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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十七話「そしてその夜を越えて」

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文の誓い

部屋が暗くなってからどれくらいが経過しただろうか。


同じベッドで横になっている康太と文。康太はもうだいぶ疲れていたのか、静かに寝息をつき始めている。


何せ遊園地の中でファストパスを手に入れるために全力疾走したり、神加を楽しませるためにかなり頑張っていたのだ。眠ってしまうのも無理のない話だ。


だが文はというと、あまり疲れていないのと康太が隣で寝ていることがかなり緊張してしまうためか眠れずにいた。


横でのんきに寝息を立てている康太に若干の苛立ちを覚えながら文はゆっくりと体を起こして横で寝続けている康太の顔を見る。


完全に油断している顔だ。いや安心しきっている顔といっていいだろう。文を完全に信頼しているからこそこういった顔ができるのだろう。


何の心配もしていない、何の不安もない、そういった寝顔だった。


「・・・なんでこんなのを好きになっちゃったんだか・・・」


自分が好きになった男がこうして自分に何の気も使わずに眠りこけている現状に、文はため息をつきながら康太の顔を覗き込む。


康太が自分のことをどう思っているのか知りたい。だが同時にそれを知ってしまったらこれからどうなるかわからない。


もう今のような関係には戻れなくなるかもしれない。もう一緒にいられなくなるかもしれない。


だが逆にこれからずっと一緒にいられるかもしれない。それこそ一生。死が二人を別つまで。


「もうちょっと意識しなさいよ・・・これでも結構ドキドキしてるのよ?」


「・・・んー・・・?むが・・・」


文の言葉に反応したことで一瞬康太が起きたのかと思ったが、どうやらただの寝言であるようで未だ眠り続けていた。


「康太・・・あんた私のことどう思ってるわけ?」


眠っている状態で聞いたところで答えが返ってくるはずもない。文は康太の頬をつつきながらため息をついていた。


康太はというとつつかれていながらもまったく気にしないといった様子で眠り続けている。変なところで神経が太いのだなと思いながらも文は康太の顔を眺め続ける。


「んー・・・ベル・・・それはさすがにダメだって・・・」


「・・・何よいきなり・・・どんな夢見てんのよ」


いきなり術師名で呼ばれたことで文は驚くが、康太は眠ったままだ。どうやら夢を見ているらしい。


妙に楽しげな声だ。半分笑っているようにも見える。ここまではっきり寝言を言うタイプだったのだなと文は少し意外そうな表情を浮かべていた。


思えば康太と一緒に寝たことは少ない。そして康太が寝ていたのを見たのはたったの三回だけだ。


一回目は康太が封印指定百七十二号に侵された時、そしてもう一回はそのあとに奏の依頼を受けて一緒にホテルで寝泊まりした時。三回目はこの間の膝枕の時。


一回目はうなされていて、時折何か言っていたがそれは康太の言葉ではなかった。そして二回目は文もつかれていたために康太の寝言など聞いていない。三回目は仮眠に近かったため寝言を言う暇もなかった。


こんな風にはっきりと寝言を言われると少し驚いてしまうなと文は笑みを浮かべていた。


どんな状況だろうと自分の夢を見ている。それが嬉しく思えてしまったのだ。


「大丈夫よビー、このくらい大したことないでしょ?」


「・・・いや・・・ダメだって・・・さすがに畳返しはやりすぎだって・・・」


「畳返しってどんな夢よ・・・ていうかどんな状況よ・・・」


寝ている人間と話すと寿命が縮むという逸話があるが、それが本当かどうかはさておき夢の中の自分がいったい何をしようとしているのか少し興味があった。


そして何やら難しそうな顔をしている康太を見て、文の視線はその唇に移っていく。


今なら気づかれないかもしれないなと思いながら、文は体を起こして康太の顔を見下ろす形になる。


「ビー、息を止めなさい、ほこりが出るわよ?」


「・・・ばいって・・・やめとけって・・・どうなっても知らないぞ・・・?」


相変わらず夢の中の自分は畳み返しをしようとしているのかと文はあきれながらも、本当に息を止めた康太に苦笑してしまっていた。


自分の言うことを完全に信頼してくれている。こうして不意打ちをしようとしている自分を康太はどう思うだろか。


そんなことを考えて、普段康太のほうが不意打ちばかりしているのだからこれも因果応報だなと文は自分で納得してしまう。


「康太・・・起きてるときにできないから・・・ちょっとだけ・・・」


髪をかき上げ、自分の心臓の鼓動が強くなっていくのを、顔に血が集まっていくのを感じながら文はゆっくりと康太の唇に自分の唇を近づけようとする。


起きているときにはまだできない。自分にはまだその勇気がない。そう言い聞かせようとして文はこのチャンスをものにしようとしていた。


十センチ、五センチ、一センチ。文の吐息が康太の口元にかかるほどの近さにやってきて、文はその動きを止める。


ほんのわずかに唇をかんで小さくため息をついた。


「・・・ごめん、やっぱこういうのは起きてるときにやらないとね・・・ビー、もう返し終わったから息していいわよ」


文の言葉を理解しているかのように康太は止めていた息を再び開始していた。その様子に文は苦笑してしまう。


いつか絶対に自分から、起きているときにやって見せると意気込みながら文は布団をかぶって眠りに就こうと目を閉じる。














「文・・・おーい、文さん?」


翌朝、文は康太の声で目を覚ました。もう起きなければいけない時間だろうか、そんなことを考えながら人肌のぬくもりを感じながら瞼を開けたり閉じたりしていた。


頭まで布団をかぶっているせいか、康太の顔は見えない。寒い冬の朝にこのぬくもりを手放すのは惜しいと文は実感できる温かさを抱きしめようとまどろみの中に再び入る前に康太に返事を返していた。


「なによ・・・今何時・・・?」


「いや・・・まだ六時なんだけどさ・・・」


「じゃあいいじゃないの・・・開園八時とか八時半とかでしょ・・・?バイクで十分そこらで行けるんだから・・・」


仮に八時半から入ろうと思ったら八時くらいに並んでいれば十分だろう。今日の分のフリーパスは昨日のうちにすでに仕入れてある。あとは並ぶだけなのだ、六時に起きる必要があるとは思えなかった。


というかなぜ康太がこんな朝早くに自分を起こそうとしているのか文には理解できなかった。


「うん、その通りなんだけどさ・・・」


「もしかしてホテルの人に朝食とか呼ばれた・・・?いやさすがにそれは早すぎでしょ・・・もうちょっとだけのんびりさせて・・・」


こういうホテルならばルームサービスなどもあるはず。それならばこの部屋に朝食を運んでもらったほうがずっと楽だろうと思いながら文は瞼を閉じた状態で再び寝息を立てようとするが康太が再び文の体をゆする。


「いや文、悪いけど緊急事態なんだって。起きてくれよ頼むから」


「緊急事態って・・・どうしたの・・・?」


「とりあえず腕を解放してくれ。動けない」


康太の言葉の意味をうまく理解できずに、文は仕方なく目を開けて現状を把握しようとする。


腕を解放するとはどういうことだろうかと思いながらかぶっていた布団から顔だけ抜け出すと、そこには康太の顔があった。


自分を起こすためにここまで近くにいたのか、そんなことを考えたが自分の体の状態を確認してその可能性を否定する。


文は康太の体に抱き着いていた。いや正確には康太の腕に抱き着き、自分の足を康太の足に絡ませている状態だった。


数秒間、その状態を維持したまま思考を停止させ、ようやく現状を正しく理解できたのか文は飛び起きて康太から離れる。


「ちょ!?なん!?だってハン、ハンガーは!?」


「俺はこっち側にいたよ。お前が朝起きたら俺に抱き着いてたんだよ・・・お前って抱き枕とかないと眠れないタイプだったか?」


「え?!あ、あぁそうなのよ。最近家で抱き枕使ってて・・・たぶん無意識だったわ、うん絶対無意識だった!」


「まぁいいや・・・もう限界だ・・・!トイレ行ってくる!」


文の慌てふためく不自然な様子を問い詰めるよりも、康太は自分の尿意に耐えるのがもうすでに限界だったようで勢いよく、それでいて漏らさないようにゆっくりとトイレまで小走りで進んでいった。


どうやら相当トイレを我慢していたようだ。文を起こす前に何度かしがみつかれていた状態から解放されようと努力していたに違いない。


康太がトイレに向かった瞬間文は頭を抱えてしまっていた。


文は普段抱き枕なんて使わない。だというのにいつの間にか康太に抱き着いていたという事実が重くのしかかっていた。


康太は尿意のせいであまり気にしていないようだったが、寝ぼけて抱き着いていたなんて恥ずかしすぎるにもほどがある。


穴があったら入りたいというのはこういう状況のことを言うのだろう。他人から見れば、いや他人から見るまでもなく文自身も自分の顔が赤くなっていることを理解できていた。


あの時感じていた多幸感、二度寝のまどろみに近いあの感覚、あれが二度寝しようとしていた時の感覚だったのか、それとも康太の体に抱き着いていたからだったのかは文にもわからない。


しくじった、今年最大の失態を侵してしまったと文は頭を抱えて悶えていた。


「いやーすっきりした・・・悪いな文、朝早くに起こしちゃって」


「・・・べ、別にいいわよ、抱き着いてた私が悪いわ・・・寝ぼけてたとはいえその・・・ごめん」


「気にすんなって。寝顔はめっちゃ幸せそうだったけどなんかいい夢でも見てたのか?」


「え?あー・・・特に夢は見てなかったけど・・・」


康太に抱き着いて、康太のにおいをかぎながら寝ていたのだ。おそらく自分は相当だらしない顔をしていただろうなと文は恥ずかしくて顔を覆ってしまいたくなっていた。


こういう時に仮面があれば表情を隠せるのにと思いながら文はもう終わってしまったことはどうしようもないと考え勢いよく立ち上がる。


「顔洗ってくるわ。驚いて目も覚めちゃったし」


「そうか?んじゃ俺も起きるかな・・・二度寝したら寝坊しそうだし」


何とか康太と顔を合わせないように、そして怪しまれないように早歩きで洗面所へと向かう。


少しでも顔色を平常状態にしなければそう思って鏡を見ると文は自分が非常にだらしない笑みを浮かべていることに気が付く。


こんな顔は康太には見せられないと、この寒い中あえて冷水を顔にたたきつけて自分を叱咤していた。











「いやぁ、やっぱ年末だから混んでるな」


康太たちは遊園地にたどり着くと、中に入ってアトラクションの列に並んでいた。昨日と同じように康太が主要アトラクションのファストパスをゲットし、文があらかじめアトラクションに並ぶ形で分担したのである。


「そうね・・・年越しをここでやろうって人も多いでしょうから・・・でも今日はその前に帰るんでしょ?」


「あぁ、道路の規制が始まる前にな。寒くなるけどそのあたりはフォローしてくれ」


「はいはい・・・って言っても風を防ぐくらいしかできないわよ?」


「十分だって。この時期にバイクで移動すると寒くてな」


「あんたも風なら十分に使えるでしょうに。暴風を使えば風の防壁くらいは簡単に張れるでしょ?」


「まぁな。でも帰り道は運転に集中したいんだよ。正直あんまり二人乗りってなれてないからな」


今までは交通法を守るという意味で二人乗りはやってこなかったが、今回はせっかくの機会だからということで二人乗りに挑戦するついでに、いや遊園地で二人きりで遊ぶついでに二人乗りに挑戦したのだ。


せっかく遊びに来たというのに事故を起こしては楽しかった空気も体験もすべてが台無しだ。

そんなことにならないためにもしっかり集中したいのである。


もっとも、この年末の混雑の中だ、普通に運転していても事故を起こさない保証はどこにもない。


アリスが一緒にいればよかったが、あいにくとアリスはすでに帰っている。康太の運転技術にすべてがかかっているといっていいだろう。


「まぁせっかく二人だけなんだ。ここは楽しもうぜ」


「・・・そうね・・・アトラクションもそうだけど、買い物とかもしたいわ。バイクだからあんまり入れられないかもしれないけど」


「そこは収納スペースが増えてるから安心しろ。重いものはあまり入れられないけどな」


バイクの改造のおかげで武器を入れるスペースは拡張されている。まだ改造されて間もないために中に武器関係を入れていないこともあって多少のお土産程度であれば十分に収納できる。


「そういえば何で二人で遊ぶってことになったんだっけか?最初はカラオケに行こうとか言ってたよな」


「今までずっと一緒にいたのに二人だけで遊んだことがなかったからでしょ。四月からだから・・・もう八ヶ月・・・いや、もうすぐ九ヶ月になるのね」


「もうそんなになるか。それでもまだ一年たってないんだよな・・・っていうか俺の経験年数もまだ一年未満だし・・・」


「あんたの場合はちょっと特殊でしょ。戦闘系ばっかり覚えすぎなのよ。もうちょっと他のものも覚えなさい」


そうは言うけどなぁと康太は複雑そうな表情を浮かべている。実際文の言うように普通の魔術師ならば平均的に少しずつ能力を上げていく。


本人の適性もあるが、隠匿、調査、戦闘、その他という形で訓練をしていくのだ。それは魔術的なものだけではなく本人の技術的なものも含まれる。


康太の場合今まで師匠である小百合から受けている訓練はそのほとんどが戦闘系ばかりなのだ。


戦闘に特化した魔術師になってしまうのも仕方がない話だろう。だがそれもしっかり理由があってのことだ。


「・・・まぁ、あんたの事情は分かってるからこれ以上は言わないけどね・・・それに少しずつ戦いだけじゃなくなってきたし。特に五感系の魔術はすごく相性がいいしね」


「そうだな・・・次は聴覚強化でも覚えようかと思ってるよ。嗅覚の次は聴覚だろ」


「あるいは視覚にかかわるものでも覚えてみたら?今の見え方じゃなくて全く別の見え方ができるとかそういうの」


康太の起源は本人の五感にかかわる魔術との相性が非常にいい。そのため嗅覚を強化する魔術との相性も良く、それ以外の五感にかかわる魔術とも相性がいいと思われる。


活動の上でうまく利用できそうな感覚は視覚、嗅覚、聴覚の三つだ。触覚と味覚に関しては調査にも戦闘にも活用できるとは考えにくいため、康太はまずその三つの感覚にかかわる魔術を覚えるつもりだった。


感覚強化に携わる魔術は基本的に風属性であるために康太はたいてい覚えることが可能だ。本人の相性もあって覚えるのにそこまで苦労はしないだろう。


「俺のことはいいとして、そういう文はどうなんだ?なんか新しく覚えようとしてるものとかないのか?」


「そうね・・・私はちょっと戦闘系を覚えようと思ってるのよ。毎回毎回あんたに助けられてるんじゃちょっと心もとないしね・・・」


「今のままでも十分だと思うけどなぁ・・・あとは経験だろ」


「そうは言うけどね・・・なんかこう手札が足りない気がするのよ・・・あと一歩が及ばないというか・・・相手に比べてなんかこう届かないというか・・・」


文が言いたいことは理解できる。文の魔術は多彩だ。攻撃に関しては康太と同じかそれ以上の数の攻撃方法を有している。


だというのに文の攻撃はあまり相手に当たらない。それは文自身が攻撃したくないと考えている部分もある。


康太のように割り切ることができていないというのもある。


康太は戦闘の経験が必要だといったが、文はまだ必要な魔術が足りないと考えているようだった。


康太と文はアトラクションをめぐりながら精一杯今日という日を楽しんでいた。何せ遊園地にくることができる日など限られているのだから、楽しまなければ損というものだ。


「いやぁ・・・二日連続とはいえやっぱいいな。まだまだいけるぜ」


「今日は神加ちゃんもいないからね。体力の続く限り遊べるし・・・あ、あれ買っていかない?おいしそうよ?」


「いいね、食べ歩きするか」


遊園地内のところどころにおいてある売店、それぞれの売店で売っている味が違ったりするポップコーンやチキンを楽しむことができる。


しっかりとした店に行けばもう少しちゃんとしたものを注文することができるため、康太と文は遊園地の中を歩きながらそれぞれの味を楽しんでいた。


すでに夕方を迎えようとしている遊園地はすでに赤色に染まりつつある。今年が終わる、康太にとって劇的だった今年が終わる。


もうすぐ今年が終わってしまうのだなと康太は少しだけ寂しくもあり、同時にうれしくもあった。


今年を乗り越えたのだという一種の経験になったと確信できていた。その経験は誰にでもできるものではない。


「なぁ文、観覧車のらないか?きっといい景色だぞ?」


「いいけど・・・なに?雰囲気とかそういうのを考えてるわけ?」


「ちょっと歩き疲れたっていうのもあるけどな。せっかくいい夕焼けだし」


「・・・そうね、いいわよ」


康太と文は観覧車の列に並び、二人で観覧車の中に入る。


ゆっくりと昇っていく観覧車、少しずつ高くなっていくその景色に康太と文は目を奪われていた。

いい夕焼け、康太が言った通り美しい光景がそこには広がっていた。


遊園地を染め上げる真っ赤な夕日。そしてその夕日に負けじと輝こうとするアトラクションの群れ。


夕焼けの反対側は徐々に暗くなり、わずかにではあるが星がその姿を見せつつある。昼と夜の境界線、そのちょうど真ん中に自分たちがいるような錯覚を康太と文は抱いていた。


「文、今年はありがとな」


「何よ突然、なにに対してのお礼?」


「なんていうか、全部だな。たぶん文がいなかったら乗り越えられなかったことばっかりだったと思うから」


「・・・それを言うなら私もよ。あんたがいていろいろ面倒はあったけど、あんたがいたから乗り越えられた。感謝もしてるわ」


雰囲気に流されたというわけではない。康太が妙にしんみりとしていることに文は気づいていた。


そしてその目を見て、康太が何を考えているのかを察してしまった。燃えるような夕日、焼け付いているかのような遊園地の中、そしてそこにいる人々。


彼らを見て康太が何を考えているのか、文は何となく察していた。


何せ康太の体からほんのわずかに黒い瘴気が漏れ出しているのだ。気づけないはずがない。その挙動に、その思考に追い付けないはずがない。


「ビー」


「・・・なんだ?ベル」


文が不意に術師名で呼んでも、康太は何も驚かずに反応を返した。もう何度この名で互いを呼んだだろうか。もう何度この名で呼ばれただろうか。


康太と文、ブライトビーとライリーベル。一人の人間としても一人の魔術師としても、二人は長い時間を一緒に過ごしてきたのだ。


「あんたに初めて会った時、初めて戦った時のこと、覚えてる?」


「覚えてるよ。一本の木刀と二つの魔術でお前と戦った時のことだろ?」


「そうよ・・・私は負けて、あんたは勝った。一緒に過ごすようになっていろいろあって・・・あんたはいろいろ抱え始めた」


「・・・抱えてるつもりはないんだけどな・・・」


そういって康太は自分の体からデビットを顕現させる。黒い瘴気は人の形をいびつに作り出していく。


夕焼けをまっすぐに見つめる黒い瘴気は、何か思うところがあるのかその光から目を離すことはなかった。


「ビー、もう何度も言ったことだからもう同じことは言わないわ。だから別のことを言ってあげる」


もう何度も言ったこと。自分に抱えられないものを抱えるな。自分にできないことをしようとすれば負担がかかる。それは心身ともにだ。特に康太は心に強い負担を抱えてしまっている。


それを文は軽減させてやりたかった。


「ビー、私はあんたの味方よ。最初以外の今までと、これからずっと」


初めて会った時、戦いを挑んだ時以外、文はずっと康太の味方だった。そして文はこれからずっと康太の味方であるとここで口にした。


それは一種の誓いのようなものだ。これから自分はずっと康太の隣にいるという、一種の文の宣誓のようなものだ。


「・・・わかってるよ。頼りにしてる」


「えぇ、頼りにしなさい。あんたが持ちきれないものは私が預かってあげる。あんたがいやだって言っても、無理やり持っていくからね」


康太に言ったところで言うことを聞かないのはわかりきっている。だからこそ文は少し強引に行くことにしたのだ。


観覧車の頂上で夕焼けに染まりながら文は満面の笑みを浮かべる。康太はそれを見て一瞬目を見開き、そして薄く笑みを浮かべる。


こういう文だからこそ、自分は一緒にいたいと思っているのだなとそう考えながら。


康太と文は土産物を買ってから遊園地を後にしていた。


康太のバイクに土産物を詰め込み、二人でバイクに乗り込んでさっそうとその場を去っていく。


世間は年末。街のそこかしこで夜だというのに未だ光がともっている。みな一様に年越しのカウントダウンをしようと今もなお起きているのだろうか。


街を走れば走るほど、通り過ぎれば過ぎるほど、自分たちが今年末という年の終わりの時間にいるということを実感させられる。


「なぁ文、これからどうする?」


「どうするって?」


「このまま家に送ってもいいけど・・・せっかくだからさ、うちの店に来ないか?一緒に年越しじゃないけど・・・」


年越し、といっても何があるわけでもない。ただ一緒に過ごし、新しい年になったということを実感する程度の一種の儀式でしかない。


おそらく店には小百合や真理、神加、アリスもいるだろう。彼女たちと一緒に過ごすというのも悪くはない。文はそう思っていた。


「構わないわよ、せっかくだしね・・・なら年越しそばでもごちそうになろうかしら?ちょうど戻ったときが夕食時じゃない?」


「そうだな。一応師匠に連絡しておくか・・・春奈さんはどうするんだ?」


「師匠は年末年始は実家に戻ってると思うわよ?でもどうして?」


「どうせなら一緒にと思ったんだけどな。せっかくだしさ」


「あの二人を会わせるとろくなことにならないわよ?せっかく穏やかな年末だっていうのに」


「そうだけどさ。今年のことはすべて水に流す的な意味も含めて」


今年はいろいろあった。問題も起きたし面倒も起きた。そして何より世話にもなった。そういったことを最後に一緒に会って水に流すというのも悪くはないだろう。


もっとも彼女たちの場合水に流した瞬間にまた新たないさかいを生みかねないが。


「一応師匠に聞いておきましょうか?今師匠がどこにいるのか」


「そうだな、メールかなんかで聞いておいてくれ。せっかくだし一緒に年越ししよう」


「そういうあんたは実家のほうはいいわけ?確かお姉さんが帰ってきてるのよね?」


「・・・そういう事情もあるからなるべく家には帰りたくないんだよ・・・可能なら顔も見たくないんだからさ」


本当に嫌いなのねと文はため息をつく。


康太は実の姉が大嫌いだ。これ以上ないほどに嫌っているといっていいだろう。逆に言えばそれくらい康太の姉が傍若無人だということなのだ。


康太曰く小百合がまだましだと思えるほどだという。それは人間として破たんしているレベルではないかと思ってしまうが、仮にも康太の身内だ。あまりとやかく言うのは良くないだろうと文は自らを戒めていた。


「それでもね康太、その人はあんたのお姉さんなんでしょ?嫌いでもちゃんと顔を見ておきなさい。家族ってそういうものでしょ?」


「・・・そうかもしれないけどさ・・・まぁ、元旦には嫌でも顔を合わせるからそこであいさつするよ。それまではお前たちと一緒に過ごす。そのほうが楽だしな」


「・・・そう・・・ならいいわ」


文はヘルメット越しに康太の背中に自分の額を当てる。強く抱きしめることで康太の体温が感じられる中、文は康太の体から離れないように腕に強く力を籠める。


こうして抱きしめていられる時間があとどれくらい続くだろうか。あの朝のぬくもりに比べて、やはり少々物足りなく感じてしまう。


康太の腕を抱きしめ、足を絡め、康太のぬくもりを肌で直接感じていたあの感覚が忘れられない。


寝ぼけていたとはいえ、何ということをしたのだろうかと思う反面、寝ぼけていてよかったと強く思ってしまうのもまた事実だ。


「康太」


「んー?なんだ?」


「・・・すごい綺麗ね」


「ん?あぁイルミネーションか。年末だからっていうのもあるかもしれないけど、だいぶ飾りつけしてるよな」


康太たちが走りながら飾りを見て、文は小さくため息をつく。色とりどりの光が通りすぎていき、また新しい光が見えてくる。


人が作り出した光のせいでもう星は見えないが、街そのものに星が現れたかのような光景に文は見とれてしまっていた。


「月が見えればもっとよかったんだろうけど、ビルが多くてどこに月があるのかわからないな」


「そうね・・・ちょっと残念」


「まぁ天気もいいし、あとで見れるだろ」


「そうね・・・綺麗な月だといいわね」


月が綺麗ですね。そんな言葉をそういう意味で使うほど文は詩人ではない。康太がその言葉の意味を知っているかどうかはさておき、少なくとも文はそういったあいまいな言葉を言うつもりはなかった。


だから、今は本当に小さな声で、誰にも聞こえないようにその言葉をつぶやいた。


「好きよ・・・康太・・・」


康太に向けられた言葉だが、康太は文が声を出したことすらも気づかず運転を続けていた。


勇気をふり絞って出された声は誰にも聞こえることはなく、いつかこの言葉をちゃんと言うのだという文の一種の決意に変わっていた。


その決意が実を結ぶのがいつのことになるのか、それはまだだれにもわからない。


誤字二十件分受けたので五回分投稿


康太達が来ている遊園地には観覧車があります。これでこの場所が千葉県にある某東京Dランドではないことは確定的に明らか。いいね?


これからもお楽しみいただければ幸いです

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