ様子見段階なのだ。
手数を増やして康太の行動を制限して、逆に攻撃もさせているがまだ本気を出していない。
幸彦が本気になったらこんなものではない。先ほどほんの一瞬見せた体捌きを考えればもっと早く動ける。
だが当然攻撃の速度を上げればその分踏ん張らなければ体が攻撃の動きについていけずに流れてしまう。
幸彦はその流れる動きさえ利用するのだ。
「康太君、そろそろ準備運動は終わりでいいかな?」
「・・・やっぱりそう来ますか・・・奏さんといい師匠といい・・・皆さん準備運動が大好きですね」
「ははは、ほめられると困るな」
別にほめてないんだけどなと思いながらも康太は集中を高めていた。康太も幸彦も、互いに攻撃をいつでも当てられるだけの距離に立っている。
いつ動いても不思議ではない中、幸彦はゆっくりとした動きをしだす。
リズムをとるにしては妙に遅く、なおかつ不規則な動きだ。
一体何を企んでいるのかと思った瞬間、康太の顔めがけて拳が迫ってくる。
いつ拳を動かしたのか、それを考えるよりも早く康太はほぼ反射的に体勢を崩しながらもその拳をぎりぎりのところで回避して見せた。
見てから躱すのは無理だと判断した康太だが、即座に態勢を整えて体を動かすと同時に回し蹴りを幸彦めがけて放つ。
幸彦の太い腕が康太の足をしっかりと受け止めると、その腕を逆に足場にして体を反転させ逆方向からの蹴りを放つ。
先ほどのお返しといわんばかりの蹴り技の連続に、幸彦は一瞬驚いたような表情をしているが蹴りの連撃も簡単に受け止めていた。
やはりこちらの攻撃は完全に読まれているなと思いながら康太は幸彦からいったん離れようとするが幸彦はそれを許してはくれなかった。