相談と僥倖
「いやぁ悪かったな文、アリス。手伝わせちゃって」
康太たちは尋問を終えた後、あの魔術師を協会に引き渡した。
あの魔術師が魔導書盗難事件の主犯格の一人だったということが分かった時点で、あの魔術師は依頼の内容を大まかながら知っている協会、引いては支部長の監視下に置かれることになったのである。
もっとも監視などしなくてももはや戦意はかけらも残っていないだろう。康太はそういうやり方で尋問をかけたのだ。相手に徹底的に精神的な負荷をかける。そうすることで心を折るやり方をしたのである。
尋問という名の拷問を終えた康太と文、そしてアリスは小百合の店へと戻ってきていた。
得られた情報はかなり有益なものだったといえるだろう。
「あぁいうのは手伝いたくないわね・・・やってみてわかったわ。私あぁいうの向いてないわ・・・」
「ノリノリでやってた割に案外乙女だな・・・まぁでも電撃の魔術は相手にそこまでダメージを与えない割に痛みを意識させられるから助かったよ。アリスのモザイクもいい感じだったと思うぞ。うそ発見器なんかかなり助かった」
「ふむ・・・とはいえあそこまでやる必要があったのかの?私がいればそれこそ嘘か否かはわかるのだし、はい、いいえの二択で回答を狭めていく方法もあったのでは?」
康太がとったのは相手の口から情報をすべて話させる方式だ。アリスのような嘘を見抜ける人間がいればそれこそいま彼女が言ったように二択の回答を何度も行っていけば相手の情報は多く得られるだろう。
いちいち痛めつける手間も省ける。確かにこのような形で情報を引き出すのは効率的とは言えないのかもしれない。
「いやいや、ちゃんと意味があるんだぞ?一度敵対した人間は二度と戦意を抱かせないようにする。師匠の教えでもあるし奏さんのアドバイスでもある。ぶっちゃけ敵が多くなりそうだからその敵になりそうなやつをあらかじめつぶすのもまた必要なことだと思うわけだよ」
それは真理の処世術とはまた違った形での康太なりの敵を作らない方法だった。
真理は徹底して八方美人を貫き、周りの人間を味方、あるいは敵にならない人間にしているが、康太のようにすでにある程度戦闘を行い、なおかつ悪い意味で小百合の弟子であるということを印象付けてしまうともうその手は使えない。
そこで康太は考えたのだ。もし敵になりそうな人間、あるいは敵対しなければもはやどうしようもないであろうタイプの人間。そういう魔術師を見かけたのなら徹底的につぶすべきなのだと。
もちろん戦った全員に対してそれを行うつもりはない。情報をもらうついでだったり、明らかに悪行をなした人間に対してのみ康太はこうした叩き潰しを行う。
そうして相手に自分の存在を強く認識させるのだ。そうすることで将来的に自分と対峙した時に対応しやすくなる。
無論逆恨みされる可能性も高いが、それだけ強い印象を与えてしまえばどうしても意識してしまうものだ。
真理のそれとは正反対の攻撃的な処世術だなと文とアリスは半ばあきれていた。
「それはそうと・・・どうする?情報は手に入ったわけだけど」
あの男から手に入った情報は三つ。まず第一に今回の盗難にかかわった人物とその拠点。
個人の情報はもちろん、三人が共同で拠点にしている場所も知ることができた。無論それぞれの拠点の場所も情報の中に入っている。
そして第二に今回の盗難の目的。これが少々厄介だった。あの魔術師の話によると今回の盗難は依頼されたものなのだという。
特定の魔導書を入手すること、それが今回の目的であり、その売買が最終的な達成だったのだという。
第三に盗まれた三冊の魔導書の行方。これは現在三人が共同で拠点としている場所に保管してあるらしい。
指定された日時に依頼をした魔術師に受け渡しをする予定なのだとか。だがその詳細までは先の魔術師も知らなかった。
今回の依頼を受けた、三人のリーダー格がそのことを知っているのだという。
「売り渡すってなるとそれだけ時期と場所を考えなきゃいけないわよね?たぶんだけどあと数日のうちに受け取りに来るはずよ」
「まぁそうだろうな。盗難品抱えていいことはないから・・・盗まれてから一週間以内ってところか・・・?案外時間ないぞ」
「それまでにリーダー格を捕まえて情報を吐かせて、依頼した奴も一網打尽にしたいわね・・・なかなか敷居が高そうな内容だわ」
幸運にもとらえた一人がある程度情報を知っていてくれたからこそここまで話が進んでいるが、これからのことを考えると康太と文の脳裏にわずかに不安がよぎる。
何せ一人でも多少苦戦したのだ。
あの魔術師の戦い方から察するにおそらくある程度場数を踏んだ魔術師であることは理解できる。
そして今回のような盗み方ができるということはある程度連携にも長けた魔術師たちであるということは容易に想像できた。
一人であれだけ苦労したのであれば、二人を同時に相手にしたらどうなるのだろうかと、康太と文は今から頭が痛かった。
とはいえ相手の情報を得られたのは大きい。拠点には本の管理の関係で誰かが必ずいるということもわかっている。
拠点の場所に加えて目的も暴くことができたのだ、これは大きな前進と思っていいだろう。
「このこと館長には報告するのか?」
「一応報告は義務だけど・・・変な形で動かれると厄介ね・・・向こうに動きがばれるのも避けたいから最低限だけ伝えましょうか」
「あー・・・そのほうがいいかもな、図書館って結構でかいグループだし、あの人たちに勝手に動かれるとちょっと面倒かも・・・」
これで図書館の人間が高い戦力になってくれるというのであれば話は別なのだが、図書館の人間も一枚岩ではない。
依頼を康太たちに任せようとする者もいれば、自分たちで本を取り返そうとする者もいるだろう。
そうなったときに勝手に動かれて相手にその動きが知られ、康太たちが行動しにくくなるような状況にはしたくない。
なるべく与える状況は少なく最低限に、なおかつある程度相手が満足するような内容を教えるべきだろう。
「ていうかさ、今回の依頼って盗まれた本を取り返してくれってのと、盗った奴らをやっつけてくれってのだろ?」
「簡単に言えばそうね。それがどうかしたの?」
「いやさ、相手の素性も拠点ももうわかってるわけだろ?それなら何も倒すことは急がなくてもいいんじゃないかと思って」
「・・・ん?どういうこと?」
「拠点に盗んだ本を保管してるって言ってたろ?なら忍び込んで本だけでも先に取り返すのはダメなのかなと」
康太の言い分に文はなるほどねと小さくつぶやく。
確かに康太の言うようにすでに相手の魔術師としての情報はほとんどといっていいほどわかっている。
あとは然るべき場所に報告すればおそらくすぐにでも対処することが可能だろう。
これだけのことをやっていれば証拠さえあれば魔術協会そのものも動いてくれるかもしれない。
となれば康太たちが優先するべきは盗難され、売買されようとしている魔導書の奪還だ。これさえしてしまえばあとは残った魔術師を各個撃破してしまえばいい。
「正直なことを言っちゃえば全然ありだと思うわ。潜入して相手が抱えてるものを盗んじゃうってことだもんね。全然ありだとは思うわ」
「だろ?なかなかいい案だと思うわけだよ・・・まぁできるかどうかはさておいて」
問題はそこに収束するのだ。忍び込むのはいいのだが問題は康太たちがそれを行えるだけの技量があるかという話になってくる。
特定の場所に侵入したりするのは康太たちは割と頻繁に行っているとはいえ、正直なところ魔術師に見つからずに侵入するというのはなかなかに難易度が高い。
特に盗んだものを保管しているとなれば当然相手もしっかりとした監視をしていることだろう。
以前の大分のように、全体に警戒を向けている索敵網ならまだしも、今回のように特定のものに向けた索敵を潜り抜けるのは容易ではない。
それこそアリスのような技量があればたやすいだろうが、実際それができるほどアリスの技量は生半可なものではないのだ。
「できるかどうかはさておいて検討するのは良いことだと思うぞ。特に戦わずに目的のものを奪取したとなれば相手にもそれだけ打撃を与えられる。特に今回は相手の打倒よりも盗難物の奪取のほうが優先されるしの」
「そうなんだよな。早くしないと本を取引されちゃうかもしれないし・・・どうするよ文、魔導書奪取作戦やるか?」
康太にしては珍しく正面突破の好戦的な考えではなく、むしろ戦闘を避けようとしている考え方に文はどうしたものかと悩んでしまっていた。
実際悪い案ではない。相手がある程度以上の実力があるとわかっているのだから、こちらもそれ相応の準備は必要だろう。
勝てたとしてもかなりの損害を覚悟しなければならない。そんなリスクを負うくらいならまずは戦わずに済む方法を模索するべきだ。
康太の言うような盗みに入る方法もないわけではない。相手の情報がわかっているのだからやりようはいくらでもある。
「・・・そうね、ちょっとやってみようかしら。ダメでもともと。やってみてやっぱり戦いにってなってもいいように準備はしておかなきゃならないけどね」
「そうこなくちゃな。よしよし、俺の隠密スキルが活きる時が来た」
「・・・あんた隠密行動なんてできないでしょ?」
「・・・いや、匍匐前進くらいならできるぞ」
目に頼らず相手の位置を把握可能な索敵ができる魔術師相手に匍匐前進をしていったい何の意味があるのかと文はあきれてしまうが、実際康太が隠密行動ができるとは全く思っていなかった。
かくいう文だって隠密行動というものは一度しかやったことがない。この前アリスに索敵妨害の魔術を教わって初めてそれらしい行動をとっただけなのだ。
あとは遠くから攻撃するとか相手から距離をとる術は学んでも、相手の懐に潜り込みながら自分の存在を隠すというのはやったことがなかった。
「ちなみにアリス先生、隠密行動などをするうえで重要なことなどあればご教授いただきたいのですが?」
「ん・・・そうだの・・・とりあえず見つかるな。以上」
「・・・見つからないための方法などを教えてほしかったんですがねぇ・・・なんかそういうのないのか?」
「簡単に言うな。誰かを見つける術がある時点でだいぶ難しいのだ。それならいっそのこと不在の時を狙ったほうがまだましというものだ」
魔術師はそもそも一般人から姿を隠すことはあっても、魔術師から姿を隠すということは基本的にあまりしない。
大昔、それこそ魔女狩りがあったような時代から、一般人に対して隠れるための技術は多く存在するが、同業ともいえる魔術師に対して隠れたり身を隠すということはあまりしてこなかったのが魔術師なのだ。
そのため魔術師相手に隠密行動をするという康太たちの行動に助言をしろと言われてもアリスの使える技術をすべて使っての本気のかくれんぼ程度のアドバイスしかできないのである。
結局のところ『とにかく見つかるな』その一言に集約されるのだ。
「でも実際アリスの言う通りかもね。その場に誰かがいた時点でたぶん隠れて行動っていうのは難しくなると思うわ・・・それならその場にだれもいないようにさせるほうが楽だと思うのよ」
「でも盗難品を管理してるんだぞ?必ず誰か一人いるだろ」
「そうね・・・でも三人のうちの一人がすでに脱落してるのよ?多少隙ができると思わない?」
「逆に守りを強くすると思うんだけどなぁ・・・あ、いやそうでもないか。ちょっと支部長とかに呼び出しをしてもらえばその場から離すことくらいはできるかも・・・」
支部長に協力を仰がなければいけないとはいえ、協会支部に所属している人間が支部からの呼び出しを反故にできるほど各魔術師の権限は強くない。
特に盗みなどを行って自分の立場を危うく仕掛けてるのだから支部の心証を悪くするような行動はしないだろうと考えたのだ。
二人同時に呼び出すと多少面倒なことになるかもしれないため、一人ひとり呼び出すのが安定だろうか。だがそうすると確実に一人は拠点に残っていることになってしまう。
だが二人同時に相手をするよりはずっと楽な状況だ。相手からすれば一人で拠点を守らなければいけない分多少警戒は強くするかもしれないが、一人だけなら何とか倒せるかもわからない。
「可能ならもう一人もつぶしておきたかったけど・・・何かほかにいい案ないかしら・・・?相手を二人ともどこかにやっておけるような・・・」
「・・・片方は支部長に呼び出してもらうとしてだ・・・もう片方をどうするか・・・アリス、なんか意見ないか?」
アリスに対して技術的な質問ではなく、この状況に対して何か意見がないかと聞くのはなかなか新鮮だなと思いながら文はアリスのほうを見る。
実際アリスもどうしたらいいのか迷っているらしく、どうしたものかと悩んでいるようだった。
「連中が集合場所以外にも個別に拠点を持っているということを利用できないだろうか?例えば拠点を奪おうとするとか、拠点に対して何かしらのアプローチをかけるとか・・・」
「なるほど・・・同時干渉か・・・できなくはないかもしれないけど・・・その分こっちも戦力が削られるかな・・・そのあたりはどうしようもないか・・・?」
「・・・また倉敷に力借りる?そうすれば少しは助かるわよ?」
「一人で任せるってのはちょっと不安だな・・・さすがにもう一人誰かいてやらないと普通に返り討ちになりそうだ・・・」
「戦闘方面ではなく、あらかじめアポイントを取るというのも手だと思うぞ?今回お前たちがそうしたように話を聞きたいからといってその場所にいてもらうようにすればいい。支部長からの呼び出しではなくとも、支部長経由でそういった話が来れば無視はできまい」
「おぉ・・・さすがはアリス、長いこと生きてるだけあるな。こういう意見がポンポン出てくるあたり経験の差があるって感じるわ」
康太の素直な賛辞にアリスは胸を張り鼻高々といったポーズをとる。
実際二つの形で支部長に頼ってしまうことになるが、今回の依頼は間接的にとはいえ支部長から出されたものなのだ、ある程度協力してもらっても損はないだろう。
問題は二人に対して同時に支部長の呼び出し、ないしアポイントがかかるということもあって相手に警戒されないかということである。
まったく別件での呼び出しで、盗難にかかわった人間二人が呼び出されるということになれば相手も当然警戒するだろう。
それに三人のうちの一人はすでに支部によってその身柄を確保されているのだ。連絡が通じないなどのことが発覚すればなおのこと警戒の色を強くするだろう。
「なるべく有無を言わさずに・・・でもそれでいて強制ではない感じに・・・なんか急用ができたとか、そういう形で呼び出せればいいんだけど・・・」
「そのあたりは私たちが考えるよりも支部長の意見を聞いたほうがいいかもしれないわね。そっち方面はあの人のほうがずっと詳しいだろうし」
支部の仕事で急ぎの仕事というとどのようなものがあるのかは正直に言えば康太たちはわからない。
そのため康太たちだけで考えるよりも支部長に直接会って意見を聞いたほうがいいように思えたのである。
実際そのほうが早いし、何よりこの考えと計画を支部長が乗ってくれるかという問題もある。
もともとこの依頼は協会が特定のグループに過干渉しないという前提のもと出されたものなのだ。
康太たちへの協力がグループへの過干渉とみなされないかといわれるとまた少々首をかしげてしまうところである。
「相談するならタダだし、とりあえずこっそり侵入して盗まれた魔導書を確保することを最優先に動きましょうか。盗んだ魔術師をとっちめるのは後回しって形で」
「異議なし。その方向で話を進めよう。アリスもそれでいいか?」
「まだ私の役割があるのならそれでよいぞ。お前たちを見ているとあまりなさそうだが・・・」
康太たちは自分たちの力でできることを基準に物事を考えている。アリスのような高い技術を持っている者に頼るということを最初からしないのは美徳ではあるが、アリスからすれば少し寂しくもあるのである。
「なるほどね・・・そういう頼み事かぁ・・・」
「はい、支部長のセーフラインを見極める意味でも一応お話ししておいたほうがいいかと思いまして」
康太たちは早速支部長のもとに今回の件の相談に来ていた。
もとより支部長の立場から考えてあまり特定のグループをひいきにするのは良くないということもあって康太たちに依頼を出したのだ。
その依頼を完遂させるために協力するのは過干渉という形になるのかならないのか、そのあたりは支部長本人に判断してもらうほかない。
もっとも、康太のようにかなり支部長に目をかけてもらっている関係時点でひいきも何もないように思えてしまうが、康太の場合は事情が事情なのだ。
支部長の行動によって小百合の弟子になることが決定づけられてしまったということもあって個人的な負い目があるからこそ、支部長としての立場ではなく個人的な協力を惜しまないとしているだけの話である。
だが今回は支部長としての立場が前提としてあるために話がややこしくなっているのだ。それさえなければまだましな内容といっていいだろう。
「確かにそういうことをするのは可能ではあるけど・・・微妙なところだなぁ・・・こっちで何か目的や用件があるなら少し予定をずらすくらいは全く問題ないんだけど・・・今のところその二人に関しては何の予定も用件もないんだよね・・・」
これで何か支部のほうからその二人に特定の用件などがあり、その期限がある程度決められているのであればその時期を操作するくらいならば支部長としてもそこまで問題ではなかったのだという。
だが今回はその二人に対しては何の予定も用件もない。つまり呼び出すためには何かしら目的を作らなければいけないのだが、そこまですると支部長としてはセーフラインを越えてしまうらしい。
「何か用件があれば・・・って話ですか?」
「そうなんだよ。支部長としての立場もあるしさ・・・ある程度何かしら目的がないと動くのは難しいなぁ・・・これで僕が君たちに直接頼んでる依頼なら協力するのは全然問題なかったんだけど、今回は僕を仲介して紹介しただけだからね・・・」
今までの依頼のように支部長のほうから康太たちに直接依頼されたのであれば協力するのは何の問題もなかったし支部長個人的にも問題なく、むしろ意欲的に協力したいと思っているようなのだが、今回は事情が事情なだけあって支部長があまり行動的になると後々文句を言われる可能性があるのである。
「支部長に協力をお願いするのは無理・・・か・・・となるとどうするよベル。どうやって連中を呼び出そうか?」
「そうねぇ・・・お前の仲間は預かったとか?」
「その仲間を使い捨てにするようなやつだったら警戒度を上げるだけだな・・・依頼した奴に成りすまして呼び出すとか」
「依頼主とはちゃんとした連絡手段を持ってると思うわよ?あるいは相手のほうからはもう連絡を終えてる可能性もあるし同じように警戒される可能性が高いわね」
康太と文は互いに案を出し合うが、どちらもあまり良い行動とは言えなかった。
三人がともに行動をしていたとはいえ、この三人が仲間であるとは限らないのだ。
あくまで行動を共にしただけで仲間意識があったかは定かではない。むしろ互いに利用するような道具であるように思っているかもわからない。
そうなると仲間を捕らえたといっても無視される可能性も高いし、その仲間を捕らえたという申告を出してきた時点である程度状況を把握されていると相手に認識されてしまう。
それはつまり相手の警戒心をかなり強める結果にもなるのだ。それは得策とは言えない。
康太の言った依頼主に成りすまして呼び出すというのもまた良い行動とは言えない。
先ほど文の言ったように、依頼主はすでにその三人への連絡をすべて終了しているかもしれないのだ。
連絡を最低限にすることで互いに素性がわからないようにしている可能性が高い。
依頼をした段階で指定した日時にどこかでまた会うということだけ決めてあとは全く連絡を取らない可能性もあるのだ。
そうすることで相手の情報も、こちらの情報もほとんど漏らさずに済む。
もしその方法をとられていた場合、相手に不信感を与え結局のところ相手の警戒心を高める結果となるだろう。
相手の警戒心を上げることなく、相手を拠点から引きはがさなければならないのだ。これは簡単に見えて実はかなり難しい。
それこそ支部長の呼び出しなど、魔術師であればだれでもあり得るようなことをしてくれたのであれば非常に楽だったのだがそうもいかない。
支部長の協力が得られない以上ほかの手を考えなければならないだろう。もし何かいい手が思い浮かばなかったら直接拠点に殴り込みなどという行動をとることになってしまう。
さすがにそれは康太と文としては避けたいところだった。
最終手段としてアリスに手伝ってもらい半ば強引に隠密行動をとるという方法もあるにはあるのだが、なるべくならばアリスに手を借りることはしたくない
これは康太と文がアリスと同盟を組んだ時に自分自身で決めたことだ。
いくらアリスという実力者がいるからといってその力に頼ることがないようにしようと。どのような状況であってもその考えに変わりはない。
命がかかっているというのなら話は別だが今回はそこまで切迫してもいないのだ。この程度の状況を切り抜けられなければこれから魔術師としてやっていけないだろう。
あぁでもないこうでもないと、康太と文は互いに案を出しては互いの案を否定してまた次の案を出していく。
こうして若い魔術師が試行錯誤しているところは支部長としては見ていて安心する場面でもあるが、そろそろ助け船を出したほうがいいかなと、薄く緩めていた頬を引き締めて二人に声をかけた。
「議論中すまないけど、一応手がないわけではないよ。僕の協力という形ではないのは申し訳ないけれどね」
支部長から手があるといわれて康太と文は一瞬顔を見合わせた後支部長の話をまず聞くことにした。
二人で議論していてもおそらく話は先に進まなかっただろう。それなら支部長の話を聞いてこれからどう議論を展開していくか決めたほうが建設的だと判断したのだ。
「僕のほうから手を貸すことはできないけれど、今回の依頼主の協力は得られないかな?彼の協力が得られればいくつか取れる手段が出てくると思うけれど」
「あー・・・あぁそうか。そうだよ、館長に頼めばよかったんだ」
支部長の言葉に康太は何かを思いついたのか、手を叩きながらなるほどとうなずいて見せる。
第三者の発言によって刺激を受けた思考が別の回答を思いついたのだ。やはり他人の意見を聞くのは大事だなと思いながら康太は自分の考えを煮詰めていた。
「館長に頼んでどうするのよ。盗んだものを返してくださいって布告でも出させるの?」
「違う違う。今って魔導書が盗まれた影響もあって図書館は閉鎖中だろ?普通の利用者も利用できないじゃんか。それを解消するために一人ひとり面接するとか、あるいは特定の信頼できる人だけ先に開放できるようにしましたのでぜひいらしてくださいとか言って呼び出せば」
「・・・あー・・・そういうことね・・・なるほど・・・ふむ・・・可能ではあるかもしれないわね・・・図書館の利用は可能な限りしたいでしょうし・・・」
「だろ?いい案だと思わないか?」
「でも盗んだ相手が出してきた布告に対してそんな簡単に応じるかしら?普通盗んだ人間なら寄り付かないんじゃない?」
「その心理を利用するんだよ。盗んだ人間なら近づかないって思うだろ?逆に言えばその場所に行ったんだから自分は潔白ですって証明できるかもしれないじゃないか」
康太の言っていることはつまりはこういうことだ。
図書館側がやろうとしている思惑を相手が察知する必要があるが、魔導書が盗まれた当日にやってきた魔術師を集めるなりしてその人物の信頼性をもう一度確認しようとしている場でもし盗んだ人間だけが来なかったら。
当日の予定などもあるだろうが、図書館のやろうとしている意図を察知した疑われたくない人間であれば間違いなく来る。
逆に言えばここで足を運ばないと疑われる可能性が出てきてしまう。
となれば盗んだ人間はその場に行かざるを得ないのではないかと考えたのである。
もちろんこれは相手が図書館を継続的に利用したいと思っている場合の話だ。今回のことで図書館に見切りをつけていた場合少々厄介にはなるだろう。
だが図書館が動き出すとなると話は別だ。図書館は本の保管を最優先にしたグループだ。疑わしい魔術師がいた場合、おそらく総出で捜索に当たる。
相手も図書館そのものを敵に回したいとは思わないだろう。そうなってくると疑われることそのものがまずいのだ。
当日の魔術師という時点ですでにだいぶ絞られてはいるとはいえ、その人物が少数ともなれば図書館の出方もだいぶ大胆になる。
取引までの時間が少ないのであれば徹底的にマークすることだってあり得る。相手だって人間だ、一人や二人でできることは限りがある。
数十人という人間に対して二人で立ち向かったところでたかが知れているのだ。
そしてこの思惑の良いところはもう一つ。仮に思う通りに相手が動かなくとも相手に警戒心を与える可能性が少ないという点である。
本を盗まれた図書館が何かしらのアクションを起こすのは当たり前。逆にアクションを起こさないほうが不自然だ。
そのため仮に策がうまくいかなくても相手に余計な警戒心を抱かせる心配が少ないのである。
「館長への協力の依頼かぁ・・・頼んだらやってくれるかしらね?」
「そのあたりは僕のほうからも頼んでおこうか?その程度なら僕でも問題なくできると思うけど」
「んー・・・お願いできるならしたいですね。今のところ呼び出しができる一番確実っぽい手なので」
今まで上げた案の中では一番現実的な案といえるだろう。もっともまだほかにもやりようがあると思えているため康太と文はまだまだこれからもほかの可能性を模索していくつもりだが。
「ちなみに図書館が布告を出す場合、どのような形になるんですか?協会の掲示板に張り出すとか?」
「いや、拠点の場所を知ってるだろうからその人たちに手紙やら使者を送るってところかな。後者のほうが印象は強いかもね」
「そうすると少なくとも一日二日はかかるってことだよな・・・うぅん・・・時間が限られてるってことを考えるとちょっと不安ではあるけども・・・」
「一日二日で相手が動くならちょっと警戒が必要かもね・・・最悪拠点をマークしておく必要があるかしら・・・?」
「かもな・・・この短期間で動かれたら反応しようがないけど・・・なるべく早く館長と話をしないとな・・・まだ館長図書館にいるかな?」
「善は急げね。それじゃ支部長、私たちはこれで失礼します」
「あぁ、頑張ってくれ」
結局ほとんど手伝いはできなかったが、支部長としては申し訳ないと思いつつもそれでいいと感じているようだった。
支部長の部屋を後にした康太たちはすぐに図書館に向かうことにした。
「なるほど・・・当日の魔術師たちを呼び出す・・・と」
「はい、そうすることで相手にゆさぶりをかけたいんです」
康太と文は支部長からの助言を受けた後すぐに図書館に向かい館長を訪ねていた。
今回依頼を受けている以上ある程度相談するのは義務であり、今回のような形であれば依頼主である館長にこの提案をするのは自然な流れだろう。
康太と文の提案に館長自身もそこまで悪い気はしていないようだった。現在の状況を考えてそういう手に出ても問題ないと思っている節があるのだろう。
当然康太たちがすでに犯人の目星をある程度つけているということはまだ知らない。あくまで怪しい人物を割り出す段階の話だと思っているのだ。
「確かに悪くない案だと思いますよ。お二人ばかりに苦労を掛けるのも心苦しい。呼び出し方は・・・そうですねうちのものを使うのが手っ取り早いですが・・・もし相手が過剰に反応してきた場合が少し面倒ですね」
「確かに・・・その可能性は考えてなかったな」
「そっか、仮に図書館の人間が拠点に訪れたりして、相手が過剰に反応して攻撃されないとも限らないのね・・・」
相手が犯人だとわかっていなかったとしても、図書館の人間が直接やってきたら自分が疑われている、あるいはすでに犯人であると断定されていると考える可能性は十分にあり得る。
もちろん相手がそういった反応だけをするとも限らないが、図書館の人間からすれば多少リスクのある考えなのだ。
「じゃあいっそのこと別の人間を使うか、支部にそうするように頼むかってところじゃないか?ノーリスクで成果をゲットしようってのはちょっと虫が良すぎるというか・・・」
「それはあくまであんたの考えでしょ。図書館の人たちはそのリスクを私たちに預けた状態で依頼したんだから。そういうことは私たちが負うべきじゃない?」
康太の言うようにノーリスクで成果を得られるほどこの状況は楽ではない。そのことは文だって理解しているが、そもそもそのリスクを負いたくないからこそ図書館の人間は康太たちに依頼を出したのだ。
いや、ただ単に探すだけの技術がないから依頼したのかもわからないが。
「館長としてはどうです?俺らが代わりにその人たちのところに報告に行ってもいいですけど」
「ありがたいけれど、こちらで用意したものでないと多分信用してもらえないと思いますよ。それに君たちだけに危険な状況を押し付けるわけにもいきません。それに相手だって下手な反応をすればそれで終わりになるってわかってるでしょうし」
館長の言うように、図書館のような比較的大きめのグループを相手にしようとしている時点で下手な行動が即破滅につながることくらいは想像できているだろう。
短気を起こさない限りまず相手から攻撃してくることはない。疑われている段階では相手もそう簡単には手を出すことはできないだろうと考えているようだった。
もちろんそういう考えもある。だが康太たちからすれば疑われている段階で手を出す可能性がどれだけあるのかが気がかりだった。
もし取引先との期限が目前に迫っているのであれば、多少無茶をしてもいいように思える。逆に期限がまだかなり先なのであれば相手も慎重に行動せざるを得ないだろう。
どちらかはまだわからないが、とりあえず打てる手は打っておくべきだろうなと考えていた。
「なら話をしに行くとき、遠巻きにですけど俺たちが同行するってのはどうでしょう?攻撃された瞬間はどうしようもないかもしれませんけど、そのあとは何とかできるかもしれませんし」
「あぁ、それはありがたいですね。お二人がついてきてくれたら百人力です。ということは一人ずつ回っていくということでしょうか?」
「そうですね・・・確か当日に訪れたのは七人でしたよね?七人であれば一日もあれば十分に回ることはできるでしょうから」
実際回るのはそのうちの二人だけだ。怪しいと思われる三人のうち一人はすでに協会が身柄を拘束している。
康太たちが最も警戒し、脅威に感じているのは二人だけなのだ。
そのため別に一人ひとり回る必要はない。二手に分かれることもできるが、相手の実力が正確に把握できていない今戦力を分割するのは避けたい。
「とりあえず支部に行ったりして情報を集めてから拠点をそれぞれ回るとして・・・図書館からは誰が行きますか?なるべく戦闘をこなせる人間のほうがいいのですが・・・」
「当館で戦闘もこなせる人物は限られますが・・・とりあえず二人を選出しておきます。移動ルートと情報収集は今日のうちに終えておきますので、明日支部に集合ということでもよろしいでしょうか?」
さすがに今日話をして今日出発というわけにはいかなかったかと、康太と文は内心落胆していた。
当然といえば当然だ、康太と文は魔導書が取引されようとしていることを知っているからこそ焦っているが、依頼主である館長たちはそのことを知らないのだ。
もしかしたら頭のどこかでそういう可能性も考えているかもしれないが、確証を得られていない今まだ実際に焦る段階には至っていないのだろう。
すべてを報告するとそれだけ相手に予定外の行動をされる可能性が高いからこそすべてを話せていないのだが、それがかえって裏目になっているといえる。
ままならないものだと康太は歯噛みしながらも図書館の中にいる魔術師の中で誰が一番戦闘が得意なのかを探そうとしていた。
といっても一見してわかるはずもない。康太は図書館の中をざっと見てその中にいる魔術師の体格などを見て大まかに判断していた。
「さて、今のうちからスケジュールを立てておくか」
「そうね。あくまで相手がスムーズにこちらの予想通りの動きをしてくれた場合のスケジュールになるけど」
康太と文は図書館を訪れた後さっそく小百合の店で作戦会議をしていた。
図書館への呼び出しが可能だとして、件の二人の魔術師がどのような反応をするのか、もし仮に図書館にやってきたとして、どのように行動するのか、今のうちに話し合っておいて損はない。
「明日呼び出しをかけて、決行は明後日。急な話でも応じざるを得ない状況にできるようにするって館長は言ってたけど」
「実際それだけの話をするのは不可能じゃないでしょうね。何せこなきゃお前を犯人として疑うぞって言ってるようなものだもの」
「良くも悪くもわかりやすいからな・・・さて、仮に件の拠点にだれもいなくなったとして、侵入、本を奪取して・・・どうする?本を取り返したらすぐに図書館の人間に返すか?」
「いいえ、魔導書を取り返したらまずこの店で保管しておきましょう。そのほうが確実に守れるわ。そしてその次に相手を打倒する。可能ならリーダー格の人間からいろいろ話を聞きたいわね」
「直接取引の話をしたならなおさらだよなぁ・・・そういう裏取引の一端が判明するかもしれないし」
芋蔓方式ではないが、一人の売人や取引相手を捕まえて情報を入手して、さらにその先の人間から情報得て、そうやって何度も何度も情報収集をしていけば最終的にどこかに行き着くはずだ。
その行き着いた先がどこなのかはわからないが、少なくともそういった情報が得られればかなりの手柄となるだろう。
「もし仮に、その人たちが図書館の人間の申し出に反応しなかったら?その場合はどうするの?普通に突貫?」
「んー・・・そこなんだよな。そうなると多分図書館の人間もその二人を疑うだろうし、俺たちだけじゃなくて一緒に行動してもいいと思うんだよ。要するに総力戦?」
「なるほどね・・・その場合は私たちが相手を抑えて図書館の人間に本を奪取してもらう形になるかしら?」
「ケースバイケースだな。どうするかはちょっと考えてない。どっちでもいいと思うけど、相手の戦闘能力と図書館の人間の戦闘能力によるかな・・・」
実際康太は三人のうちの一人と戦っただけでまだ残りの二人の戦闘能力を把握しているわけではない。
これで相手が最初に戦った一人のようにそれなり以上の実力を有していた場合、康太が対応したほうが良いように思えるのだ。
もとより図書館の人間はリスクを避けたいからこそ康太たちに依頼した。康太もその意図を組んで前に出ることはやぶさかではなかった。
「そもそも図書館の人間が直接出てくるかも怪しいけどね。仮に総力戦って言っても図書館から出てこられるのは数人じゃないかしら?」
「十分にあり得るな。ていうかそもそも戦える人間の数によってはもっと少なくなるかもしれないぞ?まぁあれだけの人数がいるんだからそれなりに戦える奴は多少いると思うけどな」
グループの中で共通した行動は魔導書の保管と管理だ。当然魔導書を保管する関係で他の魔術師からの防衛も視野に入れているはず。
それならばある程度拠点防衛に長けた魔術師がいると考えていいだろう。
今回の戦いでも戦力にカウントしていいだけの人材がそろっているとみて間違いない。それがどれだけの数なのかはさすがに康太もわからなかったが。
「とにかく、動いた場合は隠密行動、動かなかったら正面戦闘。可能な限り戦闘は避けていくつもりだけどな」
「あんたが戦闘を避けるっていうのはすごく違和感があるけど・・・まぁいいわ。ところでその拠点を見に行く?下調べくらいはしてもいいと思うわよ?」
盗みに入る上でもある程度下調べはしておきたい。戦闘が行われる可能性があるならばなおさらある程度の地形は把握しておきたいところだった。
「でも近づいたらばれないか?相手も警戒してると思うぞ?」
「昼間に近くを通るくらいなら大丈夫じゃない?索敵するときにちょっと気を遣うかもしれないけど・・・ちょっと待ってね。近くになんか店がないか調べてみる」
「飯屋でもあれば楽だな。飯を食いながら索敵できるし」
「不自然にならない形で調査したいわね・・・えっと・・・あぁ、近くにファミレスがあるわ」
康太たちが昼間に行動していたら仮に魔力があったとしても魔術師としてではなくただの学生の私生活としてとらえられる可能性はある。
場所的に足を運んだことがないために全く周辺の状態を知らないが、今の時代いったことがない場所でも簡単に調べられるからありがたい。
文は携帯で近くにある店をピックアップしながらどのようにして地形を把握しようか考えていた。
「それじゃあ明日の放課後、日の高いうちに移動して学生風の放課後としゃれこもうかしら?ちょっとパフェとか頼んで」
「いいな、放課後デートっぽいぞ。どうせなら腕組んでいくか?」
康太の思わぬ提案に文は先ほどまでせっかく魔術師としての考えでいられたのに急にただの女の子の思考にされてしまう。
「そ、そうね。相手を欺くには仕方がないかもしれないわ・・・ね」
動揺しながらも康太の提案を了承していた。
心の中ではラッキー!と叫びながら。
誤字報告を三十件ほど受けたので七回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




