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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十六話「本の中に収められた闇」
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事後処理の後に

「まぁいいわ。とりあえず目標達成。とっとと縛り付けてここから出ましょ。情報収集はそのあと・・・まぁこの人たちに聞くことと言ったら一つかしら」


「あぁ、取引のことだな。いつも通り聞き出してもいいけど・・・どうする?館長のところに引き渡してから話聞くか?ぶっちゃけここから先は館長たちの問題だと思うんだけど」


康太の言葉に文は考えだす。今回依頼されたのはあくまで魔導書の奪還と盗んだ人間の打倒と捕縛だ。


そう考えるとすでに目的は完全に達成しているということになる。だがその事件が起きた背景まで調べて完了ではないかと思えもするのだ。


もちろん、これ以上首を突っ込むのはどうかと思えもする。これ以上首を突っ込んでも、これ以上深入りしても何も得るものはないかもしれないのだ。


特に盗んだ人間は図書館を目標にしたが、取引の依頼を出した人間は特定の魔導書がほしいだけだったかもしれない。


そうなると実行犯である三人の魔術師が悪いということになる。結局のところは藪蛇だ。


「そうね・・・このまま引き渡しても問題はないように思うわ。今回の件はあくまで奪還と打倒。それ以上深入りすることもないでしょ」


これが支部長からの直接の依頼だったら話は別だけどねと文は軽く手をひらひらと揺らしている。


支部長からの依頼であればそれこそ事件の背景から目的まですべて明らかにしたいところだ。


自分たちの手でそれができるのであればそうしたほうがいい。逆に自分たちの手に負えないようなことならば支部長に任せればいい。


だが今回はあくまで図書館の人間が支部長と懇意な仲でありそういった事情もあって支部長から紹介という形で依頼を受けたのだ。


何か大々的な事件が起きているとかそういうわけでもなく、特筆するべき点もほとんどないようなただの魔術師の盗難事件。


これ以上口を出してややこしいことに巻き込まれるより、この辺りで依頼達成にしておいて手を引いたほうが良いように思えたのである。


「んじゃ魔導書は図書館へ。こいつらは支部で預かってもらって、そこに館長たちを呼び出すか」


「そうね。経緯とか含めた報告書でも書いて渡せば十分でしょ。ちょっと手抜きみたいな感じがしないでもないけど」


「やれって言われたことはしっかりとやった。追加報酬でもあれば考えるけど、別に取引の材料にされかけたってことがわかっただけでももう十分すぎるだろ」


「そうかしら・・・?いえ、そうかもね。なんか毎回毎回背後関係あらうのが当たり前になってたからちょっと違和感あるわ」


それはあるなと康太も笑いながら倒した魔術師をウィルに運んでもらう。完全に気絶しているということもあるが、頭を強く打って気絶しているためにあまり動かさないほうがいい。


こういう時は振動もなくモノを運ぶことができるウィルが適任だ。寝ているときに運んでもらったことがあるが本当に全く揺れないのである。


康太と文は地下から倒した魔術師二人を回収し、地上へと戻ってきていた。地下での戦闘が長かったせいか、妙に地上が久しぶりに感じられた。


新鮮な空気というのはおいしいものだなとしみじみと感じながら康太と文は最寄りの教会まで魔術師たちを引きずっていく。


「ところでビー、あんた今回妙に苦戦してたけどさ、やっぱり狭いところだとそんなに戦いにくいの?」


「戦いにくいな。槍そのものの長さと重さが変わるっていうのもあるけど、やっぱり多角的に攻められないっていうのはつらい。意識を方々に散らせるからこそうまく付け込めるけど・・・実際はそううまくいかないもんだな」


康太の戦いは攻撃を多角的に展開することで一気に畳みかけることが多い。逆に一点集中させることもあるが、その行為も事前に多角的な攻撃をしているからこそ生きる攻撃なのだ。


一直線の通路ではどうやっても意識の分散が難しい。ある程度攻撃が可能な角度が限られてしまうためにどうしても相手への攻撃を防がれたり躱されたりしてしまうのだ。


今回の相手のように、壁や床などから発生する攻撃などがあれば、狭い空間でも高い攻撃力と多角的な攻撃を両立できるのだろうが、あいにくと康太の知っている魔術にそんなものはなかった。


「いっそのこと槍で突き刺しちゃえばよかったのに。大きくする魔術なら余裕だったでしょ?」


「俺はまだこの歳で前科者にはなりたくないんだよ。なんでそんな好き好んで人殺しなんてしなきゃいけないんだ」


「まぁそうかもね・・・でも狭い空間での攻撃かぁ・・・クラリスさんは何かしらそういうの覚えてないわけ?」


「あの人は何でも覚えてるだろうな・・・今度聞いてみるよ。とりあえず少なくとも狭い空間でちゃんと立ち回ることができるようになるのは今後の課題だからな」


その点文はいいよなと康太は少しだけうらやましそうに文を見る。


文の扱う電撃は物体を伝うことができる。地面や床などをあらかじめ濡らしておけば、多少威力は減衰してしまうかもしれないがそれでも狙ったところに狙った攻撃ができる。


多少テクニックを要するが、文ならばその程度のことは十分に可能だ。今回は近くに康太が張り付いているために難しかったが、自身のエンチャントの魔術を駆使すればほぼ無傷で電撃の攻撃を繰り出せることだろう。














「おぉ、間違いありません。本当にありがとうございます」


康太と文は魔術師二人を協会に送り届けた後、盗まれた魔導書を図書館まで届けに来ていた。


三冊の魔導書を提示すると、館長は嬉しそうに康太たちに頭を下げてくる。


この短期間で魔導書を奪還してくるとは思いもしなかったのだろう。康太たちのその実力の高さをかなり高く評価しているようだった。


もっとも康太たちが見つけられたのは一種の運の要素が強かったのは言うまでもない。


手放しに喜んでいられないというのが微妙に複雑なところではあるが、今は素直に喜んでおくべきだろうと館長からの感謝をそのまま受け止めていた。


「それで・・・これを盗んだ魔術師たちのことはどうなりましたか・・・?もう調べはついているんですよね?」


「はい、すでに打倒して協会のほうで捕縛してもらっています。背後関係がありそうでしたがそのあたりまではまだ踏み込んでいません。どうやらこの三冊の魔導書を取引に利用しようとしていたようです。詳細はこちらにまとめておきました」


文はそういって数枚にまとめられた今回の報告書を館長に手渡した。


そこには三人の魔術師の詳細、そして盗んだ経緯、盗んだ方法とその他推察などいくつにも項目分けされ記載されていた。


それらを読んでいくと館長は何やら悩むような声を出す。


「この魔術師たちに魔導書を手に入れるよう、あるいは取引を持ち出したものというのが気がかりですね・・・この魔導書を手に入れるのであれば別の方法もあったでしょうに」


「取引を求めた魔術師はあくまでほしいといっただけで、盗むという方法をとったのがこの三人だった可能性もあります。どちらにせよこれ以上の調査はさらに手間がかかりますね」


手間がかかるということは不可能ではないのですねと館長は少し笑っていた。


確かに不可能ではない。三人の魔術師のうち情報をまだ搾り取っていない残った二人、こちらに対して尋問を行えば取引を持ち掛けた魔術師の詳細も判明するかもしれない。


そう考えれば不可能ではない。だが残りの二人も取引先の人間について詳しく知らなかった場合は少々面倒なことになる。


そんなことがあり得るのだろうかと聞かれると、正直あり得ないといいたいところだが最近妙に記憶を操作する魔術師が康太たちのかかわる事象に関与してきているために絶対にないと言い切れないのだ。


そうなった場合、康太たちの調査能力では限界がある。それならば別の魔術師に調査依頼を出したほうがいいだろう。


そのほうが確実だしそのほうが二度手間がない。


「とりあえずこれで依頼は完遂です。後ほど打倒した魔術師三人のところにご案内します。その三人を確認し次第、今回の依頼を終了させていただきますがよろしいですか?」


「えぇ、十分以上に動いていただきました。場合によってはこの魔導書が誰かの手に渡ってしまった可能性もあったということもあります。これだけの早さで探していただけたのは本当にありがたいというほかありません」


魔導書を取引に使われる可能性があったということは、早く取り返さなければ魔導書がどこかに行ってしまうことも十分に考えられた。


早期解決が求められたこの事件、康太たちは館長の期待以上の働きをしたと思っていいだろう。


「いやぁ・・・支部長から紹介されたのは間違いではなかったということですね。さすがはライリーベルとブライトビー。昨今その名を聞くことが多くなっていたのは決して間違いではなかったということですね」


「お褒めに与り光栄です。今回は運にも助けられました。もしこれから取引を持ち掛けた魔術師を捜索するのであれば、私たち以外の人間に依頼したほうが良いと思われます。そういった内容だと私たちでは限界がありますので」


「ありがとうございます。魔導書も返ってきましたし犯人も捕まえられたということでひとまずはこれで良しとします。調査を依頼する間にこの図書館の防犯面も強化しようと思います」


「そうですね、今回は魔導書を分解して一枚一枚運んでいたようですし、紙一枚通ることができる隙間があればそれこそ本を盗み出せると証明されたわけですし、そういったところも注意する必要があるかもしれません」


今回の魔術師たちは康太が使うのと同種、あるいは違う系統とはいえ分解の魔術を使っていた。


物体で部品などがあれば容易にバラバラにできる魔術だ。魔導書が本という形をとっている以上、一枚一枚バラバラにしてしまえばただの紙、ほんの少しの隙間さえあればそこを通すことは可能なのだ。


問題は今後そういった隙間や通り道をどれだけ排除することができるかという点にある。


だがそこから先は康太たちがかかわるべきことではない。今後の図書館の動向は図書館に所属している魔術師たちで決めるべきだ。


すでに依頼は達成した。あとは館長にその目で犯人を見てもらうのが一番手っ取り早いだろう。


「では館長、犯人のところにご案内します。準備ができたら言ってください」


「私はいつでも構いません。ちなみにその三人は強かったのですか?」


「なかなか厄介でしたよ・・・おそらくある程度実力のある、場数を踏んだ魔術師ではないかと思われます」


実際に戦った康太は今回戦った魔術師たちの戦闘能力の高さを知っている。いや、戦闘能力の高さというよりも諦めの悪さというべきだろうか。


たんに魔術の訓練をしていただけでは身につかない、最後まであきらめないという気持ちの強さだ。


あれは一朝一夕で身につくものではない。実戦に近い環境に身を置いて初めて身につくものだ。それだけ実戦を重ねた魔術師だということがわかる。












康太たちは館長にとらえた三人の魔術師を見せた後、正式に依頼を終了し一応支部長のもとに報告にやってきていた。


今回の依頼を持ってきたのは支部長だ。直接依頼をしたわけではないとはいえ、ある程度どのような形で決着したか教えておくのが筋というものだろう。


「ということで、盗み出したものは捕まえておきました。魔導書の入手を依頼した魔術師に関しては調べてはいませんが、依頼自体は完遂です」


「そうか・・・肩の荷が下りたよ、やっぱり君たちに頼んで正解だったみたいだね」


「とはいえ、俺たちだとどうしても調査系は限界がありますよ。今回は運よく事件発生からそこまで時間が経過していなかったから何とかなりましたけど、ある程度日を置いてしまうとちょっと難しいです」


今回は調査する場所が屋内で、しかもそこまで時間が経過しておらず、なおかつ図書館の人間が一時的にとはいえ図書館を閉鎖してくれていたからこそこれほど早く手がかりをつかむことができた。


これがもっと別の場所であったのなら結果は変わっていただろう。


「そうだね・・・君たちの場合はある程度の調査、主に戦闘系でその本領を発揮するようだからそのほうがいいのかな・・・戦闘特化と調査特化っていうのもなかなかありがたいけど、君たちみたいにある程度どちらもこなしてくれるようなタイプもだいぶありがたいよ」


戦闘特化系魔術師はおそらく小百合のことだろう。持ち前の戦闘能力を駆使して徹底的に物事を解決していく。


その解決方法はいろいろと問題があるものが多いかもしれないが、解決できないよりはずっとましな結果になる。


どういう状況になってもとりあえず情報だけは持ち帰ることができるという意味ではそれはそれでありがたい。


逆に調査系特化の魔術師というとマウ・フォウなどが当てはまるだろう。その調査能力の高さは康太も文も知るところだ。


あらゆる状況に対して適切な調査を行えるというのは確かな強みだが、戦闘能力がほぼ皆無であるために何か問題が発生し戦闘しなければならなくなった時に情報を持ったまま死んでしまうということが十分にあり得る。


康太と文のようにセットで行動していればある程度極端な性能を持っている魔術師同士でも連携することによって問題なく行動することができるかもしれない。


康太もどちらかといえば戦闘特化よりの魔術師だ。最近ようやく調査系の魔術を覚えてきたことで多少は調査のまねごとができるようになってきているが、やはり本職の人間のそれには劣る。


「ところで気になったのだけれど・・・今回の三人の魔術師、君たちは一人しか尋問しなかったらしいけど、それでよかったのかい?」


「別に構わないでしょう。俺たちのほうに依頼されたのはあくまで魔導書の奪還と盗んだ魔術師の打倒と捕縛です。背後関係に関しては頼まれていませんし、俺の方法だとどうしても情報にむらが出ますからね」


「むら?というと?」


「ある程度の奴であれば自分が助かりたいから情報を吐くでしょうけど、自分が助かりたいから適当なことを言って逃げようとするやつもいるんですよ。今回はアリスが一緒にいてくれたから確証がある情報を得られましたけどね」


そういって康太はアリスのほうを見て小さくため息をつく。


奏に教わった情報収集方法。早い話が拷問だが、これを行う場合気を付ける点は相手に与える苦痛の種類を変えることと、情報源を複数有しておくということである。


一人に聞いたところでそれの真偽がわからないのであればもう一人に話を聞けば済む話だが、どちらがうそを言っているのか、本当のことを言っているのか情報のすり合わせをする必要がある。


先ほど康太も言ったが助かりたいがために適当な嘘を隠していた情報として話すようなものもいるのだ。


今回はアリスというウソ発見器がいたからよかったが、もし残った二人、あるいは取引先の情報を持っていると思わしきリーダー格の男から情報をとった場合、それが本当であるかどうかがわからなくなる。


無論アリスに手伝ってもらえばその真偽もだいぶ精査されるだろうが、それでも百パーセントとはいいがたい。


人から情報を得る場合、康太の手法ではどうしても成功率に差が出るのである。


それならばほかの魔術を使って自白させたほうがまだ正確だ。薬物などを投与することができるのであればなおのこと良い。


少なくとも相手に苦痛を与えることなく情報を得られればそれに越したことはないのだ。


「とにかく一人からの情報だと確実に嘘か本当か見抜けないと怪しくなっちゃいます。もし取引を依頼した人間を探すなら尋問に長けた人間に頼んだほうがいいですよ」


「考えておくよ。いや、考えるのはこの場合館長かな?少なくとも君たちは完璧に仕事をこなしてくれたからね。ありがとう。館長とは別に僕のほうからもいくらか包んでおこうか?」


「・・・あぁ・・・そうですね・・・それはありがたいです。まぁこっちもいろいろと身を削りましたから」


文はそういってアリスのほうを見る。今回の依頼解決のために康太と文はアリスに協力を依頼した。


その関係で今度の週末には生放送を行わなければいけないのだ。長時間になるためにいろいろと物入りになるだろう。


金はそれなりにあるが、便宜を図ってくれるというのであればそれはそれでありがたい。


支部長の申し出を断る理由はなかった。

















「さてと・・・では始めるかの」


来てしまった。文は大きくため息をつきながら康太の家でうなだれていた。


週末、康太と文はアリスへの協力の代価として生放送へ出演することになってしまっていた。


思えば康太の家に来たのは初めてだというのに、本来ならば非常にテンションの上がる場面であるはずなのにまったく気分が高揚しなかった。


むしろ気分はどんどん下がっていくばかりである。


小百合の店の地下で放送することも考えたのだが、地下の空間で放送をするとどうにも音の録音環境があまり良くなく、仕方なく誰かの家でやることになったのだが小百合の店の居間部分は主に小百合がいるせいで邪魔になるといわれ、そうなってくると選択肢は康太か文の家しかなかったのである。


文の家では両親など、さらに言えばアリスのいる関係であまり近寄らせたくはない。そうなってくると一般人しかいない康太の家が最適だったのである。


アリスは割と頻繁に康太の家に入り浸っているし、一般人がほとんどということもあって邪魔される可能性がほとんどない。


しかもこれ以上ないほどの条件として料理を康太の母が作ってくれるというのがありがたい。


丸一日以上生放送をさせられるのだ。いったい何をさせられるのかは詳細には決めていなかったが、康太の部屋の一角にはおそらくその道具と思われる段ボールが山ほど積まれている。


「そういえば神加ちゃんは?あの子も参加させるんじゃないの?」


「うむ、私もその交渉はしているぞ。問題なければマリが連れてくるだろうて。それまでわれらはのんびりと放送を楽しもうではないか」


「楽しむだけの余裕あるかな・・・ていうかすごいなこれ・・・スタンドマイクだけじゃないのか?これ頭に着けるタイプ?」


「そうだ、しかもだいぶ高性能なタイプだぞ?なかなかに金を使ったからな。テストもばっちりだ。録音状況も確認してある。いろいろ機材を配置するから少し待っておれ」


アリスは喜々として段ボールの中にある物体を念動力で操り一度に設置していく。


こういう時彼女の魔術師としての片鱗が垣間見える。段ボールの中に収められていた道具が一斉に宙に浮き、それぞれ最適な場所に配置されていく光景は魔法か超常現象の類ではないかと思えてしまうほどだ。


ポルターガイストの類か、某ネズミの出てくる魔法の光景を思い出した康太は、自分の部屋に次々と配置されていく道具の類を見ながらわずかにため息をついていた。


「なあアリス、お前俺の部屋いつの間にか掃除してたとかそういうことやってるか?」


「ん?一応泊まった日は必ず掃除などはするようにしているぞ?案外細かいところに埃とかはたまっているからの」


「あぁ・・・だから最近妙に部屋が整理整頓されてるのか・・・いや掃除してくれるのはありがたいんだけどさ」


普段自分の部屋にいる時間の少ない康太からすると、自分の部屋を掃除してくれるのはありがたくあるのだが、同時に思春期の男子高校生としては複雑な気分なのである。


帰ってくると妙に小奇麗にまとめられた部屋を見るたびに、親が掃除しているのではないかと思ってしまうのである。


無論それでもありがたくはあるのだがやはり少し複雑な気分である。


「ところでまずは何をやるわけ?私正直言ってゲームはあんまりやらないんだけど?」


「安心しろ、少しずつ慣らしていってやるさ。まずは適当にアクション系のゲームでもやるかの?比較的初心者向けのものだぞ?」


「もうあきらめたわ。でも普通に話しながらプレイできるか怪しいものよ?プレイに集中しちゃうかも」


「構わん、私がちょくちょくからかいながら進めていこう。さてさて準備は完了だ、さっさと始めるとしようではないか」


話しながらもノートパソコンを駆使して生放送の準備を進めていたようだった。


もはや逃げることはできない、契約とはそういうものだ。アリスという最大にして最高レベルの魔術師に助力を乞うたのだ、これは必要な代価というものである。


「ちなみにだけどさアリス、お前って今まで生放送したことあるのか?」


「当たり前だ。一度もやらずにぶっつけ本番でこんなことができるものか。お前たちが楽しめるようにある程度のリスナーは用意してある。告知までしたのだぞ?もはや楽しむ以外にお前たちに選択肢はないのだ」


「そいつはすてきだな、どうもありがとう・・・とりあえず本名は言わないほうがいいんだよな?」


「そうだの・・・さすがにビーとベルではまずいか・・・ではコータはハチでフミはコガネにしようか」


「なんか一気に俺の印象が犬っぽくなってないか?」


「私は苗字をひっくり返しただけじゃない・・・雑ね・・・アリスは?アリスのままでいいわけ?」


「私はメリーで通しておる。二人ともそう呼ぶのだぞ?」


メリーと聞いていろいろ思い当たる節があるが、よりにもよってその名前を選んだのかと康太と文は少しだけあきれてしまっていた。


アリシア・メリノスというところから取ったのだろう。


怪奇現象にも存在するメリーという名を自分の名に使うというのは何かしらの皮肉でも詰まっているのだろうか。


彼女の持つ、歪で終わりが明確に存在する矛盾に満ちた不死性を利用した意味でもありそうな名前に何かしら思うところでもあったのだろうかとさえ思えてしまう。


「それじゃメリー、俺ら生放送初めてだから仕切りは任せたぞ。ていうかタイムテーブル決まってるのか?」


「もちろんだ。スケジュールから何から決まっておるぞ。すべてこの通りに行動してもらうから覚悟しておくのだな」


そういってアリスは喜々として康太たちに今日のスケジュールの書かれた紙を見せつけてくる。


そこには休憩時間から食事時間、入浴時間までびっしりと書かれたスケジュール表があった。


どれだけ楽しみにしていたのだと少しだけほほえましくなってしまう。それと同時にこれに自分たちはまきこまれるのかと軽い絶望感を抱いてしまっているのも事実だった。


「ていうかこれ、入浴中とかどうやって時間つぶすんだ?この時も雑談するってなってるぞ?」


「基本的に私、ハチ、コガネの順に入浴を済ませる予定になっている。私が最速で入浴を済ませるからその間の十分程度は間をつないでおいてくれると助かるの」


「助かるっていったって・・・どうやって間をつなぐのよ」


「その時間になれば何を話せばいいか、何をすると視聴者が喜ぶかわかるはずだ。まぁとにかくやってみるほうが早い。習うより慣れろという言葉もあるだろう?」


まぁたしかにそれもそうかと康太と文は納得したくはないが納得してしまう。


実際あれこれ考えるよりも実際やってみたほうが飲み込みが早かったりするのだ。何より自分が今何をやっているのかよく理解できるというものである。


「さて、それではお二方よ、準備はよろしいか?お菓子の準備は?」


「たくさん用意してあるぞ。スナック菓子、チョコ、煎餅、クッキー、スルメイカ、なんでもござれだ」


「飲み物の用意は?」


「そっちもオッケーよ。ジュースにお茶、炭酸からコーヒー、栄養ドリンクの類までそろえてあるわ」


「うむ、よいぞよいぞ。機材状況オールグリーン、生放送はいつでも開始できる。それでは九時ちょうどより開始するぞ。心の準備をしておけ?」


すでにもう覚悟は決まっているよと康太と文はあきれの表情を含みながらもゲームを起動させていた。


遊ぶのは康太も数える程度ではあるが遊んだことがある。というかアリスに付き合わされてやったことがある。


初心者用というにふさわしい、比較的やりやすいゲームだが、当然ゲーム後半に進めば進むほどにその難易度は上がっていく。


果たしてゲームをあまりやらないという文がどこまでついていけるかはわかったものではない。


「時に・・・せっかくこやつの部屋に来られたというのに何の感動もないのか?せっかくこういう場を用意してやったというのに」


「こういう場だからこそあんまり感動しないのよ。ていうか妙な気を使わなくてもいいわ。こっちはこっちで何とかするから」


「ふむ・・・そういうものか・・・乙女心というのは複雑だのう」


「あんたも一応女の子だったはずよね?そのあたりはわかるんじゃないの?」


「乙女の心などとうに忘れたわ。私が何年生きていると思っておるのだ。今更私をときめかせることなどできようはずもない」


何百年も生きているとそういった感性はなくなっていくのだろうか、いやどちらかというと衝撃的な事実を目の当たりにしすぎてそういう感覚がマヒしてきたというほうが正しいだろうか。


どちらにせよアリスにはすでに恋愛感情といったものは存在していないのだろう。それが良いことなのかはさておき、年上すぎて恋愛感情を抱くことができないというほうが正確なのかもわからない。


「さてさて始まったぞ・・・久しいな皆の衆、布告していたように今日はゲストが二名ほど来ておるぞ。私がホームステイしている家の息子に、その同級生だ。今日は私との約束通りやってきてくれたぞ。では二人とも自己紹介をするのだ」


「自己紹介って・・・もう人集まってるのか?」


「うむ、それなりに集まっているようだ・・・えっと・・・大体十五・・・おっともう少し来たな、二十二人になったぞ、今後もう少し増えるかもしれんな」


いったい普段どのような生放送をしているのかは知らないが、あらかじめ布告していたということもあって開始直後からすぐに生放送を見に来る人たちがいるようだった。


土曜日とはいえ彼らは暇人なのだろうかと疑問に思いながらも康太はとりあえず自己紹介をすることにした。


「えー初めましてハチです。いつもメリーがお世話になっております。今日はよろしくお願いします。


「同じくコガネです。今日はハチともどもよろしくお願いします」


「二人とも多少硬いぞ?緊張しておるのか?」


「そりゃ初めての生放送だしね・・・ていうか・・・ふぅん、こういう風にコメントで返信されるのね」


「俺が男だとわかった瞬間にすっげぇ舌打ちが流れてきたぞ。すんませんね男で・・・」


康太たちの自己紹介の後に続くような形で画面上にコメントが流れていく。康太が男だとわかった時点で舌打ちなどが流れてくる.


どうやら康太が男であるということがわかってかなりの人間が残念に思っているようだった。


「安心するがいい皆の衆。ハチにはすでに相手がおる。所謂リア充という奴だ」


「え?ちょっとまって、俺いつの間に彼女できたの?」


「いるだろう?お前の頭の中に」


「俺いつの間に脳内彼女できたの?やめてくれよしょっぱなから俺のことを痛いキャラにしようとする策略」


そんなこんなで始まった生放送。康太たちがどのくらい疲弊することになるのかはまだわからない。












「お姉ちゃん、今日お兄ちゃんのおうちで遊べるの?」


康太たちの生放送が始められてから数時間経過し、十三時を回ろうという頃、神加は真理に手を引かれて歩いていた。


「そうですよ?今日はアリスさんと文さんもそちらにいらっしゃるそうで、師匠からの許可ももらいましたからゆっくりできますよ」


「・・・そっか・・・」


神加の手を引きながら真理は少しずつではあるが神加の精神状態が良くなっていることを実感していた。


以前に比べて笑顔が格段に増えた。とはいえ康太たちに見せてもらった満面の笑みには比べるべくもないが、それでも少しずつではあるが彼女の笑顔が戻りつつあるのだということを実感し安堵していた。


心の病というには神加は少々特殊すぎるが、それでも彼女がこのまま元通りの笑顔を浮かべられるようになれればなと真理は考えていた。


師匠である小百合がそのあたりのことをどう考えているのかはわからないが、多少の息抜きが必要であるということを理解しているから今回の康太たちの遊びへの同行を許可してくれたのだろう。


これが精神状態がなお不安定であれば今日も神加はずっと修業していなければならなかったはずだ。


精神状態が回復すれば当然自由時間も増やせる。いや来年度までに精神状態をある程度まで回復させなければ小学校に入学させるのだって難しいことくらい真理にも容易に想像できる。


小百合がいったい何を考えているのかはわからないが、少なくとも現段階では神加の治療はうまくいっていると考えていいのかもわからない。


真理は康太の家を訪れると、いつも通り康太の母親に暗示の魔術をかけて自分たちがいないものとして悠々と中に入っていく。


こうする必要があるかは不明だが、康太の家に入るときは必ずこのような処置をしているのである。


自分のようなこの家にとって不自然な人間がいてはほかの暗示もかかりにくくなってしまうという真理なりの配慮だ。


「康太君、文さん、遊びに来ましたよ?」


康太の部屋をノックし、扉を開けるとその向こうからは康太、文、アリスの話し声が聞こえてきていた。


何やら白熱しているらしく、康太と文の二人は真理と神加がやってきたということに気付いていないようだった。


「おぉ二人ともよく来たな。さぁさぁすわるがいい。ちょうどいまボス戦に差し掛かったところでな」


「失礼しますね。お二人はなかなか盛り上がっていますね」


「うむ・・・とりあえず諸注意を言っておこうかの」


そういってアリスは口を閉ざした状態で二人にのみ届くような形で音の魔術を発動した。


ここでは本名は言わないこと。そして呼び合う時は一種のあだ名を使うこと。そしてそれぞれの名前と今やっていること、そして自分のあだ名を何か決めることなどなど、生放送に必要なことを逐一説明していった。


「っしゃ!おいしいところいただき!」


「あんまり突っ込みすぎるとやられるわよ?ってほら言わんこっちゃない」


「やべやべやべやべ!助けてくれ!死ぬ死ぬ死ぬ!」


「はいはいちょっと待ってなさい。もう回復これでほとんどないわよ?あと調合済みのハーブ一個だけ」


「ちょっと慎重に攻めるか・・・ってあれ?いつの間に?」


ボス戦の途中ではあるが康太が一瞬気を緩めた際に真理と神加の存在に気付いたのだろう、ゲーム画面を一時停止してアリスと話をしている二人のほうを見る。


「気が付いたかハチ、臨時ゲストが来たぞ。キマリとアマミだ」


そういってそれぞれ真理と神加のほうを紹介する。真理がキマリで神加がアマミであるらしい。


それぞれ本名の一部分をとったという何とも分かりやすい名前ではあるが、そのほうがかえっていいのかもしれない。


どちらにしろ康太は真理のことを姉さんなどと呼ぶためあまり関係はないが。


「こんにちはハチ君、コガネさん。えっと・・・もうこの声も生放送に通ってるんでしょうか?」


「お疲れ様です姉さん。アマミもよく来たな。とりあえずマイクつけておくか」


「えっと、現状を説明します。私たちの友人のキマリさんとアマミちゃんがやってきました。少しの間ボス戦を中断して説明などをしていこうと思います」


康太が二人に挨拶をしている間に、文は生放送の視聴者のほうに説明をしているようだった。


コメント欄には誰?どんな人?どんな関係?などといった疑問の声や、こんにちは、いらっしゃいなどといった歓迎を示すものも存在していた。


「キマリさんは私たちの姉貴分的な存在です。逆にアマミちゃんは妹分みたいな存在ですね。今日は一時的なゲストとして遊びに来てくれました」


「喜べ男子諸君。キマリは花の女子大生だぞ。そしてアマミは来年小学校一年生だ。大きいお友達も手を出してはいかんぞ?」


女子大生と来年小学一年生というアリスのなんともわかりやすいのだが下卑た説明に一瞬コメントが一気に流れていく。


特に二人の年齢について描写されたこともあり、その反応はそれぞれに分かれる。女子大生に反応したものもあれば来年小学校一年生という言葉に反応したものもいる。


そのたびに同じくコメントで突っ込みが入ったりしているが、そのあたりはスルーしておいたほうが良いのだろう。

誤字報告を25件分受けたので六回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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