年末にやりたいこと
「ていうかちょっと待ってくれ、どっちから告白したんだ?ていうかいつから付き合ってるんだ?」
「えっと・・・十月くらいにこっちから告白して・・・オッケーもらって・・・もう二カ月くらいになるかな」
「なんだよお前!そんなそぶり全然見せなかったじゃんか!つか言えよ!なんで黙ってるんだよ!」
「べ、別に言う必要なかったじゃんか!それに言ったら今みたいな反応するでしょ?そりゃ黙ってるよ」
島村の思わぬ裏切りに康太と青山は呆然としてしまっていた。
もちろん島村の言うことも間違っていない。というか全面的に島村のほうが正しい。
別に同級生に対して自分に彼女ができただのといった話をしなければいけないということはないのだ。
そういう面では島村の意見は至極まっとうだ。なにも間違ってはいない。
だがこれは理屈ではなく感情の話なのだ。どうして言ってくれなかったのだろうかという一種の疎外感を康太と青山は感じ取っていた。
「なんだよぉ・・・俺ら友達じゃないのかよ・・・普通いうだろうがよぉ・・・」
「島村・・・お前はやっちゃあいけないことをやったんだぜ・・・どうしようもなく取り返しのつかないことをやったんだぜ」
「いや、取り返しつくからね?二人も彼女作ればいいじゃない」
何気ない島村の言葉に二人の額に青筋が走る。島村は自分がいったい何を言っているのか本当の意味で理解していないのだろう。
いや、正確にはこの言葉を康太たちがどのように受け取るのかを理解していないのだ。
「てっめいうに事欠いてこの野郎・・・!作ろうと思ってはいできましたなんて話がトントン拍子で進めば苦労はねえんだよ!」
「あぁん?それはみんな自分みたいにもてるのが当たり前じゃないの?っていう遠回しな嫌味か?そうなのか島村くんよぉ」
「待って待って。彼女から聞いたんだけどさ、二人って結構女子からの評判いいんだよ。それなりに狙ってるっぽい人もいてさ」
島村の発言に康太と青山は一瞬島村への糾弾を止め、一瞬顔を見合わせるとその場にゆっくりと座り込んだ。
「詳しくその話聞こうじゃないか、その場限りの嘘だったら承知しないぞ」
「まったくだ、その発言今まで以上に重くなると思えよ?」
「なんでさっきから取り調べっぽいのさ・・・いや、テニス部の子と付き合ってるっていったでしょ?それで八篠が結構よくテニス部に出入りしてるらしいじゃない?」
「あぁ・・・まぁ文がいるからそれを呼び出す関係でな」
康太は割とよくテニス部に顔を出している。といっても毎日足を運んでいるわけでもずっといるわけでもなく、本当に文を呼び出すためだけに向かっているのだ。
特に最近、というか文が不調だったときには一緒に走ることもあったため、彼女を運んだりしていた関係で頻繁に顔を出していた。
「そういうところでさ、割と話に上がってたらしいんだよ八篠のことが。結構評判よかったらしくてさ」
「まじか・・・確かにあそこには割と顔出してるけど・・・そうかそうか・・・俺にもとうとうモテ期到来か・・・」
「お、おい島村、俺は?俺はどうなんだよ!俺の話は出てないのか?」
「青山も出てるよ?この前大会に出たでしょ?その結果が知られてるらしくてさ、それなりに評判よさそうだよ?」
「おおぉぉ・・・こりゃなんだ?三人一緒に彼女できるフラグかなんかか?いっそのこと今年の冬は狙ってみるか・・・?」
島村からの情報にテンションが上がってしまっている二人だが、同時に康太は頭の片隅で彼女を作ろうにもできないのだなということを思い出す。
今の生活で言えば彼女に振り分けている時間などないのだ。しかもさらに言えば魔術師である康太からすれば一般人の彼女というのはいろいろと面倒だ。
康太が暗示の魔術をもっとうまく扱えればいろいろとだましたりできたのかもしれないが、あいにく康太の暗示の精度はお世辞にも高いとは言えない。
そう考えると仮に同級生たちからの評判が良くてもあまり意味がないのである。
その事実を思い出して康太は一瞬うなだれる。せっかく自分の評判が上がっているというのにその流れに乗ることもできないのだから。
「よしよし島村、抜け駆けした罪はその情報に免じて許してやろうではないか。ではその評判が良いといっていた女子のことを教えろ。そうすれば無罪放免だ」
「えー・・・それ聞いてくるの・・・?さすがに嫌なんだけど」
「いいだろ?俺だってクリスマスに彼女と過ごしたりしたいんだっての!ちょっと話程度に聞くだけでいいんだって、なぁ八篠」
「あぁそうだな・・・その情報は非常に大事なものだ。優先順位的にはトップに位置するな・・・とっとと聞いてこい諜報員」
「なんかの組織の一員みたいにされてるんだけど・・・それなら自分たちで行けばいいじゃない。評判はさておきテニス部に足を運んで遊びの約束とかさ」
「いきなり陸上部の連中が行ったら怪しまれるだろ?そこはほら、つながりのある人間を経由する必要があるんだよ」
青山の説得に島村は渋々ながら了承し、青山の彼女作りたい作戦は決行されることになった。
康太としては内心複雑な気分だが、これも自分が未熟であるが故のことだ。仕方がないと半ばあきらめていた。
「てなことがあってさ・・・やってらんねえよ畜生・・・同級生に彼女ができるとか死にたくなってくるわ・・・」
康太は昼休みに文に先ほど青山たちと話したことを相談していた。
弁当をつつきながら話す康太はだいぶ落ち込んでいるらしく何度もため息をついてしまっていた。
「・・・それを私に言ってどうしろってのよ・・・なに?同情でもしてほしいわけ?それとも女の子でも紹介しろっての?」
「普通の女の子紹介されてもさ・・・俺ら魔術師なんだから一般人じゃ付き合えないよ・・・だからこそやってられないんだよ・・・」
康太の言い草に文は納得しながらもほっとしていた。
こういった相談をされた瞬間、かなり動揺したが康太が誰か紹介してくれなどと言い出さなくて本当に良かったと心から安堵してしまったのだ。
「ていうかあんたも人並みに彼女ほしいとか考えてたのね。ちょっと意外だわ」
「俺だって思春期の男の子だからな。ふとした時に彼女ほしいって思う時はあるよ・・・っていうか同級生に彼女ができたっていうのが一番の理由だな」
「何よそれ、友達に彼女ができたから自分もほしくなったってわけ?」
「そういわれると否定したくなるけど大体そういうことだな・・・でもさぁ・・・自慢されるとさぁ・・・やっぱうらやましいじゃん?いちゃいちゃしたくなるじゃん?」
「いちゃいちゃって・・・例えばどういうの?」
文に逆に問われ、自分がいったい彼女を作って何をしたいのだろうかと眉をひそめて悩み始めた。
そもそも彼女ができたことがない康太は彼女ができたときにいったい何をするのかイメージできなかったのだ。
「そうだな・・・膝枕したりされたり・・・一緒に遊びに行ったり・・・飯食いに行ったり・・・あとは・・・」
康太があげた内容を一つ一つ考えていくが、たいてい自分とやったことがあるなと文は若干顔を赤くしていた。
普段自分とやっていることなのだから必要あるのだろうかと聞きたくなるが、やはりこういうものは彼女がいるという事実が重要なのだろうと文は半ば納得していた。
「あとはそうだな・・・!童貞卒業したい!やっぱ男だったらそう思うだろ!」
「・・・あのね・・・私一応女の子なんだけど・・・?もうちょっと隠すとか・・・オブラートに包むとかないわけ?」
「あぁ・・・そうか・・・いやなんかもう今更な気がするんだよな。なぁ処女」
「うっさい童貞。そんなんだからもてないのよ」
文の言葉にそうなのかと康太はだいぶへこんでしまっていた。実際はなかなか格好いいと思われているのだが、それは本人には伝えないほうがいいだろう。
というか文からすればそれを本人に伝えれば康太が自分以外の彼女を作るのではないかと気が気ではないためにそれを言うことはできなかった。
「でも一般人の彼女は難しいじゃない?私たち魔術師だし・・・あんたが一般人相手に魔術師であることを隠し続けられるとも思えないし」
「そこなんだよなぁ・・・暗示の魔術がもう少しうまければ・・・いやそもそも嘘をつくのが結構苦手だからなぁ・・・」
「付き合うなら魔術師の異性を探すことね・・・ほら・・・その・・・わ・・・ま、真理さんとかはどうなの?」
私はどうなのと言いかけて文はとっさに真理の名前を出した。
ここで文が自分の名前を出していたら話の流れも変わっていたのだろうが、ここで文がへたれてしまったために話の流れが変わることはなかった。
「姉さんは姉さんだからなぁ・・・そういう目で見ることはできないって・・・これまでずっと頼りにしてきたし・・・たぶんこれからもずっと頼りにするだろうし、何よりなんか釣り合わなさそう。年も結構離れてるしな」
「結構っていったって・・・あの人確かえっと・・・もう二十歳は越えてるでしょ?四つくらい?」
「あぁ・・・俺的にはプラスマイナス二歳くらいがいいんだよ。年上すぎても年下すぎてもなぁ・・・」
「変なところでわがままね・・・なんなのよそのこだわり」
「でもわかるだろ?なんていうか歳が離れすぎてると気を遣ったりするじゃんか・・・歳が近ければそういうこともないしな」
「気を遣わないのが一番ってことね・・・」
そういう意味であれば自分は十分康太の好みに合っているのではないかと文はその考えを深読みしてしまっていた。
実際康太の好みを細かく聞いたことがないためなんとも言い難いが、自分ではだめなのだろうかと微妙に複雑な気分になってしまっていた。
「ちなみに他には?なんか要望ないわけ?」
「要望かぁ・・・要望って言えるかわからないけどいくつかあるぞ」
「それで同世代の魔術師ってなると・・・探すの大変そうね」
「そうなんだよなぁ・・・同世代の魔術師ってだけで探すの大変なのに」
普通学生の魔術師はあまり表だって活動はしない。まだ修業期間であるためにほとんどが師匠の下で訓練に終始する。
康太や文のように依頼をこなしているのがかなり異質なのだ。おそらく魔術師として活動してくるのは大学生になってからだ。
そこから同期の魔術師たちとの交流が深まっていくものだ。小百合や春奈のような特殊な例もあるが、基本的な魔術師の同期との付き合いというのはそういうものなのである。
「で?細かい好みは?もしかしたら会えるかもよ?」
「そうだな・・・まず髪は長いほうがいいな・・・細身で・・・出るところは出てるほうがいい。はっきりものを言ってくれて・・・あとは気を遣わない相手だといいな」
そのすべての条件を一つ一つ考えてみると、どう考えても自分のことを言われているようで文はだいぶ混乱していた。
ひょっとして今自分は告白されているのではないかと思えるほどである。だが康太のことだから本当に自分の好みを言っているだけだろう。
その好みが自分の体や特徴に合致しているだけだと文は自分に言い聞かせていた。
変な勘違いをして恥をかく必要もない。というか康太が文に対してそんな感情を抱いているはずがないのだ。
「あとほかには?趣味とかそういうの」
「そうだな・・・料理が得意だと嬉しいよな。やっぱ手料理とか食べたいし。あとは・・・あぁ、ゲームとか好きだと一緒に遊べていいよな。あとは何だろうな・・・」
「随分とまぁ限定的だこと・・・あんまり選り好みしてると相手なんてできないわよ?」
「そこなんだよなぁ・・・かといって誰でもいいってわけでもないしさ・・・畜生・・・俺彼女できるのかな・・・?」
「・・・できるんじゃない?あんたほら・・・結構格好いいし」
「まじで?おいおい文にそういわれると悪い気しないな・・・!」
文はこういうことで嘘をついたりはしない。そのため康太は客観的な意見として自分が格好いいといわれていると感じたのだ。
だが実際は文の主観の入った意見であるのは言うまでもない。実際に康太に惚れている人間から見れば格好よく見えてしまうのも仕方のない話だ。
本当はこういった恋愛話を相談される時点で文としては複雑な気分なのだが、それでも康太が自分を頼りにしてくれているというのはうれしい事実でもあった。
「ところでさ、結局前に言ってた遊びに行くって話はどうするの?この前は生放送で流れちゃったけど・・・」
「あぁその話だ、今日はそっちをしようと思ったんだよ。文は学校終わってから予定あるか?」
「学校終わってからって・・・終業式が終わってからって意味?」
「そうそう、どうせならクリスマス遊びに行こうぜ。せっかく学校終わったんだしパーッとさ」
クリスマスに遊びに行く。その言葉に文は目を丸くしてしまっていた。
先日康太とした遊びに行く予定の話、結局アリスの生放送に付き合ったせいで週末にできなくなったために別日にやるということになったのだがまさかクリスマスにその約束を執り行うとは思っていなかったのだ。
「クリスマスって・・・あんた一番混む時期よ?そこにやるわけ?」
「うん。だめか?」
「ダメってわけじゃないけど・・・その日ってたぶんだけど恋人とかもすごいたくさんいるわよ?」
「別に日をまたぐわけじゃないんだし平気じゃないか?夜遅くになると俺たち補導されるしさ」
高校生なのだから当たり前かもしれないが、康太たち未成年はあまり遅くまで遊んでいると補導されてしまう。
もちろん私服で歩いていればそこまで気にはならないだろう。童顔な大学生といわれればまだ通るかもしれない。
そのため徹夜で遊びまわるというのも不可能ではないかもしれないがそこまでするつもりもなかった。
文としてもその日に遊びに行くというのは非常にうれしかったが、それよりも気になることが頭の中に浮かんでしまったのだ。
「神加ちゃんのことはどうするわけ?さすがにクリスマスって祝い事の日ならちょっとはなにかやってあげたほうがいいんじゃないの?」
「あぁそうか・・・そういえば俺も子供の時はいろいろと楽しみにしてたしなぁ・・・何かやってあげないとか・・・」
ここで神加のことを思い出さなければ、おそらく文は康太と一緒にクリスマスの夜に遊びに行くということもできたのだろう。
だが、自分のことを姉といって慕ってくれる神加のことを忘れて自分だけ遊びに行くことなど文にはできなかった。
我ながらなんと愚かしいことをしたのだと自分で自分をバカにするが、それでいいとさえ文は思っていた。
「そうだな・・・今更だけどなんか祝ってやらなきゃな・・・文、あの年頃の女の子だと何をほしがるもんなんだ?」
「そうね・・・私が小さい頃は大きなぬいぐるみとかあこがれてたわね・・・クマの大きなぬいぐるみとか」
「よしよし、今度買いに行くぞ。ついでにクリスマス的なものも用意しなきゃな。手伝ってくれ文!」
「・・・はいはい、わかってるわよ。毎度毎度もう慣れたわ」
文は康太が好きだ。二人きりになりたいと思う気持ちに嘘はない。可能ならばクリスマスに二人きりで一緒に過ごし、一緒に笑いあい、勇気があればこの気持ちを素直に康太に伝えたかった。
だがこれでいいと思っていた。文はこういう康太を好きになったのだ。自分のためではなく誰かのために一生懸命になれる康太だから好きになったのだ。
「というわけで神加に何かプレゼントを買ってやりたいんです。姉さん何かいい案ありませんか?」
『また唐突ですね・・・んー・・・確かに何かしらパーティはやりたいですね、せっかくですし』
昼休みを終えて放課後、部活の休憩時間に康太は兄弟子である真理に電話していた。せっかく祝うのだから兄弟子も一緒にと思ったのである。
大学が終わっている可能性のある放課後に電話を掛けたところ真理は快く相談を受け入れてくれた。
『でしたらそうですね・・・せっかくですし奏さんたちも誘いませんか?お忙しいかもしれませんがいい案はくれるかもしれませんよ?あと私は人形セットなどを上げるとよいかと思われます』
「人形セット・・・よくあるシルバニア家族みたいな感じの奴ですか・・・それともバーニーのお人形セットみたいな感じですか」
『それはお任せしますが・・・アリスさんに何かしら探りを入れてもらうのはどうでしょう?多少のことであれば彼女に探ってもらえばほしいものがわかるのでは?』
「おぉ、いいアイディアですね。ありがとうございます姉さん。さっそくいろいろ頼んでみます」
実際にプレゼントなどしても本人が望んでいないものではどうしようもない。最近の子供のお願いなどいったい何を頼まれるか分かったものではないのだ。
実際アリスなどと一緒にいることが多いために彼女に聞いてみるといろいろわかるかもしれない。
もしかしたらよくある魔法少女系ヒロインアニメのコスプレセットなどをせがまれる可能性だってある。
あらかじめアリスに探りを入れてもらっておいたほうがよさそうだ。
『ハローコータ。どうした?』
「もしもしアリスか。ちょっと頼みがあるんだけどいいか?」
『・・・ほほう?お前が私に頼み事とは珍しい。いったいどんなことだ?』
アリスは康太が自分に頼みごとをしてくるということが珍しいということもあり、自分が頼りにされているということがうれしいのか少しだけ得意げな声を出していた。
魔術師としての実力がとうとう発揮されてしまうのかと、電話の向こうでは渾身のどや顔をしていることだろうが、あいにく康太の頼み事は魔術師でなくてもできることだった。
「今度神加にクリスマスプレゼントを上げようと思うんだけどさ、何がいいかちょっと探りを入れてほしいんだよ」
『・・・あー・・・なるほど・・・そういうことか・・・そんなこと私でなくてもできるだろう・・・?』
「師匠にこんなことができると思うか?」
『・・・そうか・・・そうだったな・・・いやだがマリならどうだ?あ奴ならいろいろ察する能力は高いだろう?』
「それじゃダメなんだよ。姉さんだとやっぱり気を遣うだろ?近い歳に見えるアリスのほうがいいんだって。頼む!」
何百年も生きてきた魔術師が、この世界で一番の実力を持つであろうアリスが、魔術協会の中でも恐れられてきた封印指定が、同盟相手に頼まれることが幼女のクリスマスプレゼントの要望の探りを入れる。
こんなに情けないことはあるだろうかと、アリスはため息をついてしまっていた。
『コータよ・・・お前はつくづく私の力の使い方を間違っているな・・・もう少し有効に使おうとは思わんのか?』
「え?なんで?できないのか?」
『できるできないではなく、そんなことは私でなくともできるだろうという話だ』
「でもお前力をあてにされるのはいやだろ?」
『それはそうだが・・・あぁもうわかった・・・やっておこう・・・ミカにクリスマスプレゼントにほしいものを探りを入れておけばよいのだな?』
アリスとしてはもっと魔術師として別の形で頼りにしてほしかったのだろう。実際どのような状態でもアリスならばその魔術で潜り抜けることが可能だ。
だが康太はアリスを魔術師として頼りにするというのはあまりしたくなかった。どちらかというと一人の人間として頼りにするということのほうが多い。
それこそ別にアリスでなくともできるようなことをアリスに頼みたかった。
康太はアリスを一人の人間として同盟を組んでいる。彼女が仮にこの世で最も劣った魔術師だろうと、この世界で最悪の魔術師だったとしても、康太はアリスの性格や人格を見て同盟を組んだだろう。
その魔術の実力如何にかかわらず、康太はアリスに一人の人として協力を求める。別に魔術など必要ない形で。
「絶対に探りを入れたって思われるなよ?小さな子の夢を壊したくないんだ」
『・・・あぁ・・・いわゆるサンタがいるという奴か・・・聖ニコラオスもこんな東端の島国で信仰されてうらやましいことだ・・・了解した。ではそのあたりは魔術で何とかしよう。他の準備は任せるぞ』
「おう、任せとけ。そっちは任せた」
アリスとの通話を終わらせると康太はさっそく別のところに電話をかけていた。電話を掛けたのは奏の会社だった。だが奏に直接電話をかけるのではなく会社の受付に電話を掛けることで奏の仕事中だった場合邪魔をしないように気を配ったのである。
「もしもし、八篠康太と申します。お世話になっております。草野奏さんは今いらっしゃいますか?お忙しくなければ代わっていただきたいのですが」
何度かあったことのある受付の人物が出てくれたために話はスムーズに進んだ。奏の仕事がひと段落ついた段階でかけなおすという話になり、その数十分後に康太の携帯に奏のほうから電話が入ってくる。
『お前のほうから私に電話とは珍しい。何かあったか?』
「すいませんお仕事のところ。奏さんのスケジュールは早めに抑えておいたほうがいいと思いまして・・・奏さんクリスマスは空いてますか?」
康太の率直すぎる問いかけに電話の向こう側の奏は小さくため息をついてしまっていた。
別に何か問題のあるような発言をしたつもりはないが、どうやら康太の発言に何やらあきれてしまっているようだった。
『・・・大人の女性に対してその発言は昨今セクハラになると知っているか?まぁいい・・・それで?私をデートにでも誘うつもりか?』
「ハハハ。それは俺がもうちょっと稼いでから誘いますよ。そうじゃなくて今度神加のためにクリスマスパーティでもしようと思いまして」
『あぁ・・・なるほどそういうことか。あの子はまだ幼いからな・・・そういう催しが楽しみであることに違いはないだろう。にしても康太にしては気が回るな。そういうことを自分から言い出すとは』
「あー・・・実は提案自体は文が言い出したんですよね・・・俺はそれにこう・・・うまく乗っかっただけで・・・」
実際に康太が自分から言い出したのならば奏の誉め言葉を素直に受け取ることもできたのだろうが、あいにくこの提案をしたのは文だ。
神加のために、そう思って文が言い出してくれたことが康太は素直にうれしかったし、自分がその考えができなかったことに少しだけ悔しくも思っていた。
思慮深さという意味では康太はまだまだ文に及ばない。
『・・・褒めて損した。だがまぁ理解した。お前があの子のために何かしてやりたいという気持ちは間違いではない。こちらも多少準備はしよう』
「ありがとうございます。すいません、お仕事忙しいのに」
『構わん・・・こういう時くらい羽を伸ばさないと労基署からいろいろといわれてしまうからな・・・たまにはいいだろう』
放っておくと奏は休日などないといわんばかりに働いてしまう。そういう意味ではこうして康太などが頻繁に声をかけたほうがいいのかもしれないと思えてしまう。
だが頻度が高すぎれば仕事の邪魔をしてしまう。こういうちょっとしたイベントの時には声をかけておかなければ奏のことだ、クリスマスなど関係ないと背中で語るがごとく仕事をし続けただろう。
『ところで、お前は神加へのプレゼントは何か考えているのか?』
「えっと・・・でっかいぬいぐるみを考えてます。シンプルだけどそれが一番いいかなって・・・一応今アリスにプレゼントの探りを入れてもらってますのでそれも踏まえて決めるつもりです」
『なるほど、打つべき手は打っているということか・・・わかった・・・では私は私なりのプレゼントを用意しておこう。幸彦には声をかけたのか?』
「これからかけるつもりです。可能なら参加してほしいですから」
『小百合がしかめっ面しているところが目に浮かぶな。あいつももう少し落ち着いてくれると助かるんだが・・・』
「あはは・・・それじゃあ奏さん、よろしくお願いします。場所は・・・師匠の店にしようと思ってるんですけど・・・」
神加がいつもいる場所でリラックスできる環境でのパーティが好ましい。そうするとどうしても小百合の店がメインの会場となる。
あの場所に大人数を収めるというのはなかなかに大変だが、あらかじめ準備をしておけば問題はないだろう。
『ふむ、問題はないだろう。あの子は別の日にでもよいものを食べさせてやればいいだけだ。お前のほうはどうだ?何かほしいものでもあればサンタクロースが届けてくれるかもしれんぞ?』
奏のらしくない気づかいに康太はつい笑ってしまう。もうサンタクロースなどと信じているような歳ではない。そういう名目にして何か買ってやるぞという奏の遠回しのやさしさに笑いを抑えられなかった。
「あはは。それはうれしいですね。でももうたくさんいただいてますから。これ以上もらったら罰が当たりそうです」
『子供が何を言うかまったく。まぁいい。そうだ康太、小百合は何か言っていたか?』
「なにか・・・とは?」
『あいつのことだ、ひねくれていながらも何か用意しているかもしれん。そのあたり探りを入れておいたほうがいいかもしれんぞ?』
「え・・・?そう・・・ですかね?」
『あぁ。あいつはあぁ見えて結構いろんなものを見ているし考えている。最悪、プレゼントがかぶってしまうこともあり得るぞ?』
小百合がそんなものを用意しているとも思えなかったが、そこは自分よりも小百合との付き合いが長い奏の言うことだ。素直に助言には従っておいたほうがいいだろう。
もしこれでクリスマスプレゼントがかぶってしまったら非常に微妙な空気になるのは避けられない。
「わかりました。とりあえず神加と一緒に師匠にも探りを入れておきます」
『あぁ。くれぐれも気づかれないようにな。そうしないと恥ずかしがってふてくされてしまうかもしれないぞ?』
「あはは、気を付けます。それじゃ」
あらかじめ小百合がプレゼントを用意しているかどうか程度は探っておいていいだろう。これはアリスにまた新しく指令を出さなければいけないなと康太は意気込みながらクリスマスパーティの準備で頭をいっぱいにしていた。
この歳でクリスマスパーティを楽しみにするとは、そんなことを考え、自嘲気味に笑うと次は幸彦に連絡をつけようとしていた。
「というわけなんですけど、幸彦さんも参加していただけませんか?」
『そういうことなら喜んで参加させてもらうよ。とはいえそうなると結構な人数になりそうだね。えっとさーちゃんに真理ちゃん、康太君に文ちゃん、神加ちゃん、奏姉さんに僕・・・あとアリスちゃん?となると八人かぁ・・・料理とかもたくさん用意しなきゃね』
康太は奏に連絡した後、さっそく幸彦に連絡していた。
小百合の世代の兄弟弟子たち全員がそろい、康太たちの兄弟弟子もすべてそろうのはおそらくこれが初めてだろう。
最初に奏たちが神加を見たとき、神加は眠っていた。初めて全員がそろい、全員が食事をする。
思えば妙なものだ。小百合の世代とはよくあっている。奏や幸彦、それぞれとあっているのに全員がそろうことは少ない。
それは小百合が主に避けているからということもある。良くしてくれるからこそ、小百合からすると自分を子ども扱いする人々なのだ。彼らを許容するということは自分が子供であるということを認めることにもつながる。
彼女はもういい大人だ。いい加減子ども扱いされたくはないのだ。
「料理関係はこの際ですから出前とかで済ませようと思ってるんですよね。ピザとか寿司とか、みんなで食べられるものをたくさんって感じで」
『統一したほうがいいかもしれないね。クリスマスパーティならケンタッキーとピザとかそんな感じでいいんじゃないかな?それじゃ料理のほうは任せるよ。僕は何をしようか・・・何か手伝ってあげたいけど』
「幸彦さん最近忙しいんじゃないですか?この前協会に行ったときちょっとあわただしそうにしてましたけど」
『あはは・・・何というか重なるんだよねこういう問題ごとって。まぁ明日には片付くから問題はないさ。何か言ってくれればいくらでも手伝うよ?僕だって神加ちゃんのために何かしてあげたいしね』
幸彦の言葉に康太は素直にありがたいと思ってしまった。自分の弟弟子のためにそこまで言ってくれるのは素直にうれしい。
こういう人に出会えて本当に良かったと思う反面、大人にこんなに頼っていいのだろうかと申し訳なく思ってしまう。
『ところで康太君、クリスマスパーティから少し話が変わるんだけど、君は年末年始どうするんだい?』
「えっと・・・一応家で過ごして、一月の二日は親戚回りを、そのあとは家でのんびりしたり修業したりですかね・・・」
『あぁ、それなら多分そのあたりだね。一月の頭、たぶん四日くらいかな?そのくらいに師匠のところに行こうと思ってるんだ。神加ちゃんの顔見せもかねて、どうかな?』
幸彦たちが師匠と呼ぶ人間は一人しかいない。かつて康太もあったことのある女性、岩下智代。小百合たちの師匠であり、かつて協会内で最も高い戦闘能力を持つといわれたほどの魔術師。
すでに現役は引退しているが、底の知れない恐ろしさを康太は実際にあったときにじかに体感している。
そして、それに近しい何かを神加からも感じ取った。その目を、何もかも見透かすのではないかというその目を、智代の目を見たものならば感じ取ることができるだろう。
「なるほど・・・確かに神加を紹介するっていうのは必要かもしれませんね。俺は構いませんよ。でも師匠がなんていうかな・・・?」
『ははは、大丈夫だよ。さすがに正月となればさーちゃんも顔を出さずにはいられないさ。たぶんだけど奏姉さんたちも来るんじゃないかな?もしかしたら日をずらすかもしれないけど』
「日をずらすって・・・どうして?一緒に行けば・・・」
『奏姉さんのところもそれなりに大所帯だからね。一緒に行くと結構な人数になっちゃうから、たぶん迷惑になっちゃうよ』
幸彦に言われて康太は思い出す。弟子を一人もとっていない幸彦と違って奏と小百合は弟子をそれぞれ三人ずつ抱えている。
そんな人間が大勢押しかければかなりの人数になってしまう。正月とはいえそれだけの数が一度に押し寄せたら智代に迷惑が掛かってしまうだろう。
こういった気配りができるのはさすが幸彦というべきか。
「そっか・・・それなら奏さんと調整して日程をずらしたほうがよさそうですね・・・幸彦さんはいつ頃向かうんですか?」
『僕かい?僕は二日あたりからずっといるつもりだよ。正月とはいえ男手が必要なことは多々あるからね。少し長めに滞在するつもりさ』
「そうなんですか。なら俺も行って手伝いとかしますか?」
『いやいや、君は神加ちゃんと一緒にいてあげなさい。あの子が一番心を開いているのはたぶん君だろうからね。しっかり守ってあげるんだよ?』
「・・・わかりました。とりあえず年末・・・じゃないや、年始のことに関しては師匠や奏さんたちと話しておきます。あと智代さんにもいつうかがうか言っておいたほうがよさそうですね」
『そうだね、そうしておいたほうがいいと思うよ。ちなみに神加ちゃんは今どれくらい魔術を使えるようになってるんだい?』
幸彦の言葉に康太は神加の使える魔術を一つ一つ思い出していた。といっても康太は神加の修業にかかりきりになっているというわけではないため、正確なところは把握しきれていない。
分解、遠隔動作、そして防御用障壁の魔術を覚えたことは知っているが、そこから先どんな魔術を覚えているのか康太も把握できていないのだ。
小百合のことだから蓄積の魔術を覚えさせているのではないかと思われるが、実際のところは定かではない。
神加の場合たくさんの精霊がその身に宿っているために、早々に属性魔術を覚えさせている可能性もある。
どうなるかは師匠である小百合次第なのだ。
「三つか四つくらいは覚えてると思いますけど・・・詳しいところは俺にもわかりません。覚えるスピードはとんでもなく早いですよ」
『んー・・・やっぱそのあたりは規格外かな・・・師匠に見せれば詳しくわかるかもしれないね。とりあえずはまだ様子見ってところか・・・彼女の様子としてはどうなの?』
「最近は少し笑顔を見せてくれるようになりました。けどやっぱりまだ写真の笑顔とは程遠いですね・・・俺としてはもう少し朗らかな・・・年相応の笑顔を見せてほしいところなんですけど・・・」
神加の精神的な状態はあまり良いとは言えない。とはいえ以前より格段に良くなっているのは間違いない。
以前に比べれば、いや比べるべくもないほどに彼女の精神状態は改善されている。アリスの施している精神状態を落ち着かせる魔術の影響か、それとも康太たちの思いやりが功を奏しているのか、どちらかはわからないが喜ぶべきことであるのは間違いない。
『それはよかった・・・というべきなのかは微妙なところだね。まだ半年も経っていないから、それを考えれば十分以上の回復といえなくもないけれど』
「はい・・・問題は神加が小学校に上がってからですね。考えるだけの余裕が生まれたときにどうなるか・・・」
『さーちゃんもそのあたりはちゃんと考えているだろうけれど・・・まぁこればっかりはなぁ・・・アリスちゃんが一緒にいるわけにもいかないしね』
「まぁアリスなら小学校に留学って言われても全然問題はないと思いますけどね。外見的な意味で」
『それはそうかもしれないけど協会からすれば目が飛び出るほどの珍事だよ?彼女をただの小学校に入れるなんて正気かって言われちゃうよ』
それはそうかもしれないなと、幸彦の言葉を受けてアリスが神加と一緒に小学校に通っているところを想像して眉を顰める。
いったい何をしでかすか分かったものではない。彼女も魔術師であるために変なことはしないだろうが、教師相手にいったいどんなことを言い出すか。
というかアリスが学校に通って問題行動を起こさないというビジョンが浮かばない。何かしらやらかして保護者が呼び出される未来が見えるようだ。
この場合の保護者は自分になるのか、それとも小百合になるのか、そのあたりはわからないがもう考えるのはよしておいたほうがよさそうだった。
「と、とにかく、神加の精神状態を少しでも良くするためにも・・・ちゃんと楽しませてやりたいですし・・・智代さんにも会わせておいたほうがよさそうですね」
『そうだね。パーティのことは任せておいてよ。といっても身内でやるようなパーティだ。何かしらあったほうがいいとは思うけど・・・そういえば冬休みになったら神加ちゃんを遊園地に連れていくってのはどうだい?やっぱり子供ならそういうところに行きたがるんじゃないかな?』
「遊園地ですか・・・あぁそりゃいいかもしれないですね・・・!ネズミーランドあたりに連れて行ってやりたいな」
『必要なら車は出すよ?年末であればそれなりに時間は取れるしね。一緒に真理ちゃんや文ちゃんも一緒にどうだい?』
「お願いできますか?年末ですしパーッと騒ぎたいですね」
自分では思いつきもしなかったことを幸彦は思いついてくれる。一緒に遊園地へ。康太の中には連れて行って大丈夫だろうかという思いもある。
家族が大勢いる場所に連れていけば、当然神加は自分の両親のことについて考えることになるだろう。
そうなったとき、康太たちはどうすればいいのか、どうするべきなのか。
ただ楽しんでくれればいい。ただ楽しむだけならいい。だがそれだけではなかったら、もしかしたら神加にはつらい思いをさせるだけかもしれない。
そこが康太にとっては不安材料となっていた。
「もしもの時のためにアリスも連れて行こうと思います。そのほうが対応はしやすいでしょうから」
『・・・あぁ、そうだね。そうなると大所帯になるなぁ。六人か。前の車を持っていったほうがよさそうだね。楽しみになってきた』
「えぇ・・・その時はお願いします。いろいろ考えておかなきゃ」
幸彦に車を出してもらえるのなら、電車の時間を気にする必要はない。各々楽しむことができるだろう。
幸彦に負担をかけてしまうのは申し訳なく思うが、学生身分では車の運転などはほとんどできない。
できるとしても康太がバイクの運転ができる程度だ。それでは一人、最高でも二人しか乗ることはできない。
しかも康太はまだ免許を取って一年も経過していない。二人乗りは原則してはいけないのだ。
だがそこは法に縛られない魔術師。多少のことは何とかなるだろうと高をくくっている部分もある。
いろいろとできることもあるだろうなと思いながら、康太はこの年末が楽しくなることを祈っていた。
神加が楽しんでくれたらよいのだがと思いながら、康太は文との約束も思い出していた。
せっかく遊園地に行くのだから文も誘いたいが、文との約束も忘れてはいけない。二人きりで遊びに行くというのもいつかはしたい。
可能ならばしっかりとした形で。
そこまで考えて康太はいくつか思いつく。そこでさっそく幸彦との通話を終わらせると動き出していた。文の考えやら予定などは全く考えずに行動しだした康太。
いったい何を思いつき、何をしようとしているのかはその日にならないとわからない。
そのことを文が知らされるのはもう少し後の話である。
誤字報告を30件分受けたので七回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




