年末の風景
「なんだ、こっちに戻ってきたのか」
店に戻ってきた康太たちを最初に見つけたのは小百合だった。いつも通りぶっきらぼうな態度に康太は辟易しながらも店の中に入っていく。
「そりゃそうでしょ。バイクこっちに置かなきゃいけないんだから。姉さんや神加は?」
「神加はテレビを見ている。真理はそばをゆでているところだ」
ナイスタイミングってわけですねと康太は店の中にバイクを止めると店の中に当たり前のように進もうとしていた。
それに続いて文も店の中に入っていく。すると奥のほうから何やら文を呼ぶ声が聞こえてくる。
「おーい・・・フミよ。こっちだ」
「何よアリス。めちゃくちゃだらけてるわね」
声の主はアリスだった。神加と一緒にテレビを見ているのだが、明らかにだらけている。神加と一緒にウィルをクッション代わりにして横になりながら完全に脱力してしまっているのだ。
なんともひどい光景だ。これが全世界で最高の実力を持つ魔術師とは思えない。これを本部の人間が見たら一体どう思うだろうかと少しだけあきれながら文はアリスのもとに向かうことにした。
「あ、お姉ちゃん。おかえりなさい」
「ただいま神加ちゃん。それでアリスなにか用?」
神加の頭を軽くなでながら、文はアリスに意識を向ける。いったい何の用だと思いながらも文はその用件を大まかにではあるが予想できていた。
「何か用とはご挨拶だな・・・どうだった?二人きりでの遊園地は」
「・・・楽しかったわよ。いろいろとハプニングはあったけど」
「ほほう・・・やはりカナデに話を通しておいたのは正解だったということか。奴もなかなかいい仕事をする」
「・・・本当にあんたがリークしたのね・・・ていうかそういえばあんたしか私と康太のことは知らないはずだったものね・・・」
「ふふん・・・情報というのは与えるものによってその意味が変わる。カナデはお前の気持ちを読み取って非常に良い仕事をしたと見えるな。顔に出ておるぞ」
アリスは文の顔を見てうれしそうに、そして楽しそうに笑うと再び年末番組を流しているテレビに視線を戻した。
こいつは本当に見透かしたようなことを言うなと文はため息をつきながらもアリスの頭を軽く叩く。
「確かにありがたかったけどねアリス、こういうデリケートなことを他人に気軽に話すのはどうかと思うわよ?ちょっとあんたの信頼度が下がったわ」
「何を言うか、フミを後押しするために最適な人物に相談したと自負しておるぞ?そのおかげで役得だっただろう?」
「それは・・・」
アリスの言うように確かに得はあった。康太と寝泊まりができたこともそうだし、一緒に遊ぶこともできた。いろいろと思うところもあったが満足している一泊二日だったのは間違いない。
寝ぼけて康太に抱き着いていたことを思い出した文は顔を赤くしてしまい、それを見たアリスは下卑た笑みを浮かべる。
「なるほどなるほど・・・どうやらずいぶんといい思いをしたようだの。フミはわかりやすいから面白い」
「からかうのはやめて。アリス、確かに奏さんに相談したのは・・・まぁいい判断だったのかもしれないけど、私の知らないところで吹聴するのはやめて。一応デリケートな問題なんだから」
アリスが善意をもって奏に相談し協力を求めたのは文だって承知している。いやどちらかというと面白そうだからという感情があったのかもしれないがそこは正直どうでもいいことだ。
問題なのは文の知らないところで勝手に文の事情を話されたということである。
文としては自分の秘密を勝手に話されたような感じがしてどうにもいい気分ではないのだ。それは結果とはまた別の話である。
「ふむ・・・確かに少々配慮に欠けた行動だったかもしれんの・・・そこは反省し謝罪しよう。すまなかったなフミ。二度とこのようなことはしないと誓おう」
「わかってくれたらいいのよ・・・あんたの言うように・・・その・・・いろいろとありがたかったし・・・」
照れながら頬を掻く文を見てアリスはにやりと笑みを浮かべる。
何を考えているのかはさておき、あまり良い表情とは言えなかった。
「まぁまぁ、何があったのかちょっと教えてもらおうかの。年が明ける前に今年の恥をすべて教えてしまうがいい」
「ちょっ!やめてよね!記憶覗こうとしないで!さすがにそれはダメ!」
「よいではないかよいではないか・・・見られたところで減るものでもないのだろう?多少面白いことになるだけかもしれんぞ?」
「やめて。私の記憶の中だけに取っておきたいんだから・・・」
「・・・ふむ・・・ならば仕方がない。コータの頭に聞くとしよう。コータよ、ちょっと来てくれんか?」
「あー!?もうすぐ茹で終わるからちょっと待っててくれよ!」
いつの間にかそばを作る作業を手伝っていたのか、台所から康太の声が聞こえてくる。
自分の記憶ではなく康太の記憶を読まれたら完全に今回の件が露見してしまうと、文はウィルに指示してアリスをがんじがらめに拘束していた。
「行かせないわよアリス。これは私と康太だけの秘密なの。入ってくるならあんたでも容赦しないわ」
「面白い。小娘風情が、私を止められるとでも思って」
「アリスうるさい、テレビ聞こえない」
不意にアリスの顔に押し付けられた座布団によってアリスのセリフは途切れてしまった。テレビに集中していた神加がアリスを黙らせようと座布団で攻撃したのだ。
子供というのは時に恐ろしいなと思いながら、文とアリスは毒気が抜かれてしまい神加と一緒にテレビを見ることにした。