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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十七話「そしてその夜を越えて」
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年始の挨拶

年が明けて一日で、やはり自分の姉は大嫌いだと思いながら自分の兄弟子が姉だったらどんなに良かったことだろうかと考えながら正月の特番を眺めていると、再び康太の体の中にいるデビットがざわめきだす。


自分の精神状態が落ち着いていないせいなのかと思っていると、不意に康太の耳に声が聞こえてくる。


『コータよ、窓の外を見るがいい』


聞こえてきた声はアリスのものだった。康太がさりげなく索敵を発動しながら外を見るとそこには見たことのある金髪が見える。


塀の向こう側に見える金髪、康太の索敵では塀の向こう側にはアリスがいることになっている。


どうやら先ほどからデビットがざわめていたのは康太の精神状態が問題ではなく近くにアリスがいたからのようだった。


康太はとりあえず上にフリースを羽織ってサンダルを履き表に出る。すると待ってましたと言わんばかりにアリスがこちらに駆け寄ってきた。


「遅いぞコータ。もう少しきびきび動かんか。それとも寝起きだったか?それなら申し訳なかったが・・・」


「いいや、もう起きてからしばらくたってるよ。それで?なんでうちに来たんだ?」


「うむ・・・初詣とやらに行くのだが、一応お前の家族にも一つ挨拶をしておこうと思っての。いろいろと世話になっておるから年始の挨拶くらいするのが筋だろうて」


なるほどなと康太は納得してしまう。非常に礼儀正しくなおかつ何もおかしくないことだしむしろやってきてくれたことにはこちらから感謝したいところだが、今日に関しては遠慮してほしかった。


何せ今日は康太の姉がいるのだ。普段の生活の上で自然なことであれば暗示の魔術でも問題なく誘導できるかもしれないが、あいにくと姉は康太の家に普段いない存在だ。


さすがのアリスでも不自然な待遇に関して暗示の魔術で思い込ませることができるかは怪しいところである。


「前にもいったと思うけど、今姉貴が帰ってきてるんだよ。明日じいちゃんばあちゃんちに行ってそのまま帰ると思うから、明後日くらいにしてくれないか?」


「何を言うか。だから今日来たのではないか。今日でないとお前の姉には会えんのだろう?ならば今日しかチャンスはない」


「・・・お前、もしかしてわざと今日来たのか?」


「当然よ。きちんと挨拶してやるから安心せい。お前がそこまで言う輩がどこまでの人間か見てやろうではないか」


康太は普段から実姉の文句をよく言っている。その文句が逆にアリスの興味を惹きつけてしまったのだろう。


何というか余計なことをしたなと思いながら、これ以上拒んでもアリスは勝手に家に上がり込んでくるだろうとあきらめてしまった。


「・・・わかったよ・・・でもちゃんと暗示かけてくれよ?さすがに普段いない姉貴じゃ俺の暗示じゃ効かないだろうから」


「わかっておる。そのあたりは任せるがよい」


アリスは康太の後に続いて八篠家に入っていく。本当に入り浸っているなと康太は自分の家が侵食されているのを感じながらアリスを伴ってリビングに戻ってきた。


「康太どこ行ってたの・・・ってアリスちゃんじゃない。どこ行ってたの?」


「いやいや、朝の散歩に出かけていたのだ。さすがに寒くての・・・何か温かいものをいただけるかの?」


「はいはい、お雑煮でいいかしら?お餅は入れる?」


「うむ、一ついただこう。母君の料理はすべて美味いからの。楽しみだ」


「うれしいこと言ってくれるわね。あ、そういえばアリスちゃんは亜美に会うのは初めてだったわよね?亜美、ちょっと来て」


「なに?今顔洗ってるんだけど!」


顔を洗いに行っていた亜美はタオルを肩にかけながら自分の顔を拭いている。康太の姉の顔を見たアリスはなるほどと小さくつぶやく。


康太と康太の姉はあまり似ていない。だが細部はところどころ似通っているところがあるのだ。


特に若干の三白眼などはよく似ている。目つきもあまり良いとは言えないが、ところどころに康太の面影があるのだ。


さすがは姉弟というべきだろうか。


「何この外国人?え?可愛い!ちっちゃい!」


「初めまして、日本に留学に来ているアリシア・メリノスだ。八篠家の皆々方には世話になっておる。お前がコータの姉だの?」


「うわ、めっちゃ流暢な日本語・・・初めまして、そこにいる康太の姉の亜美よ。ていうかいつの間にうちホームステイなんてやるようになったのよ」


「ふふ、亜美がいなくなってから少し寂しくなっちゃってね、アリスちゃんはとってもいい子よ?日本語がすごく上手なのは私も初めはびっくりしたけど」


康太の姉は最初こそ不審がってはいたものの、いつの間にか自分の家がホームステイとして登録していたことや、そこにやってきたアリスという少女に何の違和感も不信感も抱いていないようだった。


これもアリスの暗示のなせる業か、これは見習わないといけないなと感心しながらも小さくため息をついていた。


やはり魔術師というのは一般人に対しては簡単にその場になじむことができるのだなと自分の暗示の未熟さに辟易しつつもこれからももっと努力しなければとやる気を出してしまう。


「そういえばコータ、サユリやミカ達も初詣に行くといっておったぞ。もしかしたらばったり会えるのではないか?」


「いや・・・神加には会いたいけど・・・さすがに家族といる時にばったり会うのはちょっとあれだな・・・」


家族と一緒にいる時に小百合と会うのが嫌だというのもあるが、康太が危惧しているのは神加のことである。


家族という存在を強く意識するようなことはなるべく避けたいのだ。以前行った遊園地では神加は遊ぶことに意識を向けていたためにそこまで気にする様子はなかったが、初詣などは基本的に家族と一緒に行くものだ。


当然家族連れも多くいる。そんな中にいて自分の家族がいったいどこにいるのかという疑問を抱かないか不安なのだ。


特に康太の家族と会えば、必然的に家族を紹介する流れになるだろう。そうなったときにでは自分の家族はとなる可能性がある。


「あの人もなに考えてるんだか・・・普段あんなにだらけてるくせに初詣だけはちゃんと行くのかよ・・・」


「これもミカのためと言っておったぞ。そろそろ過保護すぎるのも考え物だとな・・・確かに段階的に先に進まなければいけない時ではある。時間は限られているからの」


これで、神加が別にいつまででも小百合の店で養生していいのであれば時間など気にする必要はなかった。


だが神加の場合四月から小学校に通うという関門が待ち構えているのだ。


小学校は良くも悪くも家族との触れ合いが多くなる場所だ。運動会に授業参観、それ以外にも山ほど家族の力を借りる状況がある。


そんな状況下で神加が正常な精神状態を維持できるかどうかは、小学校に入学する前にどれだけ彼女が精神を回復させられるかにかかっている。


そして小百合はそれを早めにさせようとしているのだ。神加の家族に対する疑問、そして真実への探求、それらを早い段階で進めさせようとしているように思えた。


「・・・コータよ。もしミカが両親のことを聞いてきたら、どうするつもりだ?」


「・・・正直に話すつもりだよ。隠していたってしょうがない。あの子が本気でそれを聞いてきたら、隠すほうが難しい」


あのように見えて神加は賢い子だ。まだ感覚的なものではあるだろうが、人の善し悪しや本質を見抜いているように思える。


おそらくだが、嘘なども見抜いているのではないかと思われる。彼女に嘘をつくのは難しい。それは嘘をついてもばれるからというだけではない。真摯に聞いてきたその疑問について康太がうそをつけないというのも原因の一つだ。


「それがなるべく遅ければよいのだがの・・・」


「そうだな・・・アリスから見て神加の状態はどんな感じなんだ?」


「・・・良くも悪くも不安定だ。矛盾した言い方になるかもしれんが不安定な状態なのにもかかわらず妙に安定している」


不安定な状態なのに安定している。確かに矛盾を含んだ言い回しだ。不安定であるということは危険であるはずなのに、安定しているという言葉が入ってくるとそこまで深刻ではないのではないかと思えてしまう。


「結局のところ危ない状態なのか?それともいい状態なのか?」


「それがわかれば苦労はせん。私も人を見て長いが、精神を病んだものを専門にしていたわけではないのだ。できることは気休め程度よ・・・ただ以前に比べると記憶の整合性がつき始めているのも確かだ」


記憶の整合性。それがどういうことか康太は心当たりがあった。


以前文と一緒に神加の記憶を覗いたことがある。断片的に襲い掛かる記憶の奔流。抜け落ちた記憶の中からどうでもいいことや重要なこと、ありとあらゆることを適当に拾い集めたような記憶の欠片たち。


何の耐性もない文が見ただけで吐き気を催すほどの無秩序な情報の塊、それがかつての神加の記憶だ。


だがその記憶に整合性がつき始めている。これは良い傾向とみるべきなのだろうか、康太は少し考えていた。


「その記憶って、具体的にはどのあたりからだ?」


「ふむ・・・コータたちと出会ってからの記憶は比較的安定してみることができる。もちろんであった当初の記憶はひどいものだが、ここ一カ月の記憶は安定しておる。それ以前の記憶は以前よりほんの少しマシになった程度か」


「・・・マシって・・・具体的には?」


「あの断片的な記憶を覚えておるか?無茶苦茶に瞬間だけを切り取ったような記憶、あれが徐々に時系列順にまとめられつつある」


「・・・なるほど・・・そういうことか・・・」


かつての神加の記憶は時系列すらばらばらだった。いつどこで誰がなんて当たり前のことが全くわからないほどに無茶苦茶だった。


だが徐々にではあるが、その記憶にも時系列、つまり『いつ』という部分がまとめられつつあるのだ。


それが良い傾向かといわれると、正直微妙なところではあるが、神加の精神状態が回復しつつあるという一つの指標にはなる。


「こればかりはミカ本人の状態を見るしかあるまい。体調ならばまだ何とかしてやれたのだが・・・心となると・・・やはり時間と周りの人間の助けが必要だ・・・もっともその時間もある程度しかないのだが」


「・・・やっぱりそうだよな・・・小学校に上がる前にある程度までは回復させてやりたいけど・・・」


そうは言うものの、肉体的な外傷ではないのが問題なのだ。外傷ならば肉体強化などをかければ治せる。自然治癒でも可能だし、医者に診せるというのも一つの手だ。


だが心はそうもいかない。医者に診せたからと言って全治何か月という形で保証されることもない。そこが難しいところなのである。


土曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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