相談事は多く
「やぁさーちゃん、あけましておめでとう。真理ちゃんに康太君、神加ちゃんもあけましておめでとう。っと・・・?君もいたのかい?あけましておめでとう」
康太たちが車ごと敷地の中に入ってくると家の中から幸彦が出てきて康太たちを迎え入れてくれた。
最低限の防寒具に身を包み、あまり外で会話をするつもりがないというのが見え見えの格好である。
おそらく中は暖かいのだろうか、康太たちは車から降りて幸彦に頭を下げる。
「あけましておめでとうございます幸彦さん。今年もよろしくお願いいたします」
「あぁ、挨拶もそこそこに、中に入ろう。ここじゃあ寒いからね。炬燵も出してあるよ、お汁粉もあるからみんなで食べようじゃないか」
炬燵にお汁粉という言葉に最も反応したのはアリスだった。そして次に神加が薄い反応ながら一目散に家の中に入っていく。もちろんウィルに乗ったままである。
あのようにしているとただの子供のように見えるのだがなと康太と真理は少しだけほほえましくなりながらも険しい表情のままの小百合をつつく。
「師匠、ちゃんと年始の挨拶くらいしてくださいよ?さすがに顔が強張りすぎですよ」
「わかっている・・・はぁ・・・お前たちは気軽でいいな」
「まぁ・・・今回は神加の顔合わせも兼ねてますから。そこまで気負わなくてもいいじゃないですか。むしろ俺は神加と智代さんの顔合わせが一番不安ですよ」
小百合が神加を弟子にする理由にもなった瞳。同じ目をする者同士何かを感じ取るのか、それとも何も起こらないのか。
ただでさえ特異な体質を持っている神加のことだ、何かしら智代も思うところがあるだろう。
そのあたりが康太と真理は不安でしょうがなかった。
「それはともかくそろそろ入りましょうよ。さすがに寒いです」
「俺先に行ってますよ?早く来てくださいね」
康太はそういいながら車のトランクから全員分の荷物をすべて軽々と持ち、智代の家の中に入っていく。
それを見てさすがに観念するしかないと腹をくくったのか、小百合は康太の後に続いて智代の家の中に入っていった。
「師匠、お邪魔します」
「あら小百合、遅かったのね。子供たちはもう炬燵に入っているわよ?」
小百合が入ってくると待ってましたと言わんばかりに、最高にして最悪のタイミングで智代が満面の笑みを浮かべて小百合を見つめていた。
笑顔を浮かべているのは決して顔だけではないのだろう。弟子が訪ねてきてくれてうれしいという気持ちが大きいようだが、それと同じくらいどういうことか説明してもらいましょうかという言葉がその表情には込められているように感じ取れた。
「まぁとにかく上がりなさい。いつまでも寒いところにいないで頂戴」
「・・・わかりました。お邪魔します」
小百合が靴を脱いで居間に向かうとそこにはかなり大きめの炬燵が部屋の半分近くを占領していた。
炬燵の上にはコンロまで出されており、すでに火にかけられ中にある汁粉が温められつつある。
年始を楽しむだけの状況が作り出されている。これだけ見れば非常に心温まる光景なのだが、この中で小百合の心境だけ吹雪が降り注いでいるかのようだった。
「さぁ真理ちゃん、康太君、そして神加ちゃん、お年玉よ。大事に使ってね」
「え!?い、いいんですか・・・!?」
「いやその・・・申し訳ないですよ・・・こんな・・・」
「・・・ありがとう、おばあちゃん」
康太と真理に対して神加は遠慮するということがなく、朗らかな笑顔とともに智代に感謝の意を告げていた。
おばあちゃんと呼ばれてどんな心境だったのか、智代は朗らかな笑みを返しながら神加の頭をやさしくなでる。
智代が神加のお年玉まで持っていたのは意外だったが、以前小百合が話をしたことがあるのだろうと康太と真理は納得してしまっていた。
弟子をとるということ位に関してはそれなりに報告しているようだったし、神加の存在を知っていても不思議はない。
「それじゃあ僕からもだ、三人にお年玉だよ。大事に使うんだよ?」
「うわぁ・・・幸彦さんまで・・・すいません・・・なんか本当にすいません・・・」
「ありがとうございます。本当にありがとうございます」
「ありがとう、おじちゃん」
「・・・おじちゃん・・・か・・・」
神加にまっすぐとした瞳でおじちゃんと呼ばれてしまった幸彦は多少ショックを受けているようだった。
本人はきっとまだお兄さんと呼んでほしかったのだろう。だが神加ほどの歳の子供からすれば幸彦はもうおじさんといえる年齢になってしまっている。
とはいえ、頭で理解していても心は追いついていないのか、苦笑いを浮かべてしまう幸彦だが、今はそれよりも大事なことがいくつもあるようだった。
「とりあえずみんなでお汁粉を食べよう。神加ちゃんのちゃんとした顔合わせはそのあとでもいいだろう?」
「そして私の紹介もな。だがそれよりも先にシルコだ。コータの家では食べられなかったからの」
色気より食い気とはよく言ったものである。さも当然のようにこの場にいるアリスに毒気を抜かれながら、康太たちは甘い汁粉を食べていった。
年始の挨拶に加え、それなりにだんらんを楽しんだ後、炬燵の上を片付け洗い物を終えてから康太たちは智代の待つ部屋の前で待機していた。
楽しい時間は終わりを告げたのだ。これから魔術師として、智代の前に立ちそれぞれ話をしなければならないのだから。
「いいかお前たち、くれぐれも粗相はするなよ?」
先ほどまで朗らかな表情をしていた智代を知っている弟子三人としては、今から気を引き締めるのは難しいように感じてしまう。
現に康太も真理も、今は智代を前にして緊張感を保てる自信はなかった。
だが実際に魔術師としての彼女の前に立てば話は別だ。先ほどまでの朗らかな姿を一変させるほどの威圧感が彼女にはあるのだ。
一番の心配は神加が彼女を前にして泣かないかということである。あるいは全く意に介さずに失礼なことをしないかというのが心配なところだ。
どちらにせよもう穏やかな時間は終わりだ。小百合は静かに失礼しますと声を出してからふすまをゆっくりと開ける。
一度お辞儀をしてから中に入ると、座布団の上に姿勢を正した状態で座っている智代の姿がそこにあった。
襖を超えるとすぐにわかる。雰囲気が先ほどとは全く変わっているのだ。肌を刺すような威圧感に、自分の心臓を鷲掴みされているような感覚。
そして康太たちも頭を下げ、智代の瞳を見た瞬間に強い既視感を覚える。
神加と同じ、いや同種の目というべきだろう。自分の奥底までを観察するかのような、深い瞳だ。
「師匠、改めましてあけましておめでとうございます。デブリス・クラリス、他弟子三名、新年のご挨拶に伺いました」
「・・・えぇ、あけましておめでとうございます。クララ、あなたは今年もおごらずに精進し続けなさい。それこそあなたの美徳よ」
「はい・・・ありがとうございます」
智代の言葉を受けて小百合は深々と頭を下げる。なるべく視線を合わせないようにしているのがよくわかる対応である。
苦手意識があるのはわかるが、強く意識しすぎているような気がしなくもない。
「ジョア、あなたはもう少しでクララのもとから巣立てると聞きました。まだ至らぬところもあるはず。油断せずに精進し、弟弟子たちの模範となりなさい」
「はい。精一杯頑張ります」
真理はもうすぐ小百合の元を離れる。もっとも小百合が修業の終わりを告げたらの話だが、それは決して遠い日の話ではない。
真理の実力ならばもう少しで卒業試験にまでこぎつけるだろう。康太は先に一人前になる真理にあこがれと、同時にうらやましいという気持ちを抱いていた。
「ビー、去年のあなたの活躍は私も聞き及んでいます・・・大変な目にあったと」
「・・・はい・・・」
「そのことについてはあとで話すとして・・・まだまだあなたは駆け出したばかりの魔術師、覚えることも多くあるでしょう。目の前にあることを一つずつこなしていきなさい。それがきっと一番の近道になるでしょうから」
「はい、ありがとうございます」
まだまだやることが山ほどある康太にとって、智代の言うように一つ一つのことを着実にこなしていくことこそが一番の近道であるように感じられる。
一人前になるのはまだまだ先の話だ。もしかしたら社会人になるまで、いやなってからも無理かもわからない。
小百合にはまだまだ迷惑をかけることになりそうだと自嘲気味に笑いながら康太の視線は智代から自分のやや後ろの神加に移る。
「さて・・・では挨拶してくれるかしら?」
「・・・神加・・・ご挨拶」
「・・・えと・・・で、デブリス・クラリスの、三番弟子になりました・・・シノ・ティアモです・・・・よろしくお願いします」
たどたどしい口調で自己紹介をしながら頭を下げる。康太や真理の様子から目の前にいる女性がただの老婆ではないと察したのか、それともこうしておいた方がいいという空気を読んだのか、どちらにせよ先ほどまでの様子とは打って変わっていた。
これを良いととらえるかどうかは少々意見が分かれそうではあるが、小百合はひとまず失礼はしなかったかと小さくため息をついていた。
「あなたは大きな才能を持っているようね。それだけじゃない。何かとてつもないものを秘めているように思えるわ・・・」
智代は自分で自分のあの目を見たことがないから同じ目をしているということに気づけないのかもしれない。
だが神加に対して底知れない何かを感じているのは彼女も同様であるようだった。
「クララ、この子はあなたがしっかりと育て上げなさい。この子は一流の魔術師になれる器を持っている。もしそうなれなかったらあなたの教育が至らなかったということ。よく覚えておきなさい」
「・・・はい。必ずや立派にして見せます」
それほどの器を持っているのであれば智代の弟子になればよいのではないかと一瞬考えたが、いくら才能があるからといって他人の弟子を奪うほど智代は人間として落ちぶれていないのだ。
神加は小百合の弟子である。そのことはすでに決定事項だ。それを覆すほど智代は力におぼれていないし、そもそも小百合と一緒にいることが神加のためになると本気で考えているようだった。
奏や幸彦には劣るが、智代もまた小百合には甘いところがあるようである。
「では・・・ビー以外の三人は戻りなさい。ビーには話があります」
「・・・わかりました。くれぐれも失礼のないようにしろよ?」
「わかってますよ。安心してください」
この人に対して失礼な行動などとれるはずもないと康太は姿勢を正しながら他の三人が部屋から出ていくのを待っていた。
真理と神加は心配そうに康太のことを見ていたが、大丈夫だと小さくうなずいて見せると二人は手をつないで部屋から出ていった。
「・・・さて・・・いったい何から話したものかしら・・・私と会った後、いろいろあったという風に聞いています」
「・・・はい・・・本当にいろいろありました」
康太がデビット、つまりは封印指定百七十二号と遭遇したのは去年の夏。智代と初めて会ってすぐのことだ。
そのあと康太は一度も智代のもとを訪れていない。もちろんアリスのこともウィルのことも紹介していない。
だから康太はこの場で全員紹介していくことにした。
「とりあえず、時系列順に一人ひとり紹介していきます。まず、封印指定百七十二号こと、デビットです」
康太が呼ぶと康太の体の中から黒い瘴気が噴き出しゆっくりと歪ではあるが人の形を作り出していく。
かつて智代自身も遭遇したことのある封印指定百七十二号。全盛期だったころの智代でさえも解決できなかったそれを、弟子の弟子である康太が解決しているという事実に智代はどのように感じているのだろうか。
かつての事を思い出して懐かしんでいるのか、それとも他の何かを感じ取っているのだろうか。
どうとでも取れる表情に康太は少しだけ不安そうにしながらも話を先に進めていくことにする。
「次に会ったのが、封印指定二十八号、今は日本支部所属の魔術師『アリシア・メリノス』です。もう出てきていいぞ」
「なんだ、ばれておったか」
康太が何もいないように見える虚空に対してそういうと、唐突にその場に先ほどまで炬燵でのんびりしていたはずのアリスが姿を現す。
索敵にも引っかからず、肉眼でもとらえられない。その事実を受けながらも智代はほとんど動じていなかった。
もしかしたら小百合のように何かしらの勘でアリスの存在を感じ取っていたのかもわからない。
「お前がいたらすぐにわかるよ・・・挨拶しろ」
「ふむ・・・お初にお目にかかる。封印指定二十八号ことアリシア・メリノスだ。普段コータやサユリ、マリには非常に世話になっておる。これからも友好な関係を築いていけるよう努力するつもりだ。改めてよろしく頼むぞ」
なんと尊大な態度だろうかと康太は一瞬ため息をつかざるを得ないが、はっきり言えば智代よりもアリスのほうがずっと年上なのだ。
それだけではない、魔術師としての実力そのものもアリスのほうがずっと上だろう。この態度は決して間違ったものではないのだ。
仮にアリスが見た目ただの幼女だったとしても、おそらく智代はその奥底のしれなさを感じ取っている。
「初めまして、アリシア・メリノス。デブリス・クラリスの師匠『アマリアヤメ』です。クララたちが普段お世話になっていますね」
「なに構わん。こちらもいろいろ世話になっているからの。私の紹介はほどほどに、コータよ、先に進むがよい」
自分たちはちゃんと術師名で呼び合っているというのにアリスは全く気にする様子がなかった。
もっとも智代は康太たちの身内に位置する人間だ。そういう人間に気を使っても仕方がないと思っているのだろう。
「次に紹介するのが・・・えっと・・・特に封印指定とかにはなってないんですけど・・・生きた魔術のウィルです」
康太が紹介すると襖の隙間からまるで漏れ出るように徐々にその体をあらわにしてくるウィルに、智代はほんの少し目を細めていた。
神加が乗っていた謎の物体、魔術であることは把握していたようだがそれが一体何なのか、その全容を智代は測りかねていたのである。
康太が呼んだことで現れたそれを見て、智代は大きく息を吸ってから大きくゆっくりとため息を吐く。
「少し、本当に少し見ていなかったと思ったら・・・とんでもない人たちを引き連れてやってきたものね・・・本当にあの子の弟子らしいわ・・・」
先ほどまでの魔術師としての姿ではなく、小百合の師匠であり、穏やかな本来の性格を見せる智代になったことで康太はほんの少しだけ肩の力が抜けていた。
小百合も昔はやんちゃをしていたのだろう。少し目を離しただけで何をするのか、何をしてくるのかわからなかったようだ。
そういう意味では康太は良くも悪くも小百合の性質を引き継いでしまっているように思えた。
血のつながりなどないはずなのにどうしてこうも嫌なところで似てしまうのか。弟子は師に似るとはよく言ったものだ。
こんな繋がり欲しくなかったのだがと思いながら、康太は小百合との共通点を恨めしく感じていた。
「封印指定百七十二号については・・・説明の必要はなさそうね・・・あの時の術の・・・核を見つけた。そしてその核を取り込んだのかしら?」
「取り込んだっていうか・・・憑りつかれたっていうか・・・まぁそんな感じです・・・比較的助かってますよ。いろんな意味で」
康太の中にあるデビットの核ともいうべき術式。これは康太に宿ったまま動く気配が全くない。
康太を新しい宿主と認めた証か、それともただたんに康太の体が居心地がいいのか、どちらかはわからないがあの夏から依然として康太の体に宿り続けている。
康太の言うようにいろんな意味で助かっているのも事実だ。
まずは緊急的な魔力の供給。これは康太のような比較的貧弱な供給口を持つ魔術師からすればかなり助かっている。
何せ魔力の供給量が疑似的に倍近く増えていることと同じことなのだから。
これほどまでの量を確保できるということはそれだけ継続戦闘能力が増えるということに他ならない。
もっとも周りに魔術師がいなければこの手は使えないというのがなかなかシビアなところではあるが、そもそも戦闘を行うときは基本的に魔術師が相手であるためにそれ以外で魔力を吸うことはほとんどない。
そしてもう一つの使い道が広範囲に黒い瘴気を散布する、魔術師にしか効果を及ぼさない煙幕のような形での使用だ。
より正確に言えば魔術師としての視覚を有しているものに効果を及ぼす煙幕というべきだろうか。
一般人には何の変化も感じられないが、魔術師としての視覚を有していれば数秒もあれば視界を真っ黒に染め上げることができる。
むろん康太も視界を奪われることになるが、攻撃のためには多少の犠牲はつきものであると完全に割り切っていた。
康太の攻撃を当てるには適切な対応でもある。
そして最後の使い道、これはほとんど実用性のないおまけのようなものだ。康太も最近になって気づいたのだが、デビットはアリスが近くにいると妙にざわめく。要するにアリス限定の探知機代わりになるのだ。
仮にアリスが姿を消し、音も気配も索敵でさえ認識できないようにしても康太の中のデビットがその存在を察知してざわめきだす。
人間が知覚している感覚とは別の何かでその存在を把握しているのだ。だからこそ先ほどもアリスの存在に気付くことができた。
実用的かどうかはさておき、アリスのように本気を出したら誰も認識できなくなる存在を感知できるというのは大きな強みだ。
もっとも近くにいるということがわかる程度で、どの場所にいるかというのは相当近づかないとわからないのだが。
「でも・・・まさか封印指定二十八号・・・いいえ、アリシアさんと一緒にいるなんてね・・・ちなみに康太君とはどういう関係なのかしら?」
「同盟関係を組んでいる。フミ・・・エアリス・ロウの弟子とも同盟を結んでいる。三人一組の同盟だの」
「あの子の・・・そういえば幸彦が話していたわね、康太君と一緒に行動してる魔術師、春奈ちゃんのお弟子さんなのね」
「なかなかに二人ともよい魔術師だ。多少人が良すぎるのが玉に瑕ではあるが、まだ子供であるだけに仕方がないといえるだろうて」
文はともかく康太に対しても人がいいという表現を使うのはおそらく身内を除けばアリスくらいのものだろう。
今まで康太と接触してきた魔術師からすれば、康太のような魔術師は人がいいとは決して言えない。
少なくとも康太と戦った魔術師たちはこの言葉を聞いたら人がいいという言葉の意味を調べ出すかもしれなかった。
「それにしても・・・どうしてアリシアさんと出会ったの?何かきっかけでもあったんでしょう?」
「あー・・・まぁその・・・本部に依頼されたのがきっかけでして・・・デビットの関係でちょっと・・・」
康太が言いにくそうにしているのを聞いて智代は大まかながら事情を察したのかそういうことねと同情の視線を送る。
デビットをその身に宿したことで、康太は封印指定百七十二号の力をそのまま振るえる可能性を秘めたことになる。
何万人という人間に被害を及ぼし、多くの人間を死に至らしめた驚異の魔術を使えるということで、アリシア・メリノスに対して効果的な切り札になるのではないか。
そして康太がただの魔術師であることをいいことに本部が半ば無理やりに依頼を出し、その結果康太はアリスと戦うためにどこかに行ったが、そこでアリスと出会い意気投合し今に至るのではないか。智代はそこまで想像できていた。
「この子がいい子だからアリシアさんも毒気が抜かれてしまったのかしら?」
「よくわかったの。さすがに泣きそうな顔をして街で迷子になっていれば毒気も抜かれるというものだ・・・」
「ちょっとアリス、そのことは黙っててくれよ・・・情けないだろ・・・」
「実際情けなかったの・・・日本語がしゃべれたとはいえ見た目幼子の私に縋りつくお前の姿は滑稽だったぞ?」
なんてことを言うんだこいつはと康太は憤慨するが、実際アリスの言うとおりであるために全く反論することができなかった。
「それで・・・そっちの・・・なんというか・・・絶妙に滑らかな物体は何なのかしら?先ほどから小刻みに動いているけれど・・・」
康太の生きている魔術という紹介だけではさすがにウィルの詳細を把握することはできないのだろう。智代は不思議そうな表情をしながら小刻みに震えているウィルの方に視線を向けている。
ウィルなりに自分の存在感をアピールしているのだろう。初めて会う人間にこれほどアピールをするというのは珍しい。
ウィルはウィルで智代に対して何か感じるものがあるのだろうかと少し首をかしげながら康太はウィルの紹介をすることにした。
「えっと・・・こいつらの紹介は・・・その・・・どうすればいいんだろう・・・説明が難しいな・・・」
「ふむ・・・トモヨよ、このウィルは多くの人間の意志を強制的に抜き取り、この軟体の物体に閉じ込めたものだ。おそらくは禁術のアレンジだと思われる。軟体の操作の多くを内包した意志にゆだねているのだ」
アリスの説明に智代の表情が変わる。先ほどまでは面倒な事象に巻き込まれていたものだと困ったような、それでいてうれしそうな表情をしていたのだが、今度は明確な嫌悪感を示していた。
「・・・そんなものを・・・どうやって・・・?見たところ康太君の指示に従っているようだけれど・・・」
「えっと・・・これまた偶然なんですけど・・・ある事件の犯人がこの魔術を操っていたんです・・・それでそいつを倒したら・・・なんか懐かれまして・・・」
なんか懐かれたという非常に雑で抽象的な説明に智代は先ほどの嫌悪感を忘れるほどに疑問符を飛ばしてしまっていた。
だが康太の説明も決して間違っているわけではないのだ。デビットを介して康太の体験を知ったウィルは、康太の頼みをほんの少しといえど聞き入れ、自分たちをこのような姿にした神父を打倒する手助けをした。
そして神父からの強制命令がなくなってからはほぼ自由意思に近い形で康太に従っている状態だ。
魔力を供給してもらっているからその分は働くというギブアンドテイクの関係になってはいるが、それはアリスもまた同様だ。
だがそれでも康太とアリス、どちらの言うことをよく聞くかといわれればやはり康太の方がよく言うことを聞いてくれる。
これはウィルの中に内包された人々の意志がそうさせているのだろう。
「それで・・・その犯人は?その犯人が術者であったのであればその人が戻ったらまた操作権を取り戻されてしまうのではないの?」
「あー・・・実は俺が倒した後、何者かに殺害されてるんです。意識不明の重体までは追い込んだんですけど、そのあと支部で拘束されてるところをやられたらしくて・・・」
「・・・そう・・・どういう経緯なのか正直あんまり理解はできないけれど、あなたが作り出したわけではないのね」
「俺こんな奇妙な魔術使えませんよ・・・それにただでさえ妙なのが増えてるんですから・・・これ以上増やしたくないです」
「こらコータよ、もしやとは思うが妙なのとは私も入っているのか?」
「当たり前だろ。妙なの筆頭。ウィルもそうだけどデビットはデビットでその経緯がわかるから妙ではあるけどその妙さ加減はあんまり高くない。全く経緯がわからないお前は一番妙なんだよ」
「む・・・では私の昔話を一から聞かせてやろうか?人間の人生数十回分の大長編を聞かせてやろうか?」
「遠慮しておく。それだけで人生が終わりそうだ」
アリスの今までの経験すべてを聞いていたらそれこそ聞くだけで一生分の時間を費やしてしまうかもしれない。
経験の宝庫といえば聞こえはいいかもしれないが、あまりに話が長すぎるとくどくなるだけだ。
特に彼女の経験の場合、数百年どころか千年単位で生きている可能性があるのだ。数十回程度の人生では足りない可能性だってある。
「まぁとにかく、最近俺の周りであったのはそんなところです・・・特になんか妙なのに囲まれて生活してます」
「・・・あなたが元気でやっているなら何よりだけどね・・・覚えた魔術は少し増えたのかしら?」
「はい、それなりに。まだまだいろいろ覚えなきゃいけないことが多いですけどね・・・」
康太がそういって困ったように笑うと、智代はそれを察したのか近くにあったメモ用紙を一つ手に取って何やら集中し始める。
「さっきもうお年玉は上げたけど、もう一つだけおまけしてあげましょう。これはあなたが覚えて損がない魔術よ。使いどころは少し難しいかもしれないけれど、きっとあなたなら扱いきれるわ」
そう言って智代は一枚の紙に術式を書いて康太に手渡した。それが一体なんであるのか、術式解析を用いれば理解できるだろう。康太は礼を言ってその紙を手に取るとまじまじと眺めていた。
それを見ていたアリスはふむと小さくつぶやく。
「よいのか?コータはサユリの弟子だぞ?手心を加えるようなことをするとまずいのでは?」
「構わないわ。年寄りのおせっかいだと思っていればいいんですもの。あの子に教えられなかった分、康太君に教えてもいいでしょう?」
小百合には破壊の魔術しか教えられなかった。その分を今康太に渡している。あの時どうしようもなかったが今は違うのだといわんばかりに智代は少し寂しそうに笑っていた。
「それで智代さん・・・実は折り入ってご相談があります。ウィルの事なんですけど・・・」
相変わらずふるえているウィルの方に視線を向けると、自分の出番なのかとゆっくりウィルは前進してくる。
智代と康太の間に居座ったウィルを見て、その場にいた三人は一斉にその軟体魔術に意識を向けざるを得なかった。
「この魔術・・・?に関して何の相談かしら?少なくとも私の知る限り、この魔術に対する知識はあまりないわよ?」
あまりということはないことはないのだろう。何せ智代はかつて第一線で活躍していた魔術師だ。
仮に禁術であろうともある程度の知識は保有しているのだろう。
「さっきも言ったように、ウィルの体の中にはたくさんの人間の意志が封じ込められています・・・そこでその人たちの意志を何とかできないかと思いまして」
「それは排除するということかしら?それとも救うということかしら?」
「・・・そのどちらもです。すでに肉体の方が滅んでしまっているので、生き返らせるというのはまず無理でしょうが・・・その・・・この体以外の何かに入れたり、あるいはもう少しまともな形で・・・」
康太がそれ以上言葉をつづける前に、智代の小さなため息で康太の言葉は遮られてしまった。
失望されているのかもしれないと康太が少しだけ戸惑っていると、その考えが杞憂であることに気付くことができた。
単純にどうしたものかと悩んでいるような表情だったからだ。
「康太君、一度混ぜたものを分離するにはどちらかを破壊するしかない。しかも分離できたとしても本来のものとは大きく変質する。そのくらいの理屈はわかるかしら?」
「・・・はい。そのくらいは」
「今回のこともそれと同じ。同じものを取り出そうとしても無理なものは無理。魔術はあくまで万能ではないただの技術。康太君が望んでいるのはもはや魔法の域の代物よ」
簡単にできることではないわと智代が言葉を結んだあとで、康太はその内容がどれだけの無理難題であったのかを少しだけ理解していた。
水の中に塩を混ぜた場合、塩だけを取り出すには水を蒸発させる必要がある。そうすれば水の沸点などの関係から塩だけを抽出することが可能だ。
だがその時にすでに内包されていた塩には温度変化という手を加えている。しかも水が蒸発する過程で不純物なども取り込んだだろう。
水そのものも蒸発してしまい、本来の形を保っているとは決して言えない。
これをウィルの状態に置き換えて説明するとウィルの体そのものも消滅するし、中にいる人たちの意志さえも強く変質、あるいは消滅する可能性があるということでもある。
それほどのリスクを冒しても彼らを救うだけの行動に意味があるのか、傍から聞いていたアリスは賛同できないレベルだった。
「コータよ、救いたいと思う気持ちは立派だ。だが方法もないままに、技術もないままにただ救おうとすれば傷口を広げるということも十分にあり得る。お前の気持ちは正しいものだが、同時に危険でもある」
「・・・助けようとするだけじゃだめってことか」
「本気で助けたいと思うのならば行動に起こすといい。だが行動には当然責任が付きまとう。本当の意味で救いたいと思うのならば確実な方法を見つけてからにするのだの。それにこいつらが自ら助けてくれといったわけでもあるまい」
アリスの言うように、行動には責任が付きまとう。仮に康太が助けたいという思いだけで行動を起こし、なおかつそのせいでウィルがこの世から完全に消滅してしまったらどうなるか。
ウィルの中の人々の意志そのものを消し去る結果になりかねない。行動とは常に危険と隣り合わせなのだ。
本当に助けたいと思うなら、救いたいと願うならばそのための行動を起こすべきなのだ。
確実に助けられる方法を模索し、研究し、没頭する。
智代が言っていた容易ではないというのはこういうことだ。つまり康太の残りの人生のほとんどを費やしてそういったことができる魔術を研究し、ウィルの中に込められた意志の一部を救済する。
一部だけを聞けば心温まる話なのだろうが、実際にはいろいろと問題点も多く、消滅という結果をもって救済と為す危険思考ともとらえられかねない。
それにアリスの言うようにウィル自身が助けを求めたというわけでもないのだ。
あくまで康太がこのままではまずいのではないかと思ったからこそこうして智代に相談していたのだ。
せめてあと少しまともになれれば。物を食べたり声を出したりいろいろできるようになるかもしれない。
そういった可能性を加味しての提案だったのだが、即座に断念されてしまった。
無論、康太が今後のすべてを投げ出してでも救い出したいと願うのであればそれを助けるだけの準備はあった。
だが康太はそこまでする義務はないと考えていた。
アリスの言った、救ってほしいと願われたわけでもなければウィルでい続けることを強制しているわけでもないのだ。
何せウィルの中にいた数人はすでに、あの神父が死んだときに消滅している。
今ウィルの中に残っているのはそれでもまだ意志を残していたいと思った者たちだけなのだ。
自らの意志で残ったものをわざわざ救い出そうとする。そのために多大な労力を強いられるのであればそれは本意ではない。
康太にとっても、そしてウィルにとっても。
「戻ってきたか・・・失礼なことはしなかっただろうな?」
智代との話を終え康太とアリスは小百合たちの待つ居間に戻ってきていた。康太達の顔を見た瞬間に小百合が視線を向け同時ににらみを利かせる。
特にアリスも一緒に戻ってきたことに強い不安を覚えているようだった。
「しませんよ・・・俺は」
「なんだコータ、私も礼儀正しくしていただろうに」
アリスの言葉にそうだったかなと康太は疑問符を浮かべる。少なくとも礼儀正しいという言葉の意味をもう一度考えたくなるような対応だったが、少なくとも失礼な行動はしていないのだからいいかと康太はそのままスルーしてしまっていた。
康太と一緒に戻ってきたウィルを見て神加が手招きをして早速クッション代わりにしている。
もはやウィルと神加はほぼセットのようになっている。神加はウィルと一緒にいたがっているように見えるし、ウィルもまた神加と一緒にいるのをよしとしている感があるように思えた。
「なぁアリス、ウィルの奴、神加と一緒にいる時間長いしさ、神加との魔力供給のパスを作っておいた方がいいんじゃないか?」
現在ウィルの魔力供給減となっているのは康太とアリスの二人だけだ。主に康太が魔力を供給し、アリスは康太がいない時の予備という形で魔力を供給している形となる。
康太がいないとき、そしてアリスが康太と一緒に行動しているときなどはウィルも大抵一緒にいるが、もしウィルだけが神加の近くにいた場合ある一定の魔力を使い切ってしまったら動けなくなってしまう。
動くための魔力は少量であるためにそこまで負担にもならないため、神加に供給パスを作っておいて損はないように思えたのだ。
「ふむ・・・それも手としてはありだと思うが・・・サユリよ、ミカの師匠としての意見を聞いておこうか?ミカの魔力供給能力はもうすでに安定しておるのか?」
「魔力の供給については問題なく行われている。寝ているときにもすでに魔力供給ができるようになっているようだ。そういう意味ではパスを作ってもいいとは思うが・・・」
「・・・思うが・・・何だ?何か思うところでも?」
「ん・・・活動しているところを見ていて思ったんだが・・・こいつは便利すぎる。早い段階でこういうものを近くに置いておくとよくないのでは・・・とも思っている」
その言葉に康太と真理はなんでこの人は師匠らしいことを言っているのだろうかと一瞬疑問を浮かべてしまうが、そういえばこの人は自分たちの師匠だったということを思い出し納得してしまう。
便利な道具というのはあって損はない。だが便利すぎる道具は同時に人間の機能を少しずつ衰えさせてしまうものだ。
例えば電卓などがその最たる例かもしれない。計算に必要な値と計算式を入力すれば勝手に計算してくれる。これは便利ではあるが使い続け、それが当たり前になってくると本人の計算能力に衰えが生じる。
これが十何年以上学業を通して数値計算などを当たり前にできるようになった人間であればその衰えは微々たるものかもしれないが、神加のように幼い子供であればその衰えは大きいものになるだろう。
ウィルの存在も似たようなものだ。あらゆる意味で便利なウィルを近くに置いておくと、確かにその便利さに依存してしまうこともあるかもしれない。
ウィルがいなくなったときに何もできないなどということにならないようにある程度距離を取ってほしいというのが小百合の考えのようだった。
言っていることはもっともだ。理解もできる。師匠として弟子を正しく教育しようとしている面は評価できる。
もしかしたら智代の前だからそうしているのかもしれないが、少なくとも現段階ではウィルの魔力供給パスを神加に作らせるのは難しそうだった。
「それに、こいつの場合少々特殊だ。もし神加の中にいる精霊たちがこいつとのパスを拒んだ場合何が起こるか・・・」
「そんなことってありますか?今も普通に一緒にいますし・・・」
「今みたいに物理的に接触しているのと、内面的に接触しているのは違う。そのくらいわかるだろう」
肉体による物理的な接触であれば何の問題もない場合でも、魔力をつないだことによる内面的な接触が起きた場合どうなるかはわからない。
違う種類の精霊を宿している二人が握手をしても何の問題もないが、違う種類の精霊を一つの体の中に宿すと喧嘩を起こす、それと似たような現象が起きる可能性を否定しきれないのである。
「後々、神加がもう少し成熟したのならパスをつないでおくのはいいと思うが、まだ時期尚早だ。もう少し様子を見ろ」
「というわけだ。ミカの師匠が却下したのであれば私が勝手に作るわけにもいかんだろう。ウィルには多少不便をかけると思うが、今のままの状態を継続することになるな」
「そっか・・・悪いなウィル、そういうことだ」
康太が神加の下敷きになっているウィルにそういうとウィルは自分の体の一部を腕の形に変えて親指を立てて見せる。
徐々にではあるが感情表現の方法が豊かになってきている気がするなと康太はウィルの成長(?)に喜びながら神加のクッションになり続けているウィルにほほえましい視線を向けていた。
「そういえば師匠は?師匠はウィルとのパスはつながなくていいんですか?」
「私はいらん。それにつないでいなくてもこいつは私の言うことを最低限は聞いているからな」
一応小百合の店で世話になっているということで家主である小百合の言うことはなるべく聞くようにと言ってある。
どうやらウィルはその言いつけをしっかり守っているようだった。
「そういえばさ、あの時からずっとその赤黒いの・・・ウィル?は康太君と一緒にいるんだよね?」
あの時とは康太が神父を倒した時のことである。あの現場を実際に見ていた幸彦は神加と一緒にいるウィルに視線を向けながら不思議そうな表情をしている。
「そうですけど、どうかしたんですか?」
「いやいや、結局引き取ってからずいぶん時間が経つみたいだけど・・・これっていったい何ができるのかなって思って・・・そんなに便利なのかい?」
ウィルが実際に活躍しているところをほとんど見ていない幸彦からすればウィルの性能が小百合が高評価するほどのものなのか疑問だったようだ。
実際ウィルの能力としては物理的に物を動かしたりする程度だが、もともとが軟体ということもあって非常に汎用性が高い。
こういうことは実際体験してみてわかることだなと康太はウィルに意識を向けた。
「神加、ちょっとウィルを借りるぞ」
「わかった」
神加は康太の申し出に素直に了承しウィルの上からどくと、ウィルは待ってましたと言わんばかりに幸彦の体にまとわりつく。
「おぉう!?これは・・・なんだか奇妙な感じだな・・・!」
幸彦の体を覆いこむ形で包んだウィルはその体をゆっくりとだが確実に動かしていく。
肉体そのものの操作ではなく肉体の周囲に外殻という形でまとわりつき外部から無理やり動かしているのである。
幸彦の体はウィルに動かされて奇妙な動きではあるがゆっくりと、だが確実に勝手に移動を始めていた。
「とまぁこんな形で動かしてくれるんです。幸彦さん今は体に何も力を入れてませんよね?」
「あぁ・・・これはすごいな・・・歩行補助みたいなものかな?」
「固まって鎧みたいにもなってくれますから防具としても優秀ですよ。あとは・・・フローウィル」
康太がそういうと幸彦の体にまとわりついていたウィルがその形を変える。先ほどまではただの歩行補助のために各関節部を重点に動かせるようにしていたが、今回は自身の意志で動けるように装甲の方に重点を置いた形でまとわりついていた。
「それが戦闘形態です。お望みとあればもっと攻撃的にもできますよ?」
装甲そのものを増やすことには限度があるが、攻撃力を上げる分には装甲部分を棘のように飛び出させることでこなすことは可能だ。
鎧の姿になったウィルを纏った幸彦は自分の体を軽く動かして可動部に支障がないことを確認していく。
「うーん・・・これはいいね、なかなかいい。確かにこれがあったら結構楽になるかもしれないなぁ」
「それだけじゃないですよ。多少テレフォンパンチになっちゃうかもしれませんけど、パンチを大振りで繰り出す瞬間にウィルの体を拳に集中して打撃力強化も可能なのです」
康太の言葉に、幸彦はゆっくりと拳を突き出すような動作をしてみせると康太の言う通り装甲になっていたウィルの体は幸彦の拳に集まり巨大な拳へとその形を変えていく。
その分腕が重くなって腕を突き出した状態を維持するのが難しくなっていたが、腕をひっこめると再び装甲の形に戻っていた。
「おぉ・・・瞬間的に攻撃力を上げられるんだね」
「もちろんその分防御力はがた落ちですけど・・・攻撃は最大の防御と申しまして」
「ふむふむ・・・ちょっと試していいかな?」
幸彦がそういうと、その体を纏っていたウィルの体が薄く光り出す。それが康太も扱える無属性エンチャントの魔術であるということはすぐに理解できた。
「なるほど・・・魔術に対して魔術をかけるなんて妙な気分だけど・・・一応普通にエンチャントは可能なんだね」
「あぁそうか。ウィルのその体はただの物質的なものだからエンチャントが有効なんですね・・・それならさらに攻撃力と防御力を上げられるかな?」
「ふむふむ・・・確かに戦闘面ではかなり有用みたいだけど・・・日常生活ではどうなの?そこまで便利かな?歩行補助なら別に・・・」
幸彦の言葉に康太は首をゆっくりと横に振る。まだまだウィルの本領はこんなものではないですよと薄く笑みを浮かべていた。
「アリス、いつもの頼む」
「了解だ。ウィル、趣味ベッドモード」
アリスの言葉に反応してウィルはその形を変えて強引に幸彦を横にさせる。
ちょうどベッドのように薄く体を伸ばして幸彦が眠りやすいように包み込むと同時にその形を少しずつ幸彦の体にフィットさせていく。
「これぞ趣味ベッドモード。寝ながらにして漫画も読める、パソコンもできる、しかも移動もできるというダメ人間製造装置。しかも体勢を変えるのと同時に形を変えることでどんな体勢でも体に負荷はかからない。夢のような状態だ」
アリスの言葉の通りだというかのようにウィルは幸彦が寝た状態で左右に動き出していく。
神加がいつも乗っている状態のベッドバージョンのようなものだ。乗せているものに全く負担をかけることなく縦横無尽に動き続けるその姿は機械的であり生物的でもある。
「これはその・・・必要な機能なのかな・・・?」
「何を言うか。寝落ちした時などはそのまま寝床に運んでくれるステキ機能がついているのだぞ。私やミカもよく世話になっているからの」
「・・・そうなんだ・・・」
幸彦はアリスのような自堕落な生活を送るつもりはないのか、少し複雑そうな表情をしていた。
必要といえば必要だし、いらないといえばいらない機能であるのは間違いない。
誤字報告を三十五件分受けたので八回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです