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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十六話「本の中に収められた闇」
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見つけたその本は

「地下三階?そっちを探すのか?」


「えぇ・・・この場所には魔導書はなさそうだし・・・探してもなかったでしょ?」


「それっぽいのはなかったな・・・ちなみに下にあるって根拠は?」


「今回の相手は魔導書を盗んでそれを誰かに売る、あるいは渡そうとしてる。盗品を取引するなら自分たちの拠点の中で一番安全な場所に保管しない?」


それもそうかもといいながら康太は口元に手を当てて考え始めるが、文は康太の考えなどは一時的に無視して先に進もうとしていた。


地下三階に続く扉は先ほどまでの扉と違い完全に鉄でできている。しかも単純な鍵では開かないようにしてあるらしい。文の鍵開けの魔術が発動しなかった。


「ビー、扉任せたわ」


「了解・・・えーっと・・・溶接などはなし、けど向こう側からいくつかストッパーがしてあるな・・・面倒だからもう分解するぞ?」


康太の言葉とともに先ほどの扉と似たような形で目の前にあった扉が倒れてくる。


部品という部品を強制的にバラバラにされた影響でもはや扉は扉として機能しなくなってしまったのだ。

こいつの分解の魔術はなかなかに便利だなと思いながら、文は明かりを操りながら先行する。


「アリス、ちなみに今の時間は?入ってどれくらい経ったんだ?」


「もうすぐ二十分だの。急がないとそろそろ危ないかもわからんぞ?」


「こんなに地下じゃ携帯の電波も入らないしね・・・館長との連絡はつかないからここは自分たちで何とかするしかなさそう・・・」


時間制限があるというのは地味に厄介だ。少なくともあと十分間はまだ非戦闘で終えられる可能性が高いとはいえ、それも十分以降は保証がなくなってくる。


何せ図書館での説明、というか相手の足止めが具体的にどれくらいかかるか全くわからないのだ。


一時間かもしれないし一分かもしれない。はたまた半日かかるかもしれない。


長く時間がかかってくれれば康太たちとしてはうれしい限りだが、説明が一瞬で終わる、あるいはこの拠点の異変に気付いた魔術師たちが即座に戻ってくる可能性もあり得るのだ。


早いところ捜索を済ませたほうがいいのは事実である。


康太たちが地下三階を進むと、文はそれらしき部屋の扉の前に立つ。それはドアノブがない扉だった。

引き戸でもなければ通常の扉でもない。暗がりだとただの壁だと勘違いしそうな場所である。


「ここね・・・この先よ。ビー、お願いできるかしら」


「あいあい・・・さてさてこいつは・・・?」


康太は索敵と物理解析の魔術を同時に発動させて目の前にある扉の状態を調べる。


どうやら至極簡単な方法で施錠されているようだった。だが問題はその施錠方法よりもこの扉の取り付けられ方である。この扉はシャッターのように真上に開けるタイプの扉なのだが、両側に溝を掘ってそこに扉を入れ込んであるために単純な分解では通るようにならないのである。


解析の結果いくつかの部品が干渉して扉を止めているのはわかるのだが、これもやはり単純な鍵ではない。


とりあえず外せるものはすべて外してしまおうと、康太は扉に向けて分解の魔術を発動する。


そこにあった部品などはすべて分解されてしまう。扉の動きを止めていた部品も、どうやら扉の動きを止められるだけの状態にはなくなったようだった。


康太は何度か扉が動くかどうかを確認したうえで索敵の魔術を発動しこの扉の見えない部分、つまりは索敵範囲外にあるものを認識しようとしていた。


分解して少し開くようになったといっても限界がある。そこでほかに何か原因があるのではないかと調べ始めているのである。


「どう?開きそう?」


「まかせとけって・・・とりあえず・・・あぁここがだめになってるのか・・・んじゃ・・・こうするか」


康太は自分の身に着けている外套に一体化していたウィルに頼んで扉と壁の隙間に入り込んでもらう。

ウィルによって先ほどまで干渉していた部分を取り除くと、康太は勢いよく扉を開く。


「そういう使い方もあるのね・・・本当に便利なのね」


「おうよ。移動用クッションから潜入時の万能用具まで何でもこなします。ぜひこの機会に一家に一台」


「はいはいさっさと行くわよ」


「・・・反応してくれないとちょっとは寂しいんだぞ・・・?」


少ししょぼくれている康太をよそに、文はさっさと目的の部屋を確認していた。


部屋の大きさ自体はそこまで大きくはない。人が一人寝っ転がるとそれだけでだいぶ移動が制限されるような部屋だ。


そこに机や棚、そして小物などが置いてあるせいでさらに狭苦しく感じてしまっているのだ。


「この本棚か・・・この机の上か・・・あるいは金庫かってところかしら?」


「んじゃ俺は金庫の中を拝見させてもらうわ。現金が入ってたらそれなりにうれしいってところか?」


「現金よりも魔導書のほうが大事よ・・・っていうか言ってることがだいぶ本物の空き巣みたいになってきてるわよ?」


「まじで?ちょっと顔隠さなきゃ」


元から隠してあるでしょと若干混乱している康太をたしなめながら、文は周囲のものを探しはじめた。


文とともに部屋の探索を始めてから約十分。康太は本棚の中からとある妙な本を見つけていた。


その本は本棚の奥、まるで隠すようにそこにあった。まるでエロ本の隠し場所のようなやり方に康太は強い不信感を抱きその本を手に取って読んでみる。


だが康太の目には何の反応もなかった。今まで魔導書を読んだときはこれが魔導書であるとすぐに理解できたのだ。


術式が本の中身を通じて頭の中に入ってくる。康太の目を通じて術式を少しずつ読み解ける感覚が魔導書にはあったのだがこの本にはない。


康太は不思議そうに本の表紙や裏表紙などを見てみるが、それらには何の題名も書かれていない。


黒い表紙に包まれているその本を見て、康太は眉をひそめた後その本の作者を調べようと最後のページを眺めてみる。


だが作者の名前どころか出版社の名前も、あとがきも何もない。いったい何だろうかこの本はと今度は目次を見てみると、そこにはちゃんと文章としての章別けがされていた。


軽く読んでみると康太はその内容を理解してしまった。そして理解したと同時にわずかに自分の中にある男の子の部分が大いに嘆いているのを感じた。


結論から言おう。この本は自作小説なのだ。おそらくはこの場所を拠点としている魔術師のものとみて間違いないだろう。


普段は昼寝好きできざったらしい普通の一般人のように見えるが実は特殊な力を持った特殊な家系に生まれたイケメン男子高校生。


そしてその力は世界を破壊することもできるほどだという。彼の周りにはなぜか女子が集まり、良くも悪くもハーレムめいたものを築いている。


セリフ回しも非常に独特で、どこかの漫画などで見たことがある内容を引用している感じが目立つ。


なぜかわからないがヒロインを助け特に理由もなくヒロインに協力し面倒だといいながらも世界を救いに行く。そんな話のようだった。


言ってみればこれは男子ならば一度は考えたことがあるであろう黒歴史のようなものだ。康太も中学に入ってすぐのころにこのようなノートを作り出したことがある。しかも一度作り出すと何故か捨てられないのだ。


自分の思い出のようなものが詰まっているからか、それとも捨てたとき誰かに見られることを恐れてか、なぜか手元から離すのをためらってしまうのである。


康太の手に収まっているこの本、何の題名も書かれていない黒歴史の小説。こんなものを記しているとは思わなかったが、何も拠点に置かなくてもよいのではないかと目頭が熱くなるのを感じながら康太はその本を流し読みしていた。


読めば読むほどに体がかゆくなる。別に自分が書いたわけでもないのになぜか恥ずかしくなってくる。


しかも無駄に本としての完成度が高いのが気になった。普通こういう黒歴史ノートはたいていただのノートかルーズリーフなどにまとめられているものだが、この本はきちんと本になっているのだ。


少なくとも自分で印刷して自分で本にしたわけではないだろう。おそらく印刷所などに依頼して造らせた、所謂自費出版に似た形だ。


この本から伝わる本気度が、なおさらこの本の中に記されている物語の『痛さ』を強調している。


ところどころに存在する誤字、矛盾、都合のよさ、練られすぎた設定、何もかもが康太の精神をゴリゴリと削っていくのがわかる。


これはこれで一種の魔導書だなと思いながら康太は勢いよくその本を閉じる。


これは見なかったことにしてやるべきか、それともこれさえも利用するべきか。康太は非常に迷っていた。


同じ男として、こういったものが見つかるということは母親にエロ本が見つかるよりもショックだ。


これを見て見ぬふりをするか否かは、自分が魔術師としてどれだけ非情に徹することができるかを測られているような気がしたのだ。


純粋に魔術師として行動するのであれば、この魔導書を持って行って実際に戦う時、あるいは交渉するときにでも使えばいい。


だが同じ男として行動するのであれば、この本は見なかったことにし、さも何も知らないかのように接してやるのがやさしさというものだ。


「ちょっとビー、いつまでその本見てるのよ。目的の本じゃないでしょそれ」


「え!?あ、あぁそうだな!ちょっと気になったからさ!」


康太は急に話しかけられた瞬間、持っていた本をとっさにウィルに渡して包み込ませてしまった。


康太が読んでいた本ということで文が興味を持たないとも限らない。反射的な行動だったがこれはこれでベストな行動だったと康太は感じていた。


あとは目的のものが見つかったとき、あるいはこの場所にはないとわかったときに元の場所に戻すだけである。


康太は結局男としてこの本を見逃すことにした。きっと小百合ならばこの本を持って行って交渉というか脅迫の材料にしたのだろうが、自分にはそんなことはできないと康太は自分の中にある良心を捨てきれずに悔しそうな表情を浮かべていた。


だがこれでよかったとも思える。確かに魔術師として行動する以上ある程度非情な行動をとることは避けられない。


攻撃すれば相手は傷つくし、陥れれば相手は困窮するだろう。だがそればかりしていては人間としてダメになってしまう。


越えてはいけない一線というものがあるのだ。康太はその一線を越えたくないとウィルの中にある黒歴史の本を意識しながらそう決意していた。


土曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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