揺さぶる声
康太の防御は的確だった。これが電撃の魔術であれば完全に無効化することができていただろう。
だが今度の電撃はただの攻撃ではなかった。
康太の槍に直撃した電撃はそのまま地面に流れていかず、康太の槍に宿り続けた。それがエンチャントと同種の魔術であるということに康太は気づいていた。
おそらく触れれば槍に宿った電撃は自分に襲い掛かるだろう。相手はこちらが防御することを読んだうえで魔術を選択したのだと康太は相手の読み通りに動いてしまったことを悔いていた。
こんなところを師匠である小百合に見られたら笑われるだろう。無様だなと言われるだろう。
だが無様でも何でも勝てばいいのだと、小百合に教わったことを反芻しながら康太は魔術師装束である外套を脱ぐと自身の槍に触れさせる。床と接地した状態にある外套に触れたことによって、槍に宿っていた電撃は外套を伝って床に流れていった。
康太はそれを確認すると外套ごと槍を掴み再び魔術師に突進する。
その瞬間、再び康太めがけて電撃が襲い掛かる。
先ほどと同じエンチャントか、それとも康太に対しての攻撃か。
考えるだけの余裕はなく、康太はほぼ反射的に防御を選択した。目の前に外套を投げることで電撃を受け止める。そして外套によって相手から康太の姿は一瞬とはいえ死角になった。
その瞬間、康太は暴風の魔術を発動し、電撃を受け止めた外套を相手めがけて吹き飛ばす。自身のほうに魔術師の外套が迫ってくるというのは相手にとっては死角が広がっていくことに等しい。
康太は自分の槍を操りその柄の部分を相手めがけて思い切り突き出した。
振り回すことはできずとも突きだけならこの狭い屋内でもできる。そしてその打突に康太は拡大動作の魔術をかけた。
拡大された打突は、先ほどの衝撃の魔術のお返しだといわんばかりにその魔術師の体を扉の向こうへと突き飛ばした。
扉の金具を壊し、その体を扉の向こう側へと運んだ康太の攻撃に呼応するかのように、あらかじめ扉の向こう側に待機していたウィルがその体を包み込む。
康太が先ほどからウィルの力を借りなかったのはこういう理由があった。あらかじめ出入り口が二つあることを察してウィルをもう片方の出口のほうに配置していたのである。
ウィルのことに気付いていたのであれば相手も動きを変えたのだろうが、あのようにもう一つの出口から逃げようとしていたのを考えるとおそらくウィルの存在には気づいていなかったのだろう。
そういった索敵しかできなかったのか、それとも康太たちに集中しすぎたのか。
どちらにせよウィルに拘束されたらもはや逃れることはできない。
物理的な衝撃でウィルを吹き飛ばさない限りは、ウィルの拘束具を引きはがすことはほぼ不可能である。
それを体現するかのようにウィルはその体を硬質化させていき魔術師の動きを完全に拘束していく。
「よっしゃ・・・確保完了・・・!」
「お疲れ様。ちょっと火傷した?」
「火傷と打撲だな・・・っていうか火傷のほうはお前の攻撃のせいなんだけどな」
「フォローといってくれないかしら?まぁ向こうにとってもいい感じのフォローになっちゃったみたいだけど」
相手も電撃を扱える魔術師だったということで、文の言うように相手にとってもよい形でのフォローになってしまったのは皮肉である。
だがこの行動によって康太が相手に攻撃を当てられたのも事実だ。
そういう意味では確かにフォローといえなくもない。かなり攻撃的だったのは否定しないが。
ウィルがとらえた魔術師を部屋の中に連れてくると、ウィルの中にいる魔術師はぐったりしていた。
康太の一撃によって吹き飛ばされたときにどこかに頭をぶつけたのか、軽い脳震盪を起こしているようだった。
屋外へと吹き飛ばされた康太と屋内へと吹き飛ばされた魔術師の違いというべきか、強い勢いで吹き飛ばされた両者の決定的な差がこの場で出たというべきだろう。
「あちゃー・・・意識もうろうって感じだな・・・ベル、お前脳震盪って治せるか?」
「安静にしてるのが一番でしょ。今のうちに話を聞ける場所に移動しておく?そのほうが確実じゃない?」
「それもそうだな・・・気絶してくれたのは好都合ってところか」
「この人にとってはとんだ災難でしょうけどね・・・まぁいいわ。今のうちに聞きたいこと考えておくから運ぶのは任せたわよ」
「アイアイマム。行くぞウィル・・・ってアリス何やってんだ?」
「・・・何でもない、別にやることがなかったからといって気にすることもない。私の力の出番がないに越したことはないのだからな」
アリスのこの反応に康太と文はまたかと眉をひそめて辟易してしまっていた。
どれだけ頼りにされたいのだと思いながら、次からはもう少し戦闘でもアリスを頼るべきだろうかと迷っていた。
とはいえ戦闘は康太の領分だ。ここは康太としても譲れない。いくらアリスとはいえここを譲ってしまうと自分の出番がなくなってしまうのだ。
むしろアリスの出番はここから先のように思える。
とりあえず康太はアリスをなだめるべくどうすれば機嫌を直してもらえるか未だ少ししびれた手足を引きずりながら考えていた。
「さてと・・・始めますか」
康太たちはいつも通り、協会の一室を利用してこの魔術師から話を聞くことにしていた。
幸いにして今回相手はほとんど無傷。康太が斬撃や炸裂鉄球の魔術を使わなかったおかげで負傷は足のみだ。
文は魔術師が気絶している間に足の負傷をある程度治癒し、拘束具の付いた椅子に座らせる。
ウィルはいまだにその体にまとわりついたままだ。仮に魔術を発動して拘束具を外そうともウィルの拘束が生きているうちは逃げることはできない。
康太は手慣れた様子で魔術師に布袋をかぶせると、水を汲んできて顔部分に勢いよく水を浴びせる。
「さぁアリス出番だ。未成年のインタビューみたいに頼むぜ」
「任せるがいい。ついでにお前たちの姿が見えないようにモザイクをかけておいてやろうではないか」
布袋をかぶせているのだからモザイクはいらないのではないだろうかと文は思ったが、そんなことを考えていると水をかけられたせいで魔術師が目を覚ましたのか自分の状況を把握しようと上下左右へと首を動かしているのが目につく。
康太は即座にその手に触れるとその体に不完全な形で肉体強化の魔術を発動した。
体のバランスをわざと崩し、絶不調に近い状態にしてしまうことでその体調に変化を及ぼす。
吐き気に頭痛、体のしびれに三半規管の乱れ。平時ならば立っていることも困難なほどの影響を及ぼしたことで魔術師はうめいてしまっていた。
「私たちの声が聞こえるな?お前にはいくつか質問をする。答えてもらうぞ」
「・・・だ、れが・・・」
答えるかと言おうとした魔術師の声は最後まで出ることはなかった。その代わりに出たのは彼の野太い悲鳴だった。
魔術師が返答しないとわかった瞬間、文が電撃を流したのだ。全身に駆け巡る電撃。弱いとはいえ無理やり肉体強化をかけられ、感覚さえも鋭敏になっている今ちょっとした痛みでも激痛のように感じてしまっているのである。
「お前に許されているのは俺たちのした質問への解答だけだ。答えてもらうぞ」
「・・・お前・・・誰だ・・・さっきの奴か・・・?うぐ・・・!」
未だ質問はしていないが無駄口を聞こうとする魔術師に康太の拳が襲い掛かる。
こちらの求めた回答以外はその口が動かないようにしなければまず尋問は始まらない。いや拷問というべきかもしれないが。
「質問する。お前に仲間はいるか?」
「・・・いない」
康太と文はその答えを聞いてアリスのほうを見る。アリスは首を横に振った。
今アリスにはいくつかの仕事をしてもらっている。一つは康太たちの声を変える仕事。そして姿が万が一にも見えないようにモザイクをかけること。そして相手の嘘を発見することである。
人間というのはうそをつくときに何かしらの変調がある。中にはそれを持ち前の演技で隠すことができる人間もいるが、極限状態に陥った人間がうそを隠すことは難しい。
アリスにはそういった変調を感じ、嘘を見抜くだけの技術があるのだ。
アリスが首を横に振ったということは嘘だということである。それを見て文は即座に魔術師に電撃を流す。
魔術師の悲鳴があたりに響く中、文は渋い顔をしながらため息をついていた。
「嘘を言ってもわかる。正直に言わないとつらいだけだぞ?もう一度聞く。お前に仲間はいるか?」
「はぁ・・・はぁ・・・い・・・いな・・・い・・・」
悲鳴によって声を張り上げたせいで酸素が足りないのか、魔術師は肩を上下に揺らしながら荒く呼吸をしている。
だがそんな中でもまだいないと告げるその魔術師に康太は天晴だと思いながらもその布袋を掴む。
「嘘を言ってもわかるといったはずだ。答えない限り俺たちの問いは苦痛とともに続く。それこそお前が死ぬまで・・・いや、途中で死なないように回復してやるから永遠にっていったほうがいいか?」
康太はそういって先ほどまで負傷していた足を軽く叩く。
そうされたことで魔術師はようやく気付く。先ほどまで異様な光景と唐突な体調の変化を引き起こされたせいで気づかなかったが、康太によって受けた足の負傷がなくなっているのだ。
血が出るほどの傷だったはずだ、あの痛みを魔術師はまだ覚えていた。
だというのにあの痛みがない、そしてその瞬間、康太が言っている言葉がうそでも何でもなく本当のことなのだということを悟る。
本当のことを言わない限り、治癒魔術で回復し続け、永遠にこの問答を続けるつもりなのだということを、この魔術師は理解してしまう。
「時間はたっぷりある。この場所は誰も来ない。さぁお前には選択肢があるぞ。お前の仲間を守るために永遠に続く苦痛に身を任せるか、それとも仲間を売って自分だけは助かるか」
自分だけは助かる。
康太は味方を売るという言葉の中にその事実を付け足した。
仲間を売れば自分は助かる。罪悪感のある行為の中に希望を付け足すことで康太は相手の思考を揺らしていた。
「さぁ問答の続きと行こうか・・・お前に仲間はいるか?」
布袋を掴んだまま、康太は三度目の問いを投げかける。
康太の問いを頭で理解したのか、それとも理解しながらも思考が追い付いていないのか、魔術師は布袋の中で口を何度か開閉し、答えようかどうしようか迷っているようだった。
その問いの答えが返ってくるのは数十秒後、今度はアリスは首を横に振らなかった。
日曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




