二人乗り
「それじゃあね康太君。帰り道気を付けるんだよ?」
「わかってます。幸彦さん、今日はありがとうございました。姉さん、アリス、神加のこと頼みます」
「了解しました。お二人もまだ楽しんでくださいね」
「任された。フミ、頑張れよ」
「はいはい、それじゃまた」
康太たちはそれぞれ別れの言葉を告げると別行動を始めていた。
幸彦たちは幸彦の車に乗ったまま小百合の店まで、康太と文は康太のバイクに乗って宿泊予定のホテルへと向かった。
「康太、わかってると思うけど安全運転でね。私じゃ最低限のフォローしかできないんだから」
「わかってるって。ちゃんとヘルメットしておけよ。可能なら透明になっててくれ」
「私じゃ透明にはなれないわよ。アリスと一緒にしないでちょうだい」
アリスのように実力のある魔術師であれば問題なく透明になることができるのだろうが、文は光属性の魔術は補助程度にしか使っていない。無論ある程度の実力はあるが透明になれるのはせいぜい一方向からの視点のみだ。しかもそれは停止している状態での話で今回のように常に動き続けている状態ではうまく作用しない。
そのため常に二人乗りの状態を誰かに見られることになる。もっとも康太たちも魔術師だ。警察から話を聞かれないように文が常に暗示に近い魔術をかけている。問題なくホテルまでは到達できるだろう。
「それにしても結構様になってるじゃない。割とバイクの運転やってるの?」
「それなりにな。結構足を延ばしていくこともあるけど基本的に買い物目的だよ。自転車よりもやっぱり便利だからな」
細かい道を走るときは自転車のほうが便利ではあるが、大通りをずっと進むような場合はバイクのほうがずっと便利だ。
信号などを絶対に守らなければいけないが、それはそれで練習になる。まだこの状態で戦闘を行えるほどの練度はないが、二人乗りする程度であれば問題はない。
「もうちょっとしっかりつかまっててくれるか?さすがにアリスじゃないからカーブの時とか怖い」
「はいは・・・ど・・・どのくらい強く?」
「もうがっしりつかまっててくれ。腕回して締め付ける感じで。シートベルトとか全くないからな」
普通の車であれば安全のためにシートベルトなどがあるがバイクにはそれはない。だからこそ運転者としっかりとくっついていなければ危ないのだが、文はその行為に少々ではあるが抵抗感があった。
何せ体を密着させれば当然ではあるが胸などを康太に押し付ける形になる。花も恥じらう思春期女子にはなかなかハードルが高いのだ。
「うぃ、ウィルはいないわけ?あいつがいれば・・・」
「あいつらがいたら便利なんだろうけど、今日は留守番だ。だからあきらめてくれ」
「・・・うぅ・・・わ、わかったわよ」
文は何度か深呼吸して意を決して康太の腰に腕を回して思い切り体を密着させる。
自分の心臓の鼓動が妙に強くなっているのを感じながら、文は康太の体を抱きしめる。心臓の鼓動が聞こえてしまうのではないかと思えるほどの密着状態に文の顔は真っ赤になってしまっていた。
互いにフルフェイスのヘルメットを着けているために見られることはないが、それにしても恥ずかしすぎる。
「こ、康太、ホテルまでどれくらいかかるわけ?」
「そんなにかからないって。あと十分くらいで着くよ。それまでの辛抱だ」
十分間このまま。文にとっては朗報でもあり少し残念でもあった。もう少しこのままでもいいのだがと思う反面、早くこの状態が終わってほしいとも思ってしまう。
なんとも複雑な気分だ。この場にアリスがいたら笑いながら携帯で写真を撮っていただろう。
「いやぁそれにしても今日はありがとな。文がいてくれたおかげで神加もだいぶ楽しそうにしてたよ」
「力になれたならよかったわ。私も楽しかったし・・・明日はどうするの?適当にランドを回るの?」
「ランドのほうもいいけどシーのほうも行ってみたいよな。どっちにする?まだランドのほうも全部回ったわけじゃないし、明日はシーのほうにするか?」
「チケットは?もう買っちゃったんじゃないの?」
「一応ランドのほうは押さえてある。シーのほうは当日券かな」
「それならランドのほうでいいわ。回りきれなかったアトラクションとか回りましょ。あとはそうね・・・もう一回乗りたいのとかあるし、そういうのを回ってみましょ」
「了解。家族サービスは今日までで明日は普通に遊びまわるか」
家族サービスという言葉に文は一瞬自分たちが家族になっている光景を思い浮かべた。
康太が旦那で、文と康太との間に子供ができていて、神加や真理が一緒に過ごしている、そんな光景を思い浮かべた。
「・・・あんたってさ・・・」
「・・・ん?なんか言ったか?」
「・・・何でもない!運転に集中しなさい!」
いいお父さんになりそうよねと言いかけて文はその言葉を飲み込む。その言葉の意味とどのような意味を込めようとしていたのか文は理解している。
まだ早すぎる。まだ言えない。だがいつか言いたいそんな言葉を飲み込んで文は康太の体をさらに強く抱きしめた。




