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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十七話「そしてその夜を越えて」
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康太と文のこれから

「悪いわね、送ってもらっちゃって」


「なんのなんの、こんな夜更けに女の子を一人にさせるのはさすがにな・・・」


康太と文は年越しを終えた後、除夜の鐘が鳴り響く中それぞれの家に帰るべく小百合の店を後にしていた。


康太は文を家まで送るべく一緒に戻っているのだ。この時間帯ならば肉体強化の魔術を使って走り回ってもいいかもしれないが、年末に関しては多くの人が起きているためにあまり目立つ行動はとれない。


康太と文は二人で並んで深夜の一月一日を歩いていた。


「それにしてもまた今年が始まるか・・・あともう少しで一年だよ」


「魔術師歴?二月のどのくらいの時期だったっけ?」


「えっと、二月の半ばだったかな?推薦入試が終わった後で、塾に顔を出した帰りだったから・・・」


康太はそういいながら自分が魔術師になるきっかけになった建物のある方向に視線を向けた。


唐突に噴出した炎は今でも思い出せる。自分に襲い掛かった謎の攻撃の数々を今でも覚えている。


あの夜、自分を殺そうと部屋に潜り込んできた女の魔術師の姿は、ひび割れた仮面は、その仮面の奥にある瞳は今でも脳裏に焼き付いている。


「あの時寄り道なんてしないでまっすぐ帰ってたらまた変わってたんだろうけどな・・・うまくいかないもんだよ」


「ふぅん・・・でもよかったんじゃない?私はそれでよかったと思うわよ?」


「なんで?一般人として生きてたほうがよかったんじゃないのか?」


魔術師としてではなく、何も知らないただの一般人として過ごしていたらまた世界は変わって見えたのだろう。


その体が痛めつけられることもなく、その心をむしばまれることもなく、その精神に負荷をかける必要もなかったかもしれない。


だがそれでも、文はそれを否定する。康太が一般人として生きていたほうがよかったなどという可能性の中にある幸福を否定する。


「確かにあんたは・・・正直一般人としての生活のほうが向いてるように見えるけどね・・・そのおかげで私はすごく助かってるもの」


「なんだよそれ・・・俺の幸せよりもほかの人間の幸せか?」


「ふふ、そういうとちょっとかわいそうに思うけどね。でもあんたはあんたが思っている以上に、あんた以外の人を幸せにしているのよ?」


そういって文は康太の鼻先に自分の指を伸ばす。康太が思っている以上に、康太は多くの人を救ってきた。


いや、それは人ではないのかもしれない。もう人ではなくなったものも含まれている。

救われなかった、世界を呪ったかつての神父の残滓を


現代の神父によってさらわれ、生きながらにして魂を抜き取られた人々を


魔術師によってその人生を狂わされ、精神を病んでしまった少女を


そして、今康太の隣にいる、一人の魔術師を


まだ少ないかもしれない、だが少ないとは言っても康太に手によって救われたものは確かに存在するのだ。


康太が一般人であったなら、おそらく未だに苦しみの中にいた彼ら、それらを救ったのは、救いの手を差し伸べようとしたのはほかでもない康太自身だ。


中には偶然助ける結果になったというのもある。だが康太が魔術師でなければ、かかわっていなければそもそも存在すらしなかったその救済は、確かに康太の手によってなされたものなのだ。


「幸せ・・・ねぇ・・・俺自身あんまり幸せじゃないんですがそれはどうしたらいいんですかねぇ・・・」


「ふふ・・・そうね・・・じゃああんたの幸せは私が何とかしましょう。あんたが生きててよかったって、魔術師になってよかったって思えるように何とかしてみるわ」


「何とかって・・・何とかなるのかよ」


「任せなさい。魔術師何年やってると思ってるのよ。あんた一人幸せにするくらいわけないわ」


そういいながらも文は満面の笑みを浮かべる。若干顔が赤いように見えたが、それはきっと寒さだけが原因ではないだろう。


そんなことを話している間に二人は文の家にたどり着く。


もう二人の時間はおしまいなのだなと文は少しだけ残念に思いながらも門の前で振り返り康太を見る。


「ありがとね康太」


「気にすんなよ。紳士だからな俺は」


「そっちじゃなくて・・・去年一年・・・四月からずっと一緒にいてくれて」


家まで送ったことに関してではなく、文は自分と共に過ごしてくれたことに関して礼を言っていた。


本当に世話になった。本当に頼りになった。本当にありがたかった。この気持ちは何を言っても、何度礼を言ってもきっと完全に伝えられることはないだろう。


「気にすんなって。こっちもすごく助かったんだ。むしろこちらこそありがとうだ」


「そういってくれると嬉しいわ。力になれたなら・・・ううん、これから力になれるように私も頑張るから」


もう十分力になってくれているぞと言いかけて康太はその言葉を止める。せっかく文がやる気になってくれているのだ。茶々を入れる必要はない。


「今年一年・・・ううん、これからもよろしくね」


「あぁ、よろしくな」


康太と文はそういいながら互いに手を差し伸べて握手する。


二人が握手したのはいったいいつぶりだろうか。そんなことを考えながら二人は互いに互いの体温を感じながら、新たな一年が始まってすぐの時間を共に過ごしていた。


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