格上に挑む
康太と幸彦は上着を脱いで軽く準備運動をしていた。魔術無しの純粋な近接戦闘訓練。
幸彦と訓練する機会はあるようであまりない。毎週奏のところに行って訓練するのとは違い、幸彦との訓練は時間が空いているときになってしまうために定期的なものではないのである。
最後に幸彦と手合わせをしたのは一カ月ほど前だっただろうかと思い出しながら康太はゆっくりと深呼吸する。
身体能力も技術も幸彦のほうが上だ。康太が勝っている点があるとすればおそらく速力のみ。
師匠や兄弟弟子の前でみっともない姿は見せられない。しかも今回はそれだけではなく智代まで見ているのだ。
康太は念入りに体をほぐしながら一月の寒空の下幸彦とともに庭に出ていた。
「いやぁ、康太君と訓練するのは久しぶりだね。なんだかちょっと緊張するなぁ」
「ははは。智代さんの前ですからね。俺も多少緊張してますよ」
「そうかい?すごくリラックスしてるように見えるけど?」
「見えるだけですよ。いいとこ見せたいですからね」
準備運動をしながら軽くしゃべりあっているが、その時点で康太はすでに勝つためのビジョンが浮かびにくくなっていた。
こうして並んで立つと体の分厚さが全く違う。もともと康太は細身の体形だが、最近は筋肉もついてきて少しは分厚くなったと自負していたが、幸彦のそれは一般人のそれではないように思えてしまう。
皮膚の下に詰まりに詰まった筋肉。それは服の上からでもありありと自己主張を続けていた。
あれにどっしりと構えられるだけでかなりの威圧感である。さらに言えば反応速度も対応力も康太以上なのだ。
あれを切り崩すのは容易ではないなと康太は考えながらもどうにかして勝とうと思案を重ねていた。
楽に勝てるとは思っていない。何せ相手は小百合の兄弟子なのだ。
だが簡単に負けるつもりなどさらさらない。小百合から教わったのは勝つ方法だ。戦う前から負けるようなことは教えられてこなかった。
たとえ相手が師匠の兄弟子でも、康太は勝つつもりでいた。
魔術は使わない。その状態であれば康太にも勝ちの目は出てくる。何せ康太と幸彦、近接戦闘に適した魔術をより多く有しているのもまた幸彦の方なのだ。
あらゆる面で幸彦の方が上手だというのに、魔術無しで単純な肉弾戦等のみに限ってくれている。
これならまだやりようはある。
「どうする康太君。ある程度花を持たせてあげることもできるけど・・・?」
「それじゃあ意味がないですよ。本気でやりあってこそ俺の成長が見極められるってものです。加減はしないでください」
「よくぞいった。それでこそさーちゃんの弟子だ」
幸彦は満面の笑みを作った後でそれじゃあと声のトーンを少しだけ低くしてゆっくりと構える。
腰を低く、左腕をやや前に、拳は握らずやや開き気味のまま、まっすぐに康太の方をにらみつける。
対して康太は左腕をやや落とし、右腕であごと胸を守るような形を作り幸彦と同じように腰を落とす。
だが幸彦がその場に重心を落とすだけの姿勢に対し、康太の姿勢はやや前傾、この形からどちらが突っ込もうとしているのかはもはや明確になっていた。
近づくことを今まで学んできた康太らしい構えだった。とにかく近づく、近づいてしまえばこちらのものだといわんばかりの構えに幸彦は内心うれしくなってしまっていた。
目の前に康太がいるというのに、ほんの一瞬小百合に視線を送ってしまうほどに、康太の成長が嬉しかった。
この子は本当にさーちゃんの弟子なのだなと心の底から思えるほど、康太の姿はかつての小百合に似通っていた。
相手の息遣いまで聞こえるほどの集中状態を保っている中、智代がゆっくりと縁側まで足を運んでくる。
「二人ともケガだけはしないようにね。たいていのものなら治してあげるから」
「ありがとうございます師匠。それじゃ康太君、思い切ってやろうか」
「望むところです。顔色変えさせて見せますよ」
笑ってはいるものの、康太の目が鋭くなったことで幸彦は警戒の度合いを上げていた。
康太はほぼ毎日といっていいほどに小百合から訓練を施され、週に一回は奏のところに通って訓練をつけてもらっている。
肉弾戦の訓練に関しては現段階で存在している魔術師の中でもトップクラスの密度を誇るだろう。
そもそも肉弾戦の訓練をする魔術師自体が少ないということを加味しても、康太の訓練の密度は常人のそれをはるかに超える。
魔術の訓練と並行しての肉弾戦もさることながら、思考の瞬発力を鍛えるための肉弾戦メインの訓練も怠らない。
というか小百合が最も好むのが体を使った訓練なのだ。実戦的すぎる訓練になるのも仕方がないという話だろう。
互いに深呼吸して全身に酸素を送り込むと、何の合図もなくまず康太が地面を蹴り前へ出た。
一直線に走り、狙いは一つ。幸彦の体めがけて突進していった。