康太の姉
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
一月一日の朝。康太は起きてまず両親にその言葉を告げていた。
「はいあけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします。はいこれお年玉ね。大事に使いなさいよ?」
「ありがとうございます。大事に使わせていただきます・・・ところで姉貴は?」
「まだ寝てるわよ?昨日帰ってきたのも遅かったしね・・・お雑煮食べる?」
「食べる。餅一つで」
康太は寝巻のまま椅子に座って雑煮ができるのを待っていた。さりげなく索敵の魔術を発動すると確かに姉の部屋には一人誰かがいる。
あれが姉であるということは容易に想像できたが、このまま寝ていてくれないだろうかと眉をひそめてしまっていた。
「今日はどうするんだ?初詣行くのか?」
「そうね、お父さんとお姉ちゃんが起きてきたら一緒に行きましょうか。明日はおじいちゃんのところに行くから朝ちゃんと起きてね」
「はいよ・・・了解了解」
そういえば祖父母に会うのは実に久しぶりだなと思いながら康太は眠気を引きずりながら少しあくびをして見せる。
今日はアリスもウィルもこの家にいない。魔術とは切り離された日常に康太は懐かしさすら感じていた。
何せ康太が魔術師になってから約十カ月、家の中でさえ魔術に近しい生活を送っていたのだから。
特にアリスが来てからはその傾向が強かった。家に頻繁に入り浸るアリスがいるだけで家の中が魔術のにおいで満ちていく。
ここまで完全に魔術から切り離された空間というのも珍しい。というか八篠家は康太以外は魔術師ではないのだから本来この形こそが正しいのだ。
「お母さんおはよぉ・・・ってあれ康太、あんた昨日と一昨日どこ行ってたのよ」
康太が雑煮を食べていると、のろのろとゆったりした動きで寝癖をつけたままの康太の姉がやってくる。
康太の実姉、八篠亜美。康太に長年無茶苦茶な態度をとり続けた康太にとって憎むべき肉親である。
「寝癖ついてんぞ姉貴。昨日は友達と年越ししてたんだよ。一昨日は泊りがけでずっと遊んでた」
「へぇ・・・泊りがけで遊べるほど金持ちなわけ?あんたバイトとか始めたの?」
「やってねえよ。てかその手はなんだ」
雑煮を食べている康太の前に姉の手が差し伸べられる。何かをよこせと言わんばかりのその手はさも当然のように康太の前にあった。
「いや、金持ってるならちょっとよこしなさいよ。どうせ高校生なんてろくに使わないんだから。つつましく一人暮らししてるお姉ちゃんによこしなさい」
「ふざけんな。仕送りしてもらってんだからやりくりくらいしろよ。大体バイトしてるんだろ?」
「そうよ、働かざるもの食うべからず。というわけであんた働いてないでしょ?さっさとよこせ」
相変わらず自分の姉は性根が腐っているなと康太は雑煮の餅をかみちぎりながら怒りそうになるのを必死に抑えていた。
体の中で康太の怒気に影響されたのかデビットが妙にざわめていているが、今はそのことを気にしている場合ではない。
「久しぶりに会っても変わらねえなその態度・・・絶対嫌だ。欲しいなら力づくで奪ってみろくそ姉貴」
「・・・へぇ・・・そういう口きくんだ。随分偉くなったね?」
「そっちこそ随分偉くなったな?手を出されたら男のくせにとか言うようなやつが随分と強気じゃねえか。男女平等をはき違えてる馬鹿にこれ以上の対応をしろってのが無理だね」
康太がそういいながら雑煮を飲み干すと、姉の平手打ちが康太の顔面めがけて襲い掛かる。
相変わらず手の早いことだと思いながら康太はその平手打ちを片手で受け止める。小百合の攻撃に比べれば止まっているも同然の攻撃だ。反撃しようとするのをためらうほど遅い動作だ。攻撃というのも戸惑うほどである。
「ちょっとあんたたち、正月からいきなり喧嘩しないでくれる?」
「こいつが挑発したのが悪いんじゃん、私悪くないし」
「あの程度で挑発とか言って先に手を出すとかどれだけ気が短いんだよ。癇癪持ちの子供でももう少しこらえ性があるぞ」
「・・・あんたさっきから何?喧嘩売ってんの?」
「喧嘩売ってんのはそっちだろ?無茶苦茶言い出したのもそっち、先に手を出したのもそっち、俺はむしろ我慢してるほうだぞ?」
理屈で言えば確かにそのとおりである。先に無茶苦茶を言い出したのは間違いなく康太の姉だし、先に手を出したのも姉だ。
どちらが喧嘩を売っているかといわれれば当然康太の姉のほうだろう。
だがこれが当たり前だったのだ。ひどいことに、康太と康太の姉の姉弟関係はずっとこんな感じだったのである。
今更この姉の性格が変わるとも思えない。今更変わるとは思えないからこそ康太もそれなりの対応をすることに決めたのだ。
「はいはいそこまで。顔合わせるとすぐ喧嘩するんだから・・・亜美、先に手を出すほうが悪いわよ。ほら亜美のお年玉。弟にたかるような真似しないでちょうだい」
「・・・はーい、わかりました」
母からお年玉を受け取った亜美はその場では収まったふりをしていても、その目は覚えていなさいよと康太をにらみつけていた。
なんでこんなのが自分の姉なのだろうかと康太は大きなため息をついてしまっていた。




