康太の誘い
クリスマスイブ。十二月二十四日。終業式も終え、康太たちはすでに冬休みに入りのんびりと過ごしていた。
だがのんびりといっても魔術師としての活動がないわけがない。いつも通り修業をし、いつも通り武器の手入れなどをし、普段の行動にほど近い日々を過ごしていた。
だが康太のそんないつも通りの行動の中でも、今日だけは一点だけ違うところがあった。
「よっしゃ・・・プレゼント確保・・・あとは料理だな」
「もう予約はしてあるんでしょ?あとはとりに行くだけ?」
「うんにゃ、届けてもらうように話はつけてある。金を払いに行くだけだな」
クリスマスイブの昼間、康太は文と一緒に神加へのプレゼントを買いに来ていた。その様子はまるで夫婦のそれだったが、文はその考えを意図的にしないように心がけていた。
自分で言いだしたことなのだ、神加のためにできることをしたい。単純ではあるがあの幼子の笑顔を見るために今自分たちは行動しているのだ。余計な考えは浮かべないほうがいいだろうと文は考えているのである。
「そういうことね・・・っていうかプレゼントこれにしたわけ・・・?」
「あぁ、いいプレゼントだろ?」
康太が持っているのはかなり大きめのクマのぬいぐるみだった。アリスがリサーチした結果、このようなものが欲しいという要望があったのだからこれでいいのだろう。
このクマのぬいぐるみ、大きさもさることながら値段もかなりのものだ。まさかぬいぐるみ一つに万単位の札を出すとは思っていなかっただけに康太は運ぶのにもだいぶ苦労していた。
「喜んでくれるといいけど・・・そういえばあんたのお姉さんが帰ってくるのっていつ頃だっけ?」
「あぁ・・・今年は三十日に帰ってくるってさ・・・もうずっと帰ってこなくていいってのに・・・」
「そんなに邪険にしなくてもいいじゃない・・・どんだけお姉さんのこと嫌いなのよ」
「大っ嫌いだね。横暴だし無茶苦茶だし、師匠でももうちょっと理路整然としてるわ。少しは見習ってほしいもんだよ」
康太がここまで憤慨し、理不尽に対していかるのはおそらく実の姉のことに対してのみだろう。
それほど康太の中での恨みは深く、同時に逆らえない理由にもなっている。そこが実の兄弟の厄介なところなのだ。
「あぁそうだ、文、ちょうどいいってわけじゃないんだけどさ、三十日から泊まりがけで遊びに行かないか?」
「・・・は?」
「いやだから泊りがけで。遊園地とか行こうと思ってるんだよ」
康太の思わぬ誘いに文はその思考を停止させてしまっていた。泊まりで遊びに行こうなどと誘われるとは思っていなかったため、どうしたものかと迷ってしまっているのである。
というかなぜ泊まりで誘おうなどという話の流れになったのか、これは一度冷静になって聞いておかなければならないなと文は一度深呼吸をして冷静さを保とうとしていた。
「泊まりって・・・一体全体どうしてそんなことに?」
「いやさ、結局お前と二人で遊ぶって約束果たせなかっただろ?だから泊まりでそれを果たそうと・・・」
「それはわかったわ。でもなんで泊まり?」
「神加も遊園地には連れて行ってやりたいんだよ。で、一日目は神加たちと一緒に回って、二日目、俺らだけ泊まって遊び倒す。どうよ?」
康太の意見に文は頭を抱えてしまっていた。
泊まりがけで遊園地で遊ぶ。一介の学生には難しい行動も、康太たちのような魔術師であれば何の問題もない。
主に資金面において潤沢であるのもあるが、両親への説得も悠々可能だ。
文が問題としているのはそこではない。康太が自分を泊りがけの旅行に誘っているというところが問題なのだ。
「あんたね・・・一応私たち高校生で、しかも異性なのよ?普通泊りがけの旅行にそう簡単に誘う?」
「そんなこと言ったってこのタイミングじゃないと二人で遊べなさそうだからさ・・・それに俺らもう一緒の部屋に泊まったりもしてるから今更かなって思って」
「今更って・・・いやまぁそうかもしれないけどさ・・・ふつうそんな気軽に誘う?もうちょっとこうムードとか・・・」
「ムード?」
「・・・ごめん何でもない。気にしないで」
自分が康太のことを好きだからといって康太に余計な気づかいや考え方を押し付けるわけにはいかないと、文は自分を戒めていた。
とりあえず今は笑みを浮かべようとしている口を少しでも元に戻し、あきれ顔を作らなければ康太に悟られてしまうと、文は必死に笑みを作ろうとしている自分の表情筋をコントロールしようとしていた。
「まぁ・・・三十日と三十一日は空いてるけど・・・移動手段はどうするわけ?」
「神加や姉さん、アリスとかは幸彦さんの車で送ってもらう。俺と文はバイクで一緒に遊園地まで行ってそのまま帰ってくる感じだ」
「・・・二人乗りはダメなんじゃなかったの?」
「そこはほら、文さんが何とかしてくれるだろ?」
「・・・つまりノープランと・・・ちなみにだけど高速道路って二人乗りする場合二十歳以上じゃなきゃダメってルールがあるらしいけど?」
「・・・そこはほら、文さんが何とか」
知らなかったのかと文は大きくため息をつく。物事の準備ができない奴だなと思いながらも、文は内心喜んでいた。
惚れたほうが負けとはよく言ったものである。康太が自分を誘ってくれたという事実だけで文はうれしくなってしまうのだ。




