顔合わせのために
「あんたたちなに話してるの?アリスちゃん、お雑煮出来たわよ」
「おぉ、それではいただこう。コータ、気にするなというのは無理な話だが、気にしすぎないことだ」
「また無理なことを・・・まぁ意識しておくよ」
アリスが母親の作った雑煮を食べている中、康太がテレビを見ようとしていると、康太の姉が静かに康太の背後に近寄ってくる。
「ちょっとあんた・・・妙にあの子・・・えっと・・・アリシアちゃん?だっけ?仲がいいけど・・・ひょっとしてできてるわけ?」
見当違いも甚だしいその疑惑に、康太は思わずため息をついてしまう。確かにアリスは見た目少女だ。康太も最初見たとき勘違いしてしまったものだが実際は康太よりもずっと年上なのだ。
いや、正確に言えば全人類で彼女より年上の人間は存在しないだろう。
「脳みそピンク色の反応はそこまでにしてくれよ・・・俺とアリスはそういうんじゃないっての・・・大体、俺とあいつじゃ歳が離れすぎてるっての」
「あー・・・そっか・・・あんたそっちの趣味はなかったんだ。あの子可愛いからそのあたりは気にしないと思ってたわ」
歳が離れすぎている、康太は圧倒的な年上という意味で言ったつもりだが、康太の姉はかなり年下レベルの認識で受け取ったようだった。
無理もない、アリスは見た目幼女だ。歳の差を意識するとしたらまずそっちのほうに意識が向いてしまう。
昔の自分を見るようだなと思いながら康太はため息をつく。
「そういえばコータの姉君よ、いつまでこちらにいるのだ?私としては居候の身だ、家族だんらんを邪魔してしまうのであればどこかで時間をつぶそうと思うが・・・」
「え!?わ、私?私は明日ばあちゃんちに行くついでに帰るわ。そんなに気を遣わなくてもいいわよ」
「・・・ふむ・・・そうか・・・」
康太が言っていたよりもずっとまともな性格をしているのではないかとアリスは考えているようだったが、あれは外面をよくしている状態だ。康太に対しての対応はもっとひどいのが常である。
だがこれは好都合だった。アリスがいれば姉の亜美は傍若無人な態度をとることができないだろう。
康太はアリスがいてくれてこれほど感謝したことは今までなかったのではないかと思えるほどにアリスの存在をありがたく感じていた。
「そ、そういえばアリシアちゃんは」
「アリスでかまわんぞ。皆そう呼んでおる」
「あ、そう?えっと、アリスちゃんはどこの国出身なの?」
「私か?出身はイギリスだ」
アリスの出身国がイギリスだったとは康太も知らなかった。とはいえとっさについた嘘の可能性もある。
何せ今のイギリスという国で生まれたわけではないのは間違いない。数百年前にはイギリスという国が存在していたかも怪しいのだ。
土地的な意味での出身なのか、それとも協会本部からやってきたという意味でイギリスなのか、そのあたりは判断が難しかった。
「日本語上手よね。こっちに来てから勉強したの?」
「いいや、実は昔日本に住んでいたことがあってな。日本語は比較的得意なほうなのだ。なかなか達者であろう?」
「うん、すごく上手よ。でもどのあたりに住んでたの?」
「どのあたりといわれてもな・・・転々としていたし・・・ただ東京のあたりは行ったことがある。今とはだいぶ風景も違っていたがの」
昔というのが明治時代の話だなどと言われても信じることはできないだろう。風景が変わるのも当然だ。何せ百年以上時が経過してるのだから。
アリスは何一つ嘘は言っていない。嘘を言っていないというのがまた厄介な点なのだ。嘘を言っていればまだ見破ることもできたかもしれないのだが、何一つ嘘を言っていないというところがまた勘違いを誘発させてしまうのである。
「姉君は普段大学に行っているということだったが、どんな大学に行っているのだの?」
「え?わ、私?私は普通の経済学部だけど」
「ほう、経済学か。それはなかなか大変なところに通っておるのだの。今後の日本の社会を担う大事な学問だ」
「い、いやぁ・・・そんなにたいしたことは・・・」
康太の姉が謙遜しているように見えるかもしれないが、実際に経済学部は本気でやっている人間とそうでない人間は大きな差が出る。
大学によるかもしれないが少なくとも康太の姉が通っている大学はそこまで大したところではない。
平均よりやや上程度であるために、本気で学問を学びに来ている人間は半分もいないのだ。
たいていは就職のために入っておいたほうが有利だろう程度の認識でしかないために、康太の姉も普段は遊んでいるのが実情である。
「私も経済学は多少かじったが・・・やはり机の上と実際のそれでは全く違うからの・・・そのあたりは実社会で学ぶしかないということか」
「・・・アリスちゃんってすごいのね・・・実は天才?」
「何を言うか、私はただの凡人だ。多少ほかの人間よりも学ぶ機会が多かっただけのこと」
学ぶ機会はおそらくほかの人間の人生の数倍から数十倍はあっただろうなと思いながら康太はその会話を聞いていた。
アリスは間違いなく天才だ。そのあたりも若干の皮肉が混じっているのだろうなと康太はため息をつきながらテレビを眺めていた。
正月の一日はアリスとともに行動することで姉の行動を極力封じ込め、二日目は祖父母の家に行くことでその傍若無人を躱し、姉が帰ったことで康太はさっそく解放されていた。
とはいえ正月のイベントはまだ終わらない。今度は師匠筋の関係でのあいさつ回りが待っているのである。
康太たちは小百合の運転する車で、小百合の師匠である智代の家を訪れていた。
以前にも来たことがある大きな家、岩下の名前が刻まれている門柱に取り付けられた表札と、車でも悠々と通れるのではないかと思えるほど大きな木の扉。
これらを見て神加は純粋に驚いているようだった。
思えば康太もここに来るのは久しぶりだった。初めて来たときから一度も来ていないのだから無理もない話かもしれない。
「師匠・・・そんなにいやそうな顔しないでくださいよ・・・ただでさえ神加が警戒してるっていうのに」
「そうですよ、もう少し大人になってください。智代さんに会うのは久しぶりなんですからもうちょっと笑顔を作ってくださいよ」
「・・・師匠と会うのにどうやって笑顔を見せろというのか・・・お前たちだって私と会うときに笑顔なんて作らないだろうが」
そういわれるとその通りだなと康太と真理は思わず納得してしまう。康太たちは基本小百合と相対するときに笑顔など作らない。
なぜわざわざ小百合相手に笑顔を作らなければいけないのかという気持ちになるほどである。
だが師匠である智代に対する小百合も同じ気持ちなのだろうかと康太と真理は首をかしげてしまう。
「でも師匠、師匠だって智代さんにすごくお世話になったんでしょう?師匠みたいなピーキーな魔術師をここまで立派にしてくださったんですから」
「確かに・・・破壊しか覚えられないとか普通に考えたらデメリットしかないような魔術師なのにここまでの実力者になったんだから、もっと智代さんに感謝するべきですよ師匠」
「・・・感謝はしている。ここまで育ててくれた恩も感じている。だがだからといって笑顔を作る気にはなれん・・・お前たちはあの人の本当の怖さを知らんからそういうことが言えるんだ」
本当の怖さを知らない。康太と真理は視線を合わせて眉をひそめた。
思い返してみれば、小百合をはじめ、奏や幸彦といった戦闘に特化、あるいは高い戦闘能力を有している魔術師三人の師匠こそが智代なのだ。
あの三人をしのぐほどの実力を持ち、協会内でもいまだその名前を出せばそれなり以上の影響力を持つほどの実績を持つ魔術師。
すでに引退しているとはいえ、彼女の実力は決して衰えてはいないだろう。むしろ年を取ったことでさらに磨きがかかっているかもしれない。
「それほどの魔術師とは・・・私もぜひ会ってみたいものだ。久々にたぎるというものよ」
聞こえてきたその声に、康太と真理は視線を声の方向に動かす。するとそこにはさも当然のように顔を出しているアリスの姿があった。
後部座席のさらに後ろ、康太たちのカバンなどが積んであるトランクの位置である。そこから顔を出しているアリスの姿に真理は目を見開いた。
「あ、アリスいたんだ」
「い、いつの間に・・・まさか最初から・・・!?」
「ふふふ・・・お前たちの目を欺くくらいたやすいことよ・・・いや、約二名ほど気が付いていて止めなかったものがおるようだの」
その視線は康太と小百合に注がれていた。小百合は天性の勘から。康太はその中に存在しているデビットからその存在を看破していた。
看破していてなお、あえて彼女の同行を許したのである。
「師匠・・・気づいていたんですか?」
「私が気づいたのは車を動かしてからだ。さすがにもう止められんだろう・・・康太は最初から気づいていたようだったがな」
「まぁ、ちょっと訳ありでして・・・アリスと一緒にこいつもついてきてるんですよ」
そういって康太が合図をするとトランクの方から軟体状の赤黒い物体が後部座席にやってくる。
「ウィル!」
ウィルもついてきていたのだという事実を知り、神加はウィルの上に飛び乗る。相変わらずウィルの上が好きなのだなと思いながらも康太はその様子を眺めて目を細めていた。
「康太君、どういうことですか?アリスさんに加えてウィルまで・・・何か考えでも?」
「はい。まぁちょっとした話し合いをしたいんです。アリスに加えて智代さんの知恵も借りられれば何かしらいい案が浮かぶのではないかと・・・」
「・・・お前、まだそいつらを何とかしようとしているのか?」
そいつらというのがウィルのことを指していることくらい康太でも理解できた。ウィルの中にいる数十人の人間の意志。それを何とかして、もう少しでもまともな状態にできないかと考えているのだ。
無論アリスでもできなかったことだ、それを智代の意見が出たところで何とかなるとは康太も思っていない。
だが何もしないよりはましだと思ったのだ。それに、目的はそれだけではない。
「こいつらもちゃんとあいさつさせておいた方がいいかと思ったんですよ。一応うちの店に住んでるんですから」
「・・・はぁ・・・勝手にしろ」
康太にとってはむしろこっちの意味合いの方が大きかった。多少奇妙な組み合わせだが、智代には実際に紹介しておくべきだと思ったのだ。
今後のことも踏まえ、顔合わせは必須であると考えたのである。
日曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです