やるべきこと
「はいあーん。文、食べなさい」
「・・・あ・・・あ・・・ぁ・・・ん・・・!」
ファミレスにやってきた康太は注文したパフェを掬って文に食べさせようとしていた。文は顔を真っ赤にさせて口を開けているが、彼女がかなり口を開けるのに対して抵抗しているのがわかる。
そう、今文は半ば強引に口を開けさせられているのだ。
「無駄に抵抗するでない、力加減が難しくなるだろうが」
未だアリスによる体の操作は継続している。ファミレスにやってきたというのに文はいまだにその体の自由をアリスによって奪われいいように動かされているのだ。
「ほれほれもっと嬉しそうな顔をせんか。このままでは怪しまれてしまうぞ?」
「あんたね・・・楽しんでるでしょ・・・!」
「当たり前だ。何事も楽しむのが私の主義だからの。こうしてフミが恥ずかしそうにしているのを見るのは実に楽しいぞ?」
「こんのぉ・・・」
文も何とか抵抗しようとしているが、ここで抵抗するのに魔術を使うわけにはいかない。というかこのような形でファミレスに入っているのにもちゃんとした理由があるのだ。
今回の目的はデートではない。この近くにある今回の相手の魔術師の拠点を索敵によって調べるためにやってきたのだ。
こうしてじゃれているとはいえ、文が本来やるべきことは全く別のことなのだ。
「ほらほら、体の操作は私に任せてフミは索敵に集中せい。今日の目的をわすれるではないぞ?索敵そのものは気づかれないようにしてやるから」
「こんな状況で集中しろってのが無理よ・・・!康太、あんた変な行動しないで・・・!お願いだから・・・!」
「何をおっしゃる。恋人っぽく行動しないと怪しまれるだろ?こうしてめちゃくちゃラブラブなところを見せてやろうじゃないか」
「今時ラブラブなんて言葉誰も使わないわよ・・・!しかもこうしてるのが逆に目立つっての・・・!」
必死に体に力を入れて抵抗しているがやはりアリスの魔術には抗えない。実力差がどうこういう話ではなくアリスの魔術の扱いが絶妙すぎるのだ。
アリスは自分の魔術も認識されないようにしているからこそ自由に魔術を行使できるかもしれないが、文がいきなり魔術を使えば相手にも悟られる可能性があるだけに妙な行動はとれない。
ファミレスの中で繰り広げられる強制的な恋人空間に文は顔を真っ赤にし周囲からの視線に耐えていた。
あからさまな恋人っぽさに店員もほかの客も胸焼けを起こしているのか康太たちのほうを見ないようにしているようだった。
「安心しろ文、恋人っぽい行動は俺とアリスに任せろ。お前は存分に調べ物をしてくれ。その分俺らが楽になる」
「体を勝手に動かされてる状態で何を安心しろっていうのよ・・・!体の自由を取り戻したら覚えてなさいよあんたたち・・・!」
文は自分の役割を認識し、これ以上抵抗しても無駄だと判断したのか自分の体の自由を完全にアリスに明け渡す。
自分の体が何をしていても文は認識しないように意識を全く別のところに向けることにした。
場所はすでに把握している、文は自分の手元にルーズリーフを一枚取り出すと、勉強をしているふりをしながらそこに拠点の地図を記し始める。
索敵の魔術によって魔術師の拠点を調べるとそこには一人の魔術師がいた。拠点自体は一軒家のようで、二階建てに加えて地下もある。しかもその地下が割と広い。その中にはいくつもの物品が収められていた。
いったいどれほどのものが保管されているのかはわからない。もしかしたら今まで何度も盗みなどを行ってその物品を保管しているのかもしれない。
文はとりあえず建物の構造を徹底的に書き記していくことにした。
建物の構造図、見取り図、そしてどのようなものが配置されているのか、どこに入り口があるのかなどをとにかく調べていった。
「お、フミが集中し始めたようだの・・・これならもう少し大胆な行動に出ても問題ないか・・・?コータ、フミにキスしてみるがいい」
「いやさすがにそれはアウトだ。せめて髪をいじるくらいにしておかないと」
「それもなかなかにセクハラだとは思うが・・・それならば間をとって頬をなでてみろ。動物とかにやるような感じで。よーしよしよしというような感じで」
「お前またテレビに影響されたのか?人間相手にそれやったら絶対へんな目で見られるぞ・・・」
今も十分変な目で見られていることは康太は気にしていないようだった。
自分に向けられる視線は敵意以外はだいぶ鈍感なのか、それとも今は文と恋人ごっこをするのに忙しいのか、康太はすぐそばにいる文の相手をし続けていた。
「ところでアリス、お前どこまで人間を操れるんだ?」
「ん・・・まぁ人並みといったところか。そこまで得意というわけではない。壊さないように操るのは神経を使うしの」
壊さないようにという言い方に康太は少しだけ興味があった。アリスが今やっているのは念動力による人間の体の操作だ。その気になれば人間を壊すことくらいは簡単にできるのだろう。
ふざけているように見えて今アリスがやっているのはなかなか高度な技術なのだなと康太は文の口にパフェを運びながらその技術の高さに感嘆していた。




