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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
四話「未熟な二人と試練」
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魔術師と一般人のあいだで

「ていうかこんな魔術が使えるならさ、事件が起こった時とかはこれ使えばいいんじゃないのか?その場所に行かせないようにするとかさ」


「それができればいいんだけどね・・・さっきも言ったけど、今発動してる魔術はちょっとしたきっかけで解けちゃうのよ。術をかけてる付近で騒ぎでも起こったらたぶんすぐに解けちゃうわ」


もし問題が起こった場合、事前にその場所を予測してその方向に意識を向けないようにすることはできるかもしれないが、爆発や衝撃といった部分的な発生だけではなく周囲に伝播するものだった場合、文の発動しているこの暗示の結界は効果を現さなくなる可能性がある。


効果範囲が広い分無意識下での効果しか及ぼさないために、意識的にその原因を探ろうとした場合どうしても効果が薄くなってしまうのだ。


そもそも事件が起きる場所を事前に予測するというのは容易ではない。ただでさえいつ事件が起こるか、事件が起きるかどうかもわからないというのに魔術による結界を張ることができるとも思えなかった。


「案外ままならないもんだな・・・結界って言ったらそれこそ張り続けることができると思ってたけど」


「種類によるわね。今発動してるのは人の無意識に作用する結界だから脆いけど、物質に作用する所謂障壁を張るんだったらそれなりに強度はあるわ。もっともそれだけ張るのに苦労するけど」


魔術というのは万能ではない。発動が容易であればあるほどそれだけ単純な効果しか得られないし、効果が複雑かつ強力であればあるほど発動の難易度は上がっていく。


さらに言えばいくら威力の高い魔術といえど万能とは言えない。道具と同じように正しい用途が存在し、それを外れた効果は得られない。


だからこそ多くの魔術を身に着け多くの状況に対応できるようにするのが魔術師であるのだ。


「いっそのことさ、俺らが泊まる合宿所?みたいなところを中心に外に意識を向けないようにさせることってできるか?」


「あー・・・内部から外部への意識の操作か・・・できなくもないけど・・・範囲広いわよね?確かどれくらいだったっけ今度泊まる場所って」


魔術における結界の範囲というのは当然ではあるがその範囲が広ければ広い程に必要とする魔力もそれを維持するための技術も必要になってくる。


今文が発動しているのは康太と文がいる購買部から少し離れた場所にあるベンチの一角。そこに周囲の人間の意識が向かないようにしているだけであって効果範囲は視界に収まる程度。遮蔽物などを考慮してもせいぜい十数メートル程度だ。


だが今回康太達が行く場所は当然ながら一学年が丸ごと宿泊できるだけの施設だ。その施設全体に無意識へと作用する結界を張るとなると相当な魔力と労力を消費することになるだろう。


しかもそれだけの消費を強いられても何か問題があり、なおかつきっかけでもあればすぐに解除されてしまう。


同学年の生徒たちを守るためとはいえ、割に合わない動作に違いはない。


「お前でも覆いきるのは難しいか?」


「この学校と同じくらいの大きさであれば十分に覆えるわ・・・問題はその準備ね。いっそのこと方陣術も併用するかな・・・」


方陣術、要するに陣を描いてそこから魔術を発動できるようにするという事である。


彼女が方陣術を扱えるとは知らなかったために康太は僅かに目を見開いていた。


「お前方陣術使えるのか?」


「実戦で使える程の練度は無いけどね。じっくり準備してちゃんと集中状態を保てるなら問題なく使えるわ」


方陣術というのは扱いが非常に難しい。通常の魔術が自らの体の中で魔力を練って発動するのに対し、方陣術はあらかじめ体外に描いた術式に魔力を通わせることで術を発動するものだ。


つまりは魔力を正しく術式の書かれた場所に流し込めるだけの魔力操作の技術が必要なのだが、問題はそれだけではない。


電気に電流や電圧、周波数があるように魔力にも一種の波長のようなものが存在する。


康太はまだ詳しくその話を聞いていないが、方陣術が電化製品のそれに近いという事を聞いていた。


正しい波長の魔力を流し込まなければ発動することすらできない。機械に要求されているヘルツ数の異なる電気では動かないのと同じ理屈だ。


ただ魔術を発動することしかできない康太からすれば方陣術はまだ手も届かない領域の技術なのである。


「魔力は足りるか?必要なら手伝うけど」


「あんたは余計なことしなくていいわ。万が一の場合はあんたがオフェンス、私がディフェンスを行うからそのつもりで」


オフェンスとディフェンス。簡単に言ってはいるがその配役が非常に正しいものであるというのは康太は理解していた。


オフェンスはつまり敵対行動をとっている魔術師がいた場合合宿所から離れて行動し戦闘を行う。つまりはそれだけ同級生たちから離れることになる。


対してディフェンスはとにかく同級生たちのいる合宿所の近くに居続けることになる。


万が一魔術の存在を知られるようなことがあればすぐに暗示をかけられるようにしなければならない。防衛という意味でも暗示をかけるという意味でも多くの魔術を修得しなおかつ技術があり暗示もかけられる文が残るのが適切だろう。


「オフェンスか・・・お前ひとりで守るの大丈夫か?」


「あんたがいたってたいして変わらないわよ。変に被害を出されるよりは離れててくれた方がいいわ。」


自分達が襲われるようなことになった場合、それは小百合が関係している可能性が高い。


つまり小百合の敵が康太を狙ってくる可能性が高いという事でもある。


はっきり言って康太が合宿所の近くにいるとそこが戦いの場になりかねないのだ。同級生たちを守るためにも戦いの種である康太は遠くにいたほうがいいのである。


それに何より仮に康太が合宿所にいたとしてできることなどありはしない。


康太は今のところ戦うための技術しか身に着けていないのだ。そもそも隠匿のために必要な魔術を一切覚えていない時点で、何より防衛のための魔術を覚えていない時点でディフェンスには向いていないのである。


それに何より文は康太の性質を防御よりも攻撃に向いていると思っていた。


攻撃を防ぐとかそう言う意味ではなく、康太は防御側に向いていない。誰かを守りながらの戦いはできないと思ったのだ。


康太はまだ素人同然。大勢の人間がいてそれらを考慮した戦いをしなければいけないよりは自分の目の前に敵だけがいるような状況の方が高いパフォーマンスを発揮できると考えたのである。


その考えはおおよそ正しい。康太はそれなり以上に高い処理能力や頭の回転を有しているが、それはあくまで普通の人間としてだ。


まだ彼は魔術師として高い思考力と対応力を持っているというわけではない。


一対一という状況ならば他に考えることはないために高いパフォーマンスを発揮できるかもしれないが、自分と敵以外の外的要因があった場合、能力を最大限発揮できない。


実際にその場面が来ないとわからないが、少なくとも康太はまだ経験不足。周りの命がかかっているディフェンスに回すより自分と相手の命だけを心配するだけでいいオフェンスに適用したほうが勝率が高い、文はそう判断したのだ。


「万が一の場合はみんなは私が守るわ。あんたは敵を叩き潰しなさい」


「・・・へぇ・・・お前にそんな事言われると思ってなかった」


「・・・あの人に影響されたかしら・・・いやになるわね・・・」


小百合のところで修業をするようになってから文の中にもある変化が訪れているようだった。


今までの考え方ではなく、新しい考え方が生まれていると言ったほうがいいだろう。


その考え方が正しいかどうかはさておき、文は少しずつ成長してきている


「師匠に影響されるってのも変な話だな。俺が影響されてないのにお前が影響されるなんてな」


「あんたの場合あの人よりもずっと変な魔術師だからよ・・・魔術師になりかけの人間なんだから影響も何もないでしょうが」


康太はまだ魔術師としては未完成、未熟というにも満たない実力しか持ち合わせていない。それ故に魔術師としての考え方ができない以上、誰かに影響されるも何もあったものではない。そこにあるのは影響というよりは教育といったほうが正しい。


康太は今まさに教育をされている最中だ。幼子が親や教師から導かれるのと同じように、魔術師として成長をし続けている最中である。


そこにあるのは影響とは違う、正確に表現するのであれば吸収している最中なのだ。


「周りへの被害とかは考えなくていいのか?」


「あんたが合宿所の近く一帯を更地にできるなら止めるところだけど、そんなことできないでしょ?」


「そんなことできたらいいよな。師匠ならできるかな・・・?」


そりゃ無理でしょといいかけて文は口をつぐんだ。もしかしたら小百合ならばできるのではないかと考えてしまったのだ。


小百合の実力は康太も文も正確には理解していない。だが魔術師の界隈で数多くの面倒事を起こし、魔術協会からも問題児として扱われている小百合の事だ、そのくらいのことができていても不思議はないと考えてしまったのである。


「とにかくあんたは問題を起こす奴がいたら倒しなさい。それ以外の面倒事は考えなくていいわ。全部私が片付けておく」


「いいね、優秀な相棒がいると楽でいいや」


「相棒とか止めてよね。どっちかっていうとあんたのお守りを任されてる気分よ・・・」


あながち間違ってないかもなと康太は笑っている。


自分の未熟を理解し、文の方が圧倒的に自分よりも強者であるという事を理解したうえでの反応だった。


その反応は文に複雑な表情をさせるには十分だった。


どんな形であれ康太は自分に勝利したのだ。そのことをもっと前面に出して対等な立場を貫こうとしても不思議はない。それどころか自分の方が上だと言ってもいい状況なのだ。公平な勝負で彼は勝ち、自分は負けたのだから。


だが康太は序列を話し合いで決める時もそうだったが、自分の方が下だと思っている。


客観的に見れば康太の方が実力が下なのは間違いない。文もそのあたりは理解している。


だがこうも簡単にそれを認められてしまうと、康太に負けた自分の立場がないように思えてしまうのだ。


康太が嫌に大人に見えてしまう。試合に負けて勝負に勝つではないが、康太は一度二度の勝ち負けよりももっと別のものを見ているような気がしてならないのだ。


事実康太はそこまで先日の勝負の勝ち負けにはこだわっていなかった。


康太が拘るのは自分の実力の客観的な評価。一度や二度のラッキーパンチでは意味がない。


誰に襲われても勝てるだけの実力が康太には必要なのだ。それを手に入れられるのがいつのことになるのか、それは康太自身まだ理解できていない。


「っと・・・もうこんな時間か・・・悪い文、そろそろ戻るわ。あんまりダラダラしてると先輩にどやされる」


康太は近くにあった時計を眺めながらベンチから勢いよく立ち上がる。体を軽くストレッチしながらいつでも動けるだけの状態を保とうとしていた。


それを確認すると文は周囲に展開していた魔術の結界を解除し小さく息を吐く。無意識を操作する魔術を解除したことで周囲の一般生徒の動きが正常に戻っていく中で彼女も自分の体を軽く動かしていた。


「そう言えばあんたって陸上部だったっけ?走ったりしてるわけ?」


「あぁ、俺は短距離と中距離と槍投げとハードル走だな。まぁとにかく走ったりしてる」


ふぅんと文は興味なさそうに康太の全身を眺める。康太の体はそれなり以上に引き締まっている。


身長は百七十前半くらいだろうか、細身ながら筋肉もついており軽やかに動けそうな体躯をしている。


長めの手足に短い髪、まさに陸上選手という印象を受ける。


「そっちはテニス部だろ?いいよな球技が上手いやつは、対戦できると楽しそうだ」


「そこまでうまいわけじゃないけどね、あんただって球技くらいできるでしょ?」


「いや俺はダメだ。なんか狙った場所に球が飛んでかないんだよ。大抵ホームラン」


テニスや卓球に関しては康太は全くと言っていいほどセンスがなかった。力加減や微妙なラケットの調整のセンスがないのか、相手のコートの中に返すことができないのだ。


一番まともにできる野球に関しては打つことはできる。狙いを定めることはできないが当てることは十分にできる。だが野球部に入るほど野球が好きというわけでもなかった。


サッカーに至っては足を使ってボールを操るという事が絶望的に下手だった。

基本的に康太は球技の才能が欠如しているのである。


文が魔術を解除したせいか、それとも偶然か、数人の生徒が購買部に向けて歩いてくるのが見えると同時に康太は文と別れて自分の部活動に戻っていった。


いつものような筋トレや体力トレーニング、記録測定などを行っていると先輩たちに見つからないようにコソコソと青島と島村が康太の近くにやってくる。どうやら先ほどの文とのやり取り、というか途中で文と別れたところを見ていたのだろう。ニヤニヤしながらこちらの顔をのぞき込んでいた。


「おいおい八篠、鐘子と何話してたんだ?」


「親戚同士の話だよ。どっちかっていうと伝言に近い」


「最近よく一緒にいるよね。今度何かあるの?なんなら一緒に行こうか?」


どうやら何かを口実にして文との接点を持ちたいと思っているのだろう。文は外見は完璧と言っていいほどだ。性格だって決して悪いというわけではない。少々思ったことを口に出しすぎるきらいがあり、彼女が魔術師であるという事を鑑みても十分以上に魅力的であると康太も思う。


もっとも強く攻撃され軽く殺されかけているという事から彼女を恋愛関係の目で見ることは正直難しくなってしまっているのだが。


「そんなに文と関わりたいなら何かしら話すればいいじゃんか。学校にいればいくらでもチャンスあるだろ?」


「バッカお前な、あの子結構難易度高いぞ?なにせ結構な人数の男子が狙ってんだ」


「隣のクラスの男子は話しかけて玉砕されたらしいよ。そこはかとなくやんわりと断られたってさ」


これで文が大人しく、なおかつ内気な性格であったのならまた結果は違ったのだろうが生憎文は大人しいというのとは対極にあるような性格をしている。


攻撃的とまではいわないが自分の言いたいことははっきり言うし、自分のやりたいことはやろうとする。


我が強いというのはまた少しニュアンスが違うかもしれないが、少なくとも同級生の男子に対して遅れを取るような性格ではないのは確かだ。


つまりこの二人はその情報をすでに知っていたからこそ文と関わりがある、というか親戚同士という設定になっている康太に助力を乞うているのである。


赤の他人同士よりも親戚の友人という始まりからの方がいくらか攻略しやすいと考えたのだろう。


その考えは確かに間違っていない。もし康太が青山と島村の立場だったら同じような行動をとったかもしれない。


だがだからと言ってそれをあっさり了承するわけにはいかなかった。康太と文が互いを偽の親戚関係としたのは二人が話していても何の違和感もなく、なおかつ怪しまれないようにするためだ。別に仲良くなりたかったわけでもないしそうする必要があったからこそそうしたまでの事。


それを第三者に利用されるというのはあまり気分が良くないし、何より文はそのようなことは好まないだろう。


もし第三者が、というかこの二人が康太と文の偽親戚関係を利用しようとしたら彼女がどのような顔をするのかは想像に難くない。


まず間違いなくそのしわ寄せは自分にやってくるだろう。これからどのような立場になるかもわからないのにこんな変な形で借りは作りたくなかった。ただでさえ自分は魔術師として未熟で彼女に迷惑をかけているというのに余計なところで負担をかけるわけにはいかない。


もちろん良縁であるなら紹介するのも吝かではないが、この二人は少なくとも興味本位以外の何物でもない。


「それで俺を利用しようとしてるならやめてくれよ?こっちだっていろいろあるんだから」


「わかってるってわかってるって、あんまり無茶は言わねえよ」


「まぁ下心があるのは認めるけどね」


青山と島村は笑いながらまだ康太を経由しての文との関係を諦めていないようだった。本性を知らないというのはなかなかに面倒なものだなと康太は小さくため息を吐いた。


今回から投稿量増やすために土日は二回分投稿します


前作でもやった措置ですね、投稿量を増やすためならなんでもやりますさ!


今回は土日なので二回、そして評価者人数が75人突破したので合計三回分投稿

これからもお楽しみいただければ幸いです

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